開店前夜
今日は新生ご主人様の隠れ家のオープン前日。
紳士街では、まずご主人様の隠れ家と健康天国を開店させ、3日後に伊達者の楽園を開店させる予定としている。
これは、ご主人様の隠れ家と伊達者の楽園を掛け持ちする女性たちに、まずは隠れ家での仕事に慣れさせるため。
それに、オープン数日は混雑するだろうとも見越している。
また、「予約」を事前に受け付けることにより、楽園の初日ブーストも狙っている。
今日は最終チェックを兼ねたプレ・イベントとして、評議会会員や、各ギルドの幹部たちがご主人様の隠れ家に集まる。
エリスたちもお揃いのドレスに着替え、ケンが御者を務める馬車で、ご主人様の隠れ家に向かう。
「いらっしゃいませ」
入口に立つのはノブヒコとカズオの2人。きちんとブラックスーツに蝶ネクタイをつけている。
ひらひらと手を振って挨拶をするエリス。続けて4人も店内に入っていった。
次にクローク。
エリスたちはドレスに合わせたバッグを冒険者のかばんとして携行しているだけなので、特に預けるものはなし。
そして両替カウンター。
「とりあえず1人20万リルずつ、チップをお願いしますね」
ご祝儀だからねとエリスは他の4人に告げ、チップへの両替を行う。
1万リルが19枚、1000リルが5枚、500リルが10枚。
それを専用のチップケースに入れ、携帯する。
カウンターの後ろに立つのはラモンとアモン。同様にブラックスーツに黒の蝶ネクタイ。
「いらっしゃい、エリスお嬢さま」
出迎えてくれたのはマルゲリータ。その装いは、黒のキャミラップロングドレス。肩紐が非常にセクシー。
首には赤い宝石のネックレス。胸には白の造花が飾られている。
出かけるときには白のショートジャケットを纏うそうだ。
マルゲリータの美しさに思わずため息をつく5人。
「姐さん、今日は一段と美しいわ」
「ありがとね」
そしてバールームに足を踏み入れる。
そこにはマルゲリータと同じドレスを着た部下の女性たちが並ぶ。
事前にフェルディナンド爺さまのアドバイスで、アダルトな立ち居振る舞いを身につけた彼女らは、優雅な身のこなしで店内を回る。
部屋の隅にはさり気なく、マサカツとミノルが控えている。
バールームを抜けると、そこはゲームルーム。
ワーランダイスのテーブルが2台、ワーランナンバーズのテーブルも2台。各 1台は100リルテーブル、もう1台は1000リルテーブル。
さらに奥のVIPルームにもワーランナンバーズのテーブルが置かれている。こちらは今後高額な賭けが行われるであろう時のための部屋。
「いらっしゃいませ、エリスお嬢さま」
ここでエリスを迎えたのはマシェリとマシェリの部下たち。
お揃いのブラウスに黒のベスト、黒のタイトスカート。足元も黒のローヒールで統一されている。雰囲気が非常に締まる、良い感じの制服だ。
ここにもさり気なくジモンとドモンが黒服姿で隅に控えている。
「ここでプレ・イベントが始まるのを待たせてもらうわね」
エリスはワーランダイスのプレイヤー席に座った。
「お嬢さま、もしよろしければ、イベントが始まるまでダイスを振りましょうか?」
マシェリの提案に皆を振り返るエリス。
「ああ、せっかくの本格的なテーブルだ、遊ばせてもらおう」
「私もダイスならいいですわ」
「ボクもやろうかな」
「1に賭けるにゃ」
それぞれが各々の席に座る。
アシスタントたちが無言の笑顔で、邪魔にならないよう、エリスたちの後ろに立つ。
「これ、1000リルチップに両替お願いね」
エリスたちは1万リルチップを2枚両替し、1000リルチップ20枚とした。
「それでは宝石箱の皆さま、ゲームスタート」
マシェリが優雅にカップでダイスを振り、カップを伏せる。
それぞれが紅白の木製カードで目を予想する。
エリスはというと「ご祝儀だから」と、レッド1ホワイト1の36倍賭け。
賭金は1000リル。
「クローズド」
マシェリが賭けの終了を宣言。
「オープン。レッド3ホワイト5」
全員外れ。
チップを回収していくアシスタントたち。
そして次のゲーム。
4人がカードを一旦手元に引き寄せる中、エリスはカードを置きっぱなし。
「ご祝儀ですからね」
エリスは余裕で1000リルチップを置く。
そして数ゲームが行われる。
まもなくイベントの開始。各ギルドマスターと幹部、お供の者達も集まってきた。
「オープン。レッド1ホワイト1」
「あら」
「さすがですね、エリスお嬢さま」
マシェリが笑顔で配当を用意し、それをアシスタントが運んでくる。
「コングラチュレーション」
アシスタントがエリスの1000リルに、3万1400リルのチップを付ける。
