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ぴーたんのぴーたん

 ただいま宝石箱一行は、ウィートグレイスからワーランへの帰途真っ最中である。


 馬車内のカーペットが敷かれた居住スペースは現在クレアとぴーたんが占拠している。

 クレアはレーヴェから依頼されたローレンベルク茶直売店を居間のテーブルで設計中。

 その横では、ぴーたんがおやつでもらった自分よりも2倍以上長いヒャッハーバットを抱え、馬車に揺られて床を転がりながらパリパリと食べている。


 馬車の最後方にある台所では、フラウが食事の仕込みにいそしんでいる。

 キャティは馬車の御者を務めている。

 エリスとレーヴェは狭いベッドで情報の整理を行っている。


「レーヴェはローレンベルク家を名乗るの?」

「いや、そのつもりはない。ヒュンメルが跡を継いでくれるだろうしな」


 ヒュンメルとは、最初にエリスたちを館で迎えてくれたレーヴェの弟である。

 ちなみに10歳というなかなかのショタ。

 まあエリスはショタには興味ないけれども。


「そうなると、直営店も『ローレンベルク』名義ではなく『ワーランの宝石箱』で登録したほうがいいのかしら」

「王都に対してのことを考えると、その方がありがたい」


 アルメリアン大陸において、王は絶対の法である。

 特に貴族に対しては。

 全ての貴族は王に帰属し、その力は王家によって監視されている。

 なので今回レーヴェがローレンベルク名義でワーランに直売店を出してしまうと、ウィートグレイスがワーランに侵蝕したと王家に解釈されてしまう可能性があるのだ。

 万一にも王家にそう取られてしまったら、王家からローレンベルク家に対し、調査名目でどんな因縁がつけられるのか知れたものではない。


「疑わしきは罰する」なのだ。


 だからこそ王家はワーラン冒険者ギルドの半分与太な情報にも敏感に反応し、税務官をダークフィナンス家に送ったのである。


「まあ、マリアさんならどうあろうと許可は出してくれるでしょうけどね」

「ああ。こういうときに人間関係の大事さを肌で感じる」

 素直に感謝の意を表情に浮かべているレーヴェに対し、エリスはちょっと『あうあう』してしまう。

 実はエリス、昨夜は皆から責められっぱなしだったので、フラストレーションがたまっていた。

 こうなると下衆力に基づくアラサーヒキニートの行動は早い。


「みんなには内緒よ」

「あ、お嬢……まだ昼……なの……」

 ということで、エリスとレーヴェは真っ昼間から馬車の寝台でいたしてしまったのである。

 さて、白昼の熱闘が無事終了。

 エリスはレーヴェの耳元で再度ささやいた。

「いいわね。みんなには内緒よ」

 しかし狭い馬車内で内緒にできる訳もないのである。


 台所から冷静な声をフラウが上げた。

「キャティ、そろそろ昼食にしましょう」

 それにキャティも静かに返事をする。

「わかったにゃ、馬車を適当な場所に止めるのだにゃ」

 クレアも居間から顔をのぞかせる。

「直売店の図面も、ほぼできたよ」

「……ぴー」

 三人が醸し出す冷たい空気にぴーたんも主に自らの保身のために付き合うことにする。

 こうして三人は動き出した。


 寝室のカーテンがフラウによって一気に開けられた。

 そこではエリスとレーヴェが何事もなかったかのようにタヌキ寝入りをしている。

 しかし三人がそんな姿にだまされるはずもない。

「さて、お二人は先程まで何をなさっていたのかしら?」とフラウは2人を睨みつける。

「まだ明るいのに二人で何してんだか」とクレアも2人を睨みつける。

「二人とも節操のない淫乱さんなのだにゃ」とキャティも2人を睨みつける。


 するとエリスがやれやれとばかりに顔を起こした。

「あー」

 これはエリスの照れ隠しである。

 レーヴェも観念したかのように上半身を起こす。

「昼からすまん」

 これはレーヴェの素直な詫びである。


 すると三人の表情は一気に楽しげになった。

「いえいえ。順番ですものね」フラウが笑みを浮かべる。

「えへへへ。楽しみだなあ」クレアも笑みを浮かべる。

「今日は今からかにゃ?」キャティも笑みを浮かべる。


 ということで本日の馬車は午後運休となった。


 三人がエリスにあんあん言わされている間、レーヴェは御者席でぴーたんを膝に抱き、その鎧を撫でながら、午後の日差しを楽しんでいる。

