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幼女の涙

 貿易都市ワーランで開催されている収穫祭も中盤に差し掛かっている。


『蒸しケーキの売店』をハンナとケンに完全に任せた五色の乙女は、それぞれが様々な依頼を受けて収穫祭に貢献している。


 フラウは『筋肉兄弟マッスルブラザース』に頼まれ、彼らがステージイベントに出演している間の『豚ダルマ飯』屋台の調理担当および店番をしている。

 ちなみにフラウがが店番となったことにより、それまで「飯は食いたいがホモは怖い」という理由で購入を躊躇していた人々が、喜び勇んで屋台に行列を作った。

 その結果、その日は『豚ダルマ飯』の最高売上を記録したのである。


 広場の特設ステージ上では、筋肉兄弟が『ふんどし一丁』で馬鹿でかい太鼓を漢臭く連弾演奏中である。

 その漢臭さに引き寄せられたガチな方々がステージ前を埋め尽くしている。


「オッス!オッス!オッス!オッス!」


 ステージと観客席に飛び散る雄臭い汗がさらに漢どもを彼らの世界に引き込んでいく。

 ちなみにステージ下では、おっさんの中でガチホモだけは平気になったクレアが、傘をさして汗を避けながら「おひねりはこちらだよー」と観客席に向かって声をかけている。

 一方でステージの雄臭さに完全にやられ、吐き気を催してしまったレーヴェは、商人ギルドマスターのマリアに介抱されながら、彼女の部屋に連れ込まれてしまった。

 キャティは隣で営業している『冒険者ギルドの果汁店』で、先日盗賊ギルドのカレンや他のメンバーに好評だったフラウ特製の『トライフル』を、今は冒険者ギルドのレレンとおっさんたちに取り分けて一緒に楽しんでいる。


