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ギースさん

 勇者パーティの盗賊、ギースは、王都スカイキャッスルで生まれた。両親ともに盗賊ギルドに所属していた、いわゆるギルドのエリート。

 幼少のころから、潜入専門の父と、罠研究専門の母に鍛えられた彼は、主に冒険者のサポートとしてギルドから派遣される仕事が多かった。そして確実に成果を上げた。

「罠殺しのギース」それがかつての彼の二つ名。

 彼はギルドマスターからの信頼も厚く、このままいけばギルドの重鎮となるのは間違いなかった。勇者が現れなければ。

 突然勇者を宣言して、王のもとを訪れた男。頭の悪そうな巨漢と、締りの悪そうな女を連れた若い男。

 当然門番たちは彼の戯言など聞かず、その歩みを止めようとする。しかし彼は、門の1つずつを、その並はずれた身体能力を示すことでこじ開け、けが人を出すこともなく進んでいった。

 王城の前に到着する前に、彼は100人近くの兵士から攻撃を受け、その全てを跳ね返してみせた。その姿に、3年前の新魔戦争記録発見から、魔王対策にヒステリックになっている王家は、彼を勇者と認める。

 王家が勇者として認めた彼のサポートとして、盗賊ギルドは虎の子であるギースを送り込んだ。一方、勇者を信用しなかった商人ギルドは、厄介払いとして無能なクリフを送り込んだ。

 ここからギースの悩める人生がスタートする。

 ダムズとピーチが素人なのは、多少なりとも冒険を経験した者ならばすぐに見抜ける。クリフが無能なのも同様。そして彼はグレイとピーチの異常な関係にも気づく。

「何だこれは……」

 これが素直なギースの感想。パーティと呼ぶには、あまりにもいびつな5人。

 そうした環境でも、勇者グレイは愚直に探索を行った。迷宮では、ギースが罠さえ解除すれば、後はどんな魔物が出てきてもグレイの敵ではなかった。

 迷宮で休息が必要だったのは、実はクリフの精神力回復が必要だったため。道具が出るたびに、ハイエナのように鑑定をしたがる3人。多分指輪などの小物はかなりちょろまかされているのであろう。

 クリフの精神力はすぐに枯渇する。そしてこのパーティに精神力を回復させる力を持つ者はいない。結局は、それが探索を遅らせる原因となった。

 ダムズとピーチは、やりたいように振るまい、身の程知らずの装備を欲しがっては、それを失っていく。

 その度に王に援助を乞い、王はともかく王の側近に嫌みを言われるグレイ。彼はどんどん人間不信になっていく。いつしか彼はその純朴な性格を偏狭な性格へと変えていった。

 ギースは逐一盗賊ギルドマスターに状況を報告している。

 マスターの指示は「歩調を合わせろ」

 勇者が倒されたのならともかく、彼は健在。いくつかの迷宮制覇や、伝説の武具の収集、ウィートグレイスでのハイデーモン退治も王都には成果として伝わっている。そして悪魔のワーラン襲来と、謎の力に依る討伐も。今は盗賊ギルドとして突出して動く時ではないという判断。

 頭を抱える日々のギース。

 しかし、やっとグレイが事実をギースに明かし、今後の相談をしてくれた。

 ダムズとピーチによる美人局、ワーランの特殊浴場で、ある女性にはまったこと。そのためピーチに頼る必要はもうなくなったこと。それは、ギースにとって、これからの状況改善を図るためにすがる、1本のわらであった。


 ギースは両親を尊敬していた。そして自分が両親の愛の結晶であることが彼の誇り。そのため、彼は性欲そのものに興味が無い。そんなものは右手1つで十分。ピーチも彼には、無駄に乳と尻のデカイ馬鹿女にしか見えない。そしてそんな馬鹿女にあうあうしているグレイも、ギースの基準では馬鹿男。しかしその馬鹿男は勇者。

 ならば、馬鹿は馬鹿なりに、パーティーのプラスになるような方向に進んでくれればそれでいい。

 だからギースはグレイのお風呂通いを認めることにした。そして念のため、彼もお風呂を試す。

「いらっしゃいませ」

 受付にいたのは、可愛らしい女の子。メイドウェアと聞いていたが、この娘は普通の服装をしている。

「入浴料は500リルです。洗髪とお背中流しのセットなら、香油とせっけん込で2000リルですよ」

「じゃあ、それでお願いしようかな」

「かしこまりました。それでは脱衣所までご案内しますね」

 出てきたのは恰幅の良い中年の女性。ニコニコした笑顔に好感は持てるが、別に性的にどうという思いにはならない。

「お客さん、こちらです。脱ぎ終わったら、受付に鍵をお預けくださいね」

 言われたとおり、全裸になり、衣類をロッカーにしまい、受付に鍵を預ける。すると、先ほどの恰幅のいい女性が、生成りのワンピースのような服に着替えて、洗い場に案内してくれた。そして洗髪と背中流し。普通に気持ちいい。快適という意味で。

「お客さん、終わったよ。後は湯船でゆっくりしていってね」

 ギースは湯船に案内され、浸かる。

 気持ちいい。

 あれ?

