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ブービートラップ

 その日の夕刻。

 エリスは盗賊ギルドからの呼び出しに従い、仕事用具を携えると盗賊ギルドに向かった。

 

 盗賊ギルドの入り口付近までは、レーヴェも同行できる。

 が、それ以降は闇の仕事に関わるため、レーヴェの同行は許されない。

『潜入』とは本来は家族にも知らせず現場に向かい、成功すれば何事もなかったかのようにギルドに戻り、失敗すれば足がつかないよう仲間の手によって闇に葬られる。

 そういう仕事なのである。


「それじゃここで別れましょう」

 念のためエリスは盗賊ギルドの外でレーヴェと別れることにした。

「わかった」

 ここでレーヴェは『精神の指輪』に蓄えられた精神力を用い、『諜報のピアス』をエリスに向けて発動しておく。

 これでエリスの発言は逐一レーヴェに伝わるようになる。

 諜報の発動を確認後、エリスはいったんレーヴェから精神の指輪を受け取り、使用した精神力を補充しなおしてから再びレーヴェの指に通した。


「それではお嬢、気をつけてな」

「レーヴェ、あなたもね」

 小声で一言づつ交わした後、レーヴェは盗賊ギルドから路地裏に消え、エリスは盗賊ギルドの入り口をくぐった。

 

 受付ではキャティが無言のままエリスを見つめている。

 エリスも無言のまま、受付の横からギルドの奥に進んでいく。

 と、キャティが唇をほとんど動かさずにそっとつぶやいた。


「尻尾をつかんだにゃ」

「キャティ、尻尾をありがとう」


 路地裏でエリスの発声を耳にしていたレーヴェは、その内容から、キャティがエリスのために何らかの有用な情報をつかみ、エリスに提供してくれたのだとと理解した。


 キャティの横を通り過ぎたエリスは一旦ギルド奥に用意された更衣室に入り、愛用の黒装束に着替え直す。

「これでよしっと」

 盗賊の七つ道具を装束の懐に忍ばせ、父の形見となってしまったダガーを左太ももにしつらえたホルダーにセットすると、エリスに与えられたロッカーに残った私物を片付け、ギルドマスターの部屋におもむいたのである。


「マスター。エリス参りました」

「おお、よう来たな」


 盗賊ギルドのギルドマスターはぶよぶよのおでぶさんである。

 と、世間では通っているが、ある程度気配を察知できる者ならば、ぶよぶよの姿が偽装だとわかる。

 そしてその気配察知能力は盗賊ギルド幹部候補生に必要とされる能力でもある。


 なお、エリスは6歳でギルドマスターの偽装を見抜いた。

 アンガスに連れられた幼いエリスは、ギルドマスターを見つめると、こう彼に尋ねたのである。

 

「おじちゃん、なんで隠れているの」


 その一言で、ギルドマスターはアンガスの提案、すなわちエリスを潜入ユニットに加える事を認めたのだ。


「エリス、仕事だ」

「はい、マスター」

 従順なエリスに対し、ギルドマスターはその醜い表情を楽しそうに歪めた。


さといお前のことだ、ある程度は掴んでいるのだろう?」

「何のことですかマスター?」


 エリスのすっとぼけた返事に、楽しそうな様子で豪快に笑うギルドマスター。

 アンガスとエリスの日記からマスターの気質を学んでいたエリスーエージもマスターに合わせてコロコロと笑った。


「お前、冒険者ギルドマスターの娘の枕元に出向いて、この手紙を置いてこい」

 ひとしきり笑ってからギルドマスターから渡されたのは一通の封筒である。

「それって、フラウのことですか?」

「そうだ」

 おかしさを止められないようすでギルドマスターはひくひくと笑いを我慢している。

 

「バカはこうして尻尾を掴まれるものよな」


 その一言でエリスーエージにも伝わった。

 ああ、マスターは全てを了解しているな。と。

 

「わかりました。それでは行ってきますね」

「おう、組織のことは気にせんでいいからな」


 ギルドマスターの声を背に、エリスはそっと夜の闇に飛び出したのである。


 一方、レーヴェは諜報の効果が切れない範囲でエリスの発声を注意深く聴いていた。

 諜報のピアスを通じてレーヴェにもたらされた情報は四つ。

 

 キャティは味方。

 フラウは敵。

 敵は尻尾を晒したらしい。

 さらにはすっとぼけたエリスの言葉でレーヴェも確信する。

 ギルドマスターは試している。エリスと、そして多分レーヴェをも。


 冒険者ギルドマスターの館に到着したエリスは、いとも簡単に屋敷への潜入に成功したした。

 この館にもそれなりの警備は当然なされているのだが、もともと基礎能力が高かったエリスの盗賊スキルに加え、盗賊の神に付加された敏捷のボーナスが今のエリスーエージにはある。