 エリスはぴーたんを抱えながら、冒険者ギルドの御者さんと、荒くれ者の事前処理に明け暮れている。

 すると、不意に誰かがエリスに声をかけた。


「お嬢ちゃん、久しぶり」


 エリスが声の方向に振り返ると、そこには勇者さまご一行の盗賊『ギース』が片手を挙げながら立っている。

 当然のことながらしらばっくれるエリス。

「どちら様ですか?」

「まいったな。スカイキャッスルのグレイは覚えていないかい?」

「グレイ?」

 ギースの問いかけにも、小首をかしげながら、エリスはあくまでもしらばっくれる。

 しかしギースも諦めない。

「ワイトの迷宮にお嬢ちゃんたちの後に入ったパーティーだよ」


 そこまで具体的に指摘されてしまうと、しらばっくれるのも逆に無理がある。

 なのでエリスは思い出したようにわざとらしく微笑んだ。

「あ!あのときのおじちゃんたちですね」

「思い出してもらえたか」

 ほっとしたような表情となったギースは話を続ける。


「ところでお嬢ちゃん。単刀直入に聞くけどさ。あのときお嬢ちゃんのパーティーは『ワイトの迷宮』をクリアしていたんじゃないのかい?」

 そうきたか。

 やっぱりこいつだけはやばい。と、エリスの直感がざわめく。


「いいえ、最初の部屋で逃げ帰ってきましたわ」

 悪魔でもしらを切り通そうとするエリスだが、そこにギースは的確な突っ込みを入れてくる。

「そんなことはないだろう。そうだとするならば君たちがギルドに帰ってくるのが遅すぎる」


 嫌なやつだ。

 こういう手合を長時間相手にしていると、誘導尋問に引っかかる恐れがある。

 正直なところ現時点で勇者たちと直接かかわりたくはない。

 さて、どうするか。


「よし、これだ」

 と、エリス-エージは対応を決定し、それを実行した。


「うええええええええええんん!」

 エリスは突然大泣きを始めたのである。


 これにはギースだけでなくエリスに同行していた御者さんも驚いた。

「なっ!」

「おい貴様!エリスちゃんに何をした!」


 エリスは左手でぴーたんを抱え、右手で御者さんの腰のあたりに抱きつき顔をうずめてしまう。


「うええええええええええんん!」


 エリスの甲高い泣き声に周囲の人々も騒ぎ出した。

「何だ何だ!」

「おい。泣いているのはエリスちゃんじゃないか」

「何やってんだあいつら!」

 こうしてギースと御者さん、それにエリスの周りにはわらわらと人だかりができてしまう。

 すると人々の一人がギースに気づいた。

「おい。こいつは例のスカイキャッスルから来たとかいう胡散臭い連中の一味だぜ」

「あの『勇者さま』を名乗って威張り散らしている連中か!」

「幼い娘を泣かしておいて『勇者』を名乗るとは許せねえ!」

 一気に人だかりはヒートアップし、ギースに対して罵声が次々と浴びせられる。


「いや、ちょっと、違う、何だ、なんで泣くんだ、なあ」

 おろおろするギース。

「うええええええええええんん!」

 しかし泣き止まないエリス。


 すると当然のことではあるが、自警団が表れた。

 ただしそれは冒険者ギルドが運営する『表』の方ではなく盗賊ギルドが運営する『裏』の方の自警団であるが。

「ちょっと話を聞かせてもらおうか」

「いや、俺はちょっとこの娘さんと話をしたいだけで……」

「幼女と話をしたいなどと、それだけで『事案』だ」


 こうしてギースは有無を言わさず盗賊ギルドにしょっぴかれてしまった。

 ちなみにエリスが御者さんに抱きつきながら舌をぺろりと出したのには誰も気づくことがなかったのである。


 さて、こちらは再び特設ステージである。

 筋肉兄弟による太鼓連弾の次は、商人ギルドのニコル率いる楽団『ストーンウォールズ』の演奏とレーヴェの歌によるコラボが始まった。

 ちなみにストーンウォールズのバンドメンバーは、全員黒いぴっちぴちのレザーベストにレザーパンツといった姿である。


 実を言うとニコルさんは真性のゲイである。

 ちなみに楽団メンバーも全員真性のゲイなガイ。

 ただし筋肉兄弟とは美意識が異なるらしく、それぞれの仲は良くないとのことである。


 面白いことにレーヴェはスタイリッシュなゲイならば彼女の男嫌いが反応しないらしい。

 彼女もストーンウォールズの衣装に合わせ、黒の男性用儀礼服を身につけている。


 演奏曲目は普段レーヴェがファンクラブのイベントで披露しているのオペラからの曲ではなく『暁の重装歩兵』などのアップテンポな曲となっている。

 この演奏には『レーヴェさまファンクラブ』と『ストーンウォールズファン』以外にもたくさんの観客が詰めかけた。

 ちなみにステージの下では『ガチホモ』と『ゲイ』の違いはいまいちよくわからないが、ゲイも怖いおっさんではないと直感で認識したクレアが、引き続き「おひねりはこちらだよー」と傘をさしながらかごを掲げている。


 ステージ上ではニコルたちとレーヴェもノリノリ。

 息もピッタリである。

 その躍動的な姿を見ながら「ちょっと惜しいことをしたかな」と後悔しているのはレイク・ダークフィナンスである。

 お前はもっと別のことを後悔した方がいい。


 さて、こちらは路地裏での出来事。


「なんだこりゃあ!」

 肩が触れたチンピラを脅かしてやろうと路地に連れ込んだ勇者パーティのダムズであるが、自慢の両手剣でチンピラの革鎧を小突いたら、なぜか剣のほうがパキンと折れてしまった。


