ショッピング
これはマルスフィールド二日目のこと。
本日のマリアはマルスフィールド商人ギルドとの商談のために日中は不在であるとのこと。
ニコルや運送部隊のマッスルブラザーズもマリアに帯同するので、日中はエリスたち五人で自由に過ごすことなった。
ちなみに夕食はマリアからのお誘いがあるので、それまでには宿に戻ってこなければならないのだが。
マルスフィールドに向かう道中で事前にあれこれと打ち合わせをしたとおり、エリスたちは1日かけてショッピングを楽しむことにした。
「せっかくだから朝食も街で楽しんでみましょう」
というエリスの提案に従い、一行は早朝から街に出向き、マルスフィールドの味を楽しんでみることにする。
街中で洒落たカフェを見つけた五人は、それぞれが試しにと目新しいものをオーダーしてみる。
エリスが頼んだのは『スターチボールのミルク』という冷たい飲み物。
これは冷たく冷やされたミルクの中に、ぷちぷちと弾けるつぶつぶが入っていて口の中が楽しい一品。
これを早速皆で回し飲みをしてみる。
「ほう、楽しいものだな」
スプーンに乗せた透明なつぶつぶをミルクと一緒に口に運んだ瞬間、レーヴェはちょっと驚いたような表情となった。
「これは何かの種かしら」
フラウはつぶつぶの材料を真剣に推測している。
「ミルクも甘くておいしいや」
クレアはつぶつぶがほんのり溶けて口当たりにとろみが出たミルクがお気に入り。
「にゃうにゃう」
キャティは細かい感想こそ内容だけれども、十分それを堪能している様子である。
レーヴェが注文したのは『薄切肉の冷製と葉野菜』のセット。
香ばしい香りがする薄切り肉の周辺は香ばしく、中央はほんのりピンク色に染まっている。
このお肉の柔らかさに五人はちょっと驚いた。
「肉の冷製というのもいけるものだな」
レーヴェの言葉に四人も満足そうに頷いた。
フラウはちょっと冒険して『魚の油漬けの冷製パスタ』とやらを注文してみる。
「あら、意外とさっぱりしていて美味しいですわ」
油漬けにされた魚の身はべたつくこともなくほろほろと崩れてパスタに調度良く絡んでいく。
「これは油が美味しいにゃ」
どうやらキャティは魚の油漬けが気に入ったようだ。
クレアはオーソドックスな『クリームパンケーキ』を注文した。
ところが意外なことにパンケーキに添えられているのはバターではなく『凍らせたクリーム』だった。
つまりは『暖かいパンケーキ』と『冷たいアイスクリーム』の組み合わせである。
この意外性はクレアだけでなく他の四人にも大好評であり、全員で追加注文をすることになる。
クレアだけはおかわりを『アイスクリーム』ではなく『凍らせたジャム』を試してみる。
これも果物を軟らかく煮たジャムが冷やされることによりねっとりしゃくしゃくとパンケーキに絡んでとてもおいしかった。
キャティはストレートに『茹鶏』を注文した。
これは細かく裂かれた鶏肉と細く刻まれた野菜を絡めて専用のソースをかけて食べるという料理である。
鶏肉自体はあっさりしているがかかっているソースが甘酸っぱくて野菜の歯ごたえとともに楽しめる。
ちなみにこの料理も『冷製』である。
「こうしてみると冷たい料理ばかりね」
エリスの素朴な疑問にはフラウがいつものように解説してくれた。
「マルスフィールド周辺のダンジョンには『氷の魔物』が多く出現します。それら魔物からは『冷却の石』を豊富に入手することができるのですよ」
マルスフィールド商人ギルドは『冷却の石』を上手に使い『冷製の食事』をマルスフィールドの名物にしあげたということである。
「ワーランにも何か名物が欲しいね」
これはクレアの感想。
五人はワーランの名物について何かないか思い出そうとしたが特に思いつかない。
「マルスフィールドを見習わなきゃね」
エリスのため息に皆が同意するも、実はエリスをはじめとする全員がわかっていなかった。
すでに自らと自らの施設が『ワーランの名物』になっているということを。
◇
おなかを軽く満たしたところで次に一行は武器・防具店を訪れた。
「ほう」
店内でまずレーヴェが手に取ったのは『淡青色の鞘』に収められた『細身のサーベル』である。
これはいわゆるレアカラーという代物である。
レーヴェは剣につられるようにすっと刀身を抜いてみた。
