ゴーレムさん
アルフォンスの店はすぐに見つかった。
そこは魔導都市の商店街の中でも一等地。店舗も非常に大きいものだった。
「おはようございます」
エリスとクレアが店の中を覗くと、色々なデザインの4足動物の人形がたくさん並べてある。
「いらっしゃいませ」
店員さんらしき若い男性が出てきた。
「アルフォンスさん、いらっしゃいます?」
「マスターならギルドの朝礼に行っていますよ。間もなく戻ると思いますが」
マスター?
「アルフォンスさんって、どこかのマスターなのかい?」
クレアの問いに、何を当たり前のことを言っているんだと店員さんは2人を見つめる。
「アルフォンスさんと言ったら、魔術師ギルドのマスターに決まってますけど」
顔を見合わせるエリスとクレア。そういうことだったのね。それで2人は合点がいった。なぜゴルゴンゴーレムが暴れた後、あの場がすぐに収まったのか。なぜ昨日大学校に片手を挙げるだけで顔パスで入って行けたのか。
そして2人は気付く。確実にぴーたんのことがばれたと。
「帰りましょうか」
「そだね、帰ろっか」
捕まったら尋問は間違いなしのこの状況。逃げるに限る。
「それではお邪魔しましたー」
逃げるように店舗を出ようとする2人。しかしそこはお約束。店舗の前には、腕を組んだアルフォンスが、満面の笑顔で立っていた。
「で、クレアちゃんというのはどっちだい?」
しぶしぶ手を挙げるクレア。
「そうかいそうかい、君がアレスとイゼリナの娘さんなんだね」
ニコニコしながら2人に話しかけるアルフォンス。
「いい機会だから、ゴーレムの仕組を学んでいきなよ。時間はあるんだろ?」
目をキラキラさせるクレアと、うんざりするエリス。
「で、わかっているよね」
ほら来た。
「君たち、俺のゴーレムに何をしたの?」
魔術師ギルドのマスターに、下手に嘘をついてもばれるだけ。エリスは正直に話す。ワーランの迷宮にメタルイーターが出現したこと。邪魔なので連れてきちゃったこと。ついでに調教して言うことを聞かせるようにしたこと。
「にわかには信じられないなあ」
当然の反応をするアルフォンス。
「それじゃ、連れてきますわ。その間に、クレアにゴーレムの説明をしてくださいな」
この場を逃げ出す算段がついたエリス。さも、仕方がないわねという表情で返事をする。
「エリス、頼めるかい!」
駄目だこいつ。既に細工フェチの顔だ。
「ええ、多分キャティが抱っこしてるから、連れてくるね」
ということで、エリスは素人が聞いても苦痛なだけの魔法談義の場から解放された。
久々に1人で街をうろつくヒキニート。下衆い眼差しで街ゆく人を眺めるも、どれもいまいちな女性たち。そしていまいちな若い娘をちやほやする、うだつの上がらなそうな若者たち。
「そういえば、嫁にいけない容姿の娘を大学校に入れると言っていたな」
一転してつまらなくなってしまったヒキニートは、おとなしくレーヴェ達を探すことにする。
するとちょっと離れたところで怒号が聞こえた。興味本位でそれを覗きに行くエリス。そこでは、勇者グレイとギース、ダムズとピーチとクリフが2つに分かれて言い争いをしている。よくよく縁があるものだと、エリスは感心する。が、正直往来の真中でこれは非常にみっともない。引き続き聞き耳を立てるエリス。
「だから、俺は一旦スカイキャッスルに単身戻り、王から資金を調達してくる。それまでダムズたちはここで留守番していろ」
「そうだ、お前たち、たまにはグレイの言うことを聞け!」
「無一文同然で、こんなむさくるしい街にいられるか!」
「そうよ、少しはリルを置いて行きなさいよ」
「グレイ、ウィートグレイスから、やたら単独行動に出ていませんか?」
「正直に言おう、王のお前らに対する評価が最低だからだ」
さすがにグレイのこの一言で、ダムズたち3人は黙るしかなかった。
抵抗の漆黒のプレートアーマーを手に入れてから、やけに3人に対し高圧的な勇者グレイ。ピーチに対してあうあうを求めることもなくなったので、ダムズ達が有利になる手はない。
グレイとギースがダムズ達に仕掛けているのは、この3人を干上がらせ、自ら「パーティを抜けたい」と言わせること。そうすれば、パーティ契約の違約条項「50億リルの支払い」をグレイが行う必要はなくなる。
そしてその辺の事情を見抜くエリス-エージ。
「もう少し、あの三馬鹿には勇者にぶら下がっていてほしいわね」
マリリンさんのことをばらしちゃおうかしら。とも思うが、ここは勇者を金づるとしてしっかりキープしたい。要はあの三馬鹿が、新たに勇者から金をせびる仕組みを用意してやればいいのだ。もしくは、あの3人がやらかしたことを、勇者が尻拭いしなければならないような状況に追い込む。
