タイマンですわよ 前半
「ここに、白髪の猫科獣人はいるか?」
旅支度が済み、後は出発だけのエリスたちのところに来たのは男3人。ウィズダム自警団を名乗る。
ひょこっと馬車から顔を出すキャティ。
「私のことかにゃ」
「お、本当にいたよ。おい貴様、暴行と恐喝の疑いがかかっている。ちょっと来てもらおうか」
やけに大上段な自警団。
面倒なことになった。多分、先ほどのガキが自警団にタレ込んだのだ。しかし、それでもこいつらの態度は鼻につく。
「何かあったのですか?」
エリスの問いに、「小娘は黙っていろ」と男たちは一蹴。
「とにかく、とっとと来い! このケダモノが」
これにブチ切れたのは、キャティではなく、クレア。
「あんた達、何様だよ! キャティがケダモノなら、あんたたちはクソオヤジじゃないか!」
あー、これはいよいよ面倒だ。
「生意気な口をきくガキだな! 貴様もしょっぴいてやる!」
人間、こうも高圧的な態度をとれるのね。
この場に興味なしのレーヴェ。フラウはニコニコしながら状況を眺めている。キャティはいつものごとく。ムキになっているのはクレアだけ。とりあえずエリスはこの場を取り繕う。
「あー、失礼します。私、こう見えてもワーラン評議会準会員のエリスと申します。そこの黒髪の娘はウィズダム魔術師ギルド、アレスとイゼリナの娘です」
権威にビビる3人。しかし、容易には信用しない。
「嘘も大概にしろ! とっとと来い!」
キャティとクレアを連れて行こうとする2人。そこに素早く他の2人が動いた。キャティを掴もうとした男の額をフラウが片手で掴み、万力のように締め上げる。クレアを捕まえようとした男の後ろから、レーヴェが首筋にスローイングダガーを当て、少しずつ食い込ませていく。
エリスは残りの1人に、わざとものすごい剣幕でまくしたてた。
「そこのボンクラ! アルフォンスでもアレスでもイゼリナでも、誰でもいいからここに連れてらっしゃい!」
慌てて走り去る男。
「お嬢、とりあえずこいつらを眠らせてくれるか? そうでもないと先に永遠に眠らせてしまいそうだ」
「そうですね。そろそろ頭を締め付ける音も変わってきましたし」
恐ろしいことを口走るお姉さんたち。オロオロするのは宿のフロントさん。
間もなく到着したのはアルフォンス。魔術師ギルドのマスター。
「お前ら、一旦引け」
エリスたちが眠らせていた自称自警団を追い返した後、アルフォンスが楽しそうにエリスたちに話しかける。
「お嬢ちゃん達、学生どもをカツアゲしたんだって?」
「1人の乙女を乱暴目的で路地裏に2人がかりで連れ込もうとした連中を返り討ちにして、本人たちが許してくれと財布を差し出したのをカツアゲというのなら、確かにしましたわ」
平然と答えるエリス。
腹を抱えて笑うアルフォンス。
「そうかそうか、そりゃ、男としちゃあ引っ込みつかないなあ!」
そしてエリスを手招き。
しかたがないわねとアルフォンスに近づくエリス。腰にはきっちりダガーを忍ばせている。
「なあ、お嬢ちゃん達、バカガキどもにお灸をすえてはもらえないか?」
「どういうこと?」
「昨日お嬢ちゃんたちに話をしたろ、日中この辺をウロウロしているのはバカガキだけだって」
あれはあれで貴族のご子息共なので、妙なところでプライドが高いとアルフォンスは付け加えた。
「奴らの鼻をポッキリ折ってくれよ」
「殺しちゃうかもよ」
「魔導演習結界内なら、常にヒールを結界内に充満させることができるから大丈夫だ」
「即死は?」
「それは勘弁して」
「ちょっと待ってね」
エリスは4人のもとに戻る。
「というわけだけど」
4人は悪魔の笑みを浮かべる。
「殺さなければいいのだな」
「四肢から砕いてあげましょうか」
「とりあえずムカついたにゃ」
「ボク、母さまに教えてもらった魔法を試そうっと」
エリスは再びアルフォンスのもとに戻り、その話を承諾した。
「どうせなら、ガキどもに赤っ恥をかかせたいからな。1刻後に、店に来てくれ」
アルフォンスはスキップしながら宿を出て行った。
1刻後、エリスたちはゴーレム工房に到着した。
彼女たちは馬車の中で、それぞれの最高の装備に着替える。ただし、エリスだけは狂神のスティレットではなく、鴻鵠+破魔のニードルダガー。即死が効果を表すのはシャレにならない。そして店の店員さんに中央広場に案内されると、そこは無数の人だかり。
中央には特設のリングのようなサークルが描かれている。
歓声と怒号が入り乱れる。ほとんどはエリスたちに対する罵声。アルフォンスさんが、バカガキどもをきっちり集めたようだ。
「さて、大学校の生徒たちよ、本日君らの学友に暴力をふるう者が現れた」
荒れ狂う罵声。
「まあまて、彼らは自分たちの身の潔白を主張している」
ものすごいブーイング。
「なので、私はギルドマスターの名の下、彼らに禊を与えることにした」
一転してマスターコール。
「生徒たちの代表を打ち倒せばそれでよし、倒されたら、それなりの罪を償ってもらうと!」
会場の雰囲気は最高潮。
「お嬢さん方、覚悟はいいかな」
脅すような声でアルフォンスはエリスたちに語りかけるも、目は笑ってしまっている。
ここでエリスはあえて挑発する。
