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ゆりゆり戦隊リリレンジャー

「クレア!ぐずぐずしない!」

「レーヴェ!そこはあなたが頑張らなきゃ!」

「キャティ!あなたのためなんだからもっと気合を入れなさい!」

「フラウ!優雅さが足りないわよ!」


 宿のパーティールームではエリスの叱責が響き渡っている。

 一方で汗だくとなりながら指導を受けている他の四人の姿がある。


「あーもう!そうじゃないわクレア!」

「キャアアアティ!動きがトロい!」

「そこでレーヴェは全員を呪い殺すぐらいの感情をこめていきなさいな!」

「フラウはもっとお色気を全面に出すのよ!」


 実はエリスたち五人。明日開催される芸術コンクールの演目を一夜漬けで練習中なのである。

 エリスの特訓は深夜まで続いた。


「まあこんなものかしら。下地はあったからね。それじゃあ今日はシャワーを浴びて寝るわよ!」


 ようやっとエリスのスパルタから解放された四人は肩で息をしながらなんとかシャワーを浴び、それぞれのベッドへと倒れ込んだのある。

 

「それじゃあ皆の疲れをいやして回らないとね」

 ということで今晩もブヒヒヒヒとアラサーヒキニートは巡回を開始したのである。


「マルスフィールドも明日で最後だねエリス。あっ……」

「あの爪がどうしてもほしいにゃあ。にゃうん……」

「どうしたら上手にお色気を出せるのかしら。あん……」

「明日はキャティのために頑張ろうなお嬢。うっ……」


 ということで五人はすっかりとリフレッシュした朝を迎えたのである。


 五人は身支度を整え、それぞれの衣装をまとめると、昨日朝食を食べたカフェにに再び出かけていった。

 そこで名物の冷たい朝食を楽しむと、コンクールの会場となる観劇場へと向かったのである。


 観劇場の入口付近で五人がしばらく待っていると、昨晩の打ち合わせ通りに私服姿の筋肉兄弟とニコルがやってきた。

 マリアは最後の商談があるとのことで、後から来るそうだ。


 エリスたち十一人は最後の打ち合わせとリハーサルを観劇場の裏に用意された出場者用控室で簡単に済ませておく。

 リハーサル中にエリスは代表として別室に用意された抽選会場へと向かった。


「団体名『ワーランの宝石箱ジュエルボックスオブワーラン』の出場順は12番目。本コンクールの最後になります。間もなく開場ですので出演者は決められた席に着きお待ちください」

 トリとは縁起がいいわね。

 エリス-エージは一人そう呟くと皆が待つ控室へと戻っていったのである。


 本日は城塞都市マルスフィールド商人ギルド主催の芸術コンクール開催日ある。

 ここはマルスフィールドの芸術家たちが年に一度その腕を披露し競い合う場所でもある。

 審査員はマルスフィールド公を始めとする街の名士と観客たちが務める。

 観客席の中央に設けられた審査員席にはミレイ・マルスフィールド夫人や、冒険者ギルドマスターたちの姿も見える。


「それではマルスフィールド芸術コンクールを開催いたします」

 司会の宣言を合図にコンクールはスタートした。


 演目が淡々と進んでいく。

 エリスたち出演者も観客席最後尾に用意された出場者席で他の芸術家たちの演目を鑑賞している。

 エリス-エージは思う。やはりマルスフィールドの芸術家たちは真面目なだけで面白みがない。

 結局は『ある枠内』での高さの競い合いになってしまっており、広がりがないのだ。

 悪く言えば『難しいことを大変よくできました会』こんな印象すら持ってしまう。

 ところがそんなエリス-エージの感想を打ち破る演者が出てきた。


「次は8番『ウルフパック夫妻』による演目『破滅の恋』です」


 場内にアナウンスが流れる。

 そこでエリスはもちろんマリアやレーヴェすらも驚く舞踏と歌謡が演じられた。

 それは精悍な男性のアカペラによる荘厳な歌と可憐な女性による大胆かつ繊細な舞の饗宴。

 男性はあくまでも力強く歌い上げ、それに合わせ女性は人間技とは思えないような流麗な動きで華麗に舞っていく。

 それは『圧巻』の一言。

 男性の歌が終わると同時に女性が舞台にゆっくりと倒れこむ。

 そして終幕。


 全観客がスタンディングオベーションを夫妻に贈ったのである。


「これはまいったわね」

 エリスは悩んでしまう。

 まさかこれほどシンプルかつ情念に訴えかける演目が出てくるとは予想もしていなかった。

 この悲劇に勝てるか?

