蒸すのだ
「店内の図面はこんな感じかな」
「もっとお客さんが来るかもしれないにゃ」
「広すぎると、今度は料理の提供が遅れますわね」
「それは困るにゃ」
「ところで、プディングはどこで販売する予定だい?」
「団子が美味かったな」
「団子はウィズダムの名物ですから、ワーランで販売するのはまずいですよ」
「だからプディングはどこで売るんだい?」
「とりあえず魚の蒸し料理を出すにゃ」
「中華まんに私たちのフラッグを焼き印したらどうかしら」
「団子はだめなのか」
「だからプディングは?」
「野菜のあんかけが美味いにゃ」
「中華まんは甘いのとしょっぱいのがいいわね」
「黙らっしゃい」
この娘たち、食べ物の話になると、普段の性格がどこかに飛んでいき、ひたすら長話を始めてしまう。しかも、基本他人の話を聞いていないので、どんどん脱線してしまう。
「今の話題は、キャティの友人に経営させる蒸し料理店の話ですよ、皆さんわかっていますか?」
「わかっている」
「わかっていますわ」
「わかってるよ」
「わかってるにゃ」
「しかし、団子は惜しい」
「中華まんの種類はどうしましょう」
「プディングはどこで売るのかはっきりしてほしいな」
「鶏も蒸すとホロホロになって美味いにゃ」
エリス-エージは諦めた。
こうした話を全員でするのが間違っていた。
クレアと2人ですべきだったのだ。
4人が食べ物話に華を咲かせている後ろで、エリスはぴーたんをたらいの中でごしごし洗いながら、彼女たちが飽きるのを待つ。
ぴー。
ウィズダム-マルスフィールドの帰路は順調なものだった。
無事に到着すると、その足でエリスたちはマルスフィールド公の城に向かう。
「おお、無事に帰ったか」
相変わらずの威厳を持って出迎えてくれる公。
隣にミレイはいない。
二度同じ話題に触れるのはさすがに失礼なので、エリスたちはミレイの不在に気がつかないふりをして、ウィズダムでの出来事についての報告を行った。
「そうか、アルフォンスたちにもワーランで使われた魔術についてはわからんかったか」
「神魔戦争の記録から、新しい事実が分かるかもしれないとおっしゃっていました」
「そうか、まずはそれを待つとするか」
公はクレアに話を振る
「アレスとイゼリナには会えたか?」
「はい、新しい魔法も教わってきたよ」
「そうか、それはよかった。あいつらはワーランに戻るつもりか?」
「いえ、ウィズダムに残って今回の事件について研究すると言ってたよ。何か分かったら報告するって!」
目を細めてクレアを見つめる公。
クレアの件は、彼の懸念事項だったのだろう。
「そう言えば、ウィズダムで勇者一行にも会いましたよ」
エリスは念のため報告する。
眉をひそめる公。
「何かご心配でも?」
「ああ、あいつら、ほとんど成果を上げておらんのだ。数カ月かけても魔王の居城すら発見できておらん」
相当溜まっていたのか、公は続ける。
「あいつらには、すでに数十億リルの投資がなされているが、何に使われているかわかったものではないのだ」
そのうちの十数億リルはエリスたちがかっぱいじゃったのは内緒。
「公は、勇者についてどう思われているのですか?」
「勇者と盗賊はともかく、他の3人は今すぐにでも処分したいくらいじゃ」
そして、内緒じゃぞとウインクをする。
三馬鹿の馬鹿さ加減は、マルスフィールドでも鳴り響いているということね。
これはマルスフィールドにも罠を張っておくべきかしら。
エリスは一人ほくそ笑む。
それに唯一気付いたレーヴェがエリスの耳元で囁く。
「お嬢、また何かやるつもりか?」
「ここではやらないわよ」
「ここではときたか」
レーヴェは、あきれたようなほほ笑みを返し、元の位置に戻る。
勇者や魔王にちょっかいを出している時のエリスはとても生き生きしている。
その姿は嫌いではない。
レーヴェは黙ってエリスの笑顔を楽しむことにした。
公の城を後にし、次に向かったのはミャティの家。
「ミャティ、いるきゃ?」
「あ、キャティ、お帰り。皆さんも中に入ってくださいにゃ」
