迷宮の謎
「つまらないわね」
「お嬢がやり過ぎだからだ」
「とどめを刺したのはあなたでしょ」
エリスとレーヴェは、工房ギルドと冒険者ギルドのホールから、街の再整備が終わるまでの間、出入り禁止を食らってしまった。
理由は、各ギルドメンバーから「ワーランナンバーズ」でかっぱぎ過ぎたこと。
「やっぱり狙いは観光客か田舎貴族ね」
「お嬢、頼むから今は我慢しておけ」
フラウはゲーム自体が好きではないらしいし、クレアも蒸し器を「クレア-フリント」ブランドで売りだしてから、いよいよ悠々自適。キャティはそもそもリルなんぞどうでもいい人生を送っている。
正直、男性街と「交わる町」が完成するまでやることがない。クロスタウンとは、ケーキショップとティーショップから始まった、ワーラン中心街と百合の庭園の間に建設中のショッピングモール。
「悪魔の迷宮に行ってみませんか?」
フラウが薄紅色の「鴻鵠の破魔のミノタウロスモール」という、とってもやばい武器をやわらかな布で拭いながら舌なめずりをする。
悪魔の迷宮とは、ワーラン最上級の迷宮。とにかく出てくる奴らが抵抗の固まり。
攻撃は通用しないわ魔法は通用しないわ、一方で殴られると痛いわ魔法は痛いわで、ほぼ放置されている迷宮。
エリスは考える。
人間重戦車と化したフラウが1両あるし、鴻鵠と破魔の性能も知りたい、ならば試してみるかと。
懸念事項は、クレアがさっぱり強くなっていないことと、エリスも狂神のニードルダガーという、当たれば相手を殺せる武器を手に入れたが、相手の攻撃が当たれば自分が死ぬ状況には変わりないこと。
分身、犠牲、本人の3発で人生終了。
「フラウ、やばくなったら私の一存で帰還の指輪を解放するという条件でもいい?」
サムズアップのフラウ。レーヴェとキャティもニコニコしながら身支度を始める。
「脳筋共め」
エリスとクレアは、互いにため息をつきながら顔を見合わせるのであった。
「マジですか?」と、レレンが驚く。
「マジですよ」と、フラウが微笑む。
「やばくなったら、すぐにもどってくださいね」と、ギルドマスターの娘を心配する冒険者ギルドの受付嬢。
「魔導馬をお持ちなら、案内は不要ですね」
レレンがエリスに帰還の指輪と地図を渡す。
「ええ、頑張ってきますね」
さあ、ワーラン最上級をフルボッコするぞ。
「やっぱり私が一番切ない役割なのね」
罠の解除、扉の解除と、息を呑み、ストレスをため込むのはエリスの仕事。
悪魔の迷宮は、ワイトの迷宮と違い、正統派。50部屋クラスの長い迷宮。
そしてしょっぱなから、ザンゲルさんクラスのノーマルデーモンが6体くらいで登場する。
陣形はライトニングシャワーをまとったクレアと、扉の罠を解除したエリスが先頭。
次にキャティとフラウ。最後に扉を開ける係のレーヴェ。
レーヴェが扉を開けると同時にクレアが中央にライトニングシャワーを放つ、同時にエリスが部屋に入り込み、分身を唱えつつ暗闇にまぎれる。
続けてキャティとフラウが突入。
敵が小物数体の時は、キャティがそのまま駆け抜け、後をフラウが追い、敵を叩き潰す。
最後にレーヴェが取り囲もうとする雑魚を処分。
ザンゲルさんクラスのノーマルデーモン6体では、エリスの出番は相変わらずなかった。
一方、単体相手の時のエリスの容赦なさは半端ない。
ワイトのユニークダンジョンでもお世話になった腐った巨人。
クレアのライトニングシャワーは無効化される。
キャティの爪攻撃にも耐える。
次にフラウがモールでぶん殴ろうとしたところで、腐った巨人はうつ伏せに倒れた。
背中にはニードルダガーを突き立てたエリス。
「ちょっと気持ちよかった……」
各部屋の宝箱は、平均2万リル。50部屋で合計100万リル。悪くないが、魔道具が出ない。
「ちょっと運が無いみたいですね」
満足行かない獲物にフラウが珍しく文句を言う。この迷宮に誘った手前だろうか。
そして悪魔をフルボッコして進む乙女たち。
途中に、ザビナス級のハイデーモンも現れた。
ハイデーモンのアイスフォッグをフラウが跳ね返し、フラウが左ひざ、レーヴェが右ひざ、キャティが背中を狙う。
今度は明らかに攻撃が通り、ハイデーモンは両ひざを砕かれ、背中をえぐられた。
そこにクレアのエクスプロージョンが放たれるも、やはりとどめを刺すには至らない。
最後はエリスが狂神のニードルダガーを突き刺して終了。
いまいち不満げなクレアの表情が、エリスには気になった。
「最後の部屋みたいよ」
エリスの言葉に4人も改めて気合を入れなおす。
「フラウ、ここのボスは不明だよね」
「ええ、何が出てくるかわかりませんわ」
ふん。
「罠解除完了。クレア、今回はライトニングシャワーじゃなくて、エクスプロージョンを用意しておいて」
「わかった、エリス」
「では、開けるぞ」
