新・ご主人様の隠れ家
「ここで踏み込みと同時に、剣を前に突くと、相手は剣先の目測を誤ることになります」
グレイが生徒たちに突きのタイミングを教えている。
「罠を感知するには、五感と経験がものを言う。罠は巧妙に隠そうとされる分、逆に必ずどこかに不自然さを残す。それにどう気付くかだ」
ギースが生徒たちに罠の発見について教えている。
ここは魔導都市ウィズダム。エリスたちの師匠とされたダムズ、ピーチ、クリフの三馬鹿が、後先考えずに「冒険講義」の開設を宣言し、学生たちから小金を集めてしまった。ところがこの3人、クリフが初歩鑑定術と初歩治療術を身につけているくらいで、教えられることは他にない。
結果、王都から戻ってきたグレイとギースが講師として、学生たちが満足するまで講義を行うこととなった。
「お前らがロクに金を置いていかないからこういうことになるんだ」
平然とダムズが2人に言い放つ。
「あたしらだって、飲んで食ってられさえすればおとなしくしているんだよ」
ピーチが意地悪くグレイに向かって心にもないことを浴びせる。
「ところでお二人さん、国王からいくらむしってきたのですか?」
クリフが下品にも他人の財布を覗こうとする。
歯ぎしりをしながらも講義を続ける2人。
昼時、三馬鹿に小遣いを与えて昼食に向かわせた後、グレイとギースが向き合って今後について話し合う。
「あいつらを都市に置いておくのは危険だ。やはり、連れて回ろう」と、ギースが提案するも、歯切れの悪いグレイ。
「お前、なんでそんなに1人になりたがる?」と、ギースは質問を重ねる。
グレイは考える。
ギースにマリリンのことを話したらどう思うだろう。ギースは俺を軽蔑するだろうか。しかし、三馬鹿にマリリンのことがばれる方がリスクが高すぎる。それこそ美人局の暴露以上のリスクだ。
グレイはギースに本当のことを話し、今後について相談することにした。
「なあ、ベルルデウスさんよ」
「何ですか魔王さま」
「これ、似合っているか?」
ほう、とベルルデウスは感心する。その姿はブラックスーツにドレスシャツ、それにシルバーの蝶ネクタイ。胸ポケットにはきちんとハンケチまで差し込まれている。シューズもウェアに合わせたものだ。
「よくお似合いですよ、それはご自分で購入されたのですか?」
「まあ、そんなもんだ」
「どういう心境の変化ですか?」
「まあ、いつまでも農夫ウエアってわけにもいかないだろう」
「いよいよ本格的に都市侵攻ですか?」
「何でそうなっちゃうのよ、おしゃれよ、お・しゃ・れ」
「色気づいた魔王というのも見ものですね」
「魔王が色気づいちゃいかんのか」
「いまさら色気なんてものに頼ろうとする小物っぷり感が素晴らしいですよ」
「そうか、褒めてもらってうれしい。ところで、小遣いくれ」
ベルルデウスは考える。
どうも最近の魔王、やたらゴキゲンな上、マグロさんたちを解放したりと、よくわからん行動をしている。
これは、一度尾行してみる必要がありますね。
「かしこまりました。お出かけの時に声をかけてください」
今日は新生「ご主人様の隠れ家」オープンの日。
勇者グレイはギースを連れ、ワーランにリープシティの魔法で飛んできた。
「ギース、実は俺、この街で、君の名前を使わせてもらっている」
俺の名前で特殊浴場に予約かよ、と、ちょっとギースはむかついたが、それよりもグレイが自分を頼って本当のことを喋ってくれた方がうれしかったので、それは勘弁してやることにする。
「ならば俺は風呂ではキールとでも名乗るか」
「ああ、そうしてくれるとありがたい」
「で、今日は何なんだ?」
「ああ、ナイトクラブのオープンに俺は呼ばれている。もしよかったら、ギースは風呂を楽しんでみてくれ」
「わかった、そうさせてもらうよ」
紳士街に到着した2人は、まずグレイの案内で、ギースのタキシードを購入しに行く。
店の主人はギースの目線を見て、ぼったくるのは危険と判断。ギースにはモヒカン価格ではなく、正規の料金で一式を販売する。この辺で、購入金額の差異に気付かないのが勇者のボケたる所以。
「それでは、俺はナイトクラブのオープンイベントに行ってくるから、ギースは風呂を堪能してくれ」
「ああ、2刻後に、ここに集合でいいな」
そして2人は行動を別にした。
「ベルルデウスさん、出かけるから小遣いくれ」
ブラックスーツをバシっと決め、麦わら帽子をかぶった魔王がベルルデウスに小遣いを催促する。
「はいどうぞ、いつもの通り、100万リルを入れておきましたよ」
「ありがとう、では行ってくる」
魔王が場外に出たのを確認したところで、ベルルデウスはファインドマーカーの魔法を唱える。これは、あらかじめ魔法処理をしたアイテムを追跡する魔法。ベルルデウスはこれを魔王の財布に仕掛けた。