エリスはそこから1万リルのチップをマシェリとアシスタント2人に指で弾く。
「楽しかったわ」
エリスのねぎらいに、上品な笑顔で返すマシェリとアシスタントたち。
「さて、それでは、おっさんどもの相手をしましょうか」
エリスは席を立ち、他のアシスタントたちにも1万リルのチップを渡しながら、バールームに向かった。
「今日は集まってくれて礼を言う」
バルティスが、店を管轄する盗賊ギルドのマスターとして、来客者に挨拶を行う。
その後ろには芸能ユニットリーダーのマルゲリータ、サブリーダーのマリリンとマシェリ。そして顧問と直轄冒険者という理由で、エリスとキャティも並べられた。
舌打ちするエリスとキャティ。これではゲストではなくホストだ。
バルティスが挨拶を続ける。
「今日は明日のオープンに先駆けての最終チェックの意味もある、皆、楽しみながら、不満点や改善点があったら、我々に忌憚無く言ってくれ」
続けてマルゲリータが挨拶を行う。
「この店を任されました、マルゲリータと申します。皆さま、今日は心ゆくまでお楽しみくださいませ」
いつものおさどさんが鳴りを潜めたフォーマルな姐さん。これはこれでお客が着くんじゃないかとエリスは思った。
続けてブラックワンピースの女性たちが、トレイに載せたグラスを次々と来客に配っていく。
そして全員に行き渡ったところで、バルティスがエリスに振り返った。
「おい、顧問殿、乾杯の挨拶をやれや」
何言ってるんだこのクソオヤジ。8歳の娘に酒の乾杯をやらせるつもりか。と、ムカつくも、受けざるを得ないエリス。
「皆さま、お店の発展を祈念して、乾杯!」
「乾杯!」
店内は静寂から、喧騒へと変わり、皆が好きな席で談笑を始めた。
5人は店内の一角に集まり、これからどうするかを確認する。
「ボクはゴーレムの研究をしたいから、帰るよ」
「私も戻って、夕食の用意をしてまいりますわ」
「私はミャティたちをからかってくるにゃ」
そうだね、私達が長居をしてもしかたがないか。と、エリスとレーヴェも帰ろうかと思ったところで、フリントたちに捕まった。
「こら貴様ら、勝ち逃げは許さんぞ」
「フラウたちはともかく、エリスとレーヴェには積み重なる恨みがあるからな」
「ほれ、しょっぴけ」
バズさんとダグさんに拉致られる2人。
「ということらしいから、先に帰って夕食食べてて」と、エリス。
「土産を楽しみにしておけ」と、本気モードのレーヴェ。
手を振る3人に見送られ、2人はワーランナンバーズの1000リルテーブルに引きずられていった。
ディーラー席にはバルティス。バンカーはマシェリ。
プレイヤーは、エリス、レーヴェ、フリント、工房ギルド幹部2名、テセウス、バズ、ダグ、マリア、ニコル、一郎の11名。ニコルと一郎は、なぜ自分が こんなところに座っているのかわからないような表情。一方、マリアは面白そうなゲームにハイテンション。
「今日はご祝儀だ、ジャックポット100万リルで行くぜ!」
上機嫌のマスター。
ゲームは開始された。
そして1刻後。文字通りケツの毛を抜かれた商人ギルドの3名。
マリア、ニコル、一郎の3人がテーブルに突っ伏す。
特に被害甚大なのがマリア。
ディーラーの有利さに気づき、自らもディーラーとなったが、このゲームのベテランとなった連中から狙い撃ちをされた。
特に2セットめ2ゲームめで、連続目をニコルと一郎を除く全員に読まれ、高額配当。
何と2セットで100万リルを溶かすという大負けっぷり。
「ニコル、手の空いている連中をギルドから呼んでらっしゃい!」
頭に血が上ったマリア。
「では、私達はこれで失礼しますね」
フリントたちも、目の前にネギ背負ったカモが並ぶのであれば、わざわざエリスとレーヴェ相手に危険な勝負をすることはない。
「おう、クレアたちによろしくな」
エリスとレーヴェは、ディーラーを行うことなく、無事この場から解放された。
「それじゃマルゲリータ姐さん、マリリン姐さんも頑張ってね」
ご祝儀の1万リルチップをマルゲリータたちブラックドレス組とバウンサーたちにも配り、エリスたちは残りのチップをリルに戻して店を出る。
そして隣接する贈答用のフルーツショップでおみやげのフルーツを買い、かごに入れてレーヴェが右腕にぶら下げる。
「お嬢、たまには歩いて帰ろうか」
「そうね、クロスタウンの町並みも見て行きましょう」
レーヴェの空いた左手を右手で握るエリス。
2人はドレス姿で、家に向けて歩き出した。レーヴェのささやく歌に包まれながら。
そして翌日の昼。新生ご主人様の隠れ家は、華々しく開店の時を迎える。