マルスフィールド到着
無事城塞都市マルスフィールドの城門に到着したキャラバンは、人々が長い列をなしている門ではなく、そこから少し離れた場所に設置された、明らかに見た目が豪奢な別の門へと向かった。
二か所の門の様子を魔導馬上から不思議そうに見つめているエリスにフラウがそっと馬を寄せていく。
「エリスはマルスフィールドを訪れるのは初めてですか?」
「うん」
そう返したエリスにフラウは丁寧に説明をしてくれる。
「『城塞都市マルスフィールド』は、その名の通り『王都スカイキャッスル』を守護する砦の役割を担っているのです」
王都スカイキャッスルは城塞都市マルスフィールドの北に位置しており、スカイキャッスルに向かう街道はマルスフィールドからの一本しかないという。
「なのでマルスフィールドでは他都市には見られない城壁と城門が整備されているのです」
ああそうか。
エリス-エージは理解した。
マルスフィールドの役割はフラウが説明してくれた通りなのだろう。
となると城門の役割もなんとなく理解できる。
長い列ができている向こうの門は多分一般人用なのだろう。
となれば五郎明宏が先導してキャラバンが向かっているこちらがわの門は『一般人ではない』つまりはそれなりの特権を持っている者たち専用の城門なのであろうと。
エリスの予想は的中した。
マリアがエスコートしていた高貴な女性は『ミレイ・マルスフィールド夫人』
つまりマルスフィールド領主の正妻であったのだ。
「ごめんなさいね。お忍びのつもりでワーランにお邪魔したのに、全くお忍びになっていなくて」
マリアから改めてエリスたちに紹介されたミレイは、誰の目から見てももわかる『高飛車な笑顔』でエリスたちに微笑んだ。
あれは『下賤の者』に向ける『尊大な』笑顔である。
そんなミレイの表情にエリスたちはいらっとしてしまう。
要するにミレイはお忍びで『百合の庭園』に遊びに来ていたのだ。
ワーラン評議会議長であるマリアに案内をさせて。
「なんだこの余裕をぶっこいたえらそうな年増は……」
これがエリスたち五人の正直な感想である。
ところがミレイは次にその表情を『女性』に変化させた。
「そしてレーヴェさま。マリアのおっしゃるとおりでしたわ。ぜひマルスフィールドでもディナーショーの開催をお願い申し上げます」
どうやらミレイも『レーヴェの毒』にやられたらしい。
そんな彼女の様子を冷静に分析したレーヴェ以外の四人は、この年増に正面から文句を言わずにせいぜい利用させてもらおうとほくそ笑んだのある。
なのでエリスたちは切り替えた。
「ところで、よろしければ捕らえたこの犬獣人を拷問しましょうか?」
エリスの提案にミレイは以前のマリア同様「少女の拷問って興味があるわね」と少し心が動いたが、ここは立場上我慢した。
「獣人の自白など証拠にもなりませんから結構ですよ。それに『犯人』はわかっておりますから」
ミレイの返事に横に立つマリアもあきれた表情となっている。
「犯人とは?」
レーヴェが質問したからであろう。ミレイは通常ならば答える必要もない問いになぜか即答した。
「側室のアンナですわレーヴェさま」
ミレイはレーヴェに命を狙われているなどと余計な心配をかけたくなかったのであろう。
なのでこんな余計な言葉も吐いてくれた。
「まあ、私もアンナのところに刺客を送っていますから、どっこいどっこいですけどね」
そういうことか。
つまりマルスフィールド領主の正室ミレイと側室アンナが互いに命を狙い合っているということなのだろう。
しかしながらミレイの表情に恐怖も焦りも見られない。
もしかしたらこいつら……。
エリスは己の考えを可能性の一つに加えると、改めてミレイに繰り返した。
「このアヌビスはどうします?」
「殺してくださいな」
即答かよミレイ様。
ところがそこにキャティが割って入った。
「殺さないで済むなら殺さないで済ませてほしいにゃ!」
キャティはアヌビスをかばうように続けた。
「こいつらは多分獣人街の連中だにゃ。おそらくは金で雇われた悲しい奴らだにゃ!」
ふーん。
「でも四体は殺しちゃったわよ」
エリスの確認にキャティは首を左右に振る。
「それは仕方ないにゃ。正当防衛だにゃ。でも抵抗できない獣人まで殺すのは勘弁して欲しいにゃ」
「ここで私たちがこの獣人を解放しても結局は雇用主から処分されるだけではないのか?」
レーヴェの冷静な分析にキャティは呻きを上げてしまう。
「ふぎゃ……」
どうしたものかしら。
「ミレイさま。ミレイさまはこの獣人の処刑を望みますか?」
エリスの確認にミレイは尊大な微笑みで答えた。
「とるに足らない命を求めるつもりはございませんよ」
