大人のお風呂営業開始
それは男性用浴場を視察してきた夜のこと。
「くっ……お嬢様……」
レーヴェを味わいながらエリスは冷静に考える。
「ご婦人相手に大人気なレーヴェの肌を晒すのは逆効果ね」
「ああ……エリス……」
フラウを味わいながらエリスは冷静に考える。
「フラウもお嬢様だし余りに煽情的なのはまずいかもね」
「くすぐったいよエリス……」
クレアを味わいながらエリスは冷静に考える。
「クレアと私はコンビで可愛らしく留めておく方が無難よね」
「エリスそこはにゃん……」
キャティを味わいながらエリスは冷静に考える。
「やっぱりキャティに任せるのが最適ね。装備とのバランスもいいし」
ということで五人ともすがすがしい朝が来た。
フラウが焼き上げたパンケーキにクレアがこしらえておいたアイスクリームを乗せた朝食を皆で楽しんだ後、他の四人にはそれぞれの『実験」を進めておくようにと指示を出し、エリスは一人で街に向かったのである。
エリスはまず商人ギルドでマリアと合流し、その足で高級衣料店を訪れた。
エリスは持参した衣装の手直しをドレスショップの女主人に依頼し、一方のマリアは別途緊急で衣装の発注を行った。
次に二人が向かったのは男性専用公衆浴場である。
ここには商人ギルドのニコルも帯同していく。
「それじゃあ『従業員募集』を行いましょうか。ニコルさんよろしくね」
「わかりました。手続きはお任せください」
ニコルは前日にマリアから話を聞かされていたのですぐに従業員採用の準備を始めた。
さて『従業員募集』であるが、エリスとマリアは浴場の陰に隠れるようにしてこちらの様子を伺っている街娼たちに声をかけていく。
「ねえあなた方。もっと安全で清潔な仕事をしてみない?」
街娼たちもエリスはともかくマリアのことはよく知っている。
何せ彼女はこの街の評議会議長なのだから。
しかし彼女たちはおびえていた。
なぜなら彼女たちの『仕事』は商人ギルドを通していない『違法』なものであったから。
これまで商人ギルドは彼女たちの仕事を『必要悪』として『見逃して』きた。
いわゆる『消極的な承認』である。
ところがエリスのアイデアは違った。
「ほら。マリアさんも渋い顔をしていないで勧誘してくださいな」
エリスに促されマリアも渋々ながら女性たちに声をかけていく。
「悪いようにはしませんから働いてみませんか?」と。
しばらくすると店内の改装を計画するために工房ギルドのフリントが直々に浴場へとやってきた。
「フリントさん。こんな風に浴場を改造してほしいの」
エリスからの耳打ちにフリントは愕然とする。
それが八歳の小娘が考えることかと。
「これはマジかマリア?」
念のためフリントはマリアに確認をとるも、マリアも頷くだけ。
「女のお前が認めるのならばそうしよう」
フリントもエリス-エージの考えに乗るかのように計画を開始したのである。
一方『クレア設計事務所』と名付けられたエリスたちの屋敷の客間では、いう名前のリビングでは、クレアが工房ギルドから連れてきた一人の女性職人と何やら細工をしている。
「クレアさん。一体これはなんですか?」
始めて見る設計とその造作に女性職人は不思議そうな顔をする。
するとクレアは職人の口に『蒸しケーキ』のかけらを一片放り込んであげる。
「これを作る道具だよ」
口の中に広がるふわふわ感を味わいながら、職人は興味深そうな表情でクレアと仕事を続けたのである。
残るレーヴェ、フラウ、キャティの三人も実験に忙しい。
彼女たちはクレアに屋敷の留守を任せるとあれやこれやと悩んでいる。
彼女たちはクレアたちが家で作業している間に、入れ替わり立ち代わり籐のかごを釣り竿のようにぶら下げては、出て行ったり帰ってきたり、ため息をついたり喜んだりしている。
そんな光景にクレアもちょっと焦る。
アイデアだけでも考えておかなくちゃと。
こうして慌ただしく二日間が過ぎた。
この間エリスは男性浴場で採用した女性たちに『鬼畜な特訓』を行いつつ、フリントたちに浴場内の改造を急ピッチで進めさせたのである。
