うごめく皆さま
「エリス、迷宮に行こうよ!」
珍しくクレアが興奮している。
「どうしたの?」
エリスの問に、クレアは先日の巻物を手にして「えっへっへ」と笑いながら皆に説明した。
巻物に書かれていたのは失われた魔法の術式
「ディストラクションニードル 相手の魔法抵抗能力を無効化する 基本必要精神力7」
イマイチ地味な効果に不思議そうな4人。クレアだけがニヤニヤしている。
「あ、そうか!」
エリスが気付いた。
「魔法に抵抗を持つ悪魔系の連中にも、魔法が通るようになるんだ!」
「そうなんだエリス。そして最も期待できるのが、ボクのディストラクションニードルとエリスの沈黙のコンボさ!」
言われてみればその通り。相手の魔法を問答無用で封じることができれば、後は脳筋3人に任せておけばいい。
「もしかして、これで悪魔の迷宮制覇も余裕ということか?」
「エリス達が魔法の被害に遭うことはなくなりますよね」
「一度戦った相手なら、確実に勝てるようになるにゃ」
エリスは考える。
ワイトの迷宮を消すよりも、悪魔の迷宮で戦力アップを図ったほうがいいかも。
それに、ワイトの迷宮自体を勇者のパーティに消させてしまうほうが、間抜け顔を拝めて楽しそうだ。
「そうね、悪魔の迷宮でしばらく遊びましょう」
5人の乙女は、暇つぶしにワーラン最上級の迷宮を制覇することにした。
さて、こちらは勇者のパーティ。
一行はウィートグレイスに戻り、魔王の魔符に関する情報を集めている。
が、成果は芳しくない。
神の啓示による「ワーランのワイト迷宮」は数回挑んだが、すべて外れ。
一旦城塞都市マルスフィールドに戻り、いくつかの迷宮を巡ったが、そこでは抵抗のガントレットと抵抗のメタルブーツを得たのみ。
そのため、他都市も回り、その周辺の迷宮を探索することにしたのだ。
が、ウィートグレイスの周辺には迷宮がない。なので冒険者ギルドもない。
しかし農耕都市なだけあって、食べ物は旨い。
何度かの迷宮探索のお陰で、パーティーの装備や、懐具合も良くなってきている。
「グレイよ、しばらくこの街で過ごそうぜ」
ダムズがやる気なさそうに提案する。
「そうね、ここなら私たちは英雄扱いだもんね」
ピーチが合意する。
「最近働き過ぎでしたからね」
全く働いていないクリフも尻馬に乗る。
確かにウィートグレイスより南には、都市といえるところはない。
徒歩ならば、東を目指すか、自治都市ワーランに戻るかの選択になる。
「東に向かい、探索がてら、魔道都市を目指すぞ」
グレイは3人の意見を無視し、宣言する。それに同意するように頷くギース。
「マジかよ」
「何がんばっちゃってんの」
「人使い荒いですね」
この3人、迷宮ではギースとグレイの後をついてくるだけ。なら宿で待っていればいいじゃないかと思うが、そこはせこい3人。出たお宝は確認したいし、使えるものならゲットしたい。
「リーダーは俺だ。言うことを聞いてもらおう」
「そんなこと言ってると、相手してやんないよ」
ピーチの挑発にグレイは動じない。
ふん。と鼻で笑うだけ。
その態度にムカつくピーチ。
「暴発したって知らないからね、この好きもの勇者が!」
ピーチの戯言を無視し、グレイたちは東に向かい歩を進めた。
本当ならワーランでワイト迷宮の探索を繰り返すのが合理的な勇者パーティの行動。
だが、グレイはワーランにパーティで滞在したくない。
その理由はただひとつ。
「魔道都市到着後に、ワーランにリープして、マリリンさんを予約しなければ」
そう、パーティでワーランに滞在すると、どこでお風呂通いがバレるかわからない。
勇者の視野に既にピーチはいない。
勇者は魔王を倒す目的よりも、パーティを出来るだけワーランから引き離して マリリンさんの元に向かうという目的の方が強くなり始めていた。
こちらは魔王城。
イマジネーションあふれるクリエイティブなピンヒールに、乗馬鞭も加わってご満悦の魔王さま。
「マルゲリータ姐さん、俺のところの幹部になってくれねえかな」
魔王は考えなおす。
「部下にしちゃったら、やっぱりマグロだよな」
そう、たまに会うからいいのだ。
魔王は次の予約を入れる準備を始めた。
「魔王さま」
「なんだベルルデウス」
「ゴキゲンなところ、恐縮なのですが、悪魔幹部の1人が勝手な行動を始めました」
「どんな行動だ」
「兵を集めて人間の都市を襲おうと計画しています」
「いいんでねえの」
「いいんですか?」
「要するに、欲求不満がたまっているってことだろ、勇者がいなきゃそれでよし、勇者がいたら、勇者の力量を測れるということでそれでよし。問題ないじゃん」
「それなら、命令してあげればいいじゃないですか」
「嫌だよ。だってあいつら、二言目には『魔王さまのお力をお見せください』とか言うしさ。俺は爪が見つかるまで引きこもっていたいの」
「無責任ですね」
