ライバル登場
翌朝、エリスとレーヴェの二人は早めの朝食を摂ると、手持ち装備の確認を始めた。
レーヴェの装束は薄手の綿入れと鎖帷子である。
その上から革製のブレストアーマーとベルトアーマーにブーツを身に着ける。
ガントレットは使用していない。
武器は細身のシャムシール。
特に魔法などの特殊効果は乗っていないようだ。
一方のエリスは漆黒の盗賊装束である。
盗賊装束は少しでも防御力を上げるために本来は革で仕立てるが、まだ少女のエリスは日々成長するため、サイズに余裕を持たせることができる布製の装束を身に着けている。
武器はこれまでお守り代わりに通常のダガーを1本だけ装備していたが、今はアンガスが残してくれた高品質のダガーがある。
しかしながらエリスの体力では魔物に一撃で止めを刺すのは無理なこと。
ダガーはあくまでも護身用でしかない。
「迷宮探索なら、それなりの道具も必要ね」
「そうだな、市場に出かけてみるか?」
エリスとレーヴェは互いに頷き合い、市場に出かけることにした。
とはいっても、まずは元手となる資金が必要である。
アンガスが残してくれた財産はそれなりにあるが、そうそう無駄遣いもできない。
エリスは10万リルと、念のための売却用にと、能力をカチューシャに写した『諜報のピアス』を携えた。
なお、探索依頼の前でため息をついていたレーヴェの財布は中身が知れているので当てにしない。
装備の確認後に二人は改めて普段着に着替た。
レーヴェはピチっとした藍染め7分丈のパンツに、生成りの頭からかぶるシャツ。
但し、腰にシャムシールをぶら下げるのは忘れない。
エリスは白のブラウスに赤のショートジャケット。
そこに赤の膝丈フレアスカートを合わせた。
レーヴェはエリスの姿にため息をつき、エリスに聞こえないよう小声で呟いた。
「本当にお人形さんだな」
「どうかした?」
レーヴェが何かつぶやいた様子に小首をかしげるエリス
「いや、なんでもない」
思わず頬を染めてしまうレーヴェに気づかないふりをしながら、エリスはごく自然にレーヴェの左手を右手で握りしめた。
下衆な笑みをレーヴェに感づかれないように浮かべながら。
そうして二人は手をつなぎ、市場に出かけていったのである。
まず二人が向かったのは通りに並ぶ露店である。
それぞれの露店には様々な中古品が並んでいる。
と、そこでエリスはあることに気付いた。
雑然と並べられたな品物の中に、淡い光を放っている品がいくつかあることに。
この世界では、一般的に魔道具の鑑定は魔法によって行われる。
だが、その魔法を行使するための使用精神力は5と、常人の精神力約半分を消費してしまうので気軽に使用することはできない。
なので鑑定には結構な費用を請求される。
これはエリスの持つ魔道具感知についても該当する。
そもそも魔法による魔道具の感知は1つの品物に対し集中して行うため、エリスのようにあちらこちらに同時に魔道具を見つけることができるような代物ではない。
「これって、一攫千金のチャンスかしら」
エリスは思わず小声でつぶやいた。
「どうした、エリス」
レーヴェの問いに、エリスが背伸びをするようにレーヴェの耳元に唇を近づけていく。
続けてこそこそっと彼女に囁いた。
「私が欲しい物が見つかったら、値段交渉をお願いね」
エリスの頼みに了解したように頷くレーヴェ。
彼女の様子に満足したエリスは、10万リル入りの財布をレーヴェに渡した。
続けてエリスは、それぞれの露店を巡り、淡い光を発する品々に対し魔道具鑑定を発動させていく。
まずひとつめは子供用に見える茶色い革製の小さなかばん。
これはエリスが手にとっても全く不自然さを感じさせない。
『飽食のかばん』
あらゆるアイテムを飲み込む。
必要精神力0
コマンドワードは【食事の時間】でアイテムを取り込み【出番の時間】でアイテムを取り出せるようになる。
「いきなり大当たりね」
エリスは小声でそうつぶやくと、次に店主にわざと聞こえるようにレーヴェにねだった。
「レーヴェ、私、このかばんが欲しいわ」
すると店主が調子よく口を挟んできた。
「お、お嬢ちゃんお目が高いね。よかったら試着してご覧」
エリスは店主に勧められるがままに、かばんを肩から斜めにかける。
うん、良い感じね。
「似合っているよお嬢ちゃん、よかったら1万リルで売ってあげるよ」
すると事前の打ち合わせ通り、レーヴェが価格に対し大げさに反応してみせる。
