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乳なし娘

 ワーランは収穫祭の前日を迎えた。

 商人ギルドの掲示板に貼られた『オークションリスト』の前にはものすごい人だかりができている。


 皆の注目は当然のことながら盗賊ギルドから出品される『抵抗のプレートアーマー』である。

 その驚くべき性能はすぐにワーラン中に伝わった。


「『魔法ダメージ10軽減』ってマジかよ!『伝説の武具』級じゃねえか!」

「『ファイアバレット』無効化どころか『ファイアバースト』を食らっても生き残れるぜ!」

「オークションは『3億リルスタート』だけど、そんなんじゃ済まないだろこれは!」

 人々が口々にこう噂する中、既にワーランを訪れていた近隣の『お金持ち』たちは、配下の者を故郷に走らせている。

 当然のことながら、その目的は『抵抗のプレートアーマーを落札するための資金調達』である。

 ちなみに明日から休みに入る冒険者ギルドも『ギルド為替』の発行で大混雑となっている。


 さて、その他の品物で意外に注目を集めたのは、エリスたちが出品した『飛燕のグレートソード』である。

 こちらのスタート価格は2200万リルと『飛燕のミノタウロスモール』と同じ評価額である。

 飛燕の能力は『ダメージ2倍』であるので、大型武器との相性は良い。

 なので『両手槌モール』と同等の攻撃力を誇る『両手大剣グレートソード』をベースとするこの剣に『飛燕のミノタウロスモール』と同等の価値があってもおかしくはない。

 しかも『グレートソード』というのがこれまた珍しい。


「これも相当落札額は上がるだろうな」

「よく商人ギルドがこの価格スタートを認めたよな」

「エリスちゃんたちのサイン付きだしマニアも参入するだろうぜ」


 人々はそう噂をしあいながら『収穫祭』を心待ちにしたのである。


 当のエリスたちは『中央広場』で出店の準備を進めていた。

 他にはレーヴェとキャティがエリスを手伝っている。

 祭りの期間中にエリスは二名のアルバイトを雇った。

 一人は売り子のハンナ。もう一人は裏方を務めるケンである。


 当初は『ご主人様の隠れ家マスターズハイダウェイ』のメイドさんたちに順番で店番をお願いする計画だったが、ケンが魔王軍から足を洗ったことによって、ハンナが店をやめてしまった。

 そこでマルゲリータが二人をエリスに紹介したのだ。


 エリスはマルゲリータの言葉を思い出す。


 エリスお嬢様には本当に感謝してる。

 これまでの私らは、路地裏の闇でメス犬のように扱われながら、男への嫌悪に耐え、望まぬ子をはらむ恐怖に怯え、楽しみはその日のパンと、パンを食べる家族の姿を想うことだけだった。

