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絞りカスの後始末

 収穫祭まであと十日。

 露店一覧が広場に掲示され、ワーラン住民が人だかりを見せている。

 エリスたちも連れ立って掲示を見に出かけた。


 彼女たちの店は「店名『宝石箱ジュエルボックス』販売内容『五色のお菓子(ケーキ)』」と記載されている。


 気になるのは隣の店。

『店名『漢道おとこみち』販売内容『豚ダルマ飯』」

 エリスたちには販売者が誰なのか、すぐにわかってしまった。

 もう一方の隣には冒険者ギルドの有志が果汁を売る店を出店するらしい。


 祭りの準備で賑やかな街を皆で散策していると、珍しい人物がエリスたちに声をかけてきた。


「エリスお嬢様。ちょっと相談があるんだけど、いいかい?」

 美しい金髪を背まで伸ばし、射抜くような目線と、ふくよかな唇。

 白いブラウスのボタンは大胆にはだけ、胸の割れ目と黒いブラが覗いている。

 レザーのタイトミニと黒のストッキングの間から覗く絶対領域とガーターベルト。足には真っ赤なピンヒール。

 彼女は『マスターズハイダウェイ』のメイドリーダーを務めるマルゲリータ姐さんである。


「姐さんは相変わらずね。その格好でお店に出てみたら?」

「もう出てる。ピンヒールが大好評さ」

 そうですか。

 どうやら『背徳のメイド長』に続いて『嗜虐の秘書室長』というプレイスタイルも始めたらしい。


「それじゃお茶でも楽しみながら聞こうかな」

 エリスたちは連れだって、近くのカフェに入り、マルゲリータの相談に乗ることにした。


 相談というのは後輩のハンナとモヒカンのケンのこと。

 ケンはあれからハンナのところに通いつめたらしい。

「モヒカンたちには相当儲けさせてもらったよ」

 マルゲリータ姐さんは一瞬笑みを浮かべると真顔に戻る。

「で、通ってくるうちにハンナもケンに情が移っちまったみたいでね」

 ところが先日、ケンがさびしそうにハンナにこう伝えたという。


 あまりにもケンたちによる宝石の消費が激しいので、調査のため魔王軍から魔物が派遣されてくることになってしまった。

 これまでケンたちのリーダーであった魔王の部下は、魔物と入れ替わりで魔王の元に戻ってしまう。

 そうなるとこれまでのように、ケンたちは自由にワーランへと通うことができなくなってしまう。


「ふーん」

「でね、ハンナが言うには、ケンもこんな生活から逃げ出したいらしいってんだよ。まあ、もともとは奴らも農夫だしね」

「ケンの仲間も同様なのかしら」

「そうらしいね」

 エリスは考える。

「そろそろ潮時かしら」

「たぶんね。お嬢様」


 宝石を持たない魔王軍など存在の無駄である。

 それに魔王軍にワーラン周辺をウロウロされて収穫祭に支障をきたすのも癪である。


 モヒカンぼったくりは手仕舞いとするか。

 エリスはマルゲリータに伝えた。

「今度ケンが来たら、うちに寄るように伝えてくれる?」

「いいのかい?」

「何かうまい手を考えてみるわ」


 こうして五人はカフェでマルゲリータと別れたのである。


 さて翌日。

 フリント工房から『巾着袋』と『中箱』が届いてきゃあきゃあと楽しんでいる五人もとへとケンとハンナが連れ立って訪れた。


 どうやらハンナはわざわざ『マスターズハイダウェイ』の休みを取ったらしい。

 ケンを男子禁制であるエリスたちの屋敷に迎え入れるわけにはいかないので、エリスたちは最初にケンと話をした草むらに移動し、そこで詳しい話を聞くことにする。


 ケンが言うには、ケンたちのアジトは現在ワーランの南に設営されているという。

 メンバーは十名ほどで全員がケンと同じ村の出身である。

 それを魔王直属の部下である人間がリーダーとなって束ねている。


 魔王の部下は魔王軍本部と何らかの手段で連絡が取れるらしく、ときどき本部から魔物が派遣され、ケンたちが回収した爪を運んだりしているとのこと。