「無責任の固まりのようなお前らが言うか」
「かしこまりました。それでは放っておきますね」
「失敗したら死刑な」
「当然ですね」
「ところでベルルデウスさん、小遣いくれ」
「またですか。最近、金遣い荒いですね」
「魔王に向かってセコいこと言うなよ。何も1億リルよこせって言ってるんじゃないんだからさ」
「まあ、いいですけどね。ところで、そんなに頻繁に外出されるのでしたら、ちゃんとしたお召し物を用意いたしましょうか?」
「いや、あれでいい。というか、あれがいい」
「そうですか。必要でしたらご自分で購入なさっても構いませんからね。はい、100万リル入れておきました」
「ありがとう」
そして魔王はいそいそと農夫一式に着替え、ワーランに予約に行くのであった。
さて、舞台は再びワーラン。
エリス達5人は再び悪魔の迷宮に向き合う。
やはり罠がうざい。こればかりはエリスの神経を削る。
「もう、たまには引っかかってやろうかしら」
「やめてくれお嬢」
「夕食をエリスの好きなリゾットにしますから、がんばってくださいね」
「最終ボスのところに早く行こうよ!」
「にゃー」
戦闘は順調に進む。宝箱からはリルしか出ないが、気にしない。
既にザンゲル級のノーマルデーモンでは、魔法すら必要ない。
何しろ、エリスたちは前衛3人が魔法を15まで無効化、物理攻撃もフラウは20、レーヴェとキャティが10を無効化。しかもレーヴェとキャティには、そもそも物理攻撃が当たらない。
腐った巨人戦では、クレアがディストラクションニードルからバインドのコンボを試す。
束縛された巨人。あとはフラウ、レーヴェ、キャティ、エリスの一撃で終了。 ひどすぎる。
「ザビナス級は、私とクレアの2人で相手してみましょうか?」
退屈しているクレアに、エリスがそう声をかける。
そしてザビナス級ハイデーモンの部屋。
クレアは予めエクスプロージョンを纏っておく。
そして先行してディストラクションニードルを唱え、ハイデーモンの魔法抵抗を無効化。
すかさずエリスが沈黙を解放し、ハイデーモンを黙らせる。
続けてクレアのエクスプロージョンがハイデーモンの頭部に炸裂。
これは前回と同様、あまりダメージを与えた様子はない。
だが、爆発の衝撃でふらつくハイデーモン。
その股間をエリスが狂神のニードルダガーで突き上げる。
これで終了。
「すごいものだな」
「動きを封じさえしてしまえば、エリスのダガーが最強ですからね」
「最後が楽しみにゃ」
そしてラスボス。悪魔幹部級グレートデーモン。
「束縛は効果あるかしら」
エリスの問にクレアが残念そうに答える。
「多分効いても、すぐに効果は消えてしまうと思うよ」
先ほどのエクスプロージョンの様子を分析したクレアが答える。
ディストラクションニードルは「魔法がかかる」だけで、ダメージ抵抗の除去や効果時間の延長にはつながらない。
「そうなると、やっぱり私たちは後ろにいたほうがいいわね」
「うん、多分あの爪で撫でられた瞬間に、ボクらの犠牲の人形は弾けちゃうよ」
「まあ、我々に任せておけ」
「殴るのは任せて下さいね」
「爪でえぐってあげるにゃ」
エリスが順調に扉の罠を解放。クレアはディストラクションニードルを身に纏う。
レーヴェがドアノブに手をかけ、そして開ける!
まずエリスが先行して突入。グレートデーモンの位置を確認したところでクレアがディストラクションニードルを放つ。すかさずエリスが沈黙を開放し、影に身を潜める。
そしてフラウを先頭に前衛3人が部屋に突入。
クレアは試しにバインドを唱えるも、束縛効果は一瞬。しかしそれは前衛3人が無事に配置につく時間を稼いだ。
デーモンの爪がフラウを薙ぐも、フラウは倒れない。逆にデーモンの爪がはじかれる。
驚く表情のデーモン。そして反対側からは片膝を一撃で切断された。
バランスを崩したデーモンの首をブレイブリッパーが薙ぐ。
両手を振り回すも、レーヴェとキャティには当たらない。
そしてフラウが鴻鵠と破魔で6倍の攻撃力となったモールをデーモンの頭に叩きこむ。
うつ伏せに崩れ落ちるデーモン。
その背中にエリスが舞い降り、止めの一撃を加える。
悪魔幹部級ボスとの2戦目はあっけなく終わった。
そして宝箱。
中には淡く金色に輝く針短剣。
スティレットは無印、しかしその輝きは勇者を切り裂くものと同じ。
「もしかしたら、もしかしちゃうかも」
エリスはこれがダークミスリル製だと予感する。
クレアもそう思った模様。
「これ、ダークミスリル製かもね」
5人は顔を見合わせる。
そして5人で下衆い笑顔。
「これはギルドには内緒にしておきましょう」
2戦目は、悪魔は復活し、語ることはなかった。
理由はわからないが、もう復活することはないだろうと彼女たちは予感する。
本日の稼ぎ200万リル。1人40万リル。道具の売却は無いので、キャティも盗賊ギルドには申告なし。
お疲れ様でした。