 私らは皆、どこかで人生のボタンを掛け違えてしまった女たちなんだ。


 それがお嬢様のお陰で、皆ボタンを元の場所に掛け直せるようになってきている。

 お嬢様に教えてもらった『ちょっといいこと』や『とてもいいこと』ならば孕む不安もないしね。

 浴場も清潔だし、客層もしっかりしている。

 店では私たちに有利な暗黙のルールもできた。

 ストーカーまがいの連中からは、盗賊ギルドが私らを守ってくれる。

 私らもやっと『明日』を考える余裕ができたんだ。


 私は今の仕事を気に入ってる。

 旦那たちをヒイヒイ言わせるのは私に向いている。

 だけど、ハンナはそうじゃない。

 惚れた男がいる女には、この仕事は切ないものなのさ。

 ならば『洗える足』は洗う手伝いをしてやりたいじゃないか。

 わかってもらえるかい?お嬢様。


 エリスは頭の中でざっと計算をしてみた。

 蒸しケーキ百セットを作るための材料費は1万リル。

 これを割り返すと一セットあたりの材料原価は100リルとなる。

『特製お持ち帰りセット』はマリアの勧めで1セット1000リルで販売することにしている。

 一方でフリントたちに支払う巾着代200リルを引いても粗利益あらりえきは700リルとなる。

 一日百セットを販売目標とした場合、一日の粗利益総額は7万リルが期待できる。


「ハンナ、ケン。二人のバイト料はそれぞれ一日1万リルね」

 結構なバイト料に二人はうれしそうに頷いた。

 収穫祭の期間は七日であるから、ハンナとケンが二人で働けば14万リルを稼ぐことができる。


 一方で1日5万リルの最終利益を見込んだエリスも二人に気づかれないようにほくそ笑んだ。

 こちらは七日間で35万リルの利益を期待できるのである。

「これは収穫祭終了後も継続した事業展開を考えるべきね」

 とエリスはひとり呟いたのである。


 屋敷ではフラウとクレアの二人がかりで、クレアが設計した『大型蒸器』を使用して百セット分の蒸しケーキを一気に蒸しあげている。

「この蒸器で他にも色々な料理ができそうね」

 フラウの料理への探求心が蒸器に向かっている。

「祭が終わったら、色々試してみようよ」

 クレアもフラウの興味に賛同した様子だ。


 二人は蒸しあがったケーキをこれもクレアが設計した『専用カッター』でカットし、それぞれを木箱に入れて明日の販売に備えた。

 カットした残りの端っこは、フラウがいくつかのボウルにたっぷりのクリームやフルーツとともに『トライフル』に仕上げた。

 これは当初の約束通りキャティが盗賊ギルドにお土産に持っていけるように冷やしておく。


 さて、出店の準備も終わり、エリス、レーヴェ、キャティがのんびりと散歩しながら帰宅の途に就いている途中で、突然レーヴェがすっとキャティの背後に隠れた。


「どうしたのレーヴェ」

「会いたくない奴がいる」


 レーヴェの視線の先には、派手な衣装を来た兄さんと、その取り巻きのおねいちゃんたちがたむろしている。。

 彼らはこの街の者ではない。


 すると兄さんは目ざとくキャティを見つけるといきなり言い寄ってきた。


「そこの真っ白なお嬢さん。ボクの親衛隊に加わる気はないかい?」

「にゃ?」


 突然のお誘いに戸惑うキャティの背後で、レーヴェは向きを変えそこから立ち去ろうとする。

 ところがレーヴェに気づいた兄さんがこんなことを言い出した。


「なんだ、そこにいるのは『乳なしレーヴェ』だろ。また逃げるのかあレーヴェ!」

「あなた、レーヴェの知り合い?」

 たまらず問うエリスに、兄さんはさわやかな笑顔で答えた。

「可愛らしいお嬢ちゃん、俺は『レイク・ダークフィナンス』だ。そこのお転婆娘の『元許婚(いいなずけ)』さ」


 許婚いいなずけ


 今度はエリスも戸惑ってしまう。

 

 するとたまらずレーヴェは再度振り返ってレイクの前に立った。


「レイク。あの時はすまなかった」

 詫びるレーヴェを前にレイクは尊大な態度で答えた。


「ふん。俺だってお転婆の乳なし娘なんぞ興味ないさ。しかし恥をかかされたのは事実だからな。落とし前にお前の家からがっぽりと『賠償金』をせしめてやったよ。そろそろお前の家って潰れるんじゃないか?」

 そう薄ら笑いを浮かべるレイク。


「『賠償金』だと?」

 引きつった表情のレーヴェを面白がるようにレイクは続けた。

「当然だろ。領主の息子に無理やり娘を嫁にねじ込もうとした田舎貴族が土壇場でそれをひっくり返したんだ。領主にそんな無礼を働いておいてただで済むはずがないだろう。貴族の肩書を外されんだけでも感謝してほしいもんだ。なあ、考えなしの乳なし娘が」