 魔王軍からリーダーと交代の魔物が到着するのは明日。

 そうなるとケンたちは宝石を自由に使うことができなくなる。

 下手をすると街を襲うような命令を出されてしまうかもしれない。

 ケンも仲間も、本音では平和に暮らしたいのだ。

 しかしもう自分たちの村は魔王軍に滅ぼされてしまった。

 あそこには帰れない。


 ちょっと考えたエリスは、続けて下衆い笑いを浮かべた。


「あなた方、全滅しちゃいなさいな」

「は?」

 ケンの素っ頓狂な反応に構わずレーヴェたちはエリスに賛同していく。


「そうだな。その方法が一番シンプルだ」

「魔王の部下とやらだけはわざと逃がしましょうね」

「どうせなら勇者さまの部下を名乗っちゃおうよ」

「そのまま攻め込むぞと宣言しちゃうのだにゃ」


 エリスは訳がわからないといった表情を貼り付けたケンの横っ面をはたき目を覚まさせてから、もう一度説明を繰り返す。

 今度はケンとハンナも理解できたようだ。

「全滅してから後のことは、自分たちで考えなさいよ」


 その日ケンはアジトに戻ると、まずは仲間にエリスから指示された作戦を説明し、その後に魔王の部下であるリーダーに報告を入れる。


「勇者の手下らしき者どもが、我々を探っている模様です」

 するとリーダーは余裕の表情を見せた。

「面白い。本部に戻る手土産に返り討ちにしてやる」


 リーダーは攻めよりは守りとばかりに、ケンたち全員に明日はアジトにとどまり、周辺を探索するように指示を出した。

 怪しい者を見つけたらアジトに引き込み、ここで止めを刺す。

『攻めよりも守って逆襲カウンター

 これは正しい作戦である。

 だからこそエリスーエージに読まれてしまう。


 一方エリスは、盗賊ギルドと冒険者ギルドにこれから仕掛ける計画を報告しに出向いた。

 これは万一自分たちが魔王軍に抜かれた時に対応するため。

 それ以外にも、いくつかの相談を二人のマスターに持ちかけておいた。


 バルティスとテセウスから計画とその後の手仕舞いの了承を得たエリスは、屋敷に戻り改めて五人で計画の確認を行なった。

 初めてのフィールド戦に、それぞれの表情にも緊張感が漂っている。


 ということで今晩もブヒヒヒヒ


「お嬢様、明日は私の後ろで控えていてくれ」

「ならば、今日はあなたを前から虐めてあげるわ」


「エリス、明日は魔王軍を存分に泣かせて差し上げましょうね」

「そうね、そしたら私はこれから目の前の豚女を先に泣かすことにするわ」


「明日はたくさん暴れるにゃう」

「ならば私は今暴れるわね」


「計画がうまくいくといいね」

「大丈夫よクレアがいるもの」


 暗闇に響く音がぴーたんの寝息だけとなるのは、夜もかなり更けてのことであった。


 ということで気持ちのよい朝が来た。


「さあ、今日は頑張りましょうね」

 五人は朝食を食べながら作戦を再確認していく。

 今日はいつもと装備を少し変えることにした。


 フラウは以前使用していた『銀のハーフプレート』に『モーニングスター』と『カイトシールド』を装備すしている。

 キャティは爪がついていない『ベアナックル』と「ベアアンクル』を装着した。

 これらの武器にはエリスによって『昏倒』だけが複写されている。

 レーヴェは念のために対アンデッド用に特化させた『飛燕と浄化のバスタードソード』を腰に刺しておく。

 エリスとクレアはいつもと同じ黒の衣装。

 さらに全員が黒のバンダナで髪を結び黒のマントを装備の上から羽織る。


「さあ『勇者さまの手先』が出発よ!」


 魔導馬で数刻ほど南に駆けたところで、エリスたちは計画通り魔王軍に発見された。


 どこかに誘導するように逃げる魔王軍をエリスたちは追っていく。

 そうしてエリスたちはとってもわかりやすい崖に追い込まれた。

 どうせ崖の陰に伏兵が隠れているのであろう。


「クレア、やっておしまいなさい」

「はーい!『パラライズシャワー』」