「ここのクソ貴族の次男坊やら、政略結婚にも使えないような不細工娘なんぞ、世の中から一掃してあげるわ!」
そして中指を立てる8歳の少女。
会場内はブーイングの嵐、「俺にやらせろ!」と場内に立ち入ろうとするものも多数。
「勝負は公平に1対1だ、よろしいな」
アルフォンスが念を押す。
「当然よ」
エリスが答える。
「それでは1人め、サークルの中に入るがよい」
「先ずは原因の私が行くにゃ」
キャティが先鋒を申し出る。
「なるべく血まみれにしてこい」
レーヴェが恐ろしい激励をする。相手はキャティを路地裏に連れ込んだ男。今は魔術師の杖を持っている。
「さっきは油断したが、魔法の恐ろしさをとくと教えてやる。炎の中で泣き喚け!」
「勝負開始!」
アルフォンスの言葉と同時に、キャティは男の後ろにまわり込み、首筋に爪を当てる。呆気にとられる男と観衆。この速度には、アルフォンスですら驚いた。
「つまらん、やり直しにゃ」
キャティは男の首筋に一筋の傷をつけると、元の場所に戻る。
「試しに魔法を撃ってみるにゃ」
自分が救われたのもわかっていない男は、覚悟しろとばかり、朗々と呪文を唱える。
「お前、呪文詠唱中に3回は死んでるにゃ」
座り込んでしまったキャティ。
「ふざけんな! 死ね!」
男が唱えたのは渾身のファイアバレット。ろくに練習もしていないので、もろに精神力を削られる。それでも炎弾はキャティに向かうが、キャティはそれを爪で振り払う。実際には抵抗のブラトップのおかげだが。
「これで終わりかにゃ?」
唖然とする男と観客。
よっこらしょと立ち上がり、キャティは再び動いた。次に彼女が切り裂いたのは、男の衣服。一瞬のうちに男は衣服をズタズタ裂かれ、ちんこ丸出しで晒される。
「ちんこ、切ってもいいかにゃ?」
キャティの笑みに、男はうずくまって、負けを宣言するしかなかった。
「キャティは優しいわね」
やる気満々のフラウがキャティに声をかける。
「絡まれたときに、何発か殴ったからにゃ」
キャティも当然とばかりに声を返す。
エリス組、1勝。
「次は私が行くわね」
出たな重戦車。とばかりに、フラウがサークルに向かう。その姿はあくまでも優雅で優しげ。しかしその口から出るのは恐ろしい言葉。
「ゴーレムが名産なのでしたら、ぜひともお強いゴーレムと戦ってみたいですわ」
再び巻き起こるブーイング。
「よし、それなら俺が行くぜ」
相手も一歩、歩み出る。
「ゴーレムとの連携、卑怯とは言うまいな」
「こんな娘に、そんな恥ずかしい確認、よくできますわね」
これには会場も失笑。
「ゴーレムの起動を待ってあげますから、かかってらっしゃい」
ハルバードを両手に構えるフラウ。
その表情は楽しくてたまらないといった趣。
「娘、後悔するなよ」
そこに現れたのは、身長20ビート超の、ミノタウロスを模したゴーレム。
「あらやだ、もっと大きいのはございませんの?」
「ふざけるな!」
ミノタウロスゴーレムはフラウにパンチを喰らわせる。
ごいーん
「もう一度言いますわ、もっと大きいのはございませんの?」
そこには拳が砕けたミノタウロスゴーレム。言葉が出ない男に、フラウはため息をつく。
「これで終わりですね」
フラウは正面から上段でミノタウロスゴーレムを叩き切る。そしてハルバードを反転し、石突きで男のみぞおちを打つ。口と下腹部から汚い液体をまき散らしながら吹っ飛んでいく男。
「私はキャティほど優しくないですから」
無言となる会場。
エリス組、2勝。
「さて、そろそろ相手にも希望を与えなきゃね」
今度はエリスが準備を始める。いかにも脆そうな8歳の少女の姿に、順番待ちの男どもは、俺が行くと喧嘩を始めた。そして、その情けない喧嘩を制した一番体躯の立派な男が出てきた。
「俺は強化魔術系だ。お嬢ちゃんの刃なぞ通らんぜ」
ふーん。
「あまり虐めないでくださいね」
「ならばこんな場所に出てくるな!」
試合開始。のんびりと強化魔法を唱える男。それをエリスはわざと待っている。
「よし、これでお前の負けだ」
ロングソードを構える男。
「痛い思いをさせて悪いな!」
男は一気にエリスに斬りかかる。
が、次の瞬間にエリスは男の影に移動していた。空振りの男に睡眠を解放。倒れこむ男。唖然とする観衆と審判役のアルフォンス。そこでエリスは男を仰向けにし、弱氷結を唱えて自由を奪う。
「さて、刃が通るか試しましょうね」
エリスは男の脇に座る。そして、まずは右の手のひらを刺す。
絶叫する男。
しかし、エリスがダガーを引き抜くと、傷は治癒される。
次に右足の甲。
そして左足の甲。
さらに左の手のひら。
左の耳、右の耳、右の腕、右の太もも、左の太もも、左の腕……。
参ったをいう余裕もなく絶叫を上げる男。
左の肩、左の頬、右の頬、右の肩……。
「ストーップ!、それ以上は勘弁してやってくれ!」
我に返ったアルフォンスがエリスを止める。
「アルフォンスおじさま、止めるのが遅いですわよ」
男はやっと気を失う自由を得た。
一方、天使の微笑みを浮かべるエリスの表情に、場内はまさしく凍りついた。
彼らが与えられたのは「絶望」
エリス組、3勝。
そして後半に続く。