さて今日はキャティの装備が完成する日。
ところがクレアはエリスから発注された道具の制作に追われており、フラウとレーヴェもそれぞれが実験に忙しいので、誰もキャティのお出かけに付き合ってくれない。
なのでキャティはエリスに泣きついた。
「エリス。私と一緒に工房ギルドに行ってほしいにゃ」
「えー」
「そんなこと言わないでほしいにゃ」
自分から皆に宿題を出しておいて、当の自分のアイデアがまとまらないまま尻に火がついているエリスだが、頼ってくるキャティの願いを聞かないわけにも行かない。
それにここでキャティに貸しを作っておけば後々好都合である。
ならばついでにドレスショップに衣装も取りに行けばいいかと切り替えたエリスは、キャティと工房ギルドに向かうことにした。
工房ギルドではフリントが出迎えてくれる。
「おう。今日はエリスがお供か」
「マスター。クレアから悪巧みのことは聞いているわ」
エリスの言葉にフリントも口元をいやらしくゆがめながら答えた。
「とりあえず足がつかないように、テセウスのところから他の冒険者ギルドに流すようにしとる。もちろん出先がワーランだとわからんようにな」
「さすがはフリントさんね」
同時に二人はおっさんらしい下衆い笑みと、八歳の少女とは思えない下衆い笑みを交わしたのである。
さらにもう一つ。
「男性浴場は明日から再オープンですからよろしくお願いしますね」
「任せておけ。既に工事は終わっておるからな」
そう。明日は『男性浴場』が新装開店を迎える日なのである。
エリスとフリントがそんなこんなと言葉を交わしているうちに、鍛冶師の兄ちゃんがキャティから預かった『勇者を切り裂くもの』と、改造を施した革のロングブーツを持ってきてくれる。
「せっかくだから『ブレイブリッパー』と色を合わせるようにブーツの紐を金糸の編みこみに変えておいたぞ」
フリントの恩着せがましい物言いにエリスはふんと鼻を鳴らしたがキャティは嬉しそうな表情で白地に金糸で編み込まれたブーツを手に取っている。
すると鍛冶師の兄さんがキャティにこんな指示を出した。
「爪の出し入れは腕と同じっす。重量バランスを調整したいから身に着けてもらえるっすか?」
「早速身につけてみるにゃ」
先日と同じ白のショートトップにショートパンツのキャティが両腕に『ブレイブリッパー』両脛に『改造ロングブーツ』を装着していく。
その姿にフリントは思わず息を漏らした。
「ほう」
白地の衣装に淡い金のアームカバーと膝までの白と金のロングブーツが見事にフィットしている。
鍛冶師の兄さんも思わずつぶやいた。
「こりゃあ綺麗っす……」
「それじゃあ試してみるかにゃ」
キャティは両腕と両脚の状態を確認するかのように軽く回すと、指先とつま先の『爪』を伸ばしてみる。
「うわ、凶悪……」
今度はエリスが声を漏らした。
先程見せた美しさから一転し凶悪な風貌となったキャティ。
指先つま先から伸びた爪は5本ずつだが、その造作がエグイ。
爪はいわゆる『刃』ではなく『四角推』を思わせる。
それは相手を『切り裂く』のではなく『抉り取る』もの。
爪を出した状態でキャティは『猫戦闘』のシャドウを行ってみる。
それはエリスの目から見てもはっきりわかるほど、速度と滑らかさを増したものになっていた。
「これは軽くていいにゃ」
ご満悦のキャティの一方で、それを見つめていた三人の背筋に冷たいものが走った。
この娘を本気で怒らせるのは控えておこうと、エリスとフリントそして鍛冶師の兄ちゃんは心に決めたのである。
次にエリスたちはドレスショップに向かい、エリスが依頼しておいた直しの衣装を女主人から受け取った。
ついでにエリスは女主人に商人ギルドへのユニフォーム納入状況を確認してみる。
「緊急でしたから既製品のサイズ直しが主でしたけれど、人数分は間に合いましたわ」
女主人の力こぶを見せるような姿勢にエリスも喜びの笑顔を返した。
「それは良かった」
どうやらそちらの準備も順調のようだ。
一方でキャティはエリスが女主人から受け取った大きな包みが気になってしまう。