柄は落ち着いた金色であり、刀身は銀色の中にほんのりと青みを帯びて鈍く輝いている。
「うむ。これはいい」
サーベルを右手で操りながら、そのバランスに彼女は頷いた。
「そんな美しい剣を帯刀したら、ファンクラブの会員さんたちが一層喜んじゃうね」
そんなエリスの軽口にレーヴェは照れたような笑みを返す。
「ファンクラブはどうでもいいが……。なあお嬢、後で『複写』を頼めるか?」
レーヴェのお願いにエリスは当然とばかりに笑顔で頷いた。
サーベルのお値段は200万リル也。
さすがレアモノ。魔能力なしでもそれなりのお値段ということである。
さてこちらは防具コーナー。
フラウはうっすらと桃色に輝く女性用ハーフプレートアーマーの前で、自身の薄紅のミノタウロスモールを取り出し、両方の色を見比べるようにしながら悩んでいる。
ハーフプレートアーマーの桃色は塗装ではなく型どられた金属自体が発色しており当然これもレアカラー。
なのでこの鎧は角度や光の加減で様々な風合いを見せる。
色自体はミノタウロスモールが持つ薄紅よりも若干明るい印象であり、この鎧を着てモールを掲げればそれは映えるであろう。
「ねえエリス。これってどう思います?」
これはある意味女性特有の儀礼的な問いかけである。
いくらアラサーヒキニートであっても、ここで否定的な表現は絶対にアウトだという常識くらいは持ち合わせている。
「似合うから買っちゃえ!」
エリスに背中を押されフラウは、嬉しそうに店員さんを呼んだ。
ちなみにお値段は300万リル。
これも結構なお値段である。
特にエリス、キャティ、クレア用に目ぼしいものはなかったので、武器・防具店での買い物はこれで終了。
次は街路に並ぶ露店を皆で冷やかしていく。
この露店でもごく少数だが淡い光を発光しているアイテムをいくつか見つけることができた。
今回エリスが見つけたのは古ぼけたサンダルとちいさなブローチ。
各々2000リルと1500リルという武器防具店での平均価格よりもはるかに安い価格である。
『大地のサンダル』
ダメージ軽減2
相手の攻撃により転倒しなくなる。
必要精神力0 自律型
『吸魔のブローチ』
魔法ダメージ軽減5
必要精神力0 自律型
「すごいねエリス!」
まずは『吸魔』の能力にクレアが驚いた。
「『抵抗の鎧』と『吸魔のブローチ』を装備すればで魔法ダメージ低減15だよ。これならほとんどの中級魔法ではダメージを受けることがなくなるよ!」
一方でフラウも『大地』の効果に感心している。
「相手の攻撃を受けてもバランスを崩さないというのは、地味にありがたいですわ」
確かにフラウのような戦闘スタイルだと相手の一撃を受け止めてからの反撃もままある状況であるから、常に反撃できるというのは非常に使える能力である。
他方その他のメンバーにとっては「相手からの攻撃を食らうこと」自体がそもそもやばい状況なので『大地』の恩恵を受ける羽目にはなりたくないというのが本音ではある。
とはいえ『大地』は履物全般に複写できるので、お守り代わりにと全員の履物に複写しておくことにした。
さて『吸魔』のでるが、これはどうやら『宝石』にしか複写できないようである。
なのでエリスたちはそのまま高級宝飾店に出向くと、奮発して各々用に宝石がはめ込まれたブローチを購入することにした。
宝石店ではそれぞれが好みのブローチを選んでいく。
その結果次の宝石をそれぞれが身に着けることになった。
エリスは金色の『虎目石』
レーヴェは碧色の『藍晶石』
フラウは紅色の『鉄礬柘榴石』
クレアは闇色の『黒曜石』
キャティは白色の『月長石』
お値段は全部で250万リル。
宝石の輝きにご機嫌となった五人が次に訪れたのは高級衣裳店である。
昨日観劇用に身に着けたイブニングやフォーマルワンピース以外にも、お揃いのドレスが欲しいねというのが皆の希望である。
「これが素敵ね」
美しく飾られた衣装の中でフラウが目を付けたのは帯状の布で上半身を巻くタイプの高級プレタポルテロングドレスである。
絹で織られた二本の帯を背中でクロスさせ、肩から胸元にかけてプリーツを広げ胸を覆うようにして再度クロスし、そのまま腰の位置で背中に結ぶというデザインである。
スカートは流れるようなロングですとんと足元まで落ちるベーシックなもの。
「先程購入したブローチが似合いそうですわ」