 屋根裏をそっと移動しながらエリス-エージは考える。

 エリスはフラウがレーヴェに対して嫉妬しているのはわかっていた。


「ふん、それでレーヴェを始末するのに協力を申し出たって訳ね」


 エリス-エージは一人舌なめずりをした。

「悪い子は今晩モノにしちまいましょう」


 フラウがエリスに対して何らかの感情を持っているのは間違いない。

 間違いなく『好意』の方向で。

 

「よっしゃ二人目ゲット計画発動!」

 燃えるアラサーヒキニートの面目躍如である。



 レーヴェの周りを、数人の気配が漂っている。

 それらは別に殺気を伴っている訳ではない。

 なので一般人ならば気にも留めないような雰囲気である。

 しかしレーヴェは剣士。

 剣士は殺気を含む、全ての気配を読む。


「動き出したか」


 彼女は、それとなく広い場所に足を向けてゆく。

 複数の気配に囲まれた場合、定石は狭い場所に引きこむこと。

 そこで一対一に持ち込み、数の不利をリセットするのが原則である。

 

 が、今回の相手はまず間違いなく盗賊だろう。

 闇を住みかとする彼らは、飛び道具も毒も何でもありの連中である。

 一方で戦士と違い、その防御力はすべからく低い。

 

 ならばこうだ。


 新月による闇の中、レーヴェは広い場所に出た。

 それを気配たちは追っていく。

 闇の中で正確に。

 さらに気配はレーヴェを取り囲むかのように無音で移動していく。

 

 すると突然レーヴェがぼそりとコマンドワードをつぶやいた。


「カメレオン」


 コマンドワードにより解放された『擬態のブローチ』の効果により、レーヴェの気配は不意に掻き消えてしまう。

 

 レーヴェの気配が突然消えたことは、彼女を尾行していた者どもを十分に混乱させた。

 慌てたようにレーヴェがいた場所に気配が集まっていく。

 こうしてそれらが集まったところで、再度レーヴェは別のコマンドワードを唱えた。


「光あれ」


 同時にその場は『閃光のブレスレット』から放たれた強烈な光に包まれる。


「うっ!」

「何だ?」


 不意の目つぶしに、これまでは無音で行動していた賊共も、つい驚きや疑問を口にしてしまう。

 強烈な光に視界を奪われ、混乱をきたした賊共に止めを刺すのに、それほどの時は必要ない。

 

「燕よ来たれ」


 レーヴェはつぶやきと同時に、『飛燕』の効果によりダメージを倍加されたシャムシールの剣先を、流れるように滑らせていく。


 それは一方的な殲滅せんめつ

 とても『戦い』とは言えない殺戮さつりく

 

 次々と急所を文字通り切り裂かれ、賊共はほぼ一瞬のうちに、全員の命を奪われた。

 

「こんなところか」


 無言のままに倒された死体の中に、レーヴェは見知った顔を見つけた。

 彼女は淡々とその首を落とすと血抜きをし、賊共の装束を切り取った布で包み、『飽食のポーチ』にしまったのである。



「ふん、あの部屋ね」

 エリスは屋根裏伝いにフラウの部屋を発見した。

 

 この時間にわざわざ明かりを消しているところを見ると、フラウは多分エリスを捕らえる気満々なのだろう。

 

「さて、どうしてやろうかしら」

 アラサーヒキニートはフラウの料理方法に思いを巡らせていく。

 

「あっさりと白状させるのもつまらないしわざと捕まって一旦優越感を持たせてみましょうか」

 さすがは盗賊の神が見込んだ男である。

 考えることがいちいち下衆い。

 

 エリスは屋根裏から一旦屋根に抜けると、窓からそっとフラウの部屋に侵入した。

 次に盗賊ギルドの指令通り、暗闇の中でフラウの枕元に手紙を置こうと近づく。

 

 が、そこでいきなり室内を魔法の明かりが満たし、エリスは背後から拘束されてしまう。

 エリスを拘束したのはフラウ本人。

 

「残念でした。エリス」

 エリスの背後から、フラウが勝ち誇ったような興奮を抑えるかのように小声でつぶやいた。 

 

 エリスは観念した。

「任務失敗ね」

 それにフラウも返答する。

「そうね」


 が続くエリスからの懇願に、フラウは驚いた。


「フラウ、私を殺して……」


 何を!