「それはなにかにゃ?」
「明日のお楽しみ」
エリスはそうにやりとすると、キャティに荷物持ちをさせたのである。
エリスとキャティが屋敷に帰ると、そこでは『実験』でおなかがいっぱいになってしまったレーヴェ、フラウ、クレアがテーブルに臥せっていた。
その様子に慌てたエリスとキャティも大急ぎで『実験』を開始したのである。
その結果本日の夕食は『無し』となった。
エリスとキャティも実験で満腹になったところで、五人は百合の大浴場へと入浴に出向いた。
「明日は朝からマリアさんのお手伝いに行くから朝食を早めに食べて出発よ。なお『当日の衣装』は明日の朝に配布するからお楽しみね!」
ここでレーヴェだけが『当日の衣装』という響きに嫌な予感が走ったが、他の三人が何も言わないので彼女も黙っておくことにする。
「よし。景気付けに。1番レーヴェ『暁の重装歩兵』を歌います」
こうして今日も『のど自慢大会』が夜更けまで続くのであった。
ということで朝が来た。
さすがに蒸しケーキの食べ過ぎで粉物はちょっと勘弁とばかりに、フラウが用意した果肉たっぷりのフルーツを朝食として満喫した後、エリスが全員をリビングに並べ、そこで手渡した『衣装』に一斉に着替えるように命じたのである。
レーヴェの『嫌な予感』は的中していた。
そう。彼女たちが手渡されたのは『マルスフィールドの芸術コンクール』で着用した黒の『メイドウェア』一式である。
当然エプロンとメイドカチューシャもセットである。
レーヴェとフラウは前回とほとんど同じくるぶしまで隠れるロングスカート。
心持ちレーヴェの方がスカートをタイトに絞っているので、ふわりと広がったフラウのスカートと対比されて、二人の特徴が上品ながらよく出ている。
エリスとクレアのスカートはひざ下までカットされ、縁には白のフリルがぐるりと縫い付けられている。
これはレーヴェ・フラウが纏っているメイドウェアとは全く異なる可愛らしい印象を醸し出している。
「お嬢。これは何の冗談だ?」
「まさか再びこれを身に纏うことになるとは……」
「ねえエリス。丈がちょっと短くなっているよ」
そんな三人にエリスは言い放った。
「三人とも文句があるなら、あれを着せるわよ」
エリスが親指で示した先では着替え終わったキャティがきょとんとしている。
「何で私だけ『ミニスカ』なんだにゃ?」
キャティのメイドウェアは太ももが露わになるところまでスカートを短くカットされ、内側に幾重ものフリルが縫い込まれて、ふわりとしたミニスカートに仕立てられている。
両腕の袖も皆が手首までの長袖を手首で白のカフスで止められているのに対し、キャティだけ肩で大胆に袖がカットされ、そこにも白いフリルが縫い付けられている。
白い尻尾は腰の高さに作られた布を重ねるように仕立てられた穴からするんと伸びている。
要するに両腕と両脚が丸出しなのである。
「『勇者を切り裂くもの』を装備してごらんなさいな」
「わかったにゃ」
エリスの指示に素直に従ったキャティは両腕にブレイブリッパー、両脚にはそれと対になるように工房ギルドで仕立ててもらった専用のロングブーツを装着していった。
「ほう」
「まあ」
「へえ」
レーヴェたちはその姿に思わずため息をついた。
装備を身に着けることにより、肌の露出が抑えられる。
すらりと伸びる足を保護する膝までのブーツは太ももから膝までの生足を強調する。
ほっそりとした両腕の手の甲から肘までが黄金に淡く輝くアームカバーに覆われることにより、二の腕の白さが強調される。
その姿は愛らしく、美しく、艶めかしい。
ところがそれだけではなかったのである。
「演舞開始」
「にゃん」
エリスの指示によりキャティはその姿で『猫戦闘』のシャドウを始めた。
これに四人は息をのんで見とれてしまう。
正直命じたエリスにもこれは予想以上のものだった。
ショートメイドウェアで四肢を流れるように操り、舞踏を踊るかのように空気を切り裂いていくキャティの姿は『精悍』そのものであった。
ひとしきりシャドウを見せた後でキャティはエリスに恥ずかしそうにつぶやいた。