「1万リルなんてとてもじゃないけれど出せません。あきらめなさい!」
レーヴェからの強い口調に、エリスはしぶしぶと肩からかばんを下ろすも、店主から見たその表情は未練たらたらである。
こいつも演技派だ。
店主にとっても、可愛らしい少女がせっかく似合うかばんを手放そうとしている姿を目の当たりにするのは面白くない。
それに1万リルは基本のぼったくり価格である。
「わかったよお姉さん、7千百リルでどうだい?」
すると店主の申し出に少しだけ表情を緩めたレーヴェはわざとらしく財布の中を覗き、続けて店主に向かって甘い声色で返事をした。
「5000リルならなんとかなるのだけど、ダメか?」
期待に満ち溢れたエメラルド色の瞳と、甘えるように輝く碧色の切れ長の瞳に同時に見つめられた店主に『断る』という選択肢はなかったのである。
かばんを肩からぶら下げてゴキゲンのエリスに、レーヴェは尋ねた。
「確かにそのかばんは似合うが、そんなに欲しかったのか?」
するとエリスは楽しそうにその口元を緩めた
「今は内緒。誰が聞いているかもわからないしね。お家に帰ったら教えてあげるわ」
さらにレーヴェにもかばんを1つ購入するように勧めたのである。
なので彼女も他の露店で布製の地味なポーチを千リルで購入した。
次にエリスが着目したのは、無造作に並べられた古びた短剣である。
『飛燕の短剣』
一定時間、敵に与えるダメージが2倍となる。
必要精神力1。
コマンドワードは【燕よ来たれ】
アリスは古びた短剣を品定めするかのように右手に持つと、それと見比べるようにして左手に自分のダガーを持った。
「魔道具複写」
エリスがそう小声でつぶやくと同時に、アリスのダガーに古びた短剣の能力が複写されていく。
『飛燕のダガー』
一定時間、敵に与えるダメージが2倍となる。
必要精神力1。
コマンドワードは【燕よ来たれ】
次に、レーヴェに右手で短剣を見せるようにし「この短剣ってどうかしら」と店主に聞こえるようにわざとらしくレーヴェに語りかけた後、レーヴェのシャムシールに左手で触れた。
続けて魔道具複写を発動。
『飛燕のシャムシール』
一定時間、敵に与えるダメージが2倍となる。
必要精神力1。
コマンドワードは【燕よ来たれ】
すると、レーヴェのシャムシールに能力が写されるのと同時に、露店に並べられていた古びた短剣の能力が消えてしまった。
それをエリスは確認すると「やっぱり今のでいいや」と、短剣を元の場所に戻した。
今の経験は非常に重要なことである。
「複写は2回までが限界?それともランダム?」
これがエリスの宿題となる。
次に見つけたのは小さな銀製の指輪。
それは箱の中に広げられた1つ2千リルで販売されている指輪の山に埋もれていた。
『解毒の指輪』
対象の毒を解除する。
必要精神力3
コマンドワードは【お願いデトックス】
エリスは良い機会とばかりに、箱の中で魔道具複写の実験を試みた。
当然その動作がごく自然に見えるような演技も忘れない。
「ねえレーヴェ、この中からお気に入りの指輪を1つずつ買いましょうよ」
レーヴェも心得たもの。
「そうだな。ひとつづつくらいなら構わないだろう」
レーヴェの返事を合図に、二人は指輪が積まれた箱の前にしゃがみ込むと、サイズや色を合わせながら楽しそうに指輪をあれやこれやと選んでいく。
店主は二人の姉妹?が店の前に座り込んであれやこれやとやっている姿が良い客引きになると考え、ニコニコしながら二人の様子を眺めている。
エリスは二つの指輪を両手で見比べるようにしながら魔道具複写を行った。
すると、やはり二回目の複写で、元の指輪からは能力が失われてしまう。
次に能力を複写した指輪を右手に持ち変え左手に別の指輪を持ち同様の実験を行ってみる。
ここでもやはり二回の複写で右手の指輪からは能力が失われた。
「時間はかかるけど、魔道具複写は無制限に拡張可能ね」
エリスは実験結果に満足すると、レーヴェに「私はこれにする」と、レーヴェに能力を複写した指輪を一つ渡した。
「ならば私はこれがいい」
と、レーヴェは自分で指輪を持たず、目的の指輪をわざわざエリスの背中から指さした。
エリスはわかったとばかりに目的の指輪を左手に持ち、右手に能力を複写しておいた別の指輪をそっとつまむ。
その間にレーヴェは店主に笑顔で4千リルを支払った。
笑顔でお金を受け取る店主。
エリスも笑顔を浮かべる。
但し、こいつだけは下衆な笑顔ではあるが。
