ご利用は計画的に
翌朝、エリスとレーヴェはルクス母さまとアイフル、クレディアを連れ、市街地に向かった。
そこでは既にレオパルドとフェルディナンド、ヒュンメルが待っている。
「エリス、おはよう」
ヒュンメルがタメ口でエリスに挨拶をすると、エリスもヒュンメルに返す。
「ヒュンメルさま、おはようございます」
年上に対する礼。
これにはヒュンメルが赤面してしまった。
「フラウがこれを持たせてくれた。馬車の中で朝食代わりに食むといい」
レーヴェがルクス母さまにサンドウィッチの包みを渡す。
「ビゾン姉さま、グリレ姉さまにもよろしく伝えてくれ」
ビゾン、グリレとはレーヴェの2人の姉。2人ともこれから一行が向かうスカイキャッスルの貴族のもとに嫁に行っている。
「ああ、世話になったな。エリスさんたちにも世話になった」
レオパルドの挨拶に頭を下げ返すエリス。
「ワーラン商人ギルドへの茶の出荷は手配しておいたから、ギルドで確認しておいてくれ。これが見本じゃ」
フェルディナンドが2つの壺をエリスに渡す。
1つは白い陶器。もう1つは白い陶器にエリス達のフラッグが焼き付けられている。
「中身は同じじゃ。フラッグ付きを直売店専用にするよう、話をつけることはできるな、レー坊」
これは嬉しい誤算だった。これならば直売店を他の店と差別化できる。
「ああ、フェル爺さま、ありがとう」
「感謝いたしますわ」
レーヴェとエリスがフェルディナンドに礼を言う。
「それでは馬車が来た。我々スカイキャッスルに向かうとするよ」
定期便の馬車に乗り込む4人。手を振って見送る4人。
「さて、それでは朝食を摂ってから、マリアのところに行きましょうか」
4人は近くのカフェで朝食を摂り、そこでエリスはアイフルとクレディアに、今後のことについて説明する。
まもなく完成する茶店は、2人にレーヴェがプレゼントすること。ただしこれは他人には内緒にしておくこと。
それまでは街中の宿に住み、街中をひと通り歩き、どんな店があるのか、何が売れ筋なのかを頭に叩き込むこと。
茶店では当面、今日フェルディナンドが託してくれた特別壺入りローレンベルク茶を販売するが、今後他の商品販売も検討し、実施すること。
レーヴェへの販売手数料は、売上の10%とすること。
他人へは、「エリスから建設資金を融資してもらって、店を建てた」と説明すること。
2人は頷く。
「何から何まで、申し訳ございません」
「エリスさま、私頑張って働きますね」
アイフルとクレディアが何度も何度も頭を下げる。
こうしてエリスは、召使2人を増やすことに成功した。
「いらっしゃい、レーヴェさま、エリス」
商人ギルドでの序列はエリスよりレーヴェの方が上。
「こちらの方々が、アイフルさんとクレディアさんね」
マリアの問いかけにレーヴェが答え、2人にもマリアたちを紹介する。
「こちらはマリアさま。商人ギルドのマスターだ。今回は色々と便宜を図ってくださっている。後ろに控えているのはニコル。仕入れと販売の相談をするといい。なお、ニコルはゲイだから安心しろ」
何を安心するのかよくわからない2人だったが、礼儀正しくマリアとニコルに挨拶をする。
「その優雅さをお持ちならば、お茶の販売も期待できますね」
ニコルが冷静に判断する。
そう、茶は比較的高級品であり、客層も中流以上がメイン。田舎とはいえ領主の妻であったアイフルと娘であったクレディアならば、うまくこなすだろう。
「こちらが見本です」
エリスが先ほどフェルディナンドから託された壺をマリアに渡す。
それをニコルが査定する。
「卸価格は1壺2000リルとのことです」
「両方ですか?」
エリスの説明をニコルが確認する。そして金額決定。
「通常の壺は3000リルで商人ギルドから各店舗に卸します。販売最低価格は5000リル。限定の方は3500リルでアイフルさんたちのみに卸します。最低販売価格は5500リル。よろしいですね」
頷くしかないアイフルとクレディア。
1壺販売で売上5500リル。販売手数料550リルをエリスに支払うと、残り4950リル。仕入れが3500リルなので、手元に残るのは1450リル。