「これじゃあパンツが見えてしまうにゃん」
「見せてよし。というか『見せパン』穿きなさい」
「そんなの持っていないにゃ」
「ならとりあえず白いパンツを穿いておきなさい」
「にゃーん」
ということで、キャティのミニスカ姿にはエリスの計算があったことは四人とも理解し、キャティ以外の三人は自身のその役が回ってこなかった幸運を感謝したのである。
準備ができたエリスたちは、商人ギルド経由で本日からオープンする『男性浴場』に『徒歩』で出向いていった。
当然のことながらメイド姿で闊歩する五人の姿は衆目を集めていく。
「うわ、生ワーランの宝石箱だよ!」
「何だ何だ、何だあのうれしい姿は!」
五人がメイド姿で街を歩いているという噂はすぐに各ギルドにも伝わった。
「フラウお嬢さんがメイドの格好で歩いてるぞ!」
冒険者ギルドではおっさんたちが我先にと街に飛び出していった。
「キャティがものすごいミニスカ姿を晒してるぞ!」
盗賊ギルドでもいつの間にかメンバーたちが街の屋根やら路地やらに潜み始めた。
「クレアちゃんがものすごい可愛い姿で歩いてっぞ!」
工房ギルドでは異例の『途中休憩』が実施された。
しかしやはり圧巻なのはこの方である。
「レーヴェ様のレア衣姿をお近くで拝見できますわ!」
「なんですって!」
「大至急馬車を手配しなさい!」
なんとレーヴェは商人ギルドのメンバーだけでなくワーランと近隣に住まう『お金持ちのご婦人たち』をも動員して見せたのである。
ふっふっふ。ここまでは計画通りね。
エリスが一人ほくそ笑む中、一行はオープン直前の男性浴場へと到着したのである。
たくさんの野次馬を引き連れながら。
一旦全員浴場内に身を隠す。
エリスは先行して浴室内をひと通り確認し、施設がフリントたちの手によってきちんと再整備されたことを確認した。
続けて店内で開店を待つ『メイド服を来た女性』たち、元は『街娼として路地に立っていた女性』たちに明るく声をかけた。
「いよいよ本番ね」
女性たちも緊張した面持ちでエリスに頷きを返す。
エリスは女性たちに『基本の身振り』を最終確認するかのようにもう一度教えるとともに、いくつかの注意を最後に与えた。
それまで『闇で春を鬻ぐ』しか生きる術がなかった女性たちは、職を得た歓びからであろう、素直にエリスの指示に従っている。
「それでは行くわよ!」
エリスの号令により女性たちは外に飛び出したのである。
「男性専用大浴場『ご主人様の隠れ家』にようこそ!」
女性たちの明るいコールに、エリスたちに寄せ集められた男性たちが何だ何だと注目していく。
そこには美しい女性たちがお揃いのメイドウェアで並び、笑顔で店内に向けて手を差し伸べている。
ここで1人の漢が勇気を出して一歩前に踏み出した。
「風呂に入れるかい?」
男性の問いかけに女性たちは息を合わせる。
せーの!
「おかえりなさいませ!ご主人様!」
突然のコールにびびりながらも、男性はそのままメイド服の1人に手を引かれて店内へと入っていった。
受付では受付嬢もカウンター越しに「おかえりなさいませ」と男性を笑顔で出迎える。
「あ、ああ。いくらだ?」
「入浴料は千リルです。香油やせっけん、タオルなどもございますから、必要でしたらおっしゃって下さい」
続けて男性の手を引いてきた案内嬢が受付嬢から鍵を受け取ると「失礼します」と男性と手ををつないだまま脱衣所まで案内していく。
「それでは失礼致します」
案内嬢は一旦男性の前から姿を消した。
男性は服を脱ぎながら店内のあちこちに目をやってみる。
清潔な店内に好感が持てる。
室内を照らす明かりはやや暗めだが、先が見えないというほどでもなく、間接照明が目にやさしい。
脱衣所の鍵を受付嬢に預けてから浴場に足を踏み入れてみると、そこはかなり広い作りとなっている。
男性は壁に掲示された案内通りに、まずはかけ湯に向かった。
かけ湯の前に腰かけ、湯をすくって体を流していた男性は、不意に正面に掲示されている看板に気づき、その表示内容に衝撃を受ける。
