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お茶と親子丼

「うわあ、いい香りです!」

 建物から香り立つ茶の発酵臭にフラウは思わず感嘆の声を上げてしまう。

 

 ウィートグレイスでの事件がひと段落したエリスたちは、フェルディナンドによって『茶の製造場』に案内されていた。

『ローレンベルク茶』はその甘い香りが最大の特徴である。

 その製法行程自体はシンプルなもの。

 茶葉を十分に発酵させた後に火を通して発酵を止めてから乾燥させて出来上がり。

 但しそれぞれの行程に熟練の判断と緻密な作業が求められるのではあるが。


「フェルディナンドさま。おはようございます!」

 あちこちから爺さんに向かって挨拶の声が明るく響く。

 どうやら製造場で働く者たちは『茶の権利』がダークフィナンス家からローレンベルク家に戻ったことを心底喜んでいるようだ。

 ダークフィナンス家の下では品質よりも製造量が優先され、職人たちの満足できないものが出荷されたこともままあった。

 一方、フェルディナンドは過去にローレンベルク茶を世に知らしめた功労者である。

 彼はそのこだわりの性格から、品質第一主義を貫いていた。

 職人たちはそれを知っているからこそ、今回の件を歓迎しているのである。

 今後ローレンベルク茶はその方針に立ち返ることになるだろう。


「茶葉は春・夏・秋と3回収穫するが、もっとも香り高いのは夏、次に秋、最後に春じゃよ」

 ちなみに今は秋茶の収穫を行っているそうだ。

「あれ?」

 エリス-エージは、今の説明に違和感を持った。

 アラサーヒキニートのときに目の前にあった四角い箱からの情報では、茶は1番茶が最高級、以降は2番茶、3番茶と順位がつくはずである。

 しかし最近は夜の部が絶好調でストレスフリーのエリスーエージは思い出した。

「あ、そうか。紅茶と緑茶の違いか」と。


「フェルディナンドさん、緑茶グリーンティってご存知ですか?」

 エリスの質問にフェルディナンドはけげんそうな表情となる。

「いや、聞いたこともない。茶が緑色なのか? それはまた奇怪な」

「フェルディナンドさん、茶葉を少し分けていただいてもよろしいですか」

「ああ、好きなだけ持っていけ」

 するとエリスは楽しそうにクレアに振りむいた。

「クレア。蒸し器を出してくれる?」

 エリスの何かを企んでいそうな表情にクレアも興味深げに答えた。

「わかった。実験かい?」

「当たり」


 クレアはエリスの指示に従い、蒸し器をかばんから出すと水を張って準備を開始する。

 その横でフェルディナンドは蒸し器を興味津々な様子で見つめている。

 その間にエリスは作業場から摘みたての茶葉を分けてもらってきた。


「確かこうだったかな?」

 エリスは十分に温まって高温の蒸気を発している蒸し器に茶葉を入れていく。

 すると蒸されたお茶はふわっと良い香りを発し始めた。

 続けてエリスはすぐに茶葉を取り出すと、下に発熱の石を置いた木台の上に茶葉を広げると、一心不乱に両手で揉み始めたのである。


「なにをやっとるんじゃ?」

 フェルディナンドが不思議そうな顔でエリスの作業を覗きこんでいる。

「実験」

 エリスは熱せられた木台の上でひたすら茶葉を揉んでいく。

 すると茶葉は徐々に丸まり始めていく。

「こんなところかしら。フラウ、お茶を入れる準備をしてくれる?レーヴェとクレア、キャティは蒸しケーキを作ってくれるかな」

 汗を滲ませて茶を揉みながら、エリスは4人に指示を出ていく。

 フラウが茶の支度を済ませ、他の三人がケーキを蒸し終わった辺りでエリスは一息ついた。

「試作品だし、これくらいでいいかな」

 それは針のように尖るまで揉みこまれた茶葉である。


 エリスは茶葉を両手で集めるとそれを器にとり、フラウに渡した。

