魔王さまマジヤバい
あうあう
あうあう
あうっ
魔王は本日2回目の賢者タイムを迎えた。
畜生、マルゲリータ姐さんめ、まさか格闘ごっこで来るとは、さすがのイマジネーションあふれるクリエイティブな俺でも思いつかなかったぜ。
しかし、あの「チキンウイングフェイスロック」という技は素晴らしい。姐さんのおっぱいが俺の背中を襲い、姐さんの腕が俺の顔を襲い、姐さんの吐息が俺の耳を襲う。
しかもその後引きずり倒されてボディシザースとの複合技に持って行かれる流れが素晴らしかった。姐さんの両太ももに締め付けられる俺の下腹部はあうあうだぜ。
さすが姐さんだ。常に俺の先を行く。俺も精進せねば。
などと賢者タイムを湯船で楽しんでいる魔王。
「ベルさん、いつもありがとうね」
すっかり常連となった魔王。マルゲリータからベルルデウスならぬ「ベルさん」と愛称で呼んでもらえるようになった。
「いや、今日も素晴らしかった。今後とも是非魔王を蹂躙して欲しい」
魔王のゴキゲンな様子に、マルゲリータもサービス心が湧いた。
「そういや、ベルさんには教えておくけど、この辺を男性街として再開発するんだよ」
「どんなふうにするんだ?」
「私らは専用の浴場に引っ越しさ。すぐそこだけどね。それと、ナイトクラブを新たに始めるんだ」
「専用というのは、マルゲリータさん専用ということか?」
「いや、とてもいいこと専用さ。私とマリリンは自動的にそっちに引っ越すことになるけどね」
「サービス内容は変わるのか?」
「一般のお客さんの目がない分、もっとディープにするつもりだけどね」
くらくらする魔王さま。突然の「ディープ」という単語に賢者タイム終了。
「で、ナイトクラブというのは何だい?」
興味津々の魔王さま。
「紳士の社交場さ。お酒とかを楽しんでもらう場所だよ。お客さんの待合室がわりや、遊んだ後に一杯引っ掛けていってもらう店さ。私もときどき店に立つつもりだよ」
「マジか」
魔王はふと、ギースとかいう盗賊見習いの男を思い出した。
あの時のやりとりは楽しかった。ベルルデウスとの漫才より100倍楽しかった。
そうか、ナイトクラブにはそういう利用方法もあるな。
ぜひあいつと酒を酌み交わしてみたい。
「ところでマルゲリータさんは、どんな服装でその店に出るつもりなんだ?」
「それをお客さんにリクエストしてもらおうと思ってね。ベルさんも何かいい衣装を考えておくれよ」
ブーストがかかる魔王さま。もう1回戦したくなってしまった。
「ところで、今日は延長は可能か?」
「ごめんよ、この後予約があるんだ」
肩を落とす魔王。しかし、魔王は待つ喜びを知っている。
「わかった、また予約しに来る。ナイトクラブの制服も、とびきりマルゲリータさんに似合うものを考えてみるとしよう」
「ありがとうね、ベルさん」
常連の魔王には、腕を組んで店の外まで送ってもらうサービスあり。この時、マルゲリータはデフォのメイドウェア。
「それじゃね、ベルさん」
「ああ、また来る」
と、そこで突然マルゲリータの表情が厳しいものになり、彼女が叫んだ。
「危ない! ベルさん!」
マルゲリータが突然魔王に抱きつき、身を入れ替えて魔王を押し倒す。
突然の天国にフルバースト寸前の魔王。
「あぐっ!」
続くマルゲリータのうめき声。
彼女を襲ったのは、悪魔の爪。
悪魔の爪から、かばわれたのは魔王。
マルゲリータは背中をぱっくりと割られ、血に染まる。
「大丈夫……だった……かい……ベルさ……」
魔王をかばいながら生気を失っていくマルゲリータ。
「うお! 何してんだお前ら!」
魔王は目の前の悪魔を無詠唱のエクスプロージョンで吹き飛ばし、マルゲリータにパーフェクトヒールを唱える。
そして彼女を抱き、急いで店に戻る。
「ねーちゃん、マルゲリータさんを頼む!」
魔王は受付嬢に彼女を託し、外に飛び出す。
「俺のマルゲリータに、何してくれてんだこいつら!」
魔王はこの世界に来て、初めてぶち切れた。
「我が翼よ我のもとに来たれ フライ!」
魔王は農夫の姿のまま空に浮かび上がる。
まずは状況を確認。
「ザブナートの糞野郎だな」
そして呪文を紡ぐ。
「我の歩みを妨げる全てに怒りの炎をもたらせ」
魔王の背後に無数の炎弾が浮かぶ。それは空を真っ赤に染めた。
「我の名にて逃さず焼き尽くせ ホーミングミサイル!」
背後の炎弾が一気にワーランの街を駆け巡る。
それはすべてのポーンデーモンを焼きつくし、ノーマルデーモンとハイデーモンにダメージを与えた。
魔王は続ける。
「傷を持つ悪魔よ、我の命に従い、そのまま地獄の釜に戻れ デスサイズ!」
魔王を中心に、魔力の輪がワーランの街中を駆け巡る。
すると、輪に触れたノーマルデーモンとハイデーモンが灰燼と化した。
「天空の微かな塵よ、我の招きに応じよ コールコメット!」
街中に残る十数体のグレートデーモンの頭上に白く尾を引く極小の彗星が落下し、デーモンを貫いた後、地面に消えていった。
「最後はあいつらだな」
魔王は空に浮かび、何事かと慌てているデーモン共を一瞥する。
「太古の魔共よ、我に従い時空を歪めよ クローズドディメンション!」
デーモン共は直方体の異空間に捕らわれた。
「地獄の番犬共よ、汝らの欲望に従い、全てを喰らい尽くせ ブラザーハングリー!」
直方体の中に地獄の魔犬達が召喚され、悪魔どもを喰らい尽くす。
逃れようにも、断絶空間で逃げ場を失った悪魔どもに逃げ場はない。そのまま悪魔どもは魔犬どもに食われた。
一息ついて冷静になった魔王。
「やべえ、やっちゃった……」
自らの手で自らの軍団兵力約四分の一を壊滅させてしまった魔王。
「ベルルデウスにバレる前に帰ろっと」
マルゲリータのことは心配だったが、あまり目立ってワーランに来られなくなるのもつまらない。
魔王はそのままスカイライナーの魔法で城に帰還した。
エリスたちは混乱した。
絶望の縁にいた自分たちの前で、悪魔どもは焼かれ、灰燼と化し、彗星に貫かれ、空で恐ろしい犬どもに食われた。
そしてエリス達5人だけが気付いた。
空に浮かぶ麦わら帽子の農夫に。
「あれが魔王……」
エリスたちにはわからない。なぜ魔王が悪魔の軍勢を打ち破ったのか。
魔王と悪魔は敵対しているのか? 悪魔の軍勢は勇者側なのか? 悪魔は魔王を倒しに来たのか?
