五色の蒸しケーキ
男性専用浴場『ご主人様の隠れ家』も無事オープンしたところで、エリスたちはそれぞれの実験成果を披露することにした。
「さあみんな、宿題はできたかしら」
「発色に苦労したが、まあ何とかな」
「私はちょっと自信がありますわ」
「ボクのは見た目と違っていい感じだよ」
「私のは披露してからのお楽しみだにゃん」
宿題というのは、各々の色を使った蒸しケーキを作ること。
「レーヴェには気の毒なことをしたかな」
実はエリス-エージは宿題を出した後に少し反省をしていた。
というのはレーヴェの課題である『青』というのは、いわゆる『食欲減退色』であり、あまり美味しそうに見えないのが常である。
そうした理由もあり、食用となる染料にはほとんど存在しない色でもある。
「言っちゃったことは仕方ないわ。まずは努力の成果を見せてもらいましょう」
五人はあらかじめ蒸しあげた五つの小さなカップをそれぞれに配り直した。
蒸しケーキはそれぞれの前にきれいな色で並べられている。
「それじゃ、まずは私のからいくわね」
エリスのテーマは『金』
当初アラサーヒキニートは蒸しケーキを『金粉』で飾ることを考えたのだが、さすがに成金趣味なのとコストが合わないことからあきらめた。
次にエリスは粉を溶くときに『卵黄』を使用したのである。
こうすると蒸しケーキは淡い黄色になる上に卵黄の効果で食感の弾力が強くなる。
さらにアクセントには『くるみ』を混ぜ込んでみた。
「金というにはちょっと強引だけど、最初のがこれくらいの方がハードルが下がって紹介しやすくなるでしょ」
そうエリスが照れながら自分の作品を紹介し、みなに試食を促した。
「これは味が濃いな」
「くるみのカリカリがアクセントになってますね」
どうやらレーヴェとフラウは金の蒸しケーキを気にいったようだ。
次はレーヴェの番。
「正直『青』は無理だった」
などと謙遜しながら紹介したのは、ほんのりと青紫に染まった蒸しケーキである。
「『ブルーベリー』の果汁で色調を微調整した。これ以上いれると紫になってしまうのでな。果汁だけでは味付けにはならないから、ブルーベリーの果実を混ぜ込んだ。果実から染み出した果汁でグラデーションになってしまうのはどうにもならなかった」
「素晴らしいわレーヴェ。このグラデーションは素敵よ!」
「ベリーの酸味も美味しいよ!」
こちらはエリスとクレアが気に入ったらしい。
次はフラウのケーキ。
「色はレーヴェと同じように『ラズベリー』で赤く染めています。中には茹でた『紅いも』を角切りにして混ぜ込みました」
「きれいな赤色で美味しそうだにゃ」
「紅いものホクホク感もいい感じだよ」
キャティとクレアが文字通り食いついている。
次にクレアが差し出したのは真っ黒なケーキ。
「これはすった『黒ゴマ』ともう一つの食材で色付けしたんだ。味は試しに食べてみてよ」
クレアに促されながら真っ黒なモノを恐る恐る口にいれると、まずは胡麻の香りが口に広がる。さらには香ばしく甘い香りが鼻を抜け、後口にはほろ苦さが残る。
「このほろ苦いところは?」
エリスの確認にクレアは胸をはった。
「これは『カラメル』だよ。砂糖を焦がしてから生地にざっくりと混ぜ込んだんだ」
「さすがクレアだな。発想がすばらしい」
「これは意外性がありますね」
大人の味とでも言おうか。どうやらレーヴェとフラウのお気に入りになったようである。
最後はキャティの番。
「どうぞ。キャティ特製だにゃ」
キャティのオススメに四人は怪訝そうな表情を見せながらケーキを口に運んだ。
???
四人は首を傾げると、もう一度試食する。
???
狐につままれたような表情の四人を代表して、クレアがおずおずとキャティに降参した。
「ごめん。どこに手を加えたのかわかんないや」
「手は加えてないにゃ」
え?