ちょうどクロスさせた胸元の位置に良い感じでブローチが映えるであろう。
すると店主と思われる女性がアドバイスをくれた。
「そちらのドレスははサイズ、色ともに取り揃えておりますから、皆さまのご希望のお色とサイズをご用意してまいりましょうか?例えば宝石の色と反対となります『補色系統』ですとか」
エリスたちは店主のおすすめ通り、先ほど購入したそれぞれの宝石の補色に近いドレスをまずは試してみることにした。
エリスが持つ『ゴールドの宝石』には『ブルーパープルのドレス』
レーヴェが持つの『ブルーグリーンの宝石』には『ライトオレンジのドレス』
フラウが持つ『クリムゾンレッドの宝石』には『エメラルドグリーンのドレス』
クレアが持つ『シャイニングブラックの宝石』には『アイボリーホワイトのドレス』
キャティが持つ『パールホワイト』の宝石には『ダークグレーのドレス』
それぞれが試着し胸元にブローチを飾ってみる。
これには補色のアドバイスを行った店主が一番驚いた。
見ればそれぞれのブローチはそれぞれの髪の色と同じである。
髪とブローチがそれに対するドレスとのコントラストに浮かび上がり美しさを際立たせる。
さらにはすべてのドレスは同じデザインのはずなのに、金色と黒の娘は愛らしく、碧の娘は難しい色をシックに着こなし、紅の娘はドレスを通してその魅力的な肢体を上品に伝え、白の娘は獣族特有の妖艶さを醸し出している。
店主はその美しさにつられるかのように懇願してしまった。
「お客様、お安く致しますからどうかお求め下さいまし」
定価一着20万リルを10万リルまで値引きしてくれたので合計のお値段は50万リルである。
他の四人が試着室で着替えをしている間に、エリスは店主の耳元でアラサーヒキニートの笑みで囁いた。
「今の試着で五人のサイズは分かりましたよね?」
エリスの小声に店主も訳ありかと小さくうなずいた。
「それではあれも人数分お願いします。皆に内緒で」
エリスが指さした方向を見てニヤリと笑う店主。
「お嬢様のご趣味ですか?」
「やーね。舞台衣装よ」
こちらは総額25万リルのお買い物となる。
時間が押してきたので、遅めの昼食をランチスタンドで簡単に済ませたら次はフラウご希望の食料品店巡りを始める。
最初の店で朝食にエリスが注文した『つぶつぶ』の正体である『スターチボール』が乾燥された状態で売っていたので、早速これをフラウが購入する。
次に声を上げたのはクレア。
「ねえエリスこれ!」
エリスが目を向けると、なんとそこには『アイスクリーマー』が陳列されている。
それは『冷却の石』付きで80万リルと結構なお値段である。
クレアはエリスを愛スクリーマーを交互に見つめている。
両方とも穴が空くほど見つめている。
またかよ。
そんなクレアの表情にエリス-エージはため息をついた。
「クレア。私に言いたいことがあるのでしょ」
「エリス。これってどうかな?」
ほらきた。
「必要だと思うわ。買っちゃえ」
エリスからの肯定のご意見を賜ったクレアは早速店員さんのところに走っていく。
◇
結局今日1日で五人は1千万リル近くの買い物を楽しんでしまった。
「お嬢。財布は大丈夫か?」
財産が減っていくのにトラウマでもあるのか、レーヴェが心配そうな表情を見せる。
も、キャティが気安く声をかけた。
「ワイトの迷宮を十周すれば簡単に回収できるにゃ」
それもそうだなとレーヴェを始めとする全員で笑い合いながら、一行は次にクレアご希望の地である『大時計』へと向かったのである。
近くまで来ると巨大な塔に据え付けられた機械仕掛けの大きな時計が頭上に見える。
クレアは時計の真下まで走って行ってしまうと、あれやこれやと覗きこんでいる。
どうやらこの大陸にも時間の概念はあるらしい。
感覚的にはエリスーエージの世界での『一時間』がこちらでいう『一刻』にあたるのであろう。
ただこちらの世界にはそれ以下の単位がない。
せいぜいあっても『半刻』だが、それは目安でしかない。
ようするにこの世界での日常は一時間、最低でも三十分刻みの生活なのだ。
大時計には針が1本だけ。
この針が一日一周するそうだ。
太陽が南天のときに時計の針は『天』を指す。
深夜に至ると針は『大地』を指す。
こんな時間の流れのほうが好きだなとエリス-エージは不意に想う。
さあ、これからも楽しむぞ。