 するとピータンが突然いつもと違う鳴き声を発した。

「きゅう」

「どうした、ぴーたん」

 レーヴェは心配そうにぴーたんの背をさすってやる。

 するとぴーたんは苦しそうな表情で唸りながら何かを吐き出した。

「ぺっ」

 同時にぴーたんは先程まで苦しげだった様子が嘘のように元の穏やかな状態に戻った。

「なんだこれは?」

 レーヴェはぴーたんが吐き出したそれを拾い、そして驚いた。

 それは何かの魔力を持つ小さな珠であったから。


「そろそろ頃合いか?」

 レーヴェは聞き耳を立て、三人のあえぎ声が聞こえなくなったのを確認してから、そっと寝室を覗きこんだ。

 そこには討ち果てたフラウ、クレア、キャティと、いまだ元気なエリスの姿がある。


「どうしたのレーヴェ?」

「ちょっと見てもらいたい物があるのだが」


 ということで五人は馬車内の居間に改めて集まった。


「これをぴーたんが吐き出した」

「どれどれ?」

 レーヴェが差し出した小さな珠をエリスが鑑定してみる。


「飛燕の魔結晶?なんだこれ?」

 鑑定結果にエリスは戸惑った。なぜならばそれは魔道具の能力のみを抽出した存在だったから。


「それって魔結晶?」

 エリスのつぶやきにまず反応したのはクレアである。

 クレアの説明によれば『魔結晶』とはまさしく魔道具の『魔能力』の部分が結晶となったものである。

 魔結晶はその能力が適応する道具に接触させると、吸い込まれるようにその『魔能力』が道具に写るという。

 これらは迷宮でまれに発見されることがあり、魔能力の内容によっては高値で取引されるらしい。

 しかしこれまでは『魔結晶』が発見されることは有っても、なぜ『魔結晶』が生成されるのかはわかっていなかったのである。

「魔結晶はメタルイーターが作り出していたのね」

 フラウが感心したような表情でぴーたんの甲羅をひとなでした。


「ところで、飛燕の魔結晶をぴーたんが吐き出したのはどういう仕組なんだろ」

 クレアの疑問にアリスはあることを思い出した。

「何日か前に、飛燕のダガーを間違っておやつにあげちゃったんだけど、それがぴーたんの中で抽出された可能性はあるかな?」

「これは実験だね」

 クレアの興味深そうな言葉にうなずいたエリスは、かばんの中からヒャッハーバットを一本取り出すと、それに今度は『吸精』を複写してみる。


「はい、ぴーたん」

 エリスがぴーたんの前にバットをかざすと、ぴーたんはいつものように舌を伸ばしバットを劣化させてから、それを抱え込んでパリパリ食べ始めた。

「これでしばらくは様子見ね」

 エリスたちはしばらくぴーたんの様子を見ることにしたのである。


 そんなこんなで一行は二日後にはワーランに到着した。

 フラウとキャティは留守にしていた屋敷の掃除を始め、エリスはレーヴェとクレアを伴ってケーキ店工事の進捗を確認しに街道へと出向いていく。


 ちょうどそこには建設中の建物を見つめているハンナとケンもいた。

「順調だね」

 クレアが現場に声をかけると、作業を行っていた工房ギルドの職人たちが笑顔で迎えた。

「ああクレアちゃん。これなら予定より早く完成するよ」

 一方でエリスはハンナとケンに確認をとっている。

「二人ともちゃんと修行してる?」

 二人は揃って笑顔をエリスたちに向けた。

「うっす、順調っす」

「はい、隠れ家の皆さんにも喜んでもらってます」


 ハンナとケンは現在、商人ギルドの一角を借りて『蒸しケーキの試作』と『新製品の発案』に勤しんでいる。

 試作品は商人ギルドと、ご主人様の隠れ家マスターズハイダウェイ百合の庭園(リリーズガーデン)にて、来場者に『試供品』として配っている。

 また、蒸しケーキの副産物である『トライフル』の評判もいいらしい。


 次にエリスとレーヴェは隣の土地を確認し始めた。

「ワーラン側なら土地にまだまだ余裕があるわね」

「ケーキショップの隣に建設するのと、道路を挟んで向かいに建設するのはどちらがいいだろうか」

「二件目なら隣の方がいいわね」

 レーヴェの疑問にエリスが答える。

 すると二人に追いついたクレアもこうつぶやいた。


「この調子で店が増えたら楽しいね」

 この何気ないクレアの一言がエリスの儲け心に火をつけてしまう。


「そうね。この辺に何軒か店を出店すれば、街と百合の庭園との中継地として活用できるわね」

