魔道都市へ
「父さま、母さまかあ」
叔父に預けられていたとき、工房で修業していたときには、あれほど会いたかったのに、今では思い出になってしまっている。
それだけ今が充実しているのか、精神的に独り立ちしたのか。
クレアはわからない。
会えるものなら会いたいなとは思う。
だけど、今の生活を捨てて、父さま、母さまと暮らすかというと、今のクレアにその選択肢はあり得ない。
「会わない方がいいのかなあ」
薄情かもしれないが、これがクレアの本音。
要塞都市マルスフィールドから魔導都市ウィズダムへの街道は整備が行き届いており、宿泊施設の他に、街道途中のお休み処まである。
これはウィズダム-マルスフィールド-王都スカイキャッスルのルートは王族や貴族も頻繁に使用するため。
マルスフィールド-ワーラン-ウィートグレイスが庶民の街道であるのとは対称的である。
一行は試しに、途中で見つけたお休み処に入店してみた。
そこで売られていたのは、甘しょっぱい味付けの団子。
エリス-エージにはわかる。これはみたらし団子。醤油と砂糖の味付け。
ところが、他の4人には未知の味。
フラウがしきりに「豆のソースにはこういう使い方もあるのですね」と感心している。
「豆のソースだけで団子を食べてみたいな」
「カラメルをかけたらどうだろう」
「このままで十分おいしいにゃ」
見事に辛党、甘党、バッチコイの特徴を示す他の3人。
すると、3人の会話を聞いていた店員さんが、他のお菓子をそれぞれに勧めてくれた。
レーヴェには団子に豆のソースを塗って焼いたもの。
クレアには冷やしたシロップの汁に団子を浮かべたもの。
キャティはそのままおかわり。
エリスとフラウは、それぞれをちょっとずつ摘まんでいく。
「うん、しょっぱくて美味い」
「このシロップ、とっても甘くておいしいね」
「甘辛いのが一番いいにゃ」
フラウがクレアのシロップに反応。店員さんに材料を聞きに行ってしまった。
エリス-エージには、「多分メープルシロップだろうな」との予想は付いていたが。
「止めてくれー!」
突然の店の外からの叫び声。
店員さんのところに向かったフラウがひょっこり店の外に顔を出すと、そこで暴れていたのは真っ黒な大きい牛。
魔導馬よりも2回りくらい大きい。
しかもこの牛、黒光りしている。どう見ても金属製。
他の4人も店の外に顔を出す。
大暴れの牛と逃げまどう旅人達。牛は向かいのお休み処に突っ込んで、店を破壊し始めた。
「頼むから誰か止めてくれー!」
逃げまどう店員さんたち。
叫んでいるのは牛の飼い主だろうか?
「うわあ! あの金属の牛、動いてるよ!」
周りの空気を読まず、はしゃぐクレア。
慌ててクレアの口を押さえ、エリスがフラウに指示を出す。
「フラウ、せっかくだから牛で牛を殴ってきたら?」
「そうするわ、エリス」
どうもあの牛、金属製らしいので、ここは切るより殴った方がよさそう。
今では予備となった薄紅のミノタウロスモールにも、きっちりと鴻鵠+破魔は複写済み。
フラウがモールをかばんから取り出し、牛に単身向かう。
「おい、危ないぞお嬢さん!」
「無茶だ!」
「相手はゴルゴンゴーレムだぞ!」
回りから心配の声が飛ぶ。
怒号の中、フラウは牛に対峙する。
牛もフラウに気付き、頭をフラウに向ける。そしてフラウに突っ込む。
ごいーん
フラウのモールがカウンターで牛の頭に叩きつけられ、まるで鐘を鳴らすような音が響いた。
そのまま地面に突っ伏す牛。
ギシギシと音を立てた後、牛は動きを止めた。牛の頭はべっこりとへこんでいる。
一瞬静まり返る周辺。
そして湧きあがる歓声。
「すげえ、あのお嬢さん、1発でゴルゴンゴーレムを止めたぜ!」
「なんつー腕力だ!」
「助かりましたあー!」
そして、周辺にお詫びをしながら近づいてくるおっさん。
破壊した店の店主にわびた後、おっさんがフラウたちに近付いてきた。
「いやはや、助かりましたよ。まさか暴走するとは思っておりませんでした」
おっさんはウィズダム魔術師ギルド所属の魔術師だった。
エリスたちの質問に、おっさんは丁寧に答えてくれる。
黒い牛「ゴルゴンゴーレム」は、ウィズダム魔術師ギルドが労働用に開発した牛形のメタルゴーレム。
魔導馬のしくみを解析し、金属で作った牛の人形に、魔力を付与したもの。
本来はコマンドワードにより、歩く、止まる、右に曲がる、左に曲がるをゆっくりと行うのんびりさん。
で、何故暴走したかというと、おっさんが術式をカスタマイズしたから。