 この魔法 は『ライトニングシャワー』のダメージを軽減する代わりに『行動不能効果』を強化したクレアの応用魔法である。

 クレアの魔法は的確に崖の背後を撃ち抜き、そこに隠れていたモヒカンさんたちの意識を一網打尽にしてしまう。


 続けて崖を抜けたエリスたちを、武器を構えたモヒカンさんたちが待ち受ける。

 ここでエリスたちは魔導馬から飛び降りると臨戦態勢を取った。

 指先をちょいちょいと誘うように折り、モヒカンさんたちを挑発するキャティ。

 そのバカにしたようなしぐさにケンたちはリーダーの指示を忘れいきりたった。


「畜生やっちまえ!」

 ケンの号令を合図に残りのモヒカンさん達がエリスたちに突っ込んでくる。


 しかし彼らを迎え撃つようにキャティはその間を華麗に駆け抜けていく。

 かくしてケンを始めとするモヒカンさんたちはキャティの打撃により全員が意識を刈られたのである。


「何だお前ら……」

 ケンたちが守っていた天幕から、それなりの鎧をつけたおっさんが姿を現した。

 五人はおっさんに向かってゆっくりと近づいていく。


「私たちは勇者グレイの先遣隊。貴様らを追い詰めるためにやってきた」

 するとレーヴェの声に応えるかのように、おっさんの背後から笑い声が響き渡る。


「面白い、面白いぞ人間どもよ!」


 笑い声とともにおっさんに続いて天幕の中から姿を現したのは『山羊の頭』に『人間の体』と『山羊の脚』典型的な悪魔さんである。


「おお。ザンゲル殿!」

 おっさんの呼びかけに応じるかのように歩を進めた悪魔はレーヴェの前に立った。

 悪魔はレーヴェの様子を縦に割れた無機質な瞳でうかがうが、レーヴェもその視線を悪魔の瞳に向けたまま平然としたものである。


「美味そうな女だな。生けるままに食ってやろう」

「できるものならな」


 するとザンゲルはレーヴェに向けていきなり『アイスフォッグ』を唱えた。

 これは『氷結の指輪』と同様の効果を持つ氷の魔法である。

 瞬時にレーヴェの全身が霜に覆われ白く染まってしまう。


「『小娘の冷製』の出来上がりだ」

 ザンゲルは目の前で動きを止めたレーヴェの眼前にゆっくりと指を伸ばしていく。

「まずは生意気そうな眼球からだ」


「それは困る」

 突然凍っていたはずのレーヴェが口を開いた。

 その表情には笑みさえ浮かんでいる。

 同時にレーヴェはバスタードソードを一閃させると、目の前に延びたザンゲルの腕を落としてしまう。


 レーヴェは『抵抗』と『吸魔』の能力で魔法ダメージを15まで減じることができる。

 一方『アイスフォッグ』の基本ダメージは『10』である。

 なのでレーヴェにダメージは通らないので追加効果『氷結』も効果を表すことはなかった。

 それはレーヴェの表面に薄い霜を張っただけだったのである。


 何事かと無表情であるはずの山羊の頭に焦りが浮かぶ。

 が、レーヴェはお構いなくこうつぶやいた。


「心配するな。私は醜い貴様などを食ったりはしない」


 そのままバスタードソードの返す一閃でレーヴェはザンゲルの首を跳ねてしまった。

「念のためだ」

 そう呟くとゆっくりと倒れこんだザンゲルの心臓の位置を狙ってレーヴェはバスタードソードを突き立てたのである。


 一方レーヴェが悪魔を圧倒している間にフラウは、驚きに無防備となったおっさんにそっと近寄ると、耳元でこう語りかけていた。

「私たちはこれから東に向かい、仲間と合流してから魔王軍本隊に挑みます。できうるならあなたは逃げて……」

 この娘はおっさんに『逃げろ』と言う。

「どういうことだ?」

「最後まで言わせる気?私はピーチ様の部下です。次は敵味方としてではなく、あなたとお会いしたいわ」

 続けておっさんかばうようにしながら天幕の裏に押し込み、繋がれた馬の一頭におっさんを乗せると馬を解放したのである。


 こうして戦は終わった。


 やれやれ。

