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税務調査

「戻ったぞ」

 疲れた声で現当主『レオパルド・ローレンベルク』が自ら館の扉を押し開ける。

 その背後には、すっかりもうろくした前当主『フェルディナンド・ローレンベルク』が力なく続いている。


「おかえりなさい父さま、爺さま」

 ヒュンメルが二人を出迎えると、レオパルドはけげんそうな表情となった。

 なぜならこれまでどんな時でも最愛の妻が彼を笑顔で出迎えてくれたから。

 レオパルドに嫌な予感が走る。

「ヒュンメル、母さまはどうした?」

 顔色を変えたレオパルドに対して、ヒュンメルは困ったような表情となる。

「実はレーヴェ姉さまが、お客様をお連れしてお戻りになられたのです。母さまは気を失って姉さまに介抱されておられます」

 ヒュンメルの説明が何を言っているのか一瞬理解できず混乱したレオパルドとフェルディナンドであるが、先にフェルディナンドが我に返った。


「レー坊が帰ってきたのか!」

 フェルディナンドの喜びを感じさせる声にレオパルドの怒りを抑えた声が続く。

「レーヴェが戻ってきただと!」


 歓迎のフェルディナンドに比べ、明らかにレオパルドの口調はきつい。

「で、皆様は?」

 父の確認に息子は縮こまりながら応えた。

「応接でございます」

「あのバカ娘が。心配をかけおって」

 レオパルドは早足で応接に向かうと、扉の前で自らを落ち着かせるように一呼吸を置いてからノックをし、扉を開いた。

 すると応接間では五人の少女が、優雅な振る舞いでレオパルドを待ち受けていたのである。


 一瞬硬直したレオパルドの隙を見逃さないようにまずは口火を切るエリス。


「レオパルド閣下、お初にお目にかかります。ワーラン評議会準会員のエリスと申します」

 期待通り準会員の一言でレオパルドはその動きを完全に止めた。


 さらに彼女たちはレオパルドに畳みかけていく。

「レオパルド閣下、ワーラン冒険者ギルドマスターが一人娘のフラウと申します」

「レオパルド閣下、ワーラン工房ギルドクレア設計事務所筆頭のクレアと申します」

「レオパルド閣下、ワーラン盗賊ギルドマスター直轄盗賊冒険者のキャティと申しますにゃ」

 立て続けの挨拶に思考停止のレオパルド。

 そんな彼にとどめが入った。

「父さま、今回は迷惑をかけた。彼女らは私の友人だ。世間では『ワーランの宝石箱ジュエルボックスオブワーラン』と呼ばれている」

 次々と彼を襲う信じられない自己紹介の連発に硬直するレオパルドに対し、その背後で話を聞いていたフェルディナンドは一気に生気を取り戻す。


「嬢ちゃん達が、かの有名なワーランの宝石箱か!しかし宝石箱は五人の少女で構成されていると聞いたが四人しかおらぬな。まさか……」

 表情を歓迎から驚きに変えるフェルディナンドにレーヴェは恥ずかしそうに笑顔を浮かべながら答えた。

「多分フェル爺さまの想像のとおりだ。私も末席に置かせて頂いている」


 レオパルドとフェルディナンドは驚きを押し隠すかのように黙って彼女たちの向かいのソファに座り、彼女たちにも着席を促すしかなかったのである。


 ソファに沈み込むと、レオパルドは呼吸を整えながらゆっくりと喋りだした。

「それでその娘さんたちが今宵は何用で?」

 それにはレーヴェが答えた。

「ワーランでレイクから、私の婚約破棄でローレンベルク家がダークフィナンス家に賠償金を支払ったと聞いた。今日はまずはそれをお持ちした」


 レーヴェの申し出にふんと鼻で笑うレオパルド。

「金額は聞いたのか?」

「ああ、母さまから聞いた」

「何とかなったか?」

 一人の少女にあの金額がなんとかなるはずもない。

 ところがレーヴェの回答はレオパルドが待っていたものとは異なっていた。


