収穫祭
さあ『収穫祭』よ!
エリスたちは朝食も摂らずに朝一番で自分たちの店に商品を運び入れていく。
彼女たちは『蒸しケーキ五個入り巾着袋(ワーランの宝石箱ロゴ入り)』を1日100セット、7日間で合計700セット販売を目標としている。
売り子は男性浴場で使用していたメイド衣装を着込んだハンナ。サポートは工房ギルドの制服とも言えるグレーのツナギズボンを着せたケンが行う。
エリスはハンナとケンを一応脅しておいた。
「売れ残ったらどうなるかわかっているわね?」
「はい!」
「うっす!」
二人ともかなり気合が入っているようである。
さて、収穫祭期間中のエリスたちは、その服装を統一することにした。
トップスは白のブラウスにブラウンのジャケットを羽織る。
ボトムは白のパンツにブラウンのロングブーツを合わせた。
キャティだけは『勇者を切り裂くもの』と、それに合わせた『ブーツクロウ』を装備している。
これは彼女たちが、なるべく街中で目立たないようにするための措置である。
彼女たちが準備している左隣の露店では、予想通り『筋肉兄弟』が同じように出店の準備を行っている。
「評議会から商人ギルドに『露店の非課税枠』を一枠もらったので、我らが出店することになったのでござる」
五郎明宏が店の前に鉄板と焼き網を並べながらフラウにそう説明してくれた。
ちなみに彼らが提供する『豚ダルマ飯』とは、あらかじめ炊いた飯を鉄板で炒め直し、タップリとタレに漬け込んだ網焼き豚肉を乗せ、葉野菜で包んだものだそうだ。
お値段は一食400リル。
鉄板上で炒められている飯と、網に乗せられ焙られていく肉が、ともにじゅうじゅうと良い香りを振りまき始めた。
その香りにフラウは思わず前のめりになってしまう。
「エリス、これは試してみるべきよ!」
何でも、この辺にはない香辛料が使われているそうだ。
続けてフラウはエリスたちの返事も聞かずに間髪入れずに注文をしてしまう。
「五郎さん。とりあえず7つ頂戴!」
「2800リルでござる」
フラウは自分のポケットマネーで代金を支払うと、大きなトレイにダルマ飯を七つ並べてもらい、自分たちの露店に戻ってきた。
「朝食がまだですからね。皆でいただいてみましょう」
「うわ!いい香りね」
エリスは肉から漂う香ばしい香りに思わず声を上げてしまう。
「この甘さは癖になるな」
レーヴェは肉に絡めたタレがお気に入りになったようだ。
「お肉が柔らかいね!」
クレアもおいしそうに肉をぱくついている。
「葉っぱとのバランスがすごいにゃ」
キャティは同時に肉と飯と葉野菜にかじりつき、感心したようにもぐもぐしている。
フラウに飯をひとつづつ渡されたハンナとケンも、その旨さに驚いた様子である。
するとフラウはダルマ飯を片手に五郎に再度近づいた。
「これって豆のソースですよね」
「さすがはフラウ殿。わかるか」
フラウの質問に五郎明宏が感心したようにうなずいた。
その様子を見つめながらエリスも満足そうにうなずいている。
エリスは全員がダルマ飯を食べ終わったところで改めて皆に号令を出した。
「朝食もおいしかったし幸先がいいわ。それじゃみんなお仕事開始!」
「おう!」
六人の呼応が号砲となり、エリスたちのお祭りもスタートしたである。
さて、ぴーたんはいつものかごの中で眠っている。
但し、かごは屋敷ではなく、エリス達の店の裏にしつらえられた控室代わりのテントに置かれている。
すると右隣のテントから冒険者ギルド所属のおっさんがひょっこりと顔を出した。
「誰か頼めるかい?」
おっさんの依頼に応じて、そのときに店にいるメンバーがぴーたんを抱っこし、おっさんと出かけていくのである。
今回はエリスの番。
しばらく歩いたところで、おっさんが歩を緩めた。
「あいつだ」
おっさんがそっと指差した先には、いかにも『フーリガン』の様相を見せる頭の悪そうな兄ちゃんが露店を冷やかしている。
「了解」
エリスはおっさんにうなずくと、フーリガンの背後にそっと近づき、ぴーたんにコマンドをだす。
「ゴー!」
コマンドにより瞬時に延ばされたぴーたんの舌により、フーリガンの武器と鎧は陶器レベルの脆さとなってしまう。