 おっさんの姿が見えなくなったところで、エリスたちの背後からケンを始めとするモヒカンさんたちがぞろぞろと姿を現した。

 エリスはケンに振り返ると急げとばかりに催促した。


「ほら、さっさと天幕で金目のものを漁るのよ。それがこれからのあなた方の全財産だからね」


 エリスの急かしにモヒカンさんたちは慌てて天幕に戻り、残された宝石やら道具やらを運び出してくる。

 それぞれが金目のものを抱え終わったところで、クレアは天幕に火を放った。


「それじゃあ帰りましょう」


 エリスはそれぞれの馬に乗ったモヒカンさんたちを冒険者ギルドまで誘導していった。

 次にギルドで彼らを待ち受けていたメンバーのおっさんどもが総出でケンたちのモヒカンを刈り込み、坊主頭にしてしまう。

 続けてヒャッハーアーマーとヒャッハーバットをケンたちから回収し、代わりに初心者用の皮鎧とシャツにズボンを与えた。


「それじゃテセウスさん。後はお願いします」

 エリスがぺこりと頭を下げるとギルドマスターは指をぽきぽきと鳴らしながらエリスに応えた。

「おう。徹底的に鍛えてやるから任せとけ」


 ケンたちはこれから『冒険者ギルド預かり』となり、ギルドの雑用から始めていくことになる。

 冒険者ギルドにとっても、最近は人手が足りなくて熟練の冒険者に御者のまねごとに回さざるを得なかった状況であったので、このアイデアは悪く無い話である。


「さて。帰ろうか」

「そういえば今日はお昼抜きでしたね。夕ごはんはレストランで奮発しましょうか?」

「そうだな、たまには外食もいいだろう」

「ぴーたんも連れて行こうよ!」

「私はお魚を食べるのだにゃ」


 こうしてひと仕事を済ませたエリスたちは忙しい一日を終えたのである。


 さてこちらはフラウに逃がしてもらった魔王軍のおっさん。

 彼は魔王の城に馬を走らせながら『遠吠えのヘルメット』を通じて『魔王軍通信部』と連絡を取った。


「こちら『ワーラン・ウィートグレイス方面先遣隊』だ。残念ながら先遣隊は俺以外は全滅した」

「詳細を報告せよ」

「勇者の先遣隊を名乗る者共に襲われたのだ。この戦いでザンゲル殿も戦死した」

「ザンゲル殿が戦死だと!彼は『悪魔』だぞ」

「間違いない。相手は相当の手練だ。奴らはこのまま東方に向かい勇者本隊と合流。その後魔王城に向かうとの情報だ」

「よくそんな情報を掴めたな」

「まあな」


 自慢げなおっさんに通信部はこう指示を出した。

「そちら方面から届けられる『爪』は『外れ』だらけだ。一旦東方に探索を集中させるので、貴様は大至急城に戻れ」


 おっさんは馬上で考える。

 魔王が勇者を倒したら、情報の褒美にさっきの女をいただこう。

 確かピーチとかいう者の部下だと言っていたな。あの甘い香りがする女は。

 よかったな、お前は助かったぞ。俺のおかげでな。

 こんな感じでおっさんは下衆な想像に胸を躍らせた。

 しかし下衆だからこそ『キングオブ下衆』であるエリスに思考の全てを読まれ、踊らされていることに気づかない。


 本部に戻ったおっさんは魔王に謁見を許された。

「ご苦労さん」

 おっさんは金一色に染まる魔王の前に傅くと、通信部に報告した内容を繰り返した。

「ふーん。勇者は東方から来るのね」

「さようでございます」

 自らの情報に自信を持つおっさんは自慢げに顔を挙げた。

 そんなおっさんに魔王は再び繰り返した。

「ご苦労さん」


 次の瞬間におっさんは魔王が放った魔法により全身の血を抜かれ、干からびながら絶命したのである。

 魔王は表情を変えずにこう言い放った。


「魔王が失敗したやつを許しちゃ格好がつかないじゃん」

「さようですね、魔王さま」

「それじゃ西方はいったん保留で東方に軍を寄せておいてくれ」

「かしこましました」

「それじゃ遊んでくるね」


 魔王は悪魔副官にそう命じると、彼の『ハーレム』にひきこもったのである。

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