 フラウはエリスを拘束していた両腕を慌ててゆる、エリスの向きを変えてフラウの正面に立たせた。


「バカねエリス。私があなたを殺すわけないじゃない」

「だって……。だって……」


 ぽろぽろと涙を流し始めるエリス。


 その姿にフラウは心臓を掴まれたような痛みを感じてしまう。

「違うの、違うのよ! エリスを悲しませるつもりはなかったの!殺すなんてそんな……」


 かかった。

 エリスーエージは、フラウが彼の張ったクモの巣に引っかかったことを確信した。


 狼狽するフラウにエリスーエージは絶望を演じつつ言葉を続けていく。

 

「潜入任務失敗の代償は死なの。それが盗賊ギルドの掟なの」


 エリスの絞り出すような声に、フラウは自身がとんでもないことに手を貸してしまったことに気いた。

 

「ねえフラウ。あなたの手で私を殺して。どうせギルドに戻っても私は始末されるだけだもの」

 エリスは畳み掛けていく。

 エリスの吐露とろにフラウはますます混乱してしまう。


「ごめんねエリスごめんね。あなたは失敗していないわ。だから泣かないで」

「本当に?」

 エメラルド色の瞳に大粒の涙を浮かべ、エリスはフラウが持つくれないの瞳を見つめた。


「本当よ、だから泣かないで」

 そう諭すフラウに、エリスは突然抱きついた。

 突然のことにベッドに押し倒されてしまったフラウの唇に、エリスはキスを重ねた。

 既にパニックとなっていたフラウは冷静に考えてみればありえない状況を受け入れ、さらには自らエリスを抱きしめた。

 

「ごめんねエリス、ごめんね……」


 ブヒヒヒヒ


 被害者2号誕生の瞬間である。

 

 翌朝まで、フラウは8歳の少女にアラサーヒキニートの鬼畜技でなぶられ続けた。

 繰り返し繰り返し、際限さいげんのない極限きょくげんがフラウの身体と精神に襲い掛かってくる。

 休みなく休みなく。

 

 やがて夜が明ける。

 

 朝日とともに、エリスはフラウにやさしく語りかけた。

「私の任務、成功でいいのよね?」


 すっかり脱力してしまったフラウは起き上がれない。

 なのでベッドに横たわったまま、目線だけをエリスに向け、こう懇願した。

 

「エリス、あなたの任務は成功よ、だから、また来て……」


 が、フラウの懇願は容赦ない一言で握りつぶされた。

 

「ふざけんな豚女」

「え?」


 エリスからの暴言にフラウは再びパニックに陥ってしまう。

 

 エリスに好かれるためにはどうすればいいの!

 豚女とののしられたことよりも、エリスがもう会ってくれないということにフラウは混乱し呆然としてしまう。

 すると、そんなフラウにエリスはにやりと笑いながら言葉を続けてやる。

 

「今から私は盗賊ギルドに戻るけれど、あなたも盗賊ギルドに何か言うことあるんじゃないの?」


 ああそうだ。

 盗賊ギルドに全てをしゃべってしまえば、またエリスに来てもらえるかもしれない。

 そうしなければ……。

 

 フラウは慌てて身支度を始めたのである。



「戻りました」


 エリスは盗賊ギルドに作られた秘密の裏口からギルドマスターの部屋に向かい、ことの顛末を報告した。

 

「どうだった?」

 ギルドマスターがニヤニヤと笑いながら様子を尋ねてくる。

 そんな表情にエリスも微笑みを返す。

 

「盗賊ギルドって、やなところですね」


 その一言でギルドマスターはことの顛末をすべて理解した。


「まあそう言うな。ゴミ掃除もできそうだしな」


 すると豪快に笑うマスターのところに伝令が飛び込んできた。

「エリスの身内を名乗るものが、ケビンの首を持って来ています。どうしましょう殺しますか?」


 続けて別の伝令も飛びこんで来る。

「冒険者ギルドマスターの娘が、ケビンにそそのかされてエリスに罠を張ったと訴えてきています。あれ?なんでここにエリスがいるの?」


 最後にキャティがギルドマスターの部屋に飛び込んできた。

「マスター!ケビンによるアンガス殺しの証拠、掴みましたにゃ」


「まあお前ら落ち着け」

 盗賊ギルドマスターはキャティを室内の椅子に座らせると、伝令の一人に副官を呼びに行かせた。

 

「御用ですか?マスター」

「おう。こいつらの始末を頼む」

 ギルドマスターはキャティから手渡されたリストを副官に放りなげると、副官もそれをいつものこととばかりに受け止め、内容にざっと目を通していく。


「掟破りですね」

「そうだな」

「すぐに片付けます」


 副官が部屋から出ていくのを確認すると、ギルドマスターはエリスに改めてこう宣言した。

 

「アンガスの娘エリスよ、今日からお前は盗賊冒険者だ。せいぜいギルドにみつげよ」

「ありがとう、マスター!」


 お礼とばかりにギルドマスターに抱きついたエリスに、マスターは自身の首筋あたりを指さした。


「この辺りだ」

「わかったわ」


 マスターの指で指定された場所である、彼の肌が露出している場所にエリスはそっと親愛のキスをした。

 その後エリスがギルドマスターの部屋から盗賊ギルドのホールに戻った時には、全てが解決していたのである。


 盗賊ギルド鉄の掟。

『仲間殺しは死罪』


 アンガス殺しに絡んだ連中は、ケビンの妻であるアリシャも含め、日が南天に登るまでに全てがギルドの手によって粛清されたのである。

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