エリスが最後に見つけたのは親指程の小さな人形である。
『犠牲の人形』
身につけている者の体力が一撃でゼロ以下になる攻撃を受けた場合、そのダメージを全て吸収し、人形は砕け散る。
必要精神力0。
コマンドワード不要・自律型。
「最後に大物が来たわね」
その能力にさすがに驚いたエリスはそっとそうつぶやいた。
残念ながらこの人形の周りにコピーできるようなものは置いてない。
なのでここはおとなしく人形を購入するしか無い。
「レーヴェ、このお人形が欲しいわ」
レーヴェはエリスのお願いにうなずくと、店主に値段を尋ねた。
「千リルでええよ」
そう人の良さそうな店主が答えた。
ここでエリスが「さっさと買ってしまえ」とレーヴェにアイコンタクト。
「それではいただこう」
レーヴェが代金を支払っている間に、エリスは人形をお守りのようにスカートのフリルに結びつけた。
続けて別の店で先ほどのものと同じような人形を2個千リルで購入し、1個をエリスがレーヴェのスボンのベルトループに結びつけてあげる。
「ちょっと恥ずかしいな」
可愛らしい人形に照れるレーヴェにエリスは微笑んだ。
「ちょっとしたお守りよ」
もう1個はエリスが自分のかばんにしまっておく。
ここまでの買物に費やした費用はわずか12000リルである。
次は各種ポーションやら冒険用具を見繕うことにする。
これら消耗品は冒険者ギルドのフラウのところで購入できる。
二人は手をつないだまま、冒険者ギルドを訪れた。
「フラウ、こんにちは」
「あらエリスこんにちは。って……」
最初は笑顔でエリスを迎えたフラウであったが、その隣に立つレーヴェには紅の瞳で一瞬きつい視線を向ける。
レーヴェもそれに気づき、フラウを碧の瞳で睨み返す。
エリスはそのやりとりを無視するかのようにエリスはフラウに言葉をかけた。
「ねえフラウ。今日は回復のポーションと探索基本セットを買いに来たの」
エリスの言葉に驚いたフラウは思わずレーヴェから目線を外した。
「まさか、探索に出かけるの?」
「うん、レーヴェと一緒にアイーダの迷宮に出かけるの」
エリスの回答にフラウは再びレーヴェを睨みつける。
「レーヴェさん、エリスの親族だか何だか知りませんが、彼女を危険な目に遭わせるおつもりですか?」
が、レーヴェはしれっとしたもの。
「一人前の盗賊に向かってそのセリフは逆に失礼だと思うが」
そんなレーヴェの態度にフラウは激高してしまう。
「エリスはまだ8歳なんですよ!」
が、レーヴェの様子は変わらず、逆にフラウに向かって冷たく言い放った。
「ここは客を選り好みするのか?」
険悪なムードを醸し出すレーヴェとフラウ。
ホールでだべっていたおっさんどもも、ちょっとやべえかなという表情を見せていく。
するとエリスが仲裁をするような様子で申し訳なさそうにフラウに話しかけた。
「アイーダの迷宮には、私が行きたいって言ったの。私、潜入から冒険にギルド証を書き換えるから」
これに驚いたのはフラウ。
「エリス、あなた冒険者になるの?」
「まだわからないけど、盗賊ギルドとは距離を置こうと思っているの」
フラウの問いに、エリスはおっさんたちに聞こえないように小声で答えた。
「ね、だからポーションと探索セットを売ってくださいな」
そういうことならば仕方ないかと、フラウはしぶしぶ頷いた。
「わかったわ。何日分なの?」
回復のポーションは1個千リル。
これを10本購入しておく。
アイーダの迷宮には状態異常をもたらす能力を持つモンスターは出ないので、毒消しその他のポーションについては今回は不要である。
携帯食やら飲料水やらがまとめられた探索セットは1日分千リル。
これは一人三日分購入しておく。
代金は合わせて1万1千リル。
アイーダマッシュルームが1本千リルで売れるので4本取れれば収支はとんとんになる。
それ以下だと赤字であり、それ以上ならば黒字。
「エリス、絶対に無茶をしちゃダメよ」
心配そうに声をかけるフラウ。
だが、エリスが答えようとする前にレーヴェが割って入った。
「大丈夫だ、私が守る」
「あなたには言ってないわよ!」
冒険者ギルドを仲良く背にした二人を見つめ、フラウはイライラをつのらせた。
「何よ保護者づらしちゃって。エリスもエリスよ。あんなになついちゃってさ」
イライラは思考を狂わせる。
「もしかしたらエリスはあの女に騙されているのかしら。そうよ、そうに違いないわ。それなら私が守ってあげなきゃ!」