基本術式「コマンドゴーレム」をゴルゴンゴーレム用に調整したのが「コマンドゴルゴンゴーレム」
これにおっさん、速度を追加しようとしたらしい。
で、自ら調整した「コマンドアップスピードゴルゴンゴーレム」を試験。
魔導都市からここまでは、魔導馬並の速度で、快調に牛の背に揺られて移動できたらしい。
が、目的地を指定するコマンドにバグがあった。
お休み処を目指せと指定したところ、突如暴走、おっさん振り落とされる。
で、お休み処に突っ込み、コマンド達成。のはずが、「目指せ」だけコマンドが残り、次はフラウに向かってしまった。ここまでがおっさんの推測。
暴走中だからか、コマンドゴーレムの解除ができなかったのは事実らしい。
ここまでの説明を、目をキラキラさせながら聞くクレア。
しかたがないのでクレアに付き合っているエリス。
フラウは店の人に、シロップを譲ってもらいに行ってしまった。
レーヴェは何事もなかったように店に戻って焼き団子を食べている。
キャティは馬車からぴーたんを下ろしてきて、ゴルゴンゴーレムを食べるかどうか試している。
ぴーたんは見事にゴルゴンゴーレムを劣化。角の部分をポリポリ食べ始めたところでエリスが慌ててぴーたんを引き剥がし、馬車の中に連れて帰る。
不満そうにぴーぴー泣くぴーたんに悪魔のロングソードを与え、再び馬車の外へ。
続けてキャティの後頭部に飛び蹴りをくれた後、説教。
「痛いにゃエリス」
「このバカタレ、ぴーたんの能力を他に知られたらどうするの!」
「えー、エリスはあれだけでっかい牛を、ぴーたんが食いきれるかどうか見てみたくないのかにゃ?」
駄目だこいつ。
エリスはキャティのみぞおちにパンチを一発くれて黙らせた後、クレアのところに戻る。
幸い、おっさんは熱心に話を聞くクレアに集中しており、キャティのイタズラには気づいていない模様。
「俺の名はアルフォンス。ウィズダムでゴーレムの研究を行っている。一般人用のゴーレムの販売も行っているから、よかったら寄ってくれ」
そしてアルフォンスはゴルゴンゴーレムを持ち帰ろうとして、その変質に気づく。
「お嬢ちゃん達? 何かやった?」
知らん顔の5人。
「まあいいか、持ち帰って調べるとしよう」
アルフォンスはコマンドゴーレムを解除する。するとゴルゴンゴーレムは3ビートほどのサイズの人形になった。
それをかばんにしまい、アルフォンスはフライの呪文で、飛んでいってしまった。
「すごいなあ」
感嘆しているクレア。
嫌な予感のエリス。
「クレア、ゴーレム作る気?」
「無理だよボクには」
口元をいやらしく歪めるクレア。絶対に作る気マンマンである。
「そろそろ出発しましょうよ!」
牛を止めたお礼にシロップの瓶を何本か譲ってもらったフラウが皆に声をかける。
こっそりレーヴェも豆のソースを譲ってもらった模様。
キャティはみぞおちのダメージから復活し、ちゃっかりと御者席に座っている。
その日の夕食は、鶏のソテー。つやつやと輝いている。
エリス-エージは感心した。が、種明かしをせずに黙っている。
「これは美しく焼けているな。フラウ、何か細工をしたのか?」
「当ててみてくださいな」
鶏を噛む5人。
「うわあ、甘辛くて美味しいよ!」
クレアが珍しく料理を褒める。
「これはいくらでも食べれちゃうにゃ!」
キャティもびっくりしながら次々と鶏を口に運ぶ。
「うーむ、砂糖ではないな、この甘さは」
3人の反応に、自慢気に大きな胸を張るフラウ。
エリスはニヤニヤしながら黙っている。
「エリス、わかりましたか?」
ここは「わからない」と答えるのがオトナの対応。
「実は、これを使ったんです!」
じゃーんと見せたのは樹から抽出したシロップ。そう、フラウがこしらえたのは鶏の照り焼き。
感心する3人と、3人に同調してわざとらしく振る舞う1人。
「今度はこれで魚も焼いてほしいにゃ!」
そして夜だよブヒヒヒヒ。
「フラウ、今日は怖くなかった?」
エリスがフラウの耳元で囁く。
「いえ、あれくらいの魔物なら、もう、負ける気はしませんわ」
うふふと笑いながら、エリスの頭を胸に抱えるフラウ。
「そうね、自信も大事だわ。でもね、己の身の程を知るのも大事よ」
一気に解放されるヒキニートの鬼畜技。
今晩もフラウはおまぞさんを堪能させられてしまうのであった。
馬車の中では喘ぎ声が漏れ聞こえる。
順番待ちの3人、もうたまりません。
早く来い来いエリス様。
てな様子で、5人は旅を楽しみながら、魔導都市ウィズダムに到着した。