「当面は限定品と通常品の2つを販売なさい。冒険者ギルドに頼んで、店の前で馬車を止めてもらえるように便宜を図ります。1日10壺程度を捌ければ、親子2人が生活するには十分でしょう」
そうマリアに促され、アイフルたちはやっと具体的な生活の展望が見えてきた。
「それではお願いしますね」
エリスの挨拶にマリアも笑顔で答えた。
「ええ、またいらしてくださいね」
エリスとレーヴェは2人をおいて部屋を出る。
アイフルたちはこれからニコルから帳簿記入などの基本を学ぶことになる。
「さて、ハンナとケンのところにも行きましょうか」
エリスたちはハンナ達の試作品制作場を訪れ、先ほどアイフル達に説明したように、店舗はエリスから借金をして建てたと周りに説明するように釘を差しておいた。
エリスがそう指示する理由は分からないが、断る理由もないので、ケンとハンナは素直に頷く。
「お嬢、何を企んでいる」
「内緒」
「まあ、お嬢のことだから、我々に悪いようなことではないだろうがな」
数日後、店舗完成の日がやってきた。
エリス達5人とハンナ、ケン、アイフル、クレディアが現場に集まる。
そこにはフリント達工房ギルドの面々も集まっていた。
「よう、エリス嬢ちゃん、見てみろ、良い出来栄えじゃぞ」
フリントの声にエリスも笑顔で答える。
「すばらしいわ!」
ケーキ店、茶店共に石と木で立てられており、店舗の横には馬車が止められるようになっている。
ドアを手前に引くと、美しいカウベルの音がカランカランと響き、お客様の来店を教えてくれる。
「内装は最低限にしたからの」
店舗内に飾り気はまだない。だが、これは2組が独自性を出せるということ。
正面にはカウンターが据え付けられ、商品を並べることができるようになっている。
ケーキ店の方は、裏に作業場があり、特注の蒸し器と窯が据え付けられている。コンロは増設できるように十分な余裕があり、作業テーブルも1枚岩のしっかりしたものが置かれている。木炭と薪を保管する場所も十分に取られている。
ちなみに、後にクレアーフリントブランドで売り出す蒸し器の燃料は木炭と薪。これは発熱の石の相場が上がりすぎたためと、1日数回の発熱、消熱は精神力を消耗するため。
その裏には居住空間。キッチン、洗面所、ダイニング、そして寝室が3部屋。
「1部屋はハンナの家族、1部屋は予備、1部屋はご依頼通りのギシアン部屋じゃ」
フリントの説明に赤くなるハンナとケン、そんなことは別にどうでもいいエリス達5人。
茶店の方は、作業所がない代わりに商品置き場と、ケーキ店の方向に広い部屋が作られている。
「この部屋は?」
「あ、ボクわかったかも!」
フラウの問にクレアが答える。
「店内での飲食を想定したでしょ、親方!」
「当たりじゃクレア。ちなみに、そこの出口からケーキ店まで、天幕を伸ばすこともできるぞ」
そう、そこはオープンデッキ。ケーキと茶があるのならば、そこで楽しみたいというお客様は絶対いるはず。
「最初の客はわしじゃからな」
フリントが笑いながら告げる。
エリスも感心した。ここまでは思いつかなかった。
考えてみれば、ケーキはともかく、茶の方は列ができるほど売れるものではない。ならばアイフル達が給仕を行う余裕は十分にある。
「ありがとうフリントおじさま、そして皆さん、3日後のオープンを目指して家具、材料、制服その他の仕入れに行きますよ!」
エリスの号令に、皆は軽い足取りで街に向かう。
ハンナたちの家具はクレアからのプレゼント、アイフルたちの家具はレーヴェからのプレゼント。
フラウは4人が決めた店舗用の制服を2着ずつ贈る。
ハンナはロングメイドウェア、ケンはコックウェア、アイフルたちは貴族の平服であるフレアワンピース。
キャティはなぜか魚の油漬けを2組に贈った。
「これは旨いにゃ」
最後にエリスがハンナたちとアイフルたちに100万リルずつ渡す。
「ここからは融資ですからね。それを110万リルにして返済なさい」
頷く4人。
こうして、エリスたちの家の前には、その日から「クレア設計事務所」に並んで「エリスファイナンス」の看板が立つこととなった。