マスコット登場
キャティが腕に装備する『勇者を切り裂くもの』
その材質である『ダークミスリル』の性能は未知である。
なのでそれを確かめるためにあえて『ブレイブリッパー』に魔能力を複写しないままにエリスたちはワイトの迷宮に入ってみた。
念のためにキャティが『ブレイブリッパー』と揃いで仕立てた工房ギルド謹製『ブーツクロウ』には『昏倒』と『浄化』を複写しておく。
「それじゃ行くわよ」
まずは一般部屋でザコのスケルトン戦をこなしてみる。
ここではこれまでのフォーメーションと同様にキャティは先陣を切ってスケルトンたちの間を駆け抜けた。
その結果『ダークミスリル』はそのままでアンデッドにダメージを通すことが判明。
しかも魔能力無しのままで『飛燕』+『浄化』の効果を発動せている以上の攻撃力を示した。
ようするに『ブレイブリッパー』が当たったスケルトンは全てが一撃で粉砕されたのだ。
「あきれたものだな」
レーヴェはキャティの『ブーツクロウ』の攻撃を何とか耐えたスケルトンを容赦なく切り砕きながらそうため息をついたのである。
最初の中ボスである『グール』には事前にエリスが全員に抗毒を唱えたうえでキャティがタイマンを張ってみることにする。
結果は一撃とまではいかなかったが、キャティの圧勝である。
グールの攻撃速度では俊敏なキャティの動きについていけず、一方的に削られて終了となった。
「くらってみるのも楽しいですわ」
扉の前で万一の場合に備えてエリスとクレアをカバーしていたフラウはキャティに微笑んだ。
そうフラウが微笑んだからというわけではないのだが、次の中ボスである『死肉のゴーレム』戦では『ブレイブリッパー』の防御力を確かめるべく、キャティは目の前でクロスさせたブレイブリッパーの『アームカバー』で死肉のゴーレムが放ったパンチをあえて食らってみた。
結果は完封。
ブレイブリッパーにはへこみ一つ作ることもなくキャティはバックステップとともに衝撃を吸収した。
防御力もなかなかのものである。
「不意の一撃くらいなら何とかなりそうだね」
キャティが死肉のゴーレムの攻撃を受け止めると同時にゴーレムの頭を『エクスプロージョン』で吹き飛ばしたクレアが感心するように頷いた。
最後のボスである『ワイト』にもまずはキャティが単独で挑んでみる。
ワイトが放った『ファイアバレット』は『抵抗のブラトップ』と『吸魔のブローチ』で完封してしまう。
続けてキャティがダメもとで放ったブレイブリッパーの一撃は、なんと本来は『物理攻撃無効』であるワイトに対してもダメージを通した。
ただし一撃はいかず、最後はクレアの『ファイアバレット』で止めを刺した。
「よしよし。『抵抗』+『吸魔』のデータもとれたし、これで前衛は完璧ね」
既に屁でもなくなった上級宝箱の鍵を速やかに解除しながら、エリスはほくそ笑んだのである。
ワイトの迷宮で得た上々の結果と一財産に満足しながらエリスたちが冒険者のギルドに戻ると、エリスたちと顔なじみである御者さんたちのパーティが受付に何か報告している。
「どうしたの?」
「やあエリスちゃん。実は『サラマンダーの迷宮』に厄介な奴が出たんだ」
「厄介な奴?」
「『メタルイーター』っていうんだ。知っているかい?」
御者さんは説明を続けてくれる。
『メタルイーター』とは金属製の武器や防具を瞬時に劣化させ食べてしまう『レアモンスター』である。
そいつは『絶対物理防御』『絶対魔法防御』の能力を持っており、こちらからの攻撃は一切が無効である。
その代わりメタルイーターも攻撃力は皆無である。
なのでメタルイーターが迷宮に稀に出現しても通常は放っておくのだが、今回は出現した場所が悪かった。
今回はあろうことか『サラマンダーの迷宮』の『ボス部屋の扉の前』に出現してしまったのだ。
サラマンダーの迷宮はボス部屋のサラマンダーから『発熱の石』を確実に回収できる場所のため、『クレア-フリントブランドの高級シャワー室』によって発熱の石の需要が高まっている状況でのこの事態は非常にまずい。
エリスはその『レアモンスター』に興味を持った。
