保護者は女剣士さま
レーヴェという女剣士は、エリスと名乗る幼い盗賊の話を聞くために冒険者ギルドのホールに備えられたテーブル席に座ったつもりだった。
が、実際は逆だった。
彼女はエリスの誘導尋問にことごとく引っかかったのである。
レーヴェは田舎貴族の娘だそうだ。
彼女は姉たちが次々と政略結婚に回されるのを見ているうちに、人生というものがわからなくなってしまった。
なので政略結婚で自分の番が来た時、彼女は実家から一財産を持ちだして家出をした。
レーヴェはもともと剣の素養はあり、実はそれなりの訓練も家族から受けていた。
なので小遣い稼ぎに旅の途中で魔物の討伐もいくつか参加した。
ただ、それだけでは路銀が持たない。
レーヴェの実力では、そうそう強い魔物を一人で狩りに行くのは難しい。
実入りがいいのは討伐よりも探索の依頼。
なぜならば、探索目的の宝をギルドに届ければ、それ以外に探索途中で得たアイテムや宝石は全てパーティーの収入になるから。
しかしレーヴェは、自分を見つめる男たちの野卑な目線を嫌悪していた。
それらは彼女に政略結婚を思い出させるから。
彼女自身がそんな状態ではパーティーを組むこともままならない。
さらに彼女の希望である女性の冒険者というのもなかなか見つからない。
それが先程レーヴェが掲示板の前で漏らしたため息につながっている。
そんなレーヴェの表情を読み取ったエリスは流れるように彼女に餌を撒く。
「レーヴェさん、さっき掲示板で見ていたのって『アイーダの迷宮』探索依頼でしょ。私、父と一緒に探索したことがあるから、よかったら一緒に行きませんか?」
アイーダの迷宮とは、戦士と盗賊の二名で踏破可能な初級者用の迷宮である。
迷宮最奥で採取できる『アイーダマッシュルーム』というきのこが珍味なため、常に募集が出ている迷宮なのだ。
ただ、この迷宮にはちょっとした問題がある。
それは、この迷宮攻略は一名では絶対に無理だが、二名ならばビギナーでも踏破できるというところにある。
三名以上ならほぼ確実に踏破できる。
が、得られる報酬はせいぜい一.五人前に過ぎない。
要はまさしく『小遣い稼ぎの迷宮』なのだ。
なので意外と放置されているのも事実。
これは父とエリスの日記からもたらされた知識である。
「付き合ってもらってもいいのか?エリス」
これまでの会話により、レーヴェの呼び方がお嬢ちゃんからエリスになってきた。
これは見込みあるぞとエリスは期待し、さらに仕掛けていく。
「うん、ただ、私もお願いがあるのだけどいいかな」
エリスがレーヴェに相談を持ちかける。
「私でなんとかなるものなら協力しよう」
レーヴェの回答は、エリスの満足の行くものである。
ならば大丈夫だろう。
「私の親戚のお姉さんを名乗って欲しいの」
エリスの願いに、レーヴェは一瞬戸惑ってしまう。
「どういうことだ?」
「実はね」
ここでエリスは、レーヴェに自身が父アンガスを失ったことを涙を浮かべながら伝えた。
さらにこう続ける。
「私、自分の所属を父がいた『潜入』から『盗賊冒険者』に登録変更したいのだけれど、私だけじゃ突然エリスがおかしなことを言い始めたと盗賊ギルドの人が変に思うかもしれないの。だからレーヴェさんに、私の遠縁の保護者を名乗ってもらいたいの。レーヴェさんと私がアイーダの迷宮に挑戦するのが、良い理由になるから」
レーヴェも先程エリスが語ったアンガスとエリスの話で涙を流したばかりなので、この話にも反射的に頷いてしまう。
「それじゃ、今から盗賊ギルドに一緒に行ってください。それからレーヴェさん、今日から私の家を使ってね。夕ごはんも食べましょう」
レーヴェに対し一気に畳み掛けていくエリス。
一方でエリスに主導権を握られたことに気づかないレーヴェは、ただ頷くばかり。
「ああ、わかった」
「それじゃ、早速行きましょ!」
エリスはレーヴェの手を握ると、冒険者ギルド受付のフラウに「親戚のお姉さんが来てくれたの」とわざわざ伝えてから、盗賊ギルドに向かっていった。
フラウはエリスとレーヴェの背中を見つめながら、自身に煮え切らない感情が湧き出るのを感じていた。
「何だかあの二人、いえ、レーヴェってなんとなくむかつくわ」
二人が向かった盗賊ギルドの受付にはキャティが座っている。
彼女はいわゆるネコミミ娘。
当然のことながら、エリスとキャティは既知の間柄である。
「キャティ、所属の変更をしたいの」
エリスがキャティにそう申し出ると、キャティは訝しげな表情を浮かべ、言葉を返してくる。