エリスはどす黒い宿題が出来たことを幸運に思った。これでしばらく退屈しないと。
しばらくするとエリスは1人で歩いているキャティを見つけた。その腕にはぴーたん。
「キャティ、レーヴェとフラウは?」
「あ、エリス、探したにゃ。レーヴェはつまらんといって宿に帰ったにゃ。フラウは食材店で悩んだまま出てこないにゃ」
「それじゃ、一旦ゴーレム工房に行きましょ?」
「そこは楽しいのかにゃ?」
「わかんない」
とりあえず工房に2人で向かうエリスとキャティ。考えてみると、この組み合わせで街を歩くのは初めてだ。
「キャティはどこか行きたいところはないの?」
「私はどこでも楽しいにゃ」
「ゴーレムも?」
「動く仕組みはわからないけど、動いているのを見るのと、ぴーたんに食べさせるのは楽しいにゃ」
人生を一番満喫しているネコ娘。
「お、獣人なんて珍しいな」
「きれいな顔してるじゃん」
はい、馬鹿どもが絡んできました。ぴーたんをエリスに渡すキャティ。そして続ける。
「私もむさい男は珍しいにゃ。馬鹿面もにゃ」
ここで挑発するネコ娘。
「ケダモノがいっちょうまえの口を聞いてやがる」
「大方そこの金髪娘のペットかなんか何だろうぜ」
やばい、半分正解。
「そうにゃよ、私はペットにゃよ」
堂々と答えるキャティ。
「そうかいそうかい、それじゃ俺らも可愛がってやるよ」
おもむろにキャティの腕をつかむ1人の男。
「ちょっと可愛がってもらってくるにゃ」
そのまま引きずられていくキャティ。その後を嫌らしい顔でついていくもう1人の男。
「お嬢ちゃん、これは合意の上だからな。すぐ済むからそこで待ってな。助けを呼んだらネコ娘がどうなるかわからんぜ」
薄っぺらな台詞を残し、3人は路地に消えていく。
「仕方ないなあ」
エリス-エージは、なるべく人目の多い大通りでキャティを待つ。
すると、すぐにキャティは戻ってきた。
「殺してないでしょうね」
「死んではいないと思うにゃよ。あと結構持っていたにゃよ」
キャティの手には男2人の財布。ため息をつくエリス。
「奪ったんじゃないわよね?」
「2人が自主的に差し出してきたにゃ」
このネコ娘、本当に人生を満喫してやがる。
「余計な道草を食っちゃったわね。ゴーレム工房に急ぎましょう」
工房では、アルフォンスから一通りゴーレムの仕組みについて説明を受けたクレアが、ゴーレムベースの設計図と、2つの基本術式が書かれた巻物を交互に見比べている。ゴーレムベースとは、ゴーレムになる前の人形のこと。この時点で関節などの稼働部分などを調整しておく。魔導馬は藁製なので、特に関節というものは持っていないが、ゴルゴンゴーレムなどの硬い材質は、可動域を持たせないと、うまく動かないとのこと。
「戻りましたー」店内に声をかけるエリスとキャティ。
「アルフォンスさん、この子がメタルイーターのぴーたんよ」
エリスはアルフォンスに、腕の中で眠るぴーたんを紹介する。
「ほう、実物は俺も初めてみるよ。で、本当にこいつは金属を食べるのか?」
「ゴルゴンゴーレムを1体潰してもかまわなければ試してみますよ」
そりゃ面白いと、工房の奥でゴルゴンゴーレムにコマンドを唱えるアルフォンス。牛の人形は徐々に巨大化し、大きな黒い牛となった。
エリスはぴーたんをやさしく起こし、コマンドを唱える。
「ゴー」
ぴーたんの舌がゴーレムに触れる。ぱきんと音がしたゴルゴンゴーレム。そして、4本の足が折れ、自重で崩れるゴルゴンゴーレム。その頭にぴーたんを置くと、ぱりぱりと食べだした。
「こりゃあ奇怪だ」
アルフォンスは舌を巻く。ぴーたんは金属製の魔法生物に対しての天敵。どんなに巨大なゴーレムでも、金属製なら一巻の終わりということ。
「お嬢ちゃん、この生き物、譲ってくれないか?」
「工房が劣化金属だらけになってもいいなら考えますけど」
しゃー。
珍しくぴーたんがアルフォンスを長い舌で威嚇している。アルフォンスが何を言っているのか、わかったのだろう。そしてふたたびぱりぱりと食べ始める。それを横で満足そうに眺めるキャティ。
「ところで、クレアはゴーレムを作れそう?」
半ばあきらめた表情でエリスはクレアに質問する。すると、予想通り満面の笑顔でクレアは答える。
「もしかしたら、すごいのができちゃうかも!」
エリスは覚悟した。交わる町の整備が遅れることを。もう、さっさとゴーレムを作らせてしまおう。
「さて、そろそろ待ち合わせの時間よ。宿に帰りましょう」
見事に牛1頭をたいらげたぴーたんを抱え、エリス、クレア、キャティはアルフォンスに手を振ってから工房を後にした。