考えれば考えるほど混乱する。
しかしまごうことなき事実が1つだけある。
「魔王はヤバい」
数千の悪魔を一瞬で屠る力を魅せつけられた。
街では、「勇者様が来てくれたのか!」との声も上がっている。
ここは一旦静めよう。
脅威が一旦去ったことには間違いないのだから。
ただ、その脅威がいつまた襲ってくるかもわからないのだけれど。
マルゲリータは目覚めた。
そして確信した。あの農夫、ベルさんは強力な存在。エリスお嬢様が言う魔王なのかもしれない。
自分の背中を悪魔の爪が襲ったことは確かに覚えている。背骨を折られる音も骨を通じて耳にした。
終わったと思った。でも、目覚めたらここにいた。
魔王なのか救世主なのかはわからない。でも、彼はマルゲリータを救った。それは事実。
「まいったね」
マルゲリータは人生初めての感情を胸に持つことになった。
「お嬢様たちには報告しとかなきゃね」
こんな騒ぎだ、この後の客はキャンセルだろう。
マルゲリータはその足で百合の庭園に向かう。
「よろしいですか魔王さま」
「なんだいベルルデウスさん」
「ザブナートが悪魔数千の軍隊を失いました」
「それって、こないだの欲求不満のやつ?」
「さようでございます」
「じゃあ呼んでみるか」
「そうですね。すぐに呼び出します」
間もなく悪魔幹部級グレートデーモンのザブナートが魔王の前に跪いた。
「今回は勝手やってくれちゃって、正直困ってるんだけどさ。で、勇者の首は持ってこれた?」
意地悪な魔王。
硬直してしまったザブナートさん、必死で言葉を絞り出す。
「いえ、恐縮ながら敗れました。勇者どもは炎弾を操り、悪魔を浄化し、天から彗星を呼び出し、地獄から魔犬を召喚しました。あれではどうすることもできません」
「そんなの、俺でも出来るよ」
マジかという表情のザブナートさん。
「てか、その程度で負けて逃げ帰ってきたのね、ザブナートさんよ」
答えられないザブナートさん。
「ベルルデウス、ちょっと幹部共集めてくれる?」
「かしこまりました」
しばらくすると、悪魔幹部クラス数名が王宮広間に集まった。
「ほれ、ザブナート、お前がどんな目にあったか、こいつらに説明してみろ」
ザブナートは魔王に説明したことと同じ内容を伝える。
「聞いた、お前ら?」
魔王の言葉に頷く悪魔幹部たち。
「でね、お前らいつも俺の力を見たいって言ってたじゃん。今見せてやるよ」
冷酷な笑みを浮かべる魔王。
「それじゃまずはバインド」
魔王はザブナートの自由を奪う。
「失敗には死をだもんね」
震えながら首を左右にふるザブナート。
「それじゃ、順番にいこうか」
魔王はザブナートをテレキネシスで浮かべ、城外に誘導する。
そしてホーミングミサイル。
次にデスサイズ。
命を刈り取られる寸前のザブナートにパーフェクトヒール。
そしてコールコメットで、わざと急所を外し、ザブナートの肩口を抜く。
「最後は犬だよね」
クローズドディメンションでザブナートを結界に閉じ込め、ブラザーハングリーで魔犬を呼び出し、じっくりと食わせる。
「どう? こんなの、俺でもできるけど、もっと強烈なの、見たい?」
全員一致で首を左右に振る悪魔幹部たち。
「じゃ、暴れるのはいいけどさ、必ず勝ってね。負けたら死刑だよ。あと、ワーランに手を出しちゃダメだからね」
わざわざ言われなくても、誰もザブナートがあんな目に遭った都市に手を出そうとは思わない。
「はい、それじゃこれで解散」
魔王は解散を宣言する。
「さて、マルゲリータさんの衣装を、俺のイマジネーションあふれるクリエイティブなセンスで考えねばならんな」
久しぶりに汗をかいた魔王は、そのまま眠りについた。
魔王を守ろうとした、姐さんを想いながら。