 しかし今更での演目調整はかなりのリスクを伴ってしまう。

 エリスは舌打ちをした。


「最後はフラウとレーヴェに頼るしかないか」


「次は12番『ワーランの宝石箱ジュエルボックスオブワーランアンド『筋肉兄弟マッスルブラザース』による演目『戦乙女の輪舞曲ロンド』です』

 アナウンスが終了すると同時に会場内に不敵な男声が響き渡る。


「うわっはっはっは!この会場は我々が占拠した!」


 同時に舞台上にはふんどし1丁の筋骨隆々な漢どもが現れ、おのおのが異なるポージングを披露しはじめた。

 それはエージの世界でいうところの『ボディビルコンテスト』の光景を模したもの。

 あまりに汗臭く脂臭く漢臭い世界が広がる舞台上の光景に何が起こったか?と半ばパニックになりながらどよめく観客たち。

 ごく一部の男性客と女性客は舞台上の光景を身を乗り出して食い入るように見入っていたのではあるが。


 すると漢どもによる筋肉の饗宴を切り裂くかのように少女たちの声が響いた。


「筋肉ダルマ共!あなた達の思い通りにはさせません!」


 同時に『銅鑼ドラ』の音が観客席最後尾から会場内に鳴り響く。

 観客たちが銅鑼の音に驚き、舞台から目を離した一瞬のうちに舞台上の光景は切り替わった。

 漢たちと入れ替わりに現れたのは黒のロングメイドウェアに包まれた乙女たちである。


「悪は私が殴って蹴るにゃ!リリー・ホワイト!」

 もこもこの白い毛を揺らしながら、しなやかな動きでガントレットクロウでのワンツーの後にレガースクロウで回し蹴りのシャドウを魅せる。

 ふわりと浮き上がるロングスカートの裾からかいま見えた白い下着に男性陣からどよめきが走る。


「悪には私がカミナリを落とすよ!リリー・ブラック!」

 紫色の電撃で全身を光らせた黒髪の乙女が天に向けた指をゆっくりと降ろし、観客席に向けてビシッと指を向ける。

 少女が見せる愛らしさと可愛らしさに観客席の少年たちは思わず腰を上げる。


「悪は私が叩き潰します!リリー・レッド!」

 紅のロングウェーブヘアを振り乱しながら頭上で薄紅のミノタウロスモールを回転させた後、石突きを床に叩きつけ見得を切る。

 豊かな胸がメイドウェア越しにはちきれんばかりに揺れ動く。

 その女性的な魅力に若者どもの視線が囚われる。


「悪は私が叩き切る!リリー・ブルー」

 サーベルを居合の速度で抜き放つと同時に流れるように八相の位置に構えそして中段で制止。

 観客席を見据える切れ長の視線が冷たく光る。

 そのりりしさに奥様方から歓声と悲鳴が湧き上がる。


「悪は私が殲滅よ!リリー・ゴールド」

 最後は照明が配置された天井に突如現れた少女が四人の前にニードルダガーを構えてふわりと着地する。

 おおお!と観客席はどよめきに包まれる。


 続けて五人でお揃いのコールとポーズ。


「我ら」

 シャキーン!

「ゆりゆり戦隊リリレンジャー」


「畜生!覚えていろ!」

 舞台袖から退散していく筋肉ダルマたち。

 同時に場内には複数の閃光が走り再び銅鑼の音が鳴り響く。


 すると今度はお揃いのカラフルなワンピースドレスを纏った5人の少女の姿が現れた。

 そう、昨晩の猛特訓はロングメイドウェアからワンピースドレスへの早着替えが主だったのである。

 持っててよかった閃光のブレスレット。

 エリスは最後の手段とばかりに『閃光』を解放して観客たちの視界を一瞬奪ったのである。


 五人はレーヴェを中心に、右にフラウ、クレア。左にキャティ、エリスと山形に整列した。

 続けて彼女たちはおもむろにユニゾンで歌いだす。


 曲名は『戦乙女の輪舞曲ロンド

 これは戦場を駆け抜ける戦乙女達の可憐な舞を歌ったリズミカルな曲である。

 

 実はこの曲はレーヴェに教えてもらってすっかり気に入った四人が『浴場のど自慢大会』で最後に五人一緒に歌っている曲である。

 なのではっきり言って五人とも慣れたもの。


 その五人がリズミカルに踊りながら歌うのだから観客、特に男どもはメロメロだ。

 少年はクレアに、若者はキャティに、おっさんはフラウに、ロリはエリスに夢中である。

 しかしこれではまだ観客の半分しか堕としていない。 


 最後に奥の手。

 レーヴェ以外の4人が一歩引いてしゃがむとレーヴェのソロが始まった。

 歌詞もおもいっきり『ゆりゆり』にアレンジしてある。

 これによってレーヴェは、観客の残り半分である女性たちのハートをガッチリと鷲掴みにしてしまったのである。


 エンディングのワンコーラスを全員で再び歌いきり、最後も銅鑼の音で締めた。

 ちなみに銅鑼の担当はニコルである。お疲れさまでした。

 演目終了と共にエリスたちも観客からのスタンディングオベーションを受け取った。


 そう、エリス-エージは『高尚な芸術』に対し『下品な娯楽』で勝負を挑んだのである。

 元ネタは筋肉兄弟との最初の出会いの時に彼らが見せた個々のマッスルポーズなのであった。


「さて、どうなるかしらね」

 時間がなかったために筋肉ダルマたちとの『殺陣たて』にまで持っていけなかったのがエリス-エージには悔やまれる。


 しばらくの審査の後に表彰式が執り行われる。

 コンクールの出演者たちは主催者の誘導でステージへ並んでいる。

 エリスたちは人数が多いため、ステージに上がるのは宝石箱だけで、筋肉さんたちは観客席に待機することとなった。


「それでは優勝者を発表します。今回は審査員の間でかなりの激論が交わされました。会場の票も真っ二つに割れています」


 どぅるるるるるるるるるる……。

 響き渡るスネアドラムのトレモロ。

 司会者は観客席に向けて叫んだ!