「それでは帰りましょう」
時計を見ながらそろそろマリアとの待ち合わせだろうと気づいたエリスにキャティがあれ?という表情を見せた。
「獣人の街は?」
「ごめんね時間切れ」
「にゃうう……」
ということでキャティ希望の獣人街はまた別の機会に訪れることにする。
一旦宿に戻った五人はそれぞれがシャワーを浴びた後、街で買ったばかりのお揃いのドレスに着替えてからマリアのお迎えを待った。
しばらくすると昨晩と同様にノックの音が響く。
多分お迎えのニコルであろう。
「どうぞ」
「皆さまよろしいでしょ……」
扉を開けたニコルは一礼した頭を上げたところで言葉につまってしまう。
彼は目の前に咲き乱れる五人の姿に思わず息を呑んでしまったのだ。
冷静さを取り戻したニコルの案内で宿のロビーに出たところで、今度はエリスたちが息を飲んだ。
なぜならそこには『筋肉兄弟』の面々がいつものふんどし一丁ではなく漆黒のタキシードに身を包み整然と並んでいたから。
その姿は儀仗隊をも連想させる上品な質実剛健さそのものである。
普段からのイメージとあまりにかけ離れた漢ども五人の姿に口をパクパクさせているエリスたちに、漢どもを代表して一郎多門がなんだこいつらという目線を送りながら彼女たちに答えた。
「我らもドレスコードくらいの常識は持ち合わせているのである」
五郎明宏も豪快に笑う。
「いつもは機能美重視ではあるがな。さすがにふんどし一丁ではその機能美を解せぬ店には入店ができないのである。我々も各地での食を楽しむためには、それなりの服装で出向くのであるのだ」
『ふんどしは機能美』と言い切ったよ。このおっさんどもは。
などとエリスたちがあきれている横では、マリアが『筋肉』と『宝石箱』のメンバーを交互に見比べている。
「ふふふふふ」
マリアは何やら思いついたようだ。
彼女はエリスと一郎多門を手招きすると、二人が寄せる耳にそっと囁いた。
「1人5万リルでどう?」
臨時収入を目の前にぶら下げられたガチホモたちとガチレズたちはビジネスライクに頷いたのである。
◇
一行が到着したのは昨日訪れたレストランとマルスフィールドでは双璧をなす『超』がつく高級レストラン。
ギャルソンの案内に、まずはニコルが主であるマリアを席にエスコートしていく。
その姿はごく一般的にこの店でも見られる様子である。
が、一行はここからが違った。
一郎多聞がエリスを片腕に軽々と抱き抱えながらマリアたちに続く。
二郎兵衛がレーヴェと並んで颯爽とその後ろに続く。
三郎太夫がクレアと手をつなぎながら続いていく。
四郎時貞がキャティの手を取ってさらに続く。
五郎明宏がフラウと優雅に腕を組み合いながらしんがりを務める。
可憐な乙女たちをエスコートする精悍な漢たちの優雅な振る舞いに店内は静まりかえってしまう。
誰もが彼ら彼女らの美しい佇まいに見とれてしまっている。
不意に誰かが呟いた。
『ワーランの宝石箱』……。
こうして彼ら彼女らは店内を制圧したのである。
当然のことながら他の客や店員たちの誰もが『ガチホモ』と『ガチレズ』によってこの場を制圧されたとは気づかない。
彼ら彼女らを従えたマリアに対し改めて皆からの注目が集まっていく。
するとマリアはそれらの視線を楽しむかのようにエリスたちに高らかに笑いかけた。
「おほほほほ。さあ皆さま、いただきましょうか」
「イエス。マダム!」
マリアの号令に十人は声を揃える。
マリア一人に全員が従う光景を目の当たりにし唖然とする他のお客様たち。
当然ことながら周囲では「あの女性は何者?」といった疑問があちこちで小さく湧き上がる。
「確かワーラン商人ギルドの……」
「確か商談に訪れていたはずだが……」
「そういえば住宅用のトイレとシャワーと言っていたか?」
こうした呟きを耳にしながら、マルスフィールド最高級店での衆目を一身に集めご満悦なマリアさまである。
これでマルスフィールドのお金持ちに向けた『クレア-フリント』ブランド紹介の掴みはばっちり。
さすが商人。ここぞというときのお金の使い方をわかっていらっしゃる。
◇
さて、場面替わってこちらは獣人街の路地での出来事。
「そんな手間をかけんでも、力ずくで奪ってしまえばいいではないか」
「今はまだ表ざたにしたくないの。合法的に手に入るのならその方がいいのよ」
さあ、悪人の登場だ。