レーヴェの合図で5人は部屋に突入。今回はエリスは真っすぐ進み、沈黙を解放しながらボスとの距離を測る。沈黙は手応えなし。抵抗されている。
そしてエリスが左に身体をそらしたところで、クレアがエクスプロージョンを解放。
中央の影が爆発に包まれた。
続けてライトを唱えるクレア、キャティは右に回り、フラウが前面に立つ。
中央には、豪奢な衣装を纏った腐った悪魔が立っていた。
「バインド」
フラウに束縛の魔法が唱えられる。
「ファイアバースト」
悪魔の魔法でエリスの分身および、エリスとクレアの犠牲の人形が吹き飛び、 他の3人はダメージを受ける。
「さて、まずは1人」
悪魔は爪をフラウに振るう。
「やばい!」
エリスは全回復を唱えるも間に合わず。
ところがフラウ、実はバインドなんか効いていませんでした。単に悪魔の腐りっぷりにびびって足をすくめただけ。
そういえばそうでした。
この娘さん、束縛と毒と物理ダメージ20と魔法ダメージ15までを無効化し、さらに一定確率で相手の物理攻撃を無効化する人間重戦車でした。
「いやー!」
フラウさんの薄紅の鴻鵠の破魔のミノタウロスモールが、悪魔の頭にめり込む。
「う、お、……」
それでも踏ん張る悪魔。
そこに襲いかかるキャティのブレイブリッパーとレーヴェのサーベルとエリスのニードルダガー。
悪魔は呻きながら倒れこんだ。
「ちょっとやばかったかしら」
本当はマジでやばかったんだけど、そこは余裕をかまして皆に声をかけるエリス。
確かにやばかった。
3発目が爪ではなく魔法だったらエリスとクレアが終わっていた。
これはなんとかしなきゃ。
「さあ、気を取り直して宝箱を開けましょ」
エリスが罠を確認する。腐食の罠。
この期に及んで嫌らしい罠だ。
これを慎重に解除。
宝箱を開けると、そこにはリル金貨と、指輪が1つ、そして1冊の巻物が入っていた。
巻物に飛びつくクレア。
指輪はすぐにエリスが鑑定した。
大魔導の指輪 装着者が魔術を使用する場合、その必要精神力を5減じる。但し1以下にはならない。魔道具は対象外。 必要精神力0 自律型
巻物のタイトルは「禁呪大全 その1」中身はエリスにもわからない。
「ボクこれもらうよ、反対意見なんか聞かないよ! いいね!」
珍しく興奮するクレアと、巻物という物自体をあまり見たことがないので、なぜクレアがむきになっているのかわからない3人との温度差をエリスは感じつつ、声をかける。
「さあ、それでは帰りますか」
「ちょいと待て、お嬢ちゃん達」
5人の背筋に冷たいものが走る。
完全に油断していた。
……。
「お嬢ちゃんたち、勇者か? 魔王か?」
エリスは回答に窮する。そして事実を述べる。
「どちらでもないわ」
そしてエリスは振り返る。
そこには復活した悪魔。
やばい!
やばいやばい!
そんなエリスの表情を見越したように、悪魔はカタカタと笑いながら続けた。
「今回はお嬢ちゃんたちの勝ちじゃ。次に我と勝負したかったら、もう一度、いちから迷宮を降りてこい。報酬はたくさんあるぞ」
何を言われているのかわからないエリス達。
不思議そうな顔の悪魔。
そして事情を悟ったのは悪魔の方。
「ああ、迷宮最奥で、迷宮の存在理由を語るものがいなくなったか。時がたった証拠じゃの」
???
ここで一番人見知りをしないキャティが切り出す。
「悪魔さん、迷宮の存在理由ってなんにゃ?」
悪魔はカタカタと答える、
「前回の神魔戦争の名残を浄化することじゃよ」
???
「要は、この世界で前回発生した勇者と魔王の戦いで生まれた、様々な混沌を封じ、それを徐々に倒すことで浄化する装置。それが迷宮じゃよ」
エリスは理解した。
「それじゃ、迷宮はある程度制覇したらなくなるの?」
「ああ、宝がなくなれば迷宮は消える。我のところなら10回程度、初級、中級なら数百回というところだろうな」
「宝って?」
「神魔戦争時に使われた魔道具じゃよ。報酬で出しているのは、これらを散らせる手段じゃ」
「ところであなたは誰?」
「前回の神魔戦争時に魔王に仕えた悪魔幹部の成れの果てじゃよ」
これはまた大物が出てきた。
「なぜ勇者と魔王は闘うの?」
「知らん。生理現象としかいえんな」
「あなたはこれからどうするの?」
「お嬢ちゃん達が、あと10回もここを訪れて、我を倒してくれたら成仏するかもな。あ、仏じゃなくて魔か。ということで、不愉快になってきたので、もう帰れお嬢ちゃんたち。なお、お嬢ちゃんたちは我のことを覚えただろうが、我はお嬢ちゃんたちが消えたところで記憶も消える。次会ったからといって、なれ合いはないからな」
そしてエリスたちはほぼ強制的に帰還の指輪を起動させられ、冒険者ギルドに戻った。
「いろいろ整理することが増えたわね」
エリスは新しい情報を整理する。
そして思いつく。
ワイトの迷宮を消してしまったら、勇者たちは、さぞ悲しむでしょうね。
エリスは一人ほくそ笑んだ。