「優勝は『ワーランの宝石箱ジュエルボックスオブオブワーラン』アンド『筋肉兄弟マッスルブラザース』です!」


 会場は割れんばかりの拍手に包まれる。

 エリスたちは他の参加者からの祝福でもみくちゃにされている。

 が、その中で彼女たちは冷静に『彼ら』を見つめていた。


 次に審査委員長からの講評が始まった。

「審査員たちは8番と12番でかなり悩みました。芸術性と娯楽性のどちらを取るのか。そうした上での審査員全員納得での決定です」

 再び割れんばかりの拍手がエリスたちに贈られる。

 続いてマルスフィールドの商人ギルドマスターがトロフィーのように黄金色に輝く爪を持ってきた。


「ちっ。だから最初から襲っておけばよかったんだよ」

「所詮結果論よ。それじゃ行きましょ」


 一組だけエリスたちの祝福に加わることのなかったステージ上の『8番ウルフパック夫妻』の筋肉がみるみると盛り上がっていき全身が濃灰色の体毛に包まれていく。

 同時に夫妻の顔は狼のそれに変化を遂げていく。


 彼らは『獣魔族ライカンスロープウルフ』であった。

 獣魔族とは獣族とは異なり、魔族の眷属である。


 返信を終えたウルフ夫妻は商人ギルドマスターから爪を奪うと、すさまじい跳躍力で観客席に向かって跳躍し、会場を後にしようとする。


「これは頂いていくぞ!」


 ところがそうは問屋が卸さなかった。


「見え見えよ!」


 エリスが嘲笑とともに放った『氷結』により爪を抱えたオスのウルフが動きを止められ放物線を描きながら轟音とともに床に落下する。

 続けてレーヴェが放ったスローイングダガーが太腿に刺さったメスのウルフもやむなくオスの近くへと着地した。


「人質を……」


 まさか返り討ちに合うとは思っていなかった獣魔族は手近な観客を人質に取ろうと画策するも万事休す。

 クレアのライトニングシャワーが夫妻に降りかかる。

 続けてウルフたちと同じスピードを持つキャティが二人の意識をクロウ四連撃の『昏倒』で刈り取ってしまった。

 この間フラウは商人ギルドマスターの前で仁王立ちとなり、彼を守っている。


 エリスたちのあまりの手際の良さに、この流れをウルフパック夫妻も協力した『アンコール』だと勘違いした観客たちは再びスタンディングオベーションをエリスたちに贈ったのである。

 こうして芸術コンクールは無事閉幕となった。


「まさか筋肉兄弟とニコルも参加しているとは思いませんでしたわ」

 夕食の席でマリアが感心したような口調で首を左右に振っている。


「いかがでした?私たちのステージは」

 エリスが尋ねるとマリアは一転してうっとりした表情となった。

「ぜひワーランでも公演をお願いしたいですわ。マルスフィールド芸術コンクール優勝作品として」

「私は構わないが」

 乗り気のエリスとレーヴェである。

「えー」

 一方のフラウ、クレア、キャティはこんなこっ恥ずかしいのは二度とゴメンだというばかりに声を合わせた。


 夕食を済ませ宿に帰った五人を待つのはお楽しみの鑑定タイム。


 エリスはほのかに黄金に輝く爪装備を手に取ってみる。

 やはり通常の『魔道具鑑定』よりも意識を集中しないとその名が浮かんでこない。


「鑑定名『勇者を切り裂くもの(ブレイブリッパー)』?」

 そうつぶやいたエリスの声に他の四人もピンときた。


「それは魔王の装備ではないか?」

 レーヴェの確認にエリスも神妙な表情で頷いた。

「多分ね」


 ……。

 ぷっ。


 一瞬の静寂の後に五人は同時に噴き出した。


「キャティ、装備してみる?」

「もちろんだにゃ」

 どうやらブレイブリッパーは一般的なガントレットクロウと異なり、ベルトなどで調整しなくとも筒状の部分に腕を通すだけですぐに装備できるようだ。

 輝く爪は装備者の意志で出し入れ可能である。

 爪を収納しているときは手の甲から肘までを覆うお洒落なアームカバーにも見える。

 これなら普段から身につけていても違和感はない。


「これは私のものだにゃ」

「それなら名前を書いちゃいましょう」


 エリスは一旦キャティにブレイブリッパーを外させると、その内張となっている、おそらくは何らかの力が備わっている裏地に墨で「キャティ」と名前を大書きしてしまった。

 その文字に笑い転げる四人と大満足の一人なのである。


 それではワーランに帰りましょう!

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