キャティは胸をはる。
「もともと蒸しケーキは真っ白だにゃ。それに基本の味があるからこそ、四人の工夫が引き立つにゃ」
エリスたちは感心した。
ほんと、たまにまともなこと言うなこいつは。
「本当は『白豆』を煮たのを入れてみたんにゃけど、誰かとかぶりそうだからやめたのにゃ」
確かに味的にはフラウの紅いもとかぶるな。
「全員合格!というか、私のが一番普通だったね」
「そんなことはない。くるみのカリカリは重要だ」
「ところで、これをどうするのですか?」
レーヴェのフォローに感謝しながらフラウのツッコミにエリスは肝心なことを思い出した。
そうだった。
エリスは宿題の理由を改めて皆に説明した。
「これら五色の蒸しケーキを『百合の庭園』の名物として売り出します。商人ギルドの了解も既に取得済み。お披露目は『収穫祭』よ」
おお!とどよめくダイニング。
しかし、すかさずレーヴェから次のツッコミがはいる。
「ところで『容器』はどうするのだ?」
あ……。
エリスは硬直してしまう。
「確かに陶器のカップを使うと、お値段が張ってしまいますね」
「蒸す前にカップの内側に油を塗ってみたらどうかな。そうすればきれいにケーキを取り出せると思うよ」
「それだとせっかくのノンオイルが台無しだにゃ」
これは盲点だった。
この世界にも紙はある。
ただしそれは麻で作られたもので、エージの世界で言う和紙を厚紙にしたようなもの。
厚すぎるそれはカップを作るなどの細工には向かない。当然トイレで大事なところを拭うのにも向いていない。
するとキャティがまともなことを言い出した。
「ならばパンみたいに大きいのを蒸して一口サイズに切ればいいかにゃ」
キャティのアイデアは続く。
「大きいサイズなら容器の端にナイフを入れれば、重さで勝手に容器から抜けるにゃ。端っこのナイフを入れて見た目が悪くなったところは切り落として、きれいなところだけを販売用に使うのだにゃ。見た目がよろしくないところはギルドのお茶うけとかに安く売っぱらえばいいのだにゃ」
さすがだキャティ。
するとクレアもアイデアを重ねていく。
「それなら、四角に切った五色のケーキを適当な大きさの紙に並べ、それを薄布で包んであげれば『おみやげ』にできるね。その場で提供するのなら、お皿に並べて出せばいいし」
「それでいきましょう!」
エリスはクレアが女性職人と作成した大型蒸器のサイズを確認すると、フラウを伴って五つの四角い陶器を街で買ってきた。
これらは縦横五百ミリメテル、深さ百ミリメテルほどの平たい器である
これに生地を薄く広く伸ばしてから蒸器にいれる。
蒸し器は一番下に金属製の鍋が据え付けられており、その中には普通の石で足を組まれ、鍋に直接熱が伝わらないように組み込まれた大型の『発熱の石』が乗る。
その上には四角い木製の枠に、籐で編まれた網を付けられた『せいろ』が置かれる。
最後にこれも籐製のふたを乗せれば完成。
発熱の石を起動してから鍋に水を注げばすぐに沸騰を始め、勢いよく蒸気を発生させていく。
五人は容器の底にケーキが剥がれやすくなるように薄布を敷くと、その上から生地を薄く流しこんでいく。
エリスはくるみ、レーヴェはブルーベリー、フラウは紅いもを、五十ミリメテル弱の間隔で置いていく。置くのは縦横十個づつ合計百個。
当然端は切り落とすことを想定している。
それらを少し休ませ、生地から余計な空気が抜けて平らになったところで、クレア特製蒸器に入れる。
蒸す時間は四半刻ほど。
生地に串を刺して生地がついてこなくなったことを確認してから、容器を取り出して休ませる。
粗熱が取れたところで、四方にナイフを入れ、角を軽く持ち上げて底の布と容器の間に空気をいれるようにしながらを剥がしていき、一旦容器を逆さに置く。
続けて斜めにした容器の底にナイフを走らせながら布を完全に剥がしてケーキを取り出す。
ここでクレアお手製切り分け器が登場する。
これは四角い箱の中に極細の鋼線が等間隔で十字に張られている。
これで一気に生地を上から押してやると、縦横に等分に切れる。
こうして縦横五十ミリメテル高さ百ミリメテルの直方体のケーキが出来上がり。
五つの生地を同様に切り分けて市松模様に並べてあげれば、五色のの蒸しケーキセットの完成。
切れ端はいつのまにかフラウが別のボウルに集めている。
「次は容器ね」
これは麻紙を二百ミリメテル四方に切り、それを底板にしてから、四百ミリメテル四方の薄布で包めば完成。
「麻紙と薄布は、工房に発注すれば向こうで切ってくれるし、薄布に版画をしてもらうのも可能だよ」
クレアの説明にフラウがあることを思いついた。
「私たちの旗を版画にしてもらうのはいかがかしら」
「いいわそれ!」
早速エリスとクレアはフリントのところに相談に出向いた。当然お土産持参で。
「フリントさまはいらっしゃる?」
「エリスさんいらっしゃい。ちょっと待ってな」
軒下で休憩中らしい若手に声をかけると、すぐに親方を呼びに行ってくれた。
しばらくするとフリントが奥から出てきた。
「おう、今日はどうした」
「ちょっと相談があって。いいかしら?」
エリスとクレアはフリントにおみやげの蒸しケーキを渡し、容器の相談を始めた。
「ほう、これはお前たちのシンボルカラーをイメージしておるのか。どれ、それじゃあクレアから頂いてやろう」
おっさん、その表現は何とかならんか?