「さて、追いかけてみましょうか」
ベルルデウスもスカイライナーの魔法を唱え、脳裏に浮かぶマーカーを追いかける。
「いらっしゃいませ」
グレイを屈強な黒服2名が迎える。
多少びびりながら、グレイは店内に入っていく。預ける荷物はないので、クロークは素通り、そして両替カウンターへ。
「いらっしゃいませ、店内はチップオンデリバリー制になっておりますので、こちらか、店内の両替カウンターでチップをお求めください」
チップオンデリバリー制? 両替? グレイは立ち尽くす。すると、心得たようにカウンターの女性がグレイにチップ制の説明をしてくれた。
「いくらくらい両替しておけばいいんだい?」
「お飲み物は500リルからですが、お使いにならなかった分は改めてリルにお戻しいたしますので、まずは1万リルほどからいかがですか」
「それではそれで頼む」
グレイは財布から1万リルを取り出し、カウンターで1000リル5枚、500リル10枚のチップに替えてもらう。そして店内に進むと、そこは飲食できるバールーム。
グレイはそこでマリリンさんの姿を見つけた。小走りにマリリンさんのもとに向かい、声をかけるグレイ。
「マリリンさん、来たよ」
するとグレイに気付いたマリリンさんが笑顔でグレイを迎えた。
「ようこそおいでくださいました、ギースさま」
今日のマリリンさんは、いつもの平服エロス全開ではなく、フォーマルドレスでエロス全開。
グレイは話を続けようとするも、マリリンさんは他のお客さんのところに挨拶に行ってしまった。
「あ……」
おいてきぼりになるグレイ。すると他の女性が、カウンターに案内してくれる。
「よろしかったら、こちらでお酒をお楽しみくださいな。それから、奥にゲームルームも用意してございますので、そちらもご利用ください」
グレイは勇気を出して女性に聞く。
「マリリンさんの予約はどうしたらいいんだい?」
「両替カウンターでその旨伝えていただければ、手続きいたしますよ」
「わかった、ありがとう」
グレイは早速両替カウンターに行き、マリリンさんの予約を入れる。3日後、午後一番。
「よし」
グレイはガッツポーズをとると、カウンターの席に戻る。
「これを飲んだら今日は帰ろう」
「いらっしゃいませ」
魔王を屈強な黒服2名が迎える。
その2人を睨みつけてから、魔王は店内に入っていく。預ける荷物はないので、クロークは素通り、そして両替カウンターへ。
「いらっしゃいませ、店内はチップオンデリバリー制になっておりますので、こちらか、店内の両替カウンターでチップをお求めください」
「わかった、じゃあこれ」
魔王は財布ごとカウンターに出す。魔王の豪快さにちょっとびびるカウンターの女性。そして金額を見てまたびびる。
「お客さま、100万リル全額両替でよろしいでしょうか?」
「少ないか?」
「いえ、そんなことは……」
女性は1万リル99枚、1000リル5枚、500リル10枚のチップをチップケースに入れ、魔王に渡す。
「ありがとさん」
それを受け取り、魔王は店内に進む。
すると、マルゲリータが魔王の姿を見つけた。小走りに魔王に駆けよるマルゲリータ。
「ベルさん、来てくれたんだね、嬉しいよ」
「ああ、来た」
「何だいベルさん、麦わら帽子をかぶってきちまったのかい」
「どうすればいいんだ」
仕方がないなという顔をして、マルゲリータは魔王の右手を左手で取る。そして手を引きながらクロークに連れていく。
「ここに預けとくれ」
「ここはそういうところか」
「そうだよ、ところで、ブラックスーツ、似合うねベルさん」
マルゲリータが魔王をまじまじと見て言う。
「それよりも、俺は姐さんのドレス姿で死ぬほどあうあうなんだが」
すると、マルゲリータが魔王の手を握ったまま、彼の耳元に唇を寄せる。右腕に押しつけられる姐さんの肢体。そして彼女は魔王の耳元で微笑みを浮かべながら、からかうようにささやく。
「そういうほめ方しかできないのかい? ベルさん」
あうあう。
「ところで、お風呂の予約はしていくかい?」
うんうんと頷く魔王。
「それじゃ、こっちだよ」
次に連れて行かれたのは両替カウンター。
「このお客さん、私の予約だよ。3日後の午後一番でいいかい、ベルさん」
うんうんと頷く魔王。こうして、魔王も無事予約できた。
「マルゲリータ姐さん、お客さんですよ」
他の女の子に呼ばれ、マルゲリータは魔王の手を離す。
「ゆっくり相手できなくてごめんよ、今日は楽しんでいっておくれ」
そして魔王は1人残された。
店内を見回す魔王。カウンター席を見つけ、ちょっと座っていくかとそちらに移動すると、そこには見知った顔。
「お、ギースさんじゃないか」
「これはベルさん、お久しぶり」
盗賊見習いを騙る勇者と、農夫を騙る魔王の再会であった。