 アラサーヒキニートは知恵を巡らしてみる。


 ちーん。


「これだ!」

「どうした、エリス?」

 思わず発したエリスの声にレーヴェとクレアが少し驚くも、エリスはお構いなしに街の方向に足を向けた。

「何でもない。さあ、商人ギルドと工房ギルドに行きましょ」


 さてこちらは商人ギルド。

「まあ、レーヴェの実家とはローレンベルク家だったのですか!」

 商人ギルドマスターのマリアは驚きの表情である。

「ああ。それで、郊外で茶の直販を私たちにやらせてもらいたいと思ってな」

 レーヴェは包み隠さずマリアに状況を説明した。

 当然ダークフィナンス家およびアイフルとクレディアのことも。


「その方法では直販は認めません」

「だめなのか?マリア」


 落胆するレーヴェにマリアは優しい笑みを向けた。

「レーヴェの希望を叶えたいならば、まずはアイフルとクレディアを商人ギルドに加盟させなさい。そして商人ギルドからローレンベルク茶を仕入れさせなさい。そうすれば、2人は立派なワーラン市民と認められますよ」


 そう。直販の場合はアイフルとクレディアは単なる売り子であり、身分は中途半端なものになる。

 しかし、マリアの口利きで商人ギルドに加盟させ、彼女たちに仕入れと販売を任せ、納税の義務を負えば、二人は立派なワーラン市民となる。


「そこまでしてくれるか。ありがとう」

 改めて頭を下げるレーヴェにマリアはダメ元でこう告げた。

「ならば今夜は泊まっていってくださいますか?」

「いや、そういう趣味はない。が、何らかの礼はさせてもらう」

 すると横からエリスが茶化すように口をはさんだ。

「儀礼服姿のレーヴェをマリアさまに一日お貸ししましょうか?」

「それで手を打ちましょう」

 ということで最後の最後でレーヴェだけが顔をしかめてしまう取り決めがなされた以外は、円満に話が進んだのである。


 次は工房ギルド。

 まずはクレアがフリントに設計図面を見せた。

「店舗と住居だけならば、すぐにでも建設できるぞ。ちょうど資材搬入車をケーキ店用に使用しておるしな。ケーキ店用の水路工事と百合の庭園のトイレ増築工事も終わったから職人の手も空いておるぞ」

「それならケーキ店の完成と時期を合わせてもらうことはできるかい?」

「ああ。今からなら追いつくじゃろう。任せとけ。で、誰が茶店の持ち主なんじゃ?」

「私だ、よろしく頼む」

 ここでフリントに頭を下げたレーヴェは、彼女の出自と茶店の目的をここでも説明した。

 レーヴェの説明に当初は驚くもフリントはすぐに笑顔となる。

「わしはローレンベルク茶を愛飲しとるからの。今後が楽しみじゃわい」


 さてその日の晩のこと。

 ぴーたんが再び珠を吐き出した。

 それは『吸精の魔結晶』である。

 結果は皆の想像通りであった。


 クレアは好奇心満々である。

「異なる二つ以上の魔道具をぴーたんに食べさせたらどうなるのかな?」

「実験ね」

 早速とばかりにエリスは用意を始めた。

『飛燕』『吸精』のダガー。

『昏倒』『浄化』のダガー。

 この二本を差し出すと、ぴーたんはうれしそうにパリパリとダガーを平らげていく。


 ぴーたんが食べ終わったところで、久しぶりのお風呂に五人と一匹は向かった。

 湯に浸かりながらオペラをがなっているレーヴェ。

 いつものように半身浴でたっぷりの汗をかいていくフラウ。

 体ごと沈んで湯面に黒髪を張り巡らすクレア。

 上半身を石、下半身を湯船につけて伸びているキャティ。

 桶の中で伸びきっているぴーたん。

 久々のいつもの光景である。

 今日は肩まで湯に浸かりながら、アラサーヒキニートは夜の部を夢想しこう思った。


 ああ、幸せだなあと。


 そして翌朝のこと。

 ウィートグレイスから一通の手紙が早馬でエリスたちの元に届けられた。


「レーヴェへ。王からウィートグレイス領主の勅命を拝するため、一家でスカイキャッスルへと赴くことになった。ついては、アイフルとクレディアも連れ、一旦ワーランに立ち寄るので、その際はよろしく頼む。ワーランの宝石箱ジュエルボックスオブワーランのみなさまにもよろしく伝えてくれ」


 差出人はレーヴェの父親であるレオパルド・ローレンベルク公である。

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