「おう、この黒いのはごまとカラメルか。茶が欲しくなるのう。どれどれ次はエリスじゃ」
だからおっさん、わざと下品な表現をするんじゃねえよ。
「おお、これはくるみのカリカリがたまらん。ということで、紙底と布の話は分かった。が、クレアはもう少し知恵を使わんか」
クレアの頭を拳骨で優しくこづきながらフリントは新たなアイデアを追加してくれた。
それは底紙以外にもケーキと同じ高さで紙で4つに折ってケーキを保護するというもの。
確かにこれならケーキが布越しに潰れてしまうのを防ぐことができるし見映えも良くなる。
布もただの布で風呂敷のようにつつむのではなく、専用の巾着袋を作ってしまえばいい。
「お前らの旗を五色で版画するのはコストが合わんだろうが、一色染めならすぐできる。百枚単位の発注で台紙一枚10リル、横紙も10リル、巾着袋は単色版画込みで180リルで縫製してやる。合計1セットあたり200リルもあれば、十分用意できるぞい」
さすがだおっさん。
それなら一袋600リルで販売しても十分利益が出る。
「ありがとう、マスター」
エリスとクレアはフリントに丁寧に頭を下げた。
次に二人が向かったのは商人ギルド。
そこでもマリアにケーキを渡し、試食を依頼する。
「ではレーヴェさまから」
他人の百合はうざいな。
「うん、これはいけますわね。このケーキが先日のお話の商品ね」
「そうです。収穫祭ではセットで600リルで販売するつもりです」
「それは高くないかしら?」
「『ワーランの宝石箱』のフラッグデザイン付きの巾着袋入りですけど」
「収穫祭では1000リルにしておきなさい」
さすが商売人である。
エリスたちは商人ギルドを後にすると、冒険者ギルドと盗賊ギルドにも寄り、それぞれのマスターにもケーキの試食をお願いした。
なぜなら同じように付け届けをしておかないと、後でどんなネタを使って絡まれるかわかったものではないから。
ひと通りギルドを廻ったエリスたちが帰宅すると、なぜかフラウがニコニコし、キャティがちょっとしょんぼりとしている。
「どうしたの?」
「こちら、召し上がってくださいな」
フラウが差し出したそれは、浅いお皿に蒸しケーキの端っこの部分を一口サイズで切り、カスタードクリームとホイップクリームでケーキ間の隙間を埋め、上にフルーツを散らしたもの。
「こうやって、スプーンですくって盛りつけます。こうしたお菓子は『トライフル』と呼ばれることもありますわ」
へえ、これはこれでおいしいや。
「ギルドへのおみやげがなくなったにゃ」
そういえばキャティは切れ端をギルドのお茶菓子にすると言っていた。
するとフラウは何言っているのこの猫娘はといった表情となった。
「キャティ、これを持っていけばいいのですよ」
「いいのかにゃ?」
「この方がたくさんの皆さんに楽しんでもらえますよ」
途端にキャティは目を輝かせる。
「そうだにゃ、そうだにゃ」
こうしてエリスたちは、今日も平和な一日を終えたのである。
一方で勇者たちは相変わらず魔王の魔符を求めさまよい、魔王は摑まされたパチもんの爪を悪魔副官に投げつける日々が続いていたのである。