女剣士のひととき
レーヴェは悔やんでいる。
自分が家出をしたことによって、どれほど実家に迷惑をかけてしまったのかと。
正直なところレーヴェは自身の家出が、こんな大事になるとは思っていなかった。
レイクが自分のことを『乳なし女』と馬鹿にしていたのは知っていた。
最近はエリスのおかげで少し大きくなったけれど。
少なくともレイクはレーヴェとの縁談を迷惑だと吹聴していた。
だから自分がいなくなっても実家がダークフィナンス家と揉めるとは考えてなかった。
実家には、父と母、幼い弟、そして財産のほとんどを食いつぶした祖父の四人が残されている。
二人の姉は王都スカイキャッスルの貴族の元にお嫁に行ってしまった。
どうしたものだろう。
今の自分には結構な財産がある。
これで実家がダークフィナンス家へ支払った賠償金の穴埋めはできるだろう。
だが問題は祖父である。
あの爺さんに金を持たせるとろくな事をにならない。
少なくともレーヴェは二人の姉からそう聞かされていた。
はあ……。
レーヴェはため息をつく。
一旦は実家に帰らねばならないか。と彼女は想う。
すると外出からエリスが戻ってきた。
「何よレーヴェ。深刻な顔をして」
「お嬢。すまんが何日か暇をもらえるか?」
「実家に帰るのでしょ?」
「ああ」
「私たちも行くわよ」
当然のようにエリスは宣言した。
収穫祭が終わり、ワーランの街にもに落ち着きが戻ってきた。
クレアは『蒸しケーキ店』の図面を収穫祭中に既に描いていた。
それを工房ギルドの平常営業開始と同時にエリスとともにフリントのところに持ち込み、店舗建設の発注をかけたのである。
「ケンが今回はよくやってくれたから、建物にケンとハンナそれにハンナの家族が生活できるような住居も建設するようにね。ちなみに『ケンとハンナのギシアン部屋』は必ず作るのよ」
こうしたエリスの気遣いを涙を流しながら喜ぶハンナとケンであった。
実はこの提案は『二人を店舗に縛り付ける』というエリス-エージの策略なのであるが、本人たちが幸せならばそれはそれでよいことである。
クレアもエリスの配慮に感激し、二人に家具をプレゼントすることを約束した。
店舗での販売品目は当面は『蒸しケーキ』一本である。
しかしケンの才能を見ぬいたフラウは「きっと色々なアイデアでケンは新商品を生み出しますわよ」とエリスにアドバイスを送った。
なので店舗に併設するキッチンには蒸し器以外にもオーブンや窯などを潤沢に用意してある。
できれば手をかけずにケンが生み出した新製品からも利益を上げたい。
ということでアラサーヒキニートは再度画策したのである。
「この方式ね」
エリスは一人にやりと笑うと、建設場所で事前の打ち合わせを行っているケンとハンナ、クレアの元に出向いたのである。
エリスはクレアを証人として、ケンとハンナにこんな提案をした。
「この店と住まいは二人に無償でプレゼントするわ。『五色の蒸しケーキ』の製造・販売も2人に任せる。それからケンは新製品の開発にも取り組みなさい。蒸しケーキおよび新商品の『販売権利金』は総売上の10%。後は二人の稼ぎとしなさいな」
これはケンとハンナにとっては夢のような話である。
なぜならば『元手ゼロ』で商売を始められるのだから。
しかも最初に取り扱うのは収穫祭で確かな販売実績を残した『五色の蒸しケーキ』である。
ケンとハンナにとってはまさしくエリスは『命の恩人』となる。
そこがエリスの狙い目である。
金で縛るには限界がある。が、恩で縛れば命も懸ける。
しかも『販売権利金』は『五色のケーキ』だけでなく、今後ケンが生み出すであろう『新商品』に対しても、しれっと課金している。
つまりは『総売上』の10%をエリスはケンとハンナから搾り取るのである。
ケンが新商品を開発して売上を増やせばそれだけエリスの収入も何もせずに増えるということ。
ここでえげつないのは『10%』が『利益』ではなく『売上』にかかるところである。
ケンとハンナにとっては一見『頑張れば頑張るほど自分たちの収入が増える』という仕組ではあるが、一方でしくじれば『仕入れの負債』などは全てケンとハンナが負わなければならない。
場合によっては二人は不眠不休で働かなくてはならないだろう。
これは楽園のようで実はブラックなシステムなのである。
こうしてエリスは『恩で縛ったいつでも呼び出せる召使と下男』および自分には一切のリスクがない投資システムを手に入れたのである。
さてその日の夕食の場での出来事。
フラウ特製のアツアツのグラタンをふうふう言いながら、エリスはこう宣言した。
「皆でウィートグレイスに行くわよ」
「いいのか?」
レーヴェはそう謙遜するが、他のメンバーはすっかり旅行気分に浮かれている。
「ウィートグレイスは農産物の種類が豊富ですから楽しみですわ」
「レーヴェの家族に会ってみたいや」
「旅は楽しいにゃん」
「ということで明後日に出発よ!」
収穫祭中に『百合の庭園』は夜間営業を行っていたので、収穫祭終了後の大浴場は、久しぶりのエリスたちの独占となった。
五人とと一匹はそれぞれに大きく体を伸ばしながら湯を堪能している。
「レーヴェのお祖父様って、趣味人なのでしょ?」
そういえばと言ったフラウにレーヴェは恥ずかしそうに答えた。
「趣味人というか、だらしがないというか……。ろくでもない爺さんだというのは事実だ」
「大変そうね」
「ああ」
レーヴェとフラウの会話で欲情の空気は重たくなってしまう。
……。
ところがエリスがそれを切り裂いた。
「一番エリス『おっぱい節』を歌います!」
するとキャティもエリスに同調した。
「私も一緒に歌うのだにゃ!」
『おっぱい節』とは、収穫祭のステージで、とあるコメディシンガーが歌った曲である。
これが見事にエリスとキャティのツボにハマったのだ。
他の三人にはこの曲の何が面白いのかさっぱりわからないのだが。
ということで、エリスの先導により普段の雰囲気を取り戻した大浴場は、のど自慢大会で盛り上がった。
今日も平和に夜は更けていく。
翌日レーヴェは冒険者ギルドに向かうと、自分の口座残金を確認した。
受付嬢のレレンがその額に少し驚いたような表情となる。
「結構ありますね」
残高は二億リルとちょっとである。
これは『抵抗のプレートアーマー』がオークションにて十二億リルで売れたのが大きい。
これだけで1億2千万リルが分け前としてレーヴェの口座に入金されたのだから。
その他にも迷宮探索や緋色の洗濯物で溜めこんだリルがいつのまにか数千万の額となっていたのだ。
「二億リルをギルド為替にしてくれ」
「かしこまりました」
レレンは手際よく処理を進め、レーヴェ名義のギルド為替を発行する。
「手数料は1万リルです」
「ありがとう」
「ウィートグレイスに行かれるのですよね」
「ああ」
「楽しいことがあるといいですね」
ん?
