父さま母さま
魔導都市ウィズダムは、丁度大陸の中央に位置する都市。
マルスフィールドと同様、周囲を城壁で覆っている。
マルスフィールドと異なるのは、その機能。
ここは王族直轄地であり、農村の管理などは行っていない。
その代わり、いわゆる魔導に関する研究、魔術師の育成などが行われ、住民は魔導関係者もしくは商人がほとんどである。
また、周辺に迷宮が豊富にあるので、冒険者の数も多い。
マルスフィールドやワーランで販売されている魔道具のほとんどは、ウィズダム周辺の迷宮産とも言われている。
「ちゃっちゃと用事を済ませて、さっさと帰りましょう」
早く帰って交わる町の整備を行いたいエリスは、皆を急かす。
「先に宿を押さえよう」
「そうですね、どのみち1泊は必要ですから」
「早く大学校に行って、親書を届けちゃおうよ」
「ご飯たべるにゃ」
とりあえず宿を探し、落ち着くことにしたエリス達。
宿はすぐに見つかった。
「さて、大学校の場所を確認しなきゃね」
エリスは宿のフロントに向かい、大学校の場所を教えてもらう。
まだ日も高いので、用事はすぐに済ませてしまうに限ると、宿を出発した5人。
服装はお揃いのブラウンジャケットにパンツとブーツ。
街の様子は、いわゆる学生街のノリ。
若者が多く、明るく賑やかだ。
「お、お嬢ちゃん達、到着したのか!」
5人に話しかける声。それはアルフォンスだった。
「お揃いでお出かけかい?」
「はい、ちょっと大学校まで」
「そうかいそうかい、俺もちょうど大学校にこないだの事故報告を提出しに行くから、案内するよ」
気安いおっさんだ。
おっさんはクレアと並び、ゴーレムについての話をしながら道案内をしてくれる。
最近おっさん恐怖症も治まってきたクレア。アルフォンスとも普通に会話ができている。
まあ、恐怖症より細工物フェチの方が強いだけなのだろうが。
フラウが横からおっさんに問いかける。
「ずいぶん賑やかな都市なんですね」
するとおっさんが、半分バカにしたような口調で説明を始めた。
「この時間におちゃらけてる連中は、金持ち共のご子息さんたちだ。まあ、名前だけ学生ってやつだな」
真面目な学生は研究漬になっており、めったに町には出てこないらしい。
なので、大学校内にも食堂や簡単な衣料品店、雑貨店が併設されているとのこと。
そうこうしているうちに大学校の門前に着いた。
「じゃあな、お嬢ちゃん達」
おっさんは門番に片手を挙げて挨拶すると、すたすたと中に入っていってしまった。
エリスたちは門番にワーラン評議会からの親書を手渡し、校長への面会を求める。
「ちょっと待っていてくれ」
門番の1人がどこかに走って行く。そしてすぐに戻ってきた。
「ご案内します」
5人は丁寧に、校長室まで案内された。
それだけワーラン評議会の親書というのは力があるということだろう。
「失礼します」
門番が校長室のドアをノックし、面会人の到着を告げる。
「どうぞお入りなさい」
部屋の中からの声。非常にじじむさい。
「失礼致します」
エリスたちは順に部屋の中に入っていった。
そこにいたのは予想通りのテンプレ魔術師じーさん。骨と皮だけで今にも死にそう。
「ワーラン評議会からの使者としてまいりました。本日は悪魔のワーラン襲撃についてもご報告いたします」
「そうか、まずはおかけなさい」
応接の椅子を勧められ、エリスたちはじーさんの前に横並びで着席した。
「あのう、これもいいですか?」
クレアが、マルスフィールド公からの親書を校長に渡す。
「ほう、これはマルスフィールド公の家紋じゃの」
校長が親書の封蝋を確認し、クレアに声を掛けた。
「順番が逆になって申し訳ないが、マルスフィールド公の親書を優先させてもらうぞ」
そう告げ、校長は手紙を開く。
校長は一旦渋い顔となるも、その後驚きの表情となり、クレアと手紙を交互に見た。そして最後に椅子にもたれかかり、笑顔となる。
「そうか、お嬢ちゃんがアレスとイゼリナの娘さんか」
それはクレアの両親の名前。
「ちょうどいい、ワーランの話はアレスとイゼリナにも聞いてもらおう」
校長は控の者に指示を出し、2人を呼びに行かせた。
突然の父と母の名前に驚くクレア。
他の4人もさっぱり事情がわからない。
外からバタバタと駆ける音が近づく。そして広げられるドア。
「クレア!」
「ああ、クレア!」
それはクレアの両親、アレスとイゼリナ。