エリスたちはサラマンダーの迷宮でボス部屋を荒らす必要などないのだ。
発熱の石などいくらでも複写できるから。
なのでやばいと思ったらすぐに戻ってきてしまえばいい。
「ちょっと見に行かない?」
エリスの誘いに四人も同意する。
「このままではまずいしな」
「なにか対策があるかもしれませんし」
「調べるだけ調べてみようよ」
「にゃう」
ということで、事前に探索に入っていた御者さんたちパーティの許可をもらってから、エリスたちはサラマンダーの迷宮に向かった。
サラマンダーの迷宮は初級クラスであり十部屋ほどで構成されている。
しかも御者さんたちが直前にボス部屋前まで進んでいたので、やることはエリスが復活した罠を解除することだけ。
どうせ宝箱も復活しているのは罠だけで中身はまだだろうし、復活していても小銭だろうからエリスたちは無視しながらどんどん先に進んでいく。
そんなわけであっという間に五人はボス部屋の前に到着した。
「あれね」
ボス部屋の前に陣取っていたのは、エリスが胸に抱えられるくらいの大きさのモンスターである。
それは『アリクイの身体』に『アルマジロの鎧』を背負ったような姿をしている。
体毛は全身は白だが胸と腹の部分だけはタンクトップのシャツを着たように黒くなっている。
背負うアルマジロの鎧は明るい土色に鈍く光っている。
そいつが扉の前にちょこんと座っている。
その姿ははっきりいってキモ可愛い。
「攻撃力は皆無と言っていたわよね」
そうつぶやくとエリスは何を思ったのか突然装備を外し全裸になってしまう。
身につけているのは腰にひもで括り付けた犠牲の人形だけ。
念のためにエリスはクレアに全回復の指輪を渡すと、万一エリスが攻撃された時のダメージ回復をクレアにお願いしておく。
続けてショルダーバッグから複写用に予備として用意してあるダガーを一本取り出し、それをメタルイーターに向けながらそろそろと近づいていった。
エリスに気付くメタルイーター。
そのくりくりとした黒い瞳は『エリス』ではなく『ダガー』に向いている。
そしてエリスが10ビート(1メートル)ほどに近付いたところで、突然メタルイーターはダガーに向けて細長い舌を瞬時に伸ばした。
するとメタルイーターの舌が触れた瞬間にダガーは劣化してしまう。
その勢いのままメタルイーターは長い舌をダガーに巻きつけてエリスの手からから奪うと、ダガーを目の前に引き寄せ、両前足を上手に使ってそれを胸に抱えるとパリパリと食べ始めたのである。
ダガーを食べている姿も正直言ってキモ可愛い。
エリスは食事中のメタルイーターにさらに近付いていく。
距離を詰めたエリスはメタルイーターの前にしゃがみ込んだ。
メタルイーターはエリスをちらちら見ながらもダガーをパリパリと食べ続けている。
間もなくダガーはすべてメタルイーターの胃袋に収まった。
「げぷっ」
可愛くげっぷをしてから、メタルイーターは『もっとないか?』といった目線でエリスを見つめる。
しかしメタルイーターに与えられたのはお代わりのダガーではなかった。
バシ!
いきなりエリスがメタルイーターの小さな右頬にビンタをいれる。
バシ!
次は左頬。
唐突のことにメタルイーターには何が起きているのか理解できない。
そんなメタルイーターを無視するかのように、エリスは冷たいまなざしのままメタルイーターの頬にビンタを入れ続ける。
バシ!
バシ!
メタルイーターに物理攻撃は無効である。
しかしそれは痛くないというわけではない。
突然の仕打ちにメタルイーターは両ほほの痛みとともに混乱に陥る。
バシ!
バシ!
エリスのビンタを避けようとぴーぴーと泣きながらメタルイーターはエリスの前から逃げようとする。
しかし悲しいかな。攻撃力ゼロの貧相な力ではエリスからすらも逃れることはできない。
メタルイーターは背を向けた鎧をエリスに掴まれると、再び正面を向かされてしまう。
続けて冷酷な目線とビンタがメタルイーターを襲う。
何で僕は殴られているんだろう。
これまでたくさんのものを食べてきたから?
いろんな人に迷惑をかけたから?
これは神様からの罰なの?
バシ!
バシ!