 何かグレイに聞いていたのと話が違うぞ? もしかしたら、そういうオプションがあるのか。まあいい、俺にはどうでもいいことだ。なにより、この湯が気持ちいい。と、ギースは一旦考えるのをやめた。

 十分に温まった後、ギースは風呂を後にし、受付でタオルを借りる。

「冷えた果汁、100リルですが、いかが?」

「随分安いな」

「ええ、ここは子供もお年寄りも皆が楽しめる浴場を目指していますので」

 ギースはロッカーから財布を取り出し、100リルを払う。すると娘が横の箱からカップを取り出して、彼に渡す。カップに口をつけるギース。

「お、冷えてて旨いな。これで100リルはめったにお目にかかれないぞ」

 笑顔のギースに笑顔で頷く娘。うん、いい店だと彼は思う。

 そして彼は着衣し、娘の見送りの声を背中に店を後にした。

「うん、これなら定期的に来てもいいな」

 ギースは満足した。

「まだ、待ち合わせ時間にはしばらくあるな。少し散歩をしてみるか」

 ギースが何気なく向かったのは百合の庭園(リリーズガーデン)方面。

 のんびりと歩くギースの前に、小さな町が広がる。

「へえ、こんなのもできたんだ」

 ギースの左手にはブティック、右手には蒸し料理とやらの店。色々ないい匂いが漂ってくる。

 その中に、ギースは懐かしい香りを見つけた。それは母が食後によく入れてくれた香り。それに釣られるように、ギースは歩く。

「こんな店もできたんだな」

 そこはローレンベルク茶を販売するティーショップ。母が生きていた頃は毎日のように飲んでいたが、亡くなってからは、いつの間にか忘れていた香り。ギースは誘われるように店に入る。

 そこで出会ったのは母の面影。

「いらっしゃいませ」

 そこにいたのは優雅で、かつ、何かを乗り越えた経験がある、意思を持つ眼差しの女性。

「あ、ああ、ここは茶の専門店なのかい?」

 ギースは動揺しながらも店の女主人に問いかける。

「ええ、ローレンベルク茶と、茶器の販売を行っております。こちらでお召し上がりいただくこともできますわ」

 見ると、右手の方にはテーブルと椅子が置かれ、何人かが茶と菓子のようなものを楽しんでいる。

「じゃあ、飲んでいこうかな」

「それではご案内しますね」

 優しい笑顔で席に案内されるギース。彼の目線は女主人から離れない。彼の視線に気づいた女主人が、少しだけはにかみながら、ギースに尋ねる。

「どうかいたしましたか?」

 思わず目線を外すギース。

「いや、知り合いに似てるなと思って、失礼した」

「いえ、お気になさらずに、こちらにどうぞ。今日はフルーツのクッキーとのセットですが、お持ちしてもよろしいですか?」

「ああ、頼む」

 少し後に出てきたのは、クッキーと、ポットに入ったお茶。ギースはポットに入ったお茶を、カップに注ぎ、一口飲む。

 なつかしい。

 クッキーをかじり、お茶を口に含む。思い出す子供の頃の日々。

「ああ、こんな時間を過ごすのは、何年ぶりだろう」

 ギースは涙が落ちないように、まぶたをひきつらせながら、お茶を楽しんだ。

 そしてポットが空になる。間もなくグレイとの待ち合わせの時間。

「頃合いか」

 ギースは席を立ち、女主人のもとに向かう。そして建前の質問と、本音の質問を彼女にする。

「よかったら店名と、ご主人のお名前をお教え願えないか」

 上品な笑顔で答える女主人。

「店名は、宝石箱のティールームと申します。私はアイフル。またいらしてくださいませ」

 うん、うん。ギースは頷き答える。

「ぜひともまた寄らせてもらう。美味おいしかった、本当に美味かった」

 店を出るギース。そして待合場所に向かうまでの道のりで彼は考える。グレイがワーランに来るときは必ず同行しようと。そしてその間、三馬鹿をおとなしくさせる手段を最優先で考えようと。


 こうして、ギースの頭脳からも、魔王討伐は最優先事項から転げ落ちた。


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