 驚きに声も出ないレーヴェに向かってレイクはあきれたような表情でこう言い放った。

「家を捨てた家出娘には関係のないことか。実家なんぞは」


 あまりの内容にエリスもキャティもレーヴェにかける言葉が見つからない。


「ねえ。そろそろ行きましょうよ」

 取り巻きのおねいさんが退屈そうにレイクを促した。

「じゃあな。それからこのネコミミ娘。金が欲しくなったら俺のところにいつでも来いよ」

 最後まで下衆な言葉を残しながら、レイクは取り巻きとともに去っていった。


「レーヴェ……」

 エリスはレーヴェにそっと声をかける。

「ああ、すまんな。嫌な思いをさせた」

 レーヴェは無理やり笑顔を作ろうとするが、明らかに気落ちしているのは手に取るようにわかる。

 ところがそこにキャティがナイスフォローを入れた。


「せっかくレーヴェは『洗濯物ランドリーズ』たくさん吊るして稼いだんだから、それを実家に持っていけばいいのだにゃ。収穫祭が終わったらみんなでレーヴェの実家に行くのだにゃ。賠償金がいくらかは知らんけど1億リルもあればきっと足りるのだにゃ」

 エリスも自身たちが既に一財産を抱えていることに気づきフォローを入れる。

「レーヴェ、切り替えよ」

「ああすまん。切り替える」


 こうして三人は何事もなかったかのように家路についたのである。


 屋敷に戻ったエリスはクレアを誘い客間で打ち合わせを始めた。

「ねえクレア。『ケーキショップの店舗』って予算どれくらいで建設できる?」

「店舗だけなら500万リル。簡単な住まいをつけたら1000万リルくらいからかな」


 ふーん。

 1000万リルかあ。

 それなら一日5万リルの利益があれば、二百日で回収できるわね。


「建設期間はどう?」

「ログハウス形式なら、内装抜きで標準30日が目安だよ。追加費用をかければ、もっと工期を短くすることはできるけれどさ」

「ありがとう、参考になったわ」

「もしかしたらエリス?」

「わかるクレア?」


 ふっふっふ。

 へっへっへ。

 ここから金と黒コンビの真価が客間で発揮されていくのである。 


 その日の晩は早めに夕食を摂って風呂を済ませ、明日に備えることにした。

 エリスはぴーたんの頭を撫でてやる。

「ぴーたんも明日から大忙しだからね」

 ぴー。


 さてこちらは深夜の冒険者ギルド。

「おい開けてくれ。ワイトの迷宮に行きたいんだ!」

 冒険者ギルドの閉ざされた扉の前で、再びワーランに舞い戻った勇者ご一行様が開けろとごねている。

 しかし今日は既に冒険者ギルドは営業終了である。


「もう諦めようぜ。明日また来ればいいさ」

 盗賊ギースの提案に勇者グレイはやむなく従う。


 今日の探索を諦めた勇者たちは街で宿を探し始めた。

 ところが収穫祭の前日に宿なんか空いているわけがない。

 どこも門前払いである。

 結局は郊外の野宿用広場で一行は一晩を過ごすことになる。


「スカイキャッスル国王直々の命令で動いている勇者パーティが野宿かよ」

 文句をいうダムズ。

「計画性がないわね」

 同じく文句をいうピーチ。

「事前に調べるっていう知恵がないのかね、うちの勇者様は」

 クリフも辛辣な言葉をぶつける。


「お前らいい加減にしとけ」

 ギースの注意に三人は黙るが、グレイはというと隅っこで膝を抱えて落ち込んでいるのであった。

 どうやらこの勇者。力はあるが人望はないらしい。

 ちなみに勇者パーティの誰一人として、明日から七日間は冒険者ギルドはお休み、すなわち迷宮探索も七日間のお休みだとは知らないのであった。

 ご愁傷さま。


 そして夜が明けた。

 ワーランの『収穫祭ハーベストフェスティバル』開幕です!

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