タイマンですわよ 後半
「さて、次は私かな」
レーヴェがサークルに向かう。だが、男たちは誰も出てこない。
「何だ、不戦勝か?」
それでも誰も出てこない。
すると、男たちの後方から、凛とした女性の声が響いた。
「学ばない学生たちよ、学ぶことの重要性がわかりましたか?」
そこに立つのは、漆黒のローブに身を包んだ男と、白の装束に身を包んだ女。アレスとイゼリナ。クレアの両親。
「学生どもよ、これが戦っている者達の実力だ」
続く野太い声。そして2人はエリスたちに乞う。
「この者達の失態は、教師である我々の失態でもある、ついては、我々と戦ってもらえないか」と。
レーヴェは身震いした。
クレアは唖然とした。
エリスは2人を振り返る。
「レーヴェはともかく、クレア、やれる?」
「私はぜひともお願いしたいが、クレアはどうだ?」
クレアは考える。父の姿と叔父の姿が重なる。吐き気をもよおす。しかし、それを飲み込む。
「ぼくもやるよ! 殺さなくてもいいんだもん!」
何気なく恐ろしいことをいう娘。
「そういうことだ、アルフォンス、引き続き審判を頼む」
アレスが親友でもあるアルフォンスに楽しそうに声を掛け、それをアルフォンスも笑顔で受けた。
会場の空気が一気に冷え込む。
サークルに立つのはイゼリナとレーヴェ。
「レーヴェさん、本気でお願いしますね」
「イゼリナ殿、それはこちらの台詞だ」
レーヴェは先程までの男どもとは全く違う圧迫感を覚える。鎧に頼っては危険だ。彼女は利き手をカタナにあて、静かに構える。
イゼリナは冷静に観察する。
魔法を唱える時間はあるか? 否、この娘はその瞬間に斬りかかってくるだろう。
無詠唱の魔法で戦意を奪うことはできるか? 否、この娘の眼光から伝わるのは無。
イゼリナは結論を出す。戦意を奪うのではなく、意識を狩る。
場内は動かない。空気が凍る。
その間に、イゼリナは無詠唱で自らを強化する。
速度強化
麻痺爪
そして突然のエクスプロージョン。
自らに向けてではなく、目前に起きた爆発のため、殺気を感じられず、一瞬戸惑うレーヴェ。そしてその爆風の中からイゼリナがすさまじい速度でレーヴェを襲う。イゼリナはレーヴェの後ろに回り込み、麻痺爪で意識を狩りに行こうとする。が、レーヴェの抜身がそこに合わせられる。
一旦交錯する2人。
続けて振り返りざまにアイスフォッグを唱えるイゼリナ。
これでこの娘の動きを止める。そこに爪を撃ちこめばイゼリナの勝ち。
しかしレーヴェは止まらない。刃が光る。時が止まる。審判も、観客も、エリスたちさえも。
隼の効果による2回連続攻撃。イゼリナは一瞬でレーヴェのカタナにより十字に斬られた。
レーヴェは鎧の効果でアイスフォッグを無効化していた。
イゼリナはその場で崩れ落ちる。
「強いのね、これなら悪魔の迷宮を制覇したのも理解できる……わ……」
レーヴェはイゼリナの耳元で詫びる。
「装備のおかげでした」
イゼリナは微笑む。
「良い装備を身につけるのも、実力ですよ……」
エリス組、4勝。
「さて、親子で勝負と行こうか」
「父さま、ボクは負けないよ」
イゼリナの治療で一旦中断されていた勝負もクライマックス。
アレスとクレアの戦いが始まる。
この時点で既に会場からはブーイングが消え、ひたすら勝負を見つめる雰囲気となっている。
「父さま、ボクは持っている道具をすべて使うからね」
「俺もそうするとしよう」
さすが親子だ、共にえげつない。そして親子は対峙した。
アレスはクレアから目線を外さないまま、自分の横に人形を投げる。
それはみるみると牛の形をとる。
「ウィズダム名物、ゴルゴンゴーレムだ。ちなみに強化済」
クレアはそれを見て笑う。そして左手を右から左へと振るう。そこには炎弾が15発。
それを突進してくるゴルゴンゴーレムに見舞う。
「ゴーレムの焼き肉だよ。ホーミングミサイル!」
炎弾が次々とゴーレムを襲い、その身体を溶かしていく。
明らかなオーバーキル。消耗した精神力もただでは済まないだろうとアレスは予測する。
「まだ子供だな」