「フラウ。この茶葉を使って、いつもの要領でお茶を入れてみてくれる?」

 けげんそうな表情のフェルディナンドとは対照的な興味深そうな表情でフラウは茶葉をエリスから受け取った。

「わかったわ」

 フラウはポットに茶葉を入れると、そこにお湯を注いでいく。

 そのまましばらく蒸らしてから、人数分用意したカップにそれを注ぎ分けていく。

 注がれた液体は透き通った緑色をしていた。

 それはエメラルドグリーンに輝くエリスの瞳を思わせる。


「召し上がれ」

 初めての色に驚きながらも、フェルディナンドたちは茶を口へと運んで行った。

「物足りなさも感じるが、スッキリしているな」これはレーヴェの感想。

「あと口にほのかな旨味が残りますね」これはフラウの感想。

「ボクにはちょっと渋いや」これはクレアの感想。

「熱いにゃ」とキャティに感想を期待する方が悪い。

「ほう、これはなかなかのものじゃな」

 フェルディナンドも口の中で茶を転がすようにしながら、何度も何度も味わっている。

 そんなフェルディナンドに向かってエリスは説明を始めた。


「これは紅茶のように茶葉を発酵させない代わりに『蒸す』と『揉む』ことによって急速に茶葉の水分を蒸発させて保存できるようにしたものです。この試作品は原料も工程もまだまだ足りない点はありますけれど、フェルディナンドさんなら『売り物』にできるまで品質を向上できるのではないですか?」


 これには驚くフェルディナンド。

 8歳の娘が恐ろしく専門的かつ合理的な手順を説明したのも驚きだし、なにより『蒸す』という初めて見る処理が彼の好奇心をくすぐった。


 するとフラウがフェルディナンドの前に小皿に乗せられた小さなケーキを差し出した。

「これも蒸し器で作るのですよ」

 それは皆がこしらえた蒸しケーキである。


「爺さま。これも美味いぞ」

 レーヴェに進められるがままにケーキを口に運んだフェルディナンドはその目をやさしげに細めた。

「ほう。これは優しい味じゃ。これまでの茶であれば焼き菓子の方が向いているであろうが、この緑の茶にはこのケーキの方が合うかもしれん」


 するとレーヴェは、ここぞとばかりにフェルディナンドにお願いを始めた。

「そのケーキをワーラン郊外で販売するのだが、その隣でローレンベルク茶の直売を私にやらせてほしい。ワーラン商人ギルドには私から話をつける」

 さらにレーヴェは続けた。

「アイフルとクレディアを引き取って、二人に直営店をまかせるつもりだ。爺さま、認めてくれ」

 思わぬレーヴェからの二つの申し出にフェルディナンドは一瞬顔をしかめた。

 フェルディナンドとて、アイフルとクレディアに敵愾心てきがいしんはないし、どちらかと言えば同情的ではある。

 しかし彼女たちがウィートグレイスを追放された後のことまでは、情けないことながらレーヴェに指摘されるまでは正直考えていなかった。


「わかった、前ローレンベルク家当主の名にかけて約束しよう」

 フェルディナンドは難しい表情のままレーヴェにそう約束した。

 が、その相好はすぐに崩れていく。

「レー坊。お前が2億リルの為替を持って来られた理由がわかったような気がしたぞ」

 フェルディナンドから発せられた心底うれしそうなお褒めの言葉に、レーヴェは思わず顔を赤らめ、エリスたちは二人のやり取りを拍手で歓迎したのである。


 こうしてウィートグレイス最後の懸念も解消された。

 ちなみに緑茶はフェルディナンドと職人たちがこの後に原料となる茶葉の選別や作業工程の研究を重ね『翠玉茶エメラルドティー』の名で売り出すことになる。

 それに合わせ、従来の紅茶は『紅玉茶ルビーティー』と新たに名づけられた。


 さらにエリスの助言を受けていたフェルディナンドは、『春茶』をエメラルドティーの最高級品として開発することに成功し、これまで紅茶の茶葉としては最低ランクだった春茶の価値を一気に引き上げたのである。

