ぴーたん
ワーランでは『収穫祭』の準備が本格的に進みはじめた。
本日開催のワーラン評議会における議題は『収穫祭のスケジュール確認および各ギルド並びに住民組合の役割分担について』である。
さて、『収穫祭』といってもワーランで収穫された収穫物を祭る訳ではない。
ワーランは自治貿易都市なので農作物は生産していないし、そもそもワーランでの農作物生産は都市間協定により禁止されている。
なぜならば、貿易都市として様々な品々の相場を把握しているワーランに農作物の生産を許せば、生活のの根本たる『食糧』の相場をワーランが握りかねないからである。
一方で『収穫祭』の主な目的は、諸侯が治める諸都市や農村などが本年度の作物収穫状況や品質を品評会で競い、より高い価格で取引をまとめようとする場でもある。
そのため農作物の生産を行っていないワーランでは諸侯に中立な立場で品評会を開催できるのである。
ということでワーランで『収穫祭』が毎年開催されているのだ。
収穫祭の期間はワーランの街全体に各都市の様々な農作物が並ぶ。
当然のことながら各地の販売者や買付者はワーランに終結するが、彼らよりも多く集まるのがそれらの品物や収穫祭自体が目当てでワーランを訪れる観光客である。
さらに観光客目当ての露天商もこの期間にはワーランでにぎやかに露店を開くのである。
祭の期間は七日。
期間中はワーランには既設の宿泊施設の他に住宅地では臨時の民宿、郊外では天幕を張っての簡易宿泊所や、安全に野宿ができる広場などが用意される。
『収穫祭』最大のイベントは最終日に開催される『オークション』である。
まずは祭の前日までに出品物の目録が商人ギルドに公示される。
つまり公示から開催まで実質八日間の期間が置かれている。
八日間というのは収穫祭に参加する諸都市や村とワーランを往復する最長の期間である。
これだけの期間を空ける理由は単純である。
要は公示された品の中にめぼしい商品を見つけた諸侯や金持ちが配下を早馬で一旦自分たちの都市や村にに戻らせ現金を持ってこさせるための期間である。
なお『オークション』では『現金』『ワーラン商人ギルド為替』『ワーラン冒険者ギルド為替』のみが支払いとして使用可能とされている。
宝石類などでの支払いは不可とされ、当然『信用払い』も不可である。
ワーランの商人ギルドは落札価格の10%が手数料収入となるので、なるべく金持ちどもに金を吐かせる機会を増やすためこうして工事期間を定めたのである。
ここで『即金決済』としている理由は、落札者が後から因縁をつけてくるのを防止するための措置でもある。
要は『返品不可』ということである。
さて、収穫祭の期間中は『冒険者ギルド』と『工房ギルド』は基本的に休みとなる。
その代わり『商人ギルド』の受付に『冒険者ギルド為替の臨時取引所』が臨時で併設される。
収穫祭中の街の治安は、表向きは冒険者ギルドの自警団が管理し裏では盗賊ギルドが締め上げている。
とはいっても、取り締まるのは暴力行為だけ。
収穫祭に浮かれて金を盗まれるのは盗まれたほうが悪いというのが街のスタンスなのだ。
そういった点では『収穫祭』は『コソ泥空き巣スリたちの収穫祭』でもある。
裏で盗賊ギルドが動くのは、こうした『行為』を盗賊ギルドへの挨拶なしに行った者を捕らえ制裁を加えるのも目的である。
ちなみに収穫祭中のワーラン住民私邸警護、いわゆる『防犯業務』も、格安でワーラン盗賊ギルドが請け負っている。
祭り期間中には中央広場に飲食物を提供する露店が集められる。
これは商人ギルドに30日前までに申請する必要があるので、ワーランの飲食業者以外にも各都市の商売人たちが事前にワーランを訪れる。
申請を審査した上で商人ギルドはそれぞれの出店場所を決め、店名と販売予定品を広場に掲示するのが10日前から。
出店一覧を見ながら、祭り期間中に何を食べようかと予定を立てるのも、ワーラン住民の楽しみの1つである。
今回の評議会では、新たに次の項目が議決された。
町中の男性専用浴場『マスターズハイダウェイ』と、郊外の女性専用浴場『リリーズガーデン』は付帯施設も含めて日中の営業は休止させる。
その代わり日没から朝までの営業を認める。
日中休止営業保証には男性専用浴場の経営者である商人ギルドと、女性専用浴場の所有者であるワーランの宝石箱には、非課税での広場露店出店を1店ずつ認める。
これは日中は露店で、夜間は浴場の付帯施設で観光客から一日中金を搾り取るためのアイデアである。
『営業保証』は名目のようなもの。
どのみちワーランの宝石箱には1店許可しなければならなかったので、商人ギルドがうまいこと彼女たちを利用した形になる。
また、今回は工房ギルドが高級トイレと高級シャワーの見本市を兼ねて、各宿泊所に有料トイレと有料シャワー施設設置を行うことも認められた。
浴場休止と引き換えの露店出店について釈然としないエリスだったが、議会での発言権もないし、何より議員たちか楽しそうだったので「まあいいか」と納得した。
さて議会終了後。
屋敷に帰ろうとするエリスにバルティスとテセウスが声をかけてきた。