アレスは身をかわし、クレアに沈黙を唱える。も、これにクレアが抵抗した。
「魔術師同士の戦いに沈黙なんて無粋だよ、父さま!」
「そうだな、それもそうだ! これで許せ!」
アレスは続けてサンダーランスを唱える。頭上から雷撃の槍に撃たれるクレア。
基本ダメージ15。これで終わっただろうとアレスがクレアを見ると、クレアはまだ立っていた。闇のドレスと吸魔のブローチが効果を発揮している。
「父さま、効いたよ!」
ひるまずクレアはエクスプロージョンをアレスに放つ。基本ダメージ20。
しかしそれをアレスは拡散する。アレスは予めレジストエクスプロージョンを用意していた。クレアがエクスプロージョンを使うと読んで。
「まだまだだ!」
だが、そこでアレスは全身に感じたことのない衝撃を受けた。魔術師にとって最悪の衝撃。
「ディストラクションニードル!」
アレスの魔法抵抗力が丸裸にされる。
続けて
「バインド!」
……。
アレスは束縛された。身動きがとれない。
「ワルキュリアランス!」
クレアは母さまから教わった魔法の槍を右手に、ゆっくりと父さまに近づく。
「父さま、私の勝ちでいいよね」
立ったまま硬直しているアレスの胸元に頭をあずけ、甘えるクレア。
「ああ、私の負けだ」
娘の体温を胸に感じ、負けを宣言するアレス。
こうして、親子勝負は終わった。
エリス組、全勝。
「まいったまいった、おじさんも戦いたくなっちゃったよ」
アルフォンスがおどけて見せるも、場は静まり返ったまま。
さて、今が頃合いかな。
エリス-エージは小仕掛けを始める。
「ああ、そこにいらっしゃるのは、勇者さまパーティのダムズさま、ピーチさま、クリフさまではありませんか!」
エリスの突然の叫びに動き出す会場。
「また始めたかお嬢」
「お付き合いしてまいりますね」
「ボクは知らないっと」
「私も行ってくるにゃ」
突然金髪の少女に声を掛けられた、暇つぶしで観戦していた3人。
「あ、ああ、あああ、久しぶりだな、お嬢ちゃん」
「こ、こ、こんにちは」
「……」
動揺する3人に駆け寄りながら、エリスが叫ぶ。
「勇者さまたちに教えていただいた戦い方で、ここまでこれましたわ!」
「ピーチさま、ありがとうございます!」
「ダムズさま、ありがとうにゃあ!」
全く見に覚えのないことを言われる3人。しかし、先ほどの戦いの勝者から絶賛されるのは正直気持ちいい。
そこで突然エリスが観客たちに振りかえる。
「皆さま、こちらの方々が、魔王軍と闘う勇者さまパーティの皆さまですわ!」
フラウとキャティが率先して拍手をすると、まわりも釣られる。
クレアだけが、こそこそっと、自分の両親のところに向かう。
「皆さま、ぜひともダムズさまたちに教えを請うてくださいませ!」
「ピーチさまも素晴らしいですわ!」
「クリフさまもにゃ!」
観衆にわっと囲まれる3人。
こいつら三馬鹿は、すぐにこの観衆の人気を金に換えようとするだろう。授業料だなんだと細かい金を請求し、そのうちバレて破綻するに決まっている。
それがまさしくエリス-エージの計画。ヒキニートは、最終的にウィズダムで三馬鹿を有頂天にさせた上で、金銭問題を発生させ、勇者パーティを更に混乱させることにした。
クレアだけが、父さまと母さまに真実を伝える。「あの三馬鹿、役立たずだから」と。アレスもイゼリナも、学生どもには良い薬かと考え、黙っていることにする。
収拾がつかない場を何とか収めようとするアルフォンス。突然威張り散らしながら、学生どもから何とか金をせしめようとするダムズたち。喧騒を避けながら、隠れるように場を離れ、ゴーレムの店に戻る5人と2人。いつの間にかアルフォンスも同行している。
「エリス、最後のはやりすぎだ、お前、勇者のパーティに恨みでもあるのか?」
真面目な顔で説教をしてくるアルフォンスをエリスはてへぺろで流し、5人は馬車に乗る。
「父さま、母さま、ワーランで待っているよ!」
「アルフォンスさまも、一度お越しくださいね!」
そして手を振る5人と、向こうで手を振っている3人。
ということで、ワーランの宝石箱は、帰還の途についた。