「父さま、母さま!」
ウィズダム到着まであれこれ考えていたことも全て吹き飛んでしまったクレア。椅子から勢い良く立ち上がり、2人に抱きつく。
大声で泣き出すクレア、そんな娘を抱えるように抱擁する2人。しばし親子再会の時間。
クレアの泣き声が静まったところで、校長がエリスたちに状況説明を始めた。
アレスとイゼリナが導師級魔術師として王都に召喚されたのは3年前。
召喚の指示を出したのはマルスフィールド公。
その目的は、「王都防衛魔法の開発」だった。
当時発見された神魔戦争の記録から、魔王降臨を予感した王家が、半ばヒステリックに始めた計画。
アレスとイゼリナ、他の導師級魔術師はそのままウィズダムへと送られ、強制的に研究を開始することとなる。
各地に残された家族は体の良い人質となった。
これにはマルスフィールド公も王家に反対を唱えたが、「その方が真剣に開発を進めるだろう」との王家側近の言葉に遮られた。
アレスたちはウィズダムでは比較的自由に活動することができたが、ここからは出られない。
城塞の門番は、侵入者を防ぐ者ではなく、脱走者を捕らえる者。
ところが、数カ月前に突然王の前に勇者が現れた。
その化け物じみた力を手に入れた王家は方針を転換する。
それまでウィズダムに注ぎ込んでいた研究費用を、勇者へと回し始めたのだ。
一方、ウィズダムでもそれなりの成果が出てきた。
代表的なものは、アレスが中心となり開発した「対魔結界魔法」とイゼリナが中心となって開発した「魔法付与術」
前者は王城クラスの範囲を対魔結界で包み、悪魔の侵入を防ぐ魔法。これは警鐘にもなる。
後者は、これまで迷宮でしか手に入らなかった魔道具を、一定レベルまでならば制作できるようにした技術。初級魔法ならば、今後これで道具を合成できる。
こうした成果から、王家も態度が軟化し、導師級魔術師の解放を検討し始めた。
それがマルスフィールド公から校長への手紙の内容。
「まもなく、魔術師たちに王都から解放の知らせが届くそうじゃ」
じーさんが複雑な表情でアレスたちに告げる。
不意に思い出したようにアレスがクレアに問いかけた。
「そういえば、ダレスは元気か?」
硬直するクレア、あっと思うエリス。
「フラウ、説明をお願い!」
エリスは小声でフラウに依頼する。彼女が顛末をすべて知っているから。
クレアがガタガタ震えだしてしまう。
「どうしたんだ、クレア!」
「一体どうしたの、クレア!」
アレスとイゼリナがクレアに心配そうな声をかけるも、クレアの震えは止まらない。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」
うわ言のように繰り返すクレア。
不味い。
エリスはとっさに席を立ち、両親とクレアの間に身体を入れ、クレアを抱きかかえる。
「大丈夫、大丈夫だからクレア!」
そして大声で改めてフラウに指示を出す。
「フラウ、早く説明してあげて! そうじゃないとクレアが持たない!」
続けて睡眠を解放。クレアを眠らせる。
慌てて顛末をアレスたちに説明するフラウ。
ダレスとはアレスの弟。クレアのトラウマの原因。
フラウは順に説明する。
ダレスがクレアを襲ったこと。
クレアがダレスをエクスプロージョンで吹き飛ばしたこと。
冒険者ギルドがクレアを保護し、その後工房ギルドがその身を預かったこと。
今はエリスたちと暮らし、ワーランで成功していること。
「あの野郎!」
アレスが怒りで震えるのをエリスが制する。
「それも含めて終わったことです! 何卒冷静に!」
「もう、ほじくり返さないほうが良い。なかったことにすべきだ。それに、クレアは今は幸せなはずだ」
エリスの懇願にレーヴェも言葉を重ねる。
「この3年でそんなことがあったのね……」
イゼリナがクレアとエリスを抱きかかえる。
「クレアの過去のことはもう忘れてください。後ほど、一緒に暮らし始めた頃からの楽しいお話を披露いたしますわ」
フラウがアレスたちを落ち着かせるように言葉を続けた。
「そろそろいいにゃ。エリス、クレアを起こすにゃ」
エリスはアレスとイゼリナにも着席するように促し、クレアを起こした。
「大丈夫、全部説明したから。もう気にしなくていいの、クレア」
そしてエリスは目を覚ました後も泣きじゃくるクレアの手を引き、椅子に座らせた。
「それでは、改めてワーランで何が起きたのかを説明いたします」