「お背中流し・千リル。せっけん代別」
「洗髪・千リル。香油代別」
「ちょっといいこと・一万リル」
「とてもいいこと・時価」
男はすぐに受付に戻ると、受付嬢に向かって壁に記載されたことを確認した。
すると受付嬢は先ほどの明るい表情とは打って変わった艶かしい表情で男性に答えていく。
「掲示しておりますとおりですわ」
「『ちょっといいこと』というのと『とてもいいこと』というのは何だい?」
うふふ。
受付嬢の煽情的な微笑みに男性は興奮してしまう。
「『ちょっといいこと』は浴場奥の仕切り部屋でご提供します。『とてもいいこと』はさらに奥の個室でご提供いたしますわ」
「いや、そうじゃなくてサービスの内容を知りたいのだが」
すると受付嬢はもう一度うふふと笑うと軽くウインクを見せた。
「当店は『ご主人様の隠れ家』でございます。多分ご主人様の期待されるサービスがお待ちしておりますわ」
ここまで聞いておいて腰を引くのは漢の風上にも置けぬ。
と、男性は自分自身をそっちの方向で納得させると、わざと冷静な口調で受付嬢に申し出た。
「わかった。それならば今日は『ちょっといいこと』を試してみよう」
「かしこまりました。賢明なご判断ですわ」
男性は一旦脱衣所に戻り財布から受付嬢に石けんと香油代込で一万三千リルを支払った。
すると案内嬢が身を乗り出して男性の耳元でこう囁く。
「お相手は先ほどの案内嬢でよろしいでしょうか?」
あう
「ああ、任せる」
「メイド服と下着姿はどちらがお好みですか?」
あうあう
「じゃあ、し、下着で」
「かしこまりました」
すぐに案内嬢は男性の前に現れた。
それも艶めかしい黒の下着姿で。
「それではこちらにどうぞ」
男性はかけ湯の奥に設置されたもう一か所のかけ湯へと案内された。
そこは一人一人の席が壁で遮られており、両隣の様子はそれぞれから見えないようになっている。
男性は椅子に腰かけさせられると、丁寧に全身をせっけんで泡立てられ、背中から香油で髪を洗われる。
案内嬢の両手が男性の全身をまさぐり、その豊かな胸が男性の背中を刺激する。
「お痒いところはございませんか」
あうあう
「実は……」
男性は勇気を振り絞り、痒いというか痛いというか猛っているというか、何とも言えないおへその下をリクエストしたのである。
「うふふ。わかっておりますわ」
案内嬢の身体が背中から男性にもたれかかる。
案内嬢の吐息が男性の耳をやさしくくすぐっていく。
案内嬢の両手が男性の右足の親指と左足の親指の間へとやさしくゆっくりと滑り込んでいく。
そしてちょっといいこと。
あうっ
「それではごゆっくりどうぞ」
賢者タイムを迎え、もう一度全身をせっけんで綺麗に流してもらった男性は浸かり湯の中で余韻を楽しんだ。
「ここは天国である」
すっかり湯で温まった男性は受付で受付嬢に勧められるがままに冷えた果汁を飲み、その味に満足すると脱衣所で身支度を整えた。
すると受付では先ほどの案内嬢が再びメイドウェアに身を包み、男性を待っていた。
「こちらは『開店サービス』ですわ」
そうつぶやくと案内状は男性の両肩に自身の両肩をのせると、そっと男性の頬に口づけをした。
続けて彼女はこう続けた。
「またお帰りになられるのをお待ちしておりますわ」
勇気ある漢は記念すべき第一号の客として店外に足を踏み出した。
野次馬と化していた勇気のない男どもが漢に次々に店内の様子や感想を尋ねていく。
が。漢はつやつやとした賢者の表情で一言だけ語った。
「ここは天国である」
後を追うように他の男達も店外で待機するメイドさんたちに手を惹かれながら、次々と入店していったのである。
「どう?」
にやにや笑いを見せながら問うエリスにマリアは何も答えることができない。
たしかにこの方法ならば、入浴だけが目的の男どもも、いいことが目的の男どもも両方が浴場を利用できる。
こうした店舗はなんだかんだ言って客足が多ければ多いほどそれにつられて客はさらに増えていくものなのだ。
そんなことなどマリアは百も承知である。
だが、店内でそんなことをさせていいのか?