「何とかなった」


 ……。


「何とかなった。だと?」


 すると意識を取り戻してレオパルドの横に座っていたルクスが彼におずおずとギルド為替を差し出した。

 それを手に取たレオパルドは、次の瞬間に驚きのあまり目を見開いた。

「何だこの金額は!」

「それはまっとうな稼ぎだよ。父さま」


 ……。


「何をやった?」

「浴場の経営。迷宮の探索。祭への参加など色々だ」

「恥ずべき行為は?」

「ない」


 考えこむレオパルド。

 続けて一転して笑顔となる。

「レーヴェ、お前もフェル爺の孫だ、こんなこともあるだろう」


 フェルディナンドもレーヴェに向かって豪快に笑いかけた。

「レー坊。一山当ておったな!」

「ああ、フェル爺さま」

 ローレンベルク家は久しぶりに家族で笑い合ったのである。


 さて、一通り彼らが落ち着いたところでエリスが切り出した。

「本日のお話は『不買運動』のことではありませんか?」

 エリスの指摘にレオパルドとフェルディナンドは一瞬驚いた表情を見せる。

 しかしすぐに、この少女がワーラン評議会の準会員であることを思い出した。

 ならば事情を知っていてもおかしくはないだろう。


「ああ、その通りだお嬢ちゃん。ウィートグレイスは、かなり追い詰められている」

 エリスがマリアとテセウスから聞いていた『嫌がらせ』とはこのことである。


 それは『ダークフィナンス家からローレンベルク家への嫌がらせ』ではなく『レーヴェさまファンクラブとワーラン冒険者ギルドからレイク・ダークフィナンスへの嫌がらせ』の話なのであった。

 エリスが聞く限り、この嫌がらせは相当なところまで計画が進行しているらしい。


 エリスは続ける。

「ダークフィナンス家は『ワーラン市民を中心とした各街でウィートグレイスに対し不買運動を行っている』と説明しましたか?」

 それを肯定するようにレオパルドとフェルディナンドは揃って頷いた。

 しかしエリスは顔をしかめてしまう。

「その説明は実は『誤り』です。正確には『ワーランの消費者とマルスフィールドの消費者』が『ダークフィナンス銘柄の食料品』に対して不買運動を起こしているのです」


 エリスの説明に顔を見合わせるレオパルドとフェルディナンドは互いに顔を見合わせた。

「それは何故だ?」

「ワーランとマルスフィールドのご婦人方をレイクとやらの小僧が怒らせたからですよ」

「ご婦人方を怒らせたとは?」

 いまいちエリスの説明を理解しきれない二人に構わず、エリスは話を続けた。


「もう一つの情報です。間もなく王都スカイキャッスルからダークフィナンス家に『税務調査』が入るはずです。その前に必ずダークフィナンス家から皆さんに召集がかかるはずですから、ぜひとも私たちをその席にお連れください」


 こちらは冒険者ギルドの嫌がらせである。

 彼らは王都スカイキャッスルに早馬を飛ばすと、王家に『ダークフィナンス家脱税』の可能性をチクったのだ。

 その裏を取るべく急遽ワーランに派遣された税務官に、同じくレイクにムカついていた商人ギルドマスターマリアが、普段は出さない帳簿の写しまでも税務官の土産に持たせるという嫌がらせぶりである。


 エリスの予想は当たった。

 翌朝早々にウィートグレイスの全貴族当主がダークフィナンス家に集まるように招集が掛けられたのだ。


 その席でレオパルドはエリスをワーラン評議会準会員であると紹介した。

「娘の友人が我々を心配して、ワーランの状況について説明に来てくれたのだ」


 当初はエリスのような小娘が評議会準会員であるはずがないと胡散臭い目線を向けていた他の貴族たちだが、ウィートグレイス商人ギルドの幹部がワーランの商人ギルドでエリスと会ったことがあり、その事実は証明された。