5人は遠慮なくミャティの家にあがりこみ、暗殺事件後の話をミャティから聞かせてもらう。
ミレイとアンナが拘束されたのは事実。
ただ、その後釈放され、2人はそれぞれの実家に帰されたらしい。
さすがのマルスフィールド公も、一度は愛した女性たちを処分できなかったということか。
また、盗賊ギルドのギルドマスターも、結局は代替わりしなかったとのこと。
こちらも、適当な後継者がいなかったのが理由らしい。
まあ、大人の世界ではよくあることだとエリス-エージは納得した。
犠牲になった獣人たちには悪いが、ミレイとアンナを生かした公には好感が持てる。
「ところで、ミャティはワーランに来るつもりになったかにゃ」
「キャティ、蒸し料理ってわかんにゃいよ」
そりゃそうだ。
「それなら、今日はここで蒸し料理パーティーにしましょうか」
フラウが提案すると、クレアがいそいそと蒸し器を並べ始めた。
「そうだね、実際にこしらえて、食べてもらうのが一番いいよ」
「それなら、皆で材料の買い出しに行くにゃ」
というわけで、この日の午後は6人で市場行きとなった。
時間もないので、今日は切り分けられた白身魚と鶏肉、獣肉、野菜やキノコなどを購入。
いそいそとミャティの家に戻った6人は、それぞれ下ごしらえを始める。
なぜかクレアはミルク、砂糖、卵を混ぜ、いくつかのカップに注いで、早々に蒸し始めた。
「冷やさないとおいしくないからね」
あくまでもプディングにこだわるクレア。
白身魚はキャティ、鶏肉はフラウ、獣肉はエリスがそれぞれ下ごしらえを行う。
基本レーヴェは洗い物。
下ごしらえが終わると、フラウはそれぞれのソースを作りに馬車に戻ってしまった。
いち早く蒸しあがったプディングを持って、クレアも馬車に移動。
たくさんの冷却の石で、一気に冷やすつもりらしい。
「さあ、蒸しましょうか!」
フラウの掛け声で、それぞれを一気に蒸し始める。
「ミャティ、ラブラも呼んでくるにゃ」
噴き出す蒸気にびっくりしていたミャティ。
慌てて家を飛び出し、すぐにラブラを連れてきた。
そして出来上がり。
白身魚の切り身を蒸したものに、野菜とキノコの餡をかけたもの。
蒸した鳥をほぐして、緑の野菜と甘いソースと合わせたもの。
薄切りした獣肉を蒸して、豆のソースをベースに作った甘辛いソースと合わせたもの。
付け合わせは砂糖を使っていないうす焼きのクレープと、細長く刻んだ野菜。
デザートはクレア特製のプディング。きっちりカラメルもこしらえてある。
「さあ、試食しましょう!」
エリスの声がスタートとなり、それぞれが取り皿に好きなものを取る。
「ミャティ、いろいろ食べてみるにゃ」
色とりどりの料理にあっけにとられるミャティ。
こんな簡単にできるものかと感動しているラブラ。
「これはおいしいにゃ」
「おいしいです」
「ミャティ、この料理を出す店をやってみないかにゃ? 料理得意にゃろ?」
「こんなおいしい料理なら、キャティが自分でお店をやればいいにゃ」
「私はエリスと遊ぶのに忙しいにゃ」
「でも、私にはお店を開くお金がないにゃ」
ここでエリスの出番。
「ミャティ、やる気があるのなら、お店の建設資金と、当座の運転資金を融資するわよ」
「融資って?」
「お金を貸してあげるわ。稼いで返済しなさいな」
「大丈夫にゃ、お店は私がプレゼントするから、総売上の10%を私によこすにゃ」
お、抜け目ないわねキャティ。まあいいか、キャティの友人をかっぱぐのも可哀そうだし。
ということで、エリスはこれ以上の口出しを止める。
「わかった、私頑張るにゃ!」
その話を聞いていたラブラが、恐る恐る声を上げる。
「私も行ってはいけませんか?」
「もちろんいいにゃ! 1人じゃ無理にゃ」
ここでも抜け目のないキャティ。さすが遊び人は、自分が楽をするためには頭がよく回る。
ということで、交わる町に、ヘビーな蒸し料理店がオープンすることが決定した。
「ところで、プディングはどこで売るんだい?」
クレア、それは今度にしようね。