 こうしてローレンベルク銘柄の翠玉茶と紅玉茶は、その後アルメリアン大陸屈指の茶としてその名を轟かせることになる。


 気分よくローレンベルク家に戻ってきた五人をルクス母さまが迎えてくれる。

「母さま、アイフルさんとクレディアの様子はどうだ?」

 レーヴェの確認にルクスは困ったような表情となってしまう。

「それが二人とも部屋にこもってしまって出てこないのよ」


 アイフルとクレディアは現在ローレンベルク家に預かりの身である。

 このままでは、アコムスとレイクの沙汰が決まったところでローレンベルク家としては彼女たち二人を放逐する他はない。

 レーヴェが用意した『茶店経営』のアイデアは、路地裏行きの人生は回避できるであろうが、貴族としての人生は捨てることになる。

 なのでアイフルとクレディアの意思確認が必要なのだ。

 これからどうするつもりなのかという。


 しかしレーヴェが部屋の前でノックをしても、二人からは返事すらない。

「困ったな」

 ため息をつくレーヴェの背後から、フラウがその肩を優しく叩く。

「まだ落ち着かないのでしょう、様子を見て差し上げたら」

 フラウからの助言にレーヴェはやむを得ないかと頷いた。

「また明日にでも部屋を訪れてみるとしよう」


 さて、この様子を素知らぬ顔で眺めていたのがアラサーヒキニートである。

 ブヒヒヒヒ。私の出番ね。


 ヒキニートは妄想する。

『親子丼』は男のロマン。今は男じゃないけれど。

 アイフルは40歳前後の、ほっそりとした上品な熟女である。

 クレディアは12歳くらいの、やはりおっとりとした少女である。

 ここは私自らが慰めてげなきゃね。

 と、エリス-エージは皆には内緒で決意したのである。


 その晩、皆が寝静まったところを見計らって、エリスはアイフルとクレディアの部屋に忍び込んだ。


 まずはお母様さまから。

 エリスはクレディアを眠らせた後、アイフルに沈黙を仕掛けた。

 続けて弱氷結を駆使し、アイフルから身体の自由を奪う。

 何が起こったかわからず、怯える熟女に対し、エリスは耳元でこう囁いた。


「ご安心なさい。私は神の使いです。きっとあなたとクレディアは救われます。神は二人を見ています。まずは明日の朝ドアがノックされたら、それを開く勇気を持ちなさい。さあ、力を抜いて……」

 優しげな囁きにアイフルの怯えは徐々に溶けていく。

 その変化を観察しながら、エリスは沈黙と氷結をゆっくりと解除し、アイフルの身を自由にしてやる。

 続けてヒキニートの鬼畜技をアイフルのあんなところやこんなところへと徐々に駆使していく。


 ああ……。

 それはクレディアを生んでからのアイフルには久しぶりの感覚である。

 エリスはアイフルを何度か痙攣させ、その意識を優しく奪っていく。

 こうしてアイフルは幸せな眠りについた。


 次はお嬢さまの番。

 エリスはお母さまと同様にクレディアの耳元で囁いた。

「ご安心なさい。私は神の使いです。きっとあなたとお母さまは救われます。神は二人を見ています。まずは明日の朝ドアがノックされたら、それを開く勇気を持ちなさい。さあ、力を抜いて……」


 続けて8歳のエリスが12歳のクレディアに対しゆっくりと鬼畜技を駆使していく。


 あん……。

 それは箱入り娘であるクレディアにとって初めての感覚である。

 エリスはクレディアを何度か痙攣させると、その意識も優しく奪っていった。

 こうしてクレディアも穏やかな眠りについたのである。


 さてこちらはエリス一人での反省会である。

 うーん……。

 エリスは不満足げな様子。

 どうやら言うほど『親子丼』はロマンじゃなかったらしい。

 エリスは思う。正直つまらんかったと。

 エリスは自問自答する。

 同時に相手をすればよかったのか?

 違う。多分そうではない。

 いつもの濃厚な夜に比べ、今晩はあっさりしすぎているのだ。

 

 もしかしたら、俺の方が宝石箱の四人に調教されとるのか?