 エリスはワーランとマルスフィールドで何が起きているのかを説明するよう求められた。


「ダークフィナンス銘柄の特産品に対し、ワーランとマルスフィールドで不買運動が起きています」

 そしてもう一つ。

「また、ダークフィナンス家に対し王都スカイキャッスルから直々に税務調査が入ります」

「税務調査だと!」

 これはウィートグレイス貴族たちに対し不買運動どころではないインパクトを与えたのである。

「なぜ今このタイミングで!」

 ダークフィナンス家当主アコムスの悲痛な叫びに対してエリスは「さあ?」としらばっくれる。


 そのときキャティがエリスにそっと耳打ちした。

「アコムスの後ろに立っている男、魔族だにゃ」

「レオパルドさん、あの男は?」

 エリスの小声に空気を読んだレオパルドも小声で返した。

「最近雇われた金庫番らしい」

 真っ黒けね。


 結局その日の会議は何の結論も出ないまま終了した。

 一旦ローレンベルク家に戻ったエリスたちは次の行動に移る。


「それじゃ行ってくるわね」

「気をつけろよ。お嬢」

「成果を期待してますわ」

「とどめを刺してくるんだよね」

「魔族だけには注意するのだにゃ」


 エリスは黒装束に着替えると『擬態カメレオン』を発動する。

 続けてレーヴェのピアスとエリスのカチューシャで相互に『諜報』を開くと、単身でダークフィナンス家に潜入したのである。

 久しぶりの『潜入』に思わず武者震いしたのはアラサーヒキニートだろうか。それともこの身体の元の持ち主だろうか。


「不買運動はともかく税務調査はまずい!」

 アコムスは館の奥で金庫番に絶叫している。

 そんな様子を無視するかのように金庫番は冷たく言い放った。

「何とか誤魔化すしかないだろう。最悪でも追徴納税をすればいいだけのことだろうに」

 ところが経営者というのはなるべく税金を払いたくないと考えるらしい。


「これまで俺がどれだけそっちに金を回してやったと思っているんだ!」

「『みかじめ料』をいただくのは用心棒の基本だろうが」

「それなら今回の件も何とかしろよ!」

「ならば税務官が襲ってきたら返り討ちにしてやる」

「それでは話にならん!」

 アコムスは吐き捨てるように捨て台詞を残すと自室に戻ったのである。


 それは深夜のこと。

 アコムスは豪奢なベッドの中で全身に季節外れの悪寒を感じた。

 気がつくと体が動かない。ピクリとも身動きが取れないのだ。

 さらには声も出ない。

 すると突然耳元に何かの気配を感じた。


「アコムス。魔王のかわいい配下よ」


 甲高く甘い声が動けないアコムスの耳元でささやいてくる。


「魔王があなたに良い方法を授けてくださるわ。よくお聞きなさい」

 それは『特産品の権利』を一旦各貴族に返却してしまうというものであった。


「そうすればダークフィナンス家の『帳簿上売上総金額』を減らすこともできるし、各貴族を通すことによって当面は『ダークフィナンス家不買運動』も回避できるわ」

 さらにささやきは続く。

「権利の譲渡は税務調査の間だけ。税務官がスカイキャッスルに戻ったら回収すればいいわ」

 アコムスはなるほどと思う。


 税務調査の基本は『売上のチェック』から始まる。

 ならば、こちらの手元に残る売上帳自体を減らしてしまえばいいのだ。

 それも隠すのではなく元に戻すだけ。

 なので万一税務官に突っ込まれても、それぞれに対して各貴族が細かく対応すればいいだけのことである。少なくともダークフィナンス家は煩わしい状況を回避できる。

 さすがだ魔王。

 身体の自由が利かないながらも感心するアコムスに声は続けた。


「それではこれが『魔王の提案』であるという印を残すわね」

 同時に突然胸を刃物で突かれ、アコムスは血を噴き出してしまう。

 しかしその苦痛に叫ぶ間もなく彼は眠りに落ちたのである。


 翌朝、アコムスは傷ひとつない自分の姿を血まみれのベッドの上で確認することになる。


「すごいなお嬢のやることは」

「氷結の弱出力・沈黙・睡眠・全回復の四連コンボですわね」

「これは魔王の仕業だと信じるよ」

「恐ろしいことだにゃん」


 血まみれの寝間着もそのままに、アコムスは再度貴族当主たちを館に招集すると、『事業の権利書』を一旦それぞれに預けると宣言した。

 当然ローレンベルク家には茶業全般の権利書が戻ってくる。


「これは不買運動対策だ。一旦それぞれの名義で生産と販売してくれ!」

 さぞ自分が考えた素晴らしいアイデアのように誇りながらアコムスは各貴族に指示を出した。

 それには金庫番も黙りこくったままである。

 実は金庫番は事前にアコムスから昨晩の話を聞いていた。

 当初はアコムスの話が信じられなかった彼だが、魔王が好んで全身の血を抜く処刑を行うことを思い出した。

 多分アコムスは魔王の戯れに血を抜かれたのであろう。

 金庫番は魔王への恐怖に思わず身震いをしたのである。


 その日の午後にはスカイキャッスルから派遣された税務官がワーラン冒険者ギルドの護衛に守られながらウィートグレイスに到着した。

 護衛はエリスたちと顔なじみの『御者のバズさん』と『飛燕のロングソード持ちのダグさん』の二人である。

 実は二人とも熟練の冒険者なのだ。

 バズさんとダグさんは沿道で手を振るエリスが二人にだけ向けた下衆な笑顔を確認すると、二人とも理解したように下衆な笑顔をエリスに返したのである。


 アコムスは税務官を余裕の表情で館に迎えいれた。

「さあ、どうぞお調べください」

 すると税務官は冷静に告げた。

「それでは、米および豆の取引実績表をお出しください」

 はあ?売上総額じゃないの?

 アコムスは動揺する。


「どうなされたんですか?ダークフィナンスから一括で出荷された量とワーラン商人ギルドが引き取った量を比較するだけですよ」

 そこで愚かにも初めてアコムスは気づいた。


 特産品売上などは瑣末さまつな話で、自分たちが売上をごまかしていたのは、実は『米と豆』だったということに。

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