「『抵抗のプレートアーマー』だがな、スタート価格3億リルで、盗賊ギルドとしてオークションに出品することにしたぞ」
プレートアーマーは盗賊ギルドからの出品とし、出処は秘密とするという。
これはいいアイデアだ。
「で、お前らの取り分は、落札価格の50%、キャティのギルド上納免除でどうだ?」
それならば最低でも1億5000万リル。1人3000万リルの分け前だ。
悪くない。
「それでお願いします」
エリスが見せた笑顔に二人はは満足気に頷いた。
「本年度のオークション最大の目玉になるぞ」
次にフリントが声をかけてきた。
何でも、工房ギルドは中央広場に特設ステージを設置し、イベントを行うアイデアがあるという。
「お嬢ちゃんたちも、何かやってくれんか?」
「ギャラは?」
「観客席からおひねりが飛ぶぞ」
「事前周知は?」
「バッチリじゃ」
うふふふふ。
ふぉっふぉっふぉ。
何かを企み始めた二人は、歳の差50歳以上とは思えない馴れ馴れしさで互いに下衆い笑みを浮かべるのであった。
「ということなの」
屋敷に帰ってきたエリスは、四人に祭り期間中の計画について報告をする。
「出店はいいですけれど、五人だけじゃ運営が大変ですね」
フラウの質問にエリスは当然わかっているという顔をした。
「当日の売り子さんは既に手配したから、私たちは仕込みとオープンの時の挨拶だけよ」
「誰に頼んだのだ?」
レーヴェの問いにエリスはごにょごにょと答える。
「それはいいね」
クレアも納得したようだ。
「レレンとカレンにも声をかけるといいにゃ」
キャティが冒険者ギルドと盗賊ギルドの受付嬢にも声をかけようと付け加える。
「ところで、オークションってどんなものが出品されるの?」
エリスの問いにはフラウが答えた。
主に出品されるのはアンティークらしい。
武器や防具も出されることはあるが、それらの場合はスタート価格が店売りの10%増しから。
例えば『飛燕のロングソード』だと、基本店売り価格は1000万リルなので、オークションでは1100万リルスタートになるとのこと。
冒険者の店での買取価格は400万リルから500万リルなので、落札されれば出品者は大儲けだが、買う方から見れば、わざわざ店頭価格より高いものを買う意味が無い。
結果、レアカラーや、造作の特殊なもの、極端な性能のものだけが出品されるという。
「グレートソードなんかはどう?」
エリスたちは先日探索したワイトの迷宮で、魔能力なしのグレートソードをゲットしていたのだが、イマイチ使い勝手が良くないのでエリスのショルダーバッグに塩漬けにしてある。
「店売りで出されていないので、飛燕か浄化を複写すれば、意外と売れるかもしれませんよ」
「じゃ、試しに『飛燕のグレートソード』で出してみましょうか」
ところで、先日迷宮から連れてきたメタルイーターのぴーたんであるが、基本『寝っぱなし』である。
今もフラウが用意したかごの中で、タオルに包まれて就寝中。
「ぴーたんも魔獣ですからね。本来食事などは必要ないのかもしれません」
これはフラウの分析である。
多分金属を食べるのも、食事としてではなく、魔獣の本能として行っているのだろう。
エリスがぴーたんの鎧をぺちぺちと叩くと、魔獣は丸まった姿から伸びをして目覚めてくる。
ぴーたんの目が覚めたところで、エリスがダガーを取り出すと、興味津々にそれを見つめるぴーたん。
しかし見つめるだけで、エリスたちと出会ったときのように舌を伸ばしたりはしない。
ところがエリスがダガーを指さし「ゴー!」と声をかけると、ぴーたんは瞬時に細長い舌を伸ばしてダガーに触れ、一気に劣化させてしまう。
次の「よし!」というコマンドによって、ぴーたんは改めてダガーを舌で巻き取り、前足に引き寄せてパリパリと食べ始める。
劣化した金属の硬さは陶器程度である。
そのままの状態では劣化したとは分からないが、武器ならば相手と剣を交わした際に、鎧ならば攻撃を受けた際に一方的に砕け散ることになる。
エリスがぴーたんに仕込んでいるのは、劣化のみを目的として素早く舌を伸ばさせる術である。
次にエリスはぴーたんを抱いて、レーヴェの持つダガーに向け、同じように指示を出す。
「ゴー!」
ぴーたんは指示通りに素早く舌を伸ばすと、ダガーを劣化させたところで即座に舌を引っ込める。
これを五人全員がぴーたんを抱っこして訓練していく。
ぴーたんが五人全てからの命令に従うように。
メタルイーターは思う。
この人間たちの抱かれ心地は最高だ。
五人ともちょっとずつ抱かれ心地が違う。
やさしい心臓の音が近くで聞こえることもあれば、ふくよかなふわふわに包まれることもある。
これは甲乙つけがたい。
夜には温かいお湯につけてくれる。
昼は柔らかい布の中で好きなだけ寝ていられる。
呼ばれた時に起きるとやさしく撫でてくれる。
指を差されたものに舌を伸ばすと褒めてくれる。
何より「ぴーたん」と呼んでくれる。
もう冷たく暗い迷宮の中で丸まっていなくてもいい。
嫌悪の目で見られ無視されることもない。
ここは天国だ。
ぴーたんは自らの幸運を手放さないよう、彼女たちの命令に忠実に従うことにしたのである。