「エリス、アンガスが亡くなったのは残念だったけれど、この稼業、やけになっちゃイカンにゃ」
これは当然といえば当然の反応。
キャティもエリスのことを心配しているのだ。
ここでエリスがレーヴェに目配せする。
するとレーヴェはキャティに向かい、口を開いた。
「私はエリスの遠縁のもの、レーヴェだ。今回エリスの面倒を見るにあたり、エリスを『潜入』から『盗賊冒険者』に所属変更を願いたく、ここに参った」
流れるように語るレーヴェ。
素晴らしいわ。さすがお貴族様。
するとキャティがレーヴェに対し、刺すような目線を送った。
ふん。と鼻を鳴らしてキャティが続ける。
「そういうことなら粛々と手続きを進めるにゃ。だけどエリス、本当にいいんだにゃ?」
キャティはエリスに改めて意志確認をする。
なぜならば、『潜入』はエリートだから。
『潜入』から『盗賊冒険者』に移るのは、明らかに格下げだから。
それにキャティは知っていた。
アンガスが何としてでもエリスを守るために、周りからの非難を一身に受けながらも、エリスを潜入に所属させたことを。
心配そうなキャティにエリスは笑顔を見せる。
「いいの、お父さんはもういない。これからわたしはレーヴェと生きるの。キャティ、心配してくれてありがとう」
そう発したエリスの覚悟を決めたであろう視線にキャティは射抜かれた。
何だにゃ?この感覚は。
それはキャティが持つ獣性のためだろうか。
エリスから淡く、危険で、儚く、暴君なイメージが折り重なって伝わってくる。
そこにいるのはお人形さんのような少女。
でも、そこから発せられるのは理解不能な圧力。
キャティは「わかったにゃ」と返事をするしかなかった。
◇
二人はレーヴェの宿を引き払ったあと、夕食の材料を買い込んでから帰宅の途に就いた。
帰宅すると、エリスは隣人であるケビン夫妻にレーヴェを紹介した。
紹介の際に夫妻から伝わってくるのは、予想外の人物が出てきたと明らかに動揺している表情である。
盗賊失格だお前ら。
そう心の中で吐き捨てながらも、笑顔でエリスは二人にお礼とともに頭を下げた。
「ケビンさん、アリシャさん、これまでありがとう。今日から私はレーヴェに面倒を見てもらうことになりました。これまで本当にありがとう」
動揺しているケビン夫妻が反応する前にレーヴェが畳み掛ける。
「私はレーヴェ、エリスの遠縁に当たる。これまでエリスが世話になった。必ずこのお礼はさせてもらう」
その後二人は、あうあうしている夫妻を横目に、自宅に戻っていった。
「あれでよかったのか?」
レーヴェの問に、エリスは微笑んだ。
「うん。これまでケビンさんたちにはお世話になったからね。でも、これからもお世話になるつもりはなかったからさ。レーヴェ、協力してくれてありがと」
エリスは正面からエメラルド色の瞳でレーヴェの碧い瞳を見つめる。
一方のレーヴェは、その碧い切れ長の瞳をついそらしてしまう。
目をそらした理由をレーヴェは実感し、それを振り払う。
自分がこのお人形さんのような少女に興味を持ってしまったこと。
それは世間では許されないこと。
「私はおかしくなってしまったのか?」
などと彼女は自問自答するも、自らがエリスの保護者であらねばならないという見当違いの理由を自分の中に見つけ、レーヴェは何とか取り繕った。
一方、レーヴェの反応に素早く気付いたヒキニートは少女の笑顔の裏で下衆な笑いを浮かべている。
そうだよね。ゆりゆりしちゃうよね。
ヒキニートは、この世界が自分の妄想を実現できる世界だと改めて気付いた。
それもこの美しい少女の姿ならではのこそであるとも。
「ねえレーヴェ、晩ごはんは軽く済ませて、明日は探索のための準備をするために早く寝ましょうよ」
「そうだな、そうしよう」
エリスとレーヴェは夕食を簡単に済ませたのち、就寝前に体を拭くため、洗面所に向かった。
ほう……。
目の前の裸体に思わずエリスは吐息を漏らした。
レーヴェは想像以上に美しかった。
シャギーにまとめた碧い髪。
切れ長の同色の目。
乳白色の肌。
身長は女性としてはかなり高い方だろう。
エリスの目線が彼女のおへそくらいにあたる。
その胸はささやかだが、その先には透けるようなピンク色が可愛らしく自己主張している。
腹筋は引き締まり、小さめの腰から伸びる両足はあくまでもスレンダー。
「どうしたエリス?」
絞ったタオルで、レーヴェは無言で立ちすくんでいるエリスの身体を拭いてやる。
「少しは保護者らしいことをしないとな」
レーヴェが微笑みかけてくる。
やばいこれ。
ぜひともおいしくいただきたいです!