当然フーリガンはそれに気づいていない。
実はエリスが『ぴーたんを飼う』と宣言した時、その能力は『街の治安維持』に役立つだろうと各ギルドに紹介していた。
その結果、収穫祭期間に冒険者盗賊ギルドからエリスたちへ与えられた裏の任務が『政治的・経済的・治安的にやばそうな奴らの武装無力化』なのである。
来訪者がやばそうかどうかの判断は、冒険者ギルドと盗賊ギルドのメンバーが行う。
エリスたちはその判断に従い、ぴーたんの能力でそいつらの『直接攻撃力』を予め奪うというものなのだ。
「冤罪だったら可哀想じゃないの?」
というエリスの問いにテセウスとバルティスは声を揃えてこう答えた。
「疑わしきは罰する。『李下に冠を正さず』だ。わかるな?エリス」
そう。実はエリスたちがあえて地味な衣装を選んだのは、この任務があるからこそなのである。
エリスたちの店を筋肉兄弟の店と挟むように開かれている『冒険者ギルドの果汁店』では、受付嬢のレレンと、冒険者ギルドのおっさんたちがニコニコしながら入れ代わり立ち代わりで商売をしている。
が、実はこの店の控室は市街パトロールの拠点でもある。
おっさんたちはくつろぎながらも、有事の際にはいつでも動けるように待機しているのだ。
さて、エリスたちの予想以上に蒸しケーキの売れ行きが好調である。
というか好調すぎるのだ。
当初の目標は1日100セットの販売だったのだが、初日は開店早々に売り切れてしまった。
これには焦るエリス。
巾着袋は1日100セット分しか用意してない。
収穫祭の期間中は工房ギルドもお休みなので、巾着袋と中箱の追加発注をすることもできない。
しかし今日は売り切れにより販売時間を大幅に無駄にしている。これでは『機会損失』もいいところだ。
エリスは考える。
ちーん。
「クレア。蒸器をここに持ってらっしゃい!」
「フラウ。ケーキミックスを宝箱ごと持ってらっしゃい!」
「ハンナ、ケン。これからケーキの製造研修よ!」
エリスは急遽蒸器を店舗の裏に持込むと、そこでハンナとケンにケーキの製造研修を始めてしまう。
作業工程で難しいのは『レーヴェの青』を出す調合だけで、他は付け焼刃でもなんとかなるだろう。
「つくり方はわかった?」
「わかったです」
「わかったっす」
「ではやってみなさい!」
エリスの号令でハンナとケンは分担してケーキミックスを混ぜ始めていく。
あら、意外と手際がいいわね。
特にケンがみせる手際の良さに驚くエリス。
するとケンが楽しそうに呟いた。
「村ではうちのオヤジとカーチャンが『焼き菓子売り』を副業にしてたっすよ」
使えるやつめ。
ということで、二日目以降は、5色の巾着入りを百セット限定1000リル。その他に手がかからない『キャティの白』を1個100リルでバラ売りすることにした。
これでエリスたちは蒸しケーキ販売から、とりあえず解放されることになる。
さて、場所を変えてこちらは工房ギルドによって広場の一画に設けられた特設ステージ。
ステージ上では金糸銀糸で飾られた黒の儀礼服姿を纏ったレーヴェと、薄く桃色に輝く全身鎧に身を包んだフラウが対峙している。
薄青に光るサーベルの柄に利き手を充てるレーヴェ。
右半身の姿勢で、愛用のミノタウロスモールを槍のように両手で構えているフラウ。
「レーヴェ、それって居合のつもりなの?」
「フラウ、真剣勝負にブラフはいらんよ」
レーヴェのそっけない反応に一瞬笑みを浮かべたフラウであるが、すぐに真顔となる。
「それじゃ、行くわね」
フラウはゆっくりとモーションを崩すと、頭上でモールを勢いよく回転させていく。
これではモールの切っ先を狙っていたレーヴェも、動きを修正せざるを得ない。
「ハッ!」
フラウの発した気合とともに回転していたモールが右から弧を描くような動きでレーヴェを襲う。
それを半身で避けると同時にサーベルを抜くレーヴェ。
狙うはフラウの小手。
しかしレーヴェの狙いを察知したフラウは、全身鎧の小手部分をレーヴェが操るサーベルの刃へ斜めに押し付け滑らせてしまう。