レーヴェの不思議そうな表情に対して、レレンは意味深な表情で笑いかけたのである。
その足でレーヴェは次に商人ギルドに向かった。
これは『レーヴェさまファンクラブ』の皆さんから頂いた『宝石』を換金したいと事前にマリアに相談するため。
神妙な表情のレーヴェに、マリアは笑顔で「頂いたものをどうしようと、あなたの自由ですよ」と答えてくれた。
「ウィートグレイスに行かれるのね」
「ええ」
「色々と楽しんでらっしゃいな」
ん?
マリアもレーヴェに対し意味深に笑いかけたのである。
レーヴェは家に戻ると、改めて『飽食のポーチ』の中身を整理していった。
エリスが勇者に売り飛ばした『抵抗のヒャッハーアーマー』の分前が現金で二億リル入っている。
それに先程冒険者ギルドで作成したギルド為替が二億リル分。
ファンクラブの皆さんから贈られた宝石も十数個にのぼる。
「これくらいあればなんとかなるだろう」
フラウは食材の準備。クレアはケーキ店建設の監督。エリスは工房に馬車の整備依頼。キャティは盗賊ギルドにウィートグレイス出張報告のために出かけている。
今は久しぶりの一人。
レーヴェは椅子に腰かけながらふと思う。
考えてみれば、ワーランにやってきてからは毎日が刺激的だった。
盗賊を返り討ちにし、牛や馬を乱獲し、皆と協力して迷宮で魔物を打ち倒し、大浴場で気持ちよく歌う。
様々な人々とも知り合いになれた。
全てはエリスのおかげである。
「エリスなしの生活は、私にはもう考えられんな」
ふと横を見ると、ぴーたんがかごの中で珍しく起きている。
レーヴェはぴーたんを膝に抱くと、その甲羅を撫でながら、午後のひとときを微睡んだ。
幸せそうにレーヴェの上で体を伸ばすとぴーたんもつられるように眠り始める。
レーヴェはそんなぴーたんの感触に想う。
「この子も私と同じだな。私たちは今、間違いなく幸せだ」
夕刻になるまでには全員が屋敷に戻ってきた。
早速フラウが夕食の準備を始める。
明日から旅行なので、今日は馬車内では調理が難しい揚げ物三昧である。
白身魚のフライをサクサク言わせながら五人は旅程を確認していった。
ウィートグレイスまで馬車で五日。
同地での滞在日数は未定。
但し蒸しケーキ店の完成までにはワーランに戻ってきたい。
「さあ、今日も早く寝ましょう」
ということえ今日はお風呂を簡単に済ませると早めにそれぞれの寝室へと向かったのである。
ここはレーヴェの部屋。
「お嬢さま。今回は迷惑をかける」
「何言ってるのよ、私たちは家族でしょ」
「そうか、そう言ってもらえるとうれしい」
「こんなことで泣かないの」
「すまん」
「私が違う方法で泣かせてあげるからね」
……。
残りの三人はドキドキしながら自分の順番を待っている。
エリスは来ない時は誰のところにも来ないし来るときは全員のところに来る。
エリス-エージは堕ちたレーヴェを後にすると、今日も律儀に三人の元を回り、全員を寝かしつけていく。
そしてふりだしに戻る。
なぜならば今日のしおらしいレーヴェは特になぶりがいがあるから。
燃えるぜ。
アラサーヒキニートは自らの幸せを噛みしめながらレーヴェとの二回戦目に突入した。
ということで今日も元気に朝が来た。
目覚めたレーヴェの胸元には上目遣いのエリスがいる。
「お嬢さま。おはよう」
「レーヴェ。目元が赤いわよ」
「ああ、すまん」
「そんな子はこうしてあげる」
エリスが優しくレーヴェの目元にキスをする。
あっ……。
レーヴェが思わず漏らした吐息を合図に、久しぶりの早朝決戦が開始された。
「朝ですよー」
「朝だよー」
「朝だにゃー」
起きだしてしまった手前、部屋に戻って順番待ちをするわけにもいかない三人が、ちょっとやきもちを焼きながらレーヴェの部屋の前で急かしている。
決戦を終了したエリスとレーヴェは慌てて身支度し扉を開けると、三人からのジト目を無視しつつエリスは宣言した。
「さあ、出発よ!」
目指すは南の農耕都市ウィートグレイス。