「なんだい兄ちゃん、威勢がよかった割には情けねえ武器じゃねえか」

 先程までダムズの巨体とでっかい両手剣にちょっとびびっていたチンピラは、剣が折れるさまに余裕を取り戻した。

 しかしダムズもこのままでは引けない。

「ふん。何が起きたかわからんが、貴様にはこれで十分だ」

 ダムズは拳を握り、それを脅かすようにチンピラの眼前に持っていく。

 しかしここで引いたらチンピラの名がすたる。

「うるせえ!」

 チンピラは携えていた小刀をダムズの腹に向かって突き刺そうとする。

 しかしダムズの全身は金属鎧に覆われている。

「ふん、そんななまくらでこの鎧を突き通せるか」

 小刀を腹部の鎧で受け流すべく腹を突き出すダムズ。

 ところがそこで再び予想外の出来事が起きてしまう。


 ぱきん。

「ぱきん?」


 ダムズには一瞬何が起きたのか理解できなかった。 

 なぜならばチンピラの小刀は金属鎧を陶器のように砕くと切っ先を突き通し、ダムズの腹に深々と突き刺さったからである。


「なんじゃあこりゃあ!」

 今度はまじでやばいダムズ。

「へ、ざまあ」

 こちらもまさかの展開にやばいと逃げ去っていくチンピラ。

「ちょいまち、医者を呼んでくれ……」

 血が吹き出す腹を押さえながらダムズはチンピラの背を追いながら呻くもこれまで。

 急速に血が失われていくからなのか、ダムズの視界は急激に暗くなっていく。

「こりゃあやべえ……」

「大丈夫?」

 意識が遠のいていくダムズの目に最後に写ったのは、金髪の美しい少女だった。


 危ない危ない。

 殺しちゃったら洒落にならないところだった。

 御者さんと別れ、売店に戻ろうとしている途中で偶然ダムズを見つけたエリスは、すぐにダムズを『睡眠』により眠らせると『全快の指輪』で治療を施した。

 残された剣と鎧は証拠が残らないように、跡形もなく粉々に砕いておく。

 ついでに財布もかっぱらう。

 これで追い剥ぎにあった間抜けな男一丁の出来上がりである。


「何やってんですか二人共!」

 グレイは頭を抱えてしまった。

 なぜならば、パーティーメンバーの一人は盗賊ギルドにしょっぴかれ、釈放の代償として身代金を請求されてしまったから。

 もう一人は追い剥ぎにあったかのように装備はおろか全財産を失ってしまったから。

 ちなみに前者はエリスに嵌められた盗賊ギース。後者はエリスとぴーたんに嵌められたダムズである。


「面目ない……」

「俺あ、何が起こったかよく覚えてねえ」

 ギースは申し訳なさそうに肩を落とし、ダムズは未だ狐につままれたような不思議そうな表情をしている。


 しかし、これだけ散財が続くと、王から託された魔王討伐資金も持たない。

 ただでさえ『抵抗のプレートアーマ-』の落札価格は前評判によれば10億リルは行くのではないかと言われているのに、ここでの出費は非常に痛いのである。


 しかしダムズは能天気にこんなことを言い出した。

「なあ。いい機会だから俺にオークションで『飛燕のグレートソード』を落札させてくれよ」

 この脳筋が……。

 グレイは再び頭を抱えてしまう。

 三馬鹿はともかく、唯一信頼していたギースでさえこの始末である。

 もう誰を信用していいのかわからない。

 いっそのこと1人で魔王と対峙しようか。

 そう悩みながら、いつのまにかグレイはいつものように部屋の隅で膝を抱え無言で壁を眺め始めてしまう。


 ところが勇者がたまにやるこの姿を生理的に嫌うのがピーチである。

「また始めたよ。この陰気勇者が」

 ピーチは文句を言いながら部屋から出て行ってしまう。

 基本的に他人のことはどうでもいいクリフは、関わりありませんといった表情で椅子に腰かけながらそっぽを向いている。

『勇者のパーティ』は見事にバラバラである。


 さて、ホクホク顔のエリスが乙女たちの売店に戻ってきた。