が、エリス-エージは思いとどまった。
ここで犯るのは簡単だ。
しかしそれで終わりだ。
できるなら継続して犯りたい。
しかも、常に本人が求めてくるように。
幸いに今、己の欲情を示す息子はおへその下にはいない。
よし、ならば持久戦だ。
エリスはレーヴェに微笑み返した。
「ねえレーヴェ、私、ここまで優しくされたの、初めてかもしれない」
そんなエリスの無邪気な表情に、レーヴェは思わずエリスを抱きしめたいという衝動に駆られた。
が、それはエリスの身体を大きなタオルで包むことによりごまかす。
「私もレーヴェを拭いてあげるわ」
エリスはレーヴェの身体をタオルで丁寧に拭っていく。
ポイントを押さえながら。
さすが宅配風俗でプロ相手には百戦錬磨のヒキニート。
こういうときは意外と冷静である。
ヒキニートは次々と妄想を膨らませていく。
今晩点火、迷宮攻略後に打ち上げってところかな。
洗面所から出た二人は寝間着に着替える。
それは生成りの、頭からかぶるざっくりしたミディアムワンピ。
「レーヴェはこの部屋を使ってね」
エリスはレーヴェを母の部屋。そこは父が一日たりとも掃除を怠らなかった部屋に案内した。
「隣が私の部屋だから」
エリスはレーヴェにそう伝えると、はにかみながら続けた。
「レーヴェ、おやすみなさい、今日はありがとう」
そうつぶやくと、エリスはレーヴェに振り替えることなく自分の部屋に戻ったのである。
レーヴェは眠れない。
今日は一日色々なことがありすぎた。
これまで晒されてきた野卑な男たちの目とは正反対の、でも子宮の奥底を掴まれるような可愛らしい少女の瞳。
その少女と生活することになってしまった今。
その少女が隣の部屋にいる。
「私はどうかしてしまったのか」
彼女は自問自答する。
眠れない。
するとそこにドアが開く音がそっと響いた。
剣士であるレーヴェには、気配などすぐに分かる。
が、その気配がもたらす存在に彼女は気付き緊張する。
眠れない理由がそこに立ちすくんでいることに。
「レーヴェ、起きてる?」
レーヴェは努めて冷静に答える。
「ああ、まだ起きているよエリス、何かあったのか?」
「ねえレーヴェ、一緒に寝てほしいの」
レーヴェの心音が跳ね上がる。
「よかったら、一緒に寝るか?」
震える声を落ち着かせ、レーヴェは声を絞りだす。
無言で彼女のベッドに潜り込んでくる少女。
少女はレーヴェの胸のあたりから顔を出し、愛くるしいエメラルド色の瞳でレーヴェを見あげた。
「ありがと、レーヴェ、おやすみ」
少女はレーヴェの控えめな胸に顔をうずめ、やがて寝息を立て始める。
胸から伝わる少女のぬくもり。
レーヴェをそれまで捉えていた情欲が嘘のように引いていく。
少女との安らぎが全身を包んでいく。
「おやすみ」
レーヴェは少女を抱きしめ、至福の眠りに就いたのである。
よっしゃ第一段階終了。
可愛らしい寝息を立てる女剣士の胸元でヒキニートはほくそ笑んだ。
下衆な妄想実行計画順調である。