 アラサーヒキニートは親子丼にチャレンジしたことを後悔し、そして決意する。

「さて、口直しに四人のところに行くとするか」と。


 エリスは誰にも気づかれないようにそっと部屋に戻った。

 ところがエリスの帰りを待ちかまえていたかのように、発光の石が室内で突然起動したのである。

 とたんに照らされたことにびびるエリス。

 そんなエリスに対し、次々と言葉が刺さっていく。


「どこに行っていた?」レーヴェのサーベルが銀色に光り、エリスの目の前に突きだされる。

「今回は許しませんわよ」フラウのモールが薄紅に浮かび上がり、エリスの頭上に掲げられる。

「ボク、怒っているんだからね」クレアは『拘束バインド』の魔法を唱え、エリスの身体から自由を奪ってしまう。

「犠牲の人形が発動しない程度にお仕置きにゃ」キャティのブレイブリッパーが淡く輝きながらエリスの両頬を冷たく包む。


 バインドで身動きできないエリスは冷や汗をかきながら重要なことを思い出した。

 エリスは宝石箱五人の中で『最弱』だということを。


「待て、話せば分かる」

 エリスは四人に懇願する。

 しかし四人には取り付くしまもない。


「ああ?」

「なに?」

「はあ?」

「にゃ?」


「ごめん、謝る」

 エリスは四人に詫びを入れる。

 しかし四人はこう冷たく言い放った。


「脱げ」

「脱ぎなさい」

「脱ぎなよ」

「脱ぐのにゃ」


「えっ?」

 何を言われているのか理解できないエリスに対し、四人は再度声をそろえたのである。


「脱げ」

「脱ぎなさい」

「脱ぎなよ」

「脱ぐのにゃ」


 ……。


「おっしゃるとおりにいたします」

 エリスはそう答えるしかなかった。


 クレアのバインドが解除されると、エリスはしぶしぶながら一枚ずつ衣服を脱いでいく。

 そんなエリスの恥ずかしげな様子に四人は楽しげな様子で口元をにやりとゆがめたのである。


「今夜は寝かさないぞ」

「今夜は私があんあん言わせて差し上げますわ」

「今日はお返しだよ」

「色んな所に興味あるにゃん」


 エリスはその晩、初めて四人から受け身で蹂躙されてしまうことになる。


 こうしてようやく朝が来た。


 全身から生気を抜かれてしまい、太陽が黄色いエリス。

 寝かさないというのがいまいち物足りなかった四人。

 それぞれが不満げな表情で朝食を摂りにローレンベルク家の食堂に並んでいる。


「昨夜は楽しそうでしたね」などと、昨晩何が行われていたのかを知らないルクス母さまは、笑顔で皆に挨拶をしながら迎えた。

 そんなルクスに五人は返事ができない。

 それは恥ずかしさからではない。

 正直「楽しかった」のか、全員が疑問だったからなのである。

 五人はそれぞれがこう決意した。

「安易な『リバ』はやめておこう」と。

 ちなみに『リバ』とは責め受けチェンジという専門用語である。


 そんな微妙な空気の中、レーヴェは咳払いを一旦入れながら席を立った。

「ちょっと二人のところに行ってくる」

「私たちも行くわ」

 他の四人もルクスから向けられる無垢な笑顔に堪えられないかのようにレーヴェの後を追ったのである。


 レーヴェはアイフルとクレディアに与えた部屋の前に立つと、そのドアを優しくノックした。

「はい」 

 すると昨日とは異なり、おずおずとしながらも、アイフルとクレディアは扉を開けてレーヴェを迎え入れたのである。


 そんな二人に対しレーヴェは笑顔を向けた。

「二人に罪はない。さあ、共に朝食を摂ろう」

 優しげなレーヴェからの誘いに対し、無言で涙を流しながら二人は部屋を出たのである。


 ダークフィナンス家およびアイフルとクレディアの今後の対処については、既にレオパルドとフェルディナンドが他の貴族たちを説得して周り、全員の了解を得ていた。


 アイフルとクレディアはスカイキャッスルから使者が来るまではローレンベルク家預かりとする。

 王都からほぼ間違いなく言い渡されるであろうダークフィナンス家断絶に伴い、二人は『ダークフィナンス』の名を捨てる。

 同時に二人に対する貴族の身分保障は失われる。

 王都からの使者に認められたアイフルとクレディアの私物とともに、二人はワーランへと送られ、ローレンベルク家三女であるレーヴェの庇護に入る。


 ウィートグレイス貴族の全員がそれで納得した。

 正直なところ彼らもアイフルとクレディアに恨みはない。

 それに禍根も残したくない。

 二人がこのまま他の街で幸せに暮らしてくれるのならばその方がいいのだ。


 エリスたちがワーランに戻る日がやってきた。


「それでは先に行って待っているからな」

 レーヴェはいつものように優しげな笑顔をアイフルとクレディアに向ける。

 すると二人もすでに覚悟を決めた様子で堂々とレーヴェ達に向けて笑顔を返して見せた。


「わしらにはお嬢ちゃん達が天使に見えるよ」

 見送りに来てくれたローレンベルク家や他の貴族たちを代表してフェルディナンドはエリスたちに感謝の言葉を伝えた。

 エリスも最後の挨拶をフェルディナンドをはじめとする見送りの面々に贈る。

「それではお世話になりました。ワーランにお寄りの際は、ぜひお訪ねくださいね」


 続けてエリスは後ろを振り返ると、仲間たちに号令を発したのである。


「さあ。家に帰るわよ!」

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