何不自由なく育ったマリアにはエリスの提案に生理的な嫌悪感を持ってしまう。
しかしこれも突き詰めて考えれば答は自明なのだ。
女性たちにとっては、外の不衛生な環境で春を鬻ぎ、求められるがままに男たちに何をやらされるのかわからないよりも、少なくともこの店で『いいこと』を提供している方が安全なはずだ。
それにエリスは研修中に口を酸っぱくして女性たちを指導していた。
「この店では例え『とてもいいこと』でも絶対に『本番』は禁止よ」
そう。エリスは街娼たちを『望まぬ妊娠』から解放したのだ。
マリアにはそれは正しい回答だとは思えない。
しかしこれまでも街娼を『必要悪』だと認めてきた負い目もある。
ならばせめて女性たちの『身体』を守れるだけこちらの方がましなのだろう。
「それではうるさいご婦人方を店から引き剥がしますね。お約束通り商人ギルドのホールをお借りします」
エリスはそうマリアに確認するとレーヴェの方に出向いた。
これから何を行うのかを事前に聞いていたマリアは先回りしてホールに並べられた観客席の中一番良い席を押さえてしまう。
エリスは男性浴場の近くに戻ると、店の前でメイドたちに向かって何事かと騒ぎ始めた女性陣どもに背後から声をかけた。
「本日は男性専用浴場オープンにより皆様にはご迷惑をおかけしましたわ。お詫びに女性限定の『レーヴェミニライブ』を商人ギルドホールで無料にて今から開催いたします。さあレーヴェ、皆さんをご案内してくださる?」
「わかったお嬢。それでは皆さんこちらに頼む」
これは女性陣にとっては予想外の贈り物である。
なんといっても憧れのレーヴェさまと商人ギルドホールまでをご一緒にお散歩できる大チャンスである。
しかも今日のレーヴェさまはメイド姿という超レアなお召し物なのだ。
我も我もとレーヴェに群がるご婦人方を冷静にさばきながら、レーヴェはあたかも『ハーメルンの笛吹き』が子供を引き連れていくかのように、女性陣を引き連れてホールへと向かって行ってしまった。
これでご婦人方の視線を恐れて二の足を踏んでいた残りの男性陣も、ここぞとばかりに入店を決意する。
あっという間に『マスターズハイダウェイ』には長蛇の列が作られたのである。
「さあ、私たちもホールに移動しましょう」
エリスがフラウ、クレア、キャティに声をかけると、その背後からおっさん共の声が届いた。
「なんだ、エリスは風呂を案内してくれんのか?」
まず後ろから声を掛けたのは冒険者ギルドマスターのテセウスである。
「娘の前でよくそんなふざけたことが言えるわね」
実の父親が発したセリフにフラウは怒りで顔を真っ赤に染める。
「おうキャティ。かわいいパンツが丸見えだぞ」
こちらは盗賊ギルドマスターのバルティス。
「恥ずかしいにゃん」
キャティもさすがにパンツを指摘されると恥ずかしいらしく頬を真っ赤に染めた。
「なんじゃいクレア、イメチェンかの?よく似合うぞ」
工房ギルドフリントも顔を出した。
「そんなあ」
親方に突然褒められたクレアも頬を赤くしてしまう。
「叔父さま方も汗を流していらっしゃったら?」
ワーランのマスター三人を相手に余裕の受け答えをするエリスにおっさん共は豪快な笑いで返す。
そんな中ですっとエリスに近づいたバルティスが真顔に戻り、エリスにこう伝えた。
「店で働く女どもは、当初お前が計画した『商人ギルド所属』ではなく、俺んところの所属にしたからな。女どもにはきっちり上納金を納めてもらう。お前ならこの意味が理解できるな?」
つまり店で働く女性たちは『盗賊ギルド』の所属となったということである。
世の中は『力』を持つものばかりではない。
女性だけで好き勝手をしている『ワーランの宝石箱』がどちらかというと異常なのだ。
これは彼女たちの力がエリスの能力をはじめとする個々の能力に裏打ちされているから。
何も持たない女性は『力の庇護を受ける』という選択肢を取らざるを得ない場合もあるのだ。
「理解していますわ。私も慈善事業をやってるわけじゃないですし」
アラサーヒキニートはそんなことお構いなしだといった風情でバルティスに答えた。
「結果的に慈善事業になっただけだということだな」
「さあ?」
やっぱりこの娘は面白い。
と、バルティスは改めてエリスに興味を持ったのである。