「やけに機嫌がいいですね。エリス」

 エリスのご機嫌な表情にフラウも笑顔を重ねると、エリスは自慢げに宣言した。

「ちょっとした臨時収入が入っちゃったから、今日は皆で食事をして帰りましょう。ハンナ、ケン。あなた達も一緒に来るのよ」

 臨時収入とは『ダムズの財布』のことである。


 いつもの五人にハンナとケンを加えた七人は、売店の片づけを終えると賑わう街に連れ立って出かけて行った。

「ここにしましょうか」

 その店はマリアお気に入りの高級店である。

 堂々と入店するエリスたちの後を追って、店内に恐る恐る足を踏み入れたハンナとケンはひたすら店内を見渡しながらあっけにとられた。

 こんな豪奢な作りのレストランは二人には初めての経験である。


「好きなものを注文してよし!」

 エリスの宣言にそれぞれが慣れた様子で好き勝手に注文を決めていく。

 一方でハンナとケンはどうしていいのかわからずオロオロするばかり。


 するとそんな様子に気づいたキャティが二人に気を利かせてやる。

「注文が決まらない時は試しにメニューの上から順に注文していくのだにゃ」

「それじゃあそれでお願いします」

 二人は恐縮しながらも、おずおずと注文を始めた。


 そんなハンナとケンの様子を眺めながらエリスは考える。

 そろそろ『使いっぱしり』も必要ね。

 特に男の使いっぱしりは重労働をさせるのに今後有用だわ。


 ということでエリスは二人にこう話しかけた。

「ねえあなた達。お店をやってみる気はないかしら?」

「お店とは?」

「実は今やっている蒸しケーキの売店を常設にするつもりなのよ」

 エリスの言葉にクレアが続けていく。


「実はエリスから、街と『百合の庭園(リリーズガーデン)』の間の通りにお店を開こうかという話をしていたんだ。ただ、ボクらがそこにずっといる訳にはいかないから、人手をどうしようかと考えていたのさ」

「『百合の庭園』に男性を入れるわけにはいかないけど、最初にケンと話をした草むらの辺りなら新規に店を出しても問題ないしね。どう、やる気ある?」

 突然の幸運な話に二人は互いの顔を見合わせる。

「やらせてください!」

「やるっす!」

 二人からの返事にエリスは満足そうにうなずいた。

 こうしてエリスは蒸しケーキ店の事業化を正式に進めることにしたのである。


 ハンナとケンと別れた帰り道でレーヴェがぽつりともらした。

「ハンナはともかく、ケンを仲間に引き入れるのは不味いんじゃないか?」

 そんなレーヴェにエリスは意地悪く笑いかける。

「あら。それってハンナをここのメンバーに入れたいということ?」

「いや、そういう意味ではないのだが……」

 これには困ってしまうレーヴェ。

 これ以上メンバーが増えるのは本当に困るのだ。

 なぜなら夜の順番待ちが長くなってしまうから。


 可愛いわね。

 エリス-エージは心配そうなレーヴェの表情を一通り堪能すると、こう言葉を続けたのである。

「ハンナとケンに所帯を持たせて、店に縛り付けちゃうのよ。二人には私たちの『使いっぱしり』としてこれから役に立ってもらうつもりだから」

 これにうすうすエリスの計画に感づいていたフラウも続けた。

「ケンの菓子職人としての腕前は大したものですからね。彼を『職人』として雇うと思えばいいのですよ」

 さらにエリスは言葉を重ねる。

「これから絶対に『男手』は必要になるから。まあ、私に任せておいて」

 エリスがそういうのならそうなんだろうと、レーヴェは納得することにした。

 ちなみにキャティはどうでもいいとばかりに上機嫌で満腹のおなかをさすりながらお月さまを眺めている。


 こうしてエリスは便利な『召使めしつかい』と『下男げなん』をキープすることになるのである。

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