とうとうメタルイーターは頭を両の前足でかばいながらその場に突っ伏してしまう。
すると不意にメタルイーターは自身の身体が宙に浮くのを感じた。
メタルイーターは不意に全裸の少女の小さな胸に優しく抱かれたのである。
その感触にメタルイーターはその身が溶ろけるような快感を得た。
ああ、気持ちいい。
すると全裸の少女がメタルイーターに囁いた。
「あなたのことが憎いんじゃないの。好きだからこそこうするの。ねえ、私と一緒に外の世界に行かない?」
少女からの突然の告白に驚くメタルイーター。
ああ、この少女は僕を愛してくれているんだ。
さっきのビンタは、僕を勇気づけてくれていたんだ。
僕はこの少女についていこう。
こう決心したメタルイーターはおとなしくエリスの腕の中に丸まったのである。
一方のレーヴェたち四人は、その様子を背筋に寒気を感じながら見つめていた。
これは典型的な『DV』のやり口である。
エージの世界ではヤクザが女性をお風呂に漬け込むまでに使い分ける『暴力と愛情による洗脳』で知られている。
レーヴェ、フラウ、クレア、キャティは、モンスターにも容赦のないエリスに唖然とするしかなかったのである。
「ただいまー。サラマンダーのボス部屋へ行けるようにしましたよ」
エリスたちが無事戻ったことにほっとする御者さんパーテだが、続けてエリスの腕の中を見てぎょっとする。
そこにはメタルイーターらしきモンスターが丸くなってすやすやと眠っていたから。
「おいおい、連れてきちまったのかよ」
唖然とする御者さんたちにレーヴェが笑いかけた。
「ここに連れてきてしまえば、もう迷宮内に湧くこともないだろう」
そう言われてみれば確かにそうである。
メタルイーターはユニークとも言われるレアモンスターであり、そうそう湧くものではない。
しかも仕留めていない以上、少なくとも今後サラマンダーの迷宮に復活して湧く可能性は大幅に低くなる。
「ということで、私たちで飼うことにしましたわ」
そう続けるフラウに冒険者ギルドの面々は大丈夫かという表情となるが、クレアが補足した。
「既にエリスの調教済みだよ。もうエリスの指示したモノしか食べないから大丈夫だよ」
そこでキャティがおっさんたちを急かしてやる。
「ボス部屋はそのままにしてあるから、さっさとサラマンダーを狩ってくるのだにゃ」
「おう、そりゃあありがたい」
エリスたちがボスを残してくれていたことに感謝しながら御者さんパーティは再度迷宮に向かった。
そのやり取りを見つめていた受付嬢のレレンは、さすがにモンスターを街に連れてくるのを放置するのはまずいかとマスターに相談に行った。
「なんだ、今度はモンスターテイマーでも始めんのか?」
レレンの報告を受けテセウスは姿を現した。
続けてエリスの腕の中で丸まっているメタルイーターを覗き込んでみる。
「こうしてみると可愛いもんだな。で、こいつをこれからどうするんだ」
「飼うのよ」
エリスはテセウスに耳打ちする。
エリスの報告と提案にテセウスはにやりと笑う。
「そういうことなら大歓迎だ。但し一応バルティスたちにも報告はしておけよ。俺の了解を得たと言って構わんからな」
こうしてエリスたちは各ギルドにメタルイーターを連れまわしてから屋敷へと戻ったのである。
その日のお風呂にエリスたちはメタルイーターも連れて行ってみる。
さすがに直接湯船につけるのは気がひけるので、屋敷から持参した洗濯用にたらいに湯を張ると、その中にメタルイーターをつけてみた。
ぴひゃあ。
空気が抜けるような鳴き声を上げながらたらいの中で伸びをするメタルイーター。
そのキモ可愛いさに五人ともドキドキする。
「エリス。メタルイーターに名前は付けないのか?」
レーヴェの提案にエリスは頷いた。
「何かいい名前はあるかしら」
「『金属咀嚼魔獣くん』というのはどうだろうか」
漢字が多すぎて可愛くないよレーヴェ。
「『舌で金属を劣化させて食べちゃうモンスターくん』というのはどうかな?」
それじゃあメタルイーターの解説じゃないのクレア。
「にゃー」
風呂を楽しんでないで少しは考えろよキャティ。
「ぴーぴー泣くから『ぴーたん』でいかがですか?」
お、アヒルの卵ぽいけれどいい感じだよフラウ。
「よし『ぴーたん』にしましょう。今日からお前はぴーたんよ!」
エリスの声を理解したかのようにメタルイーターは「ぴー」と鳴いて見せた。
こうして『魔道具作成能力』を持つ乙女たちは『魔道具破棄能力』を持つマスコットを手に入れたのである。