続けてフラウは突きだしたモールを引きつけることにより、牛頭を模した槌でレーヴェの背後を狙う。
その攻撃をさらに半身になることによってすれすれで捌いたレーヴェは、そのまま身体を回転させると、振り向きざまにフラウの首にサーベルの刃を当てた。
そこで制止する二人。
深呼吸を合わせたレーヴェとフラウは開始位置に戻り互いに礼を行う。
会場からのやんやの歓声が二人を包む。
次。
いきなりフラウが上段からモールをレーヴェにお見舞いする。
それをバックステップで躱すレーヴェ。
ステージに思い切り叩きつけた反動で浮き上がるモールの先を強引にコントロールすると、フラウはモールを一気に突きだした。
ミノタウロスモールの凶悪な2本の角が、レーヴェの目の前で止まる。
再び二人はそこで制止した。
会場からは歓声が消え、ため息すら聞こえてくる。
一瞬の静寂の後に歓声と拍手がレーヴェとフラウを再び包み込んだ。
これはエリスがフリントに頼まれた『イベント参加』の一環である。
エリスは正反対の性格を持つ武器『サーベルとモール』による『演武』を企画したのである。
ちなみにレーヴェとフラウは、迷宮探索中にエリスが罠と格闘している間、暇つぶしとばかりにエリスの背後でキャティを加えて乱取りを行っているので、既に二人の息はバッチリと合っている。
なお、ステージの下ではエリスがカゴを持ち、観客に笑顔を振りまきながら声をかけている。
「はい。おひねりはこちらにどうぞ!」
当然のことではあるが『レーヴェさまファンクラブ』と『冒険者ギルドのフラウファン』の熱狂を中心に、おひねりが次々とステージに向けて投げ込まれたのである。
すると会場で派手な若者がつぶやいた。
「ふん。『乳なし娘』が『田舎のおっぱい女』と遊んだだけか」
その一言は若者の周辺にいたワーラン住民全員に冷たく染み込んだ。
ワーランへの宣戦布告として。
人々は口々に情報を伝播し始める。
「あの無礼者はウィートグレイスの田舎貴族『ダークフィナンス家』の御曹司だそうよ」
「元はレーヴェさまの婚約相手だったらしいですわ。生意気に」
「親の威光で遊んでいるガキの典型ね。許せないわ」
「あのようなガキを育てた親にも問題ありますわね」
「ここは親子共に痛い思いをしていただかなければいけませんわ」
こうして『マルスフィールド領主夫人』や『ワーラン評議会議長』などの『各地貴族・豪商等のご婦人方』で構成される『レーヴェさまファンクラブ』は、静かに動き出した。
「俺らのフラウさまを田舎のおっぱい女だとよ」
「とりあえず拉致して舌を切るか」
「身ぐるみ剥いで吊るすのがベストかもよ」
「そんなんじゃ足りねえよ。どうせなら『名誉』も剥いでやれ」
「『ダークフィナンス家』を揺するネタならこんなのもあるぜ」
「そいつをネタに『家ごと』死んでもらうか」
「娘を侮辱した連中はとりあえず皆殺しな」
こうして荒くれどもを擁する『冒険者ギルド』の面々は、静かにぶち切れたギルドマスターを先頭に、他のギルドを巻き込みながら闇に蠢き始めたのである。
『農耕都市ウィートグレイス』
この街はワーランから南に馬車で五日の位置にある。
ここの領主さまはちょっとやばいかも。
一方『ワイトの迷宮』を求めて再びワーランを訪れた勇者様一行であるが、本日から収穫祭のため七日間は冒険者ギルドも休みだという事実に唖然とする。
さらにはオークションのリストを広場で見て更に唖然とする。
「『伝説の三防具』の1つが、なんでオークションに出品されているの?」
当然のことながらそれは『抵抗のプレートアーマー』のことである。
勇者は神の啓示を疑わない。
これも神がお与えになった試練であろう。
勇者グレイは、何としてでもオークションにて『抵抗のプレートアーマー』を落札する決意をした。
一方で「こいつはやばい」と冒険者ギルドに認定された、勇者様ご一行である『戦士ダムズ』がお祭りお会場にて、クレアが抱っこしていたぴーたんに装備一式を舐められてしまったのだが、これはまた別の話。
こうして収穫祭の初日は一部の不幸な連中を除いて無事に終了したのである。