「ならば生かしても?」
「なぜ私がこのような者の生を気にせねばならないのですか?」
要するに獣人一匹の命などどうでもいいってことかこの糞女は。
エリス-エージはなるべく冷静さを保つように一旦小さく呼吸をしてからミレイに微笑んだ。
「ならば私たちの流儀で獣人を派手に懲らしめてあげましょう」
エリスの提案に他の四人もピンとくる。
あれもこの町まで響き渡っているのであれば、彼女たちによる「処罰」として少なくとも認知はされるであろう。
「筋肉さんたち。獣人の身ぐるみ剥ぐのを手伝ってくださいな」
城門を守る兵士たちのある者はぽかんと口を開け、ワーランの噂を耳にしていた者はその様子に大笑いしている。
なぜならば『ミレイ・マルスフィールド夫人』ご一行の馬車の一台に、真っ赤に染まったアヌビスが全裸でぶら下がっていたから。
よく見るとアヌビスのちんちんは五色のリボンで飾られている。
このままエリスたちはマルスフィールドの城門をくぐったのである。
「それでは賊をお届けしてまいります」
ミレイではなくマリアに向かって頭を下げるエリスたちに、彼女たちの考えを悟っていたマリアは微笑んだ。
「この後の予定は五郎明宏に伝えてありますから彼の指示に従って下さいね。それではまた後ほど」
そうエリスたちに伝えると、マリアは怪訝そうな表情をしているミレイを馬車に連れ戻し、さっさとキャラバンを出発させてしまった。
キャラバンを見送ったエリスは五郎明宏が御者を務める彼女たちの馬車とともにマルスフィールドの『冒険者ギルド』と『盗賊ギルド』を訪問すべく街をゆっくりと進み始めた。
エリスたちはあえて馬車に乗らず、魔導馬に跨り馬車の周りを並走する。
それは町の人々にあえて五色を見せつけるため。
エリスは金のストレートボブ。
レーヴェは碧のシャギーショート。
フラウは紅のウェーブロング。
クレアは黒のロングストレート。
キャティは白のキャットコットン。
彼女たちの髪がそれぞれに風とはためく。
同時に馬車に掲げられたフラッグの中で意匠化された『五色の妖精』も軽やかにはためく。
街の人々から声が伝わってくる。
「おいあれって?」
「もしかしたら噂の?」
「ワーランのやつか?」
エリスたちはミレイから『百合の庭園』と『ワーレンの宝石箱』はマルスフィールドでも評判になっていると聞いていた。
だからあえて街の人々に見せつけたのである。
彼女たちの存在を。
彼女たちが冒険者ギルドと盗賊ギルドに到着する前に各ギルドに事前に伝わるように。
まずは冒険者ギルドに訪れる。
エリスたちは受付に向かうと、ワーラン冒険者ギルドで振り出してきた『3千万リルギルド為替』の引取とマルスフィールド冒険者ギルドでの口座開設を依頼した。
すると受付嬢が手続きを行っている最中に期待通りの人物がギルドの奥から姿を現した。
「お嬢ちゃんたちがテセウスのところの宝石ちゃんたちか」
「宝石だなんてそんな。もしやギルドマスター様でいらっしゃいますか?」
「ああそうだ。『ワーランの宝石箱』たちよ。マルスフィールドはお前らを歓迎するぞ」
その足で外に出た冒険者ギルドマスターは、報告通りの様子を目の当たりにして笑い転げた。
「これが『百合の庭園』名物『緋色の洗濯物』か!」
「よろしければ冒険者ギルドの軒先に干していただけますか?」
エリスからの当然だといったばかりのお願いにギルドマスターも笑いこけながらうなずいた。
「ギルドの取り分は確か50%だったな。それれ身元引受人がこいつを引き取りに来たら麻のシャツをくれてやればいいのだろう?」
「それで終わりですよ」
「わかっているさ。こいつへの処分はこれで終わりだ」
さすがによく調べてある。
が、それもエリスたちには想定済みのこと。
「その通りです。よろしくお願いしますわ」
エリスたちがアヌビスを『緋色の洗濯物』に捕らえたのは、彼に対する遺恨を絶つためであった。
狙われた当事者であるミレイは既に彼の命には興味がない。
多分狙った方のアンナにも既に獣人に対する興味は失われているであろう。
なのであるとすれば獣人内での問題だけ。
最も恐れられるのはこの獣人が『ミレイ暗殺』に関与したことが世間にばれること。
そうなってしまえば彼は何らかの罰を受けることになる。
多分それは死を持って償わされるであろう。
だからエリスたちは獣人のアリバイを作り、処罰も与えてしまった。
あの獣人はワーランの宝石箱にちょっかいを出してスカーレットランドリーズに吊るされたと。
これだけで十分だとは思えない。
だが少なくともキャティの望みである『無駄に殺すにゃ』だけは守ってやれると思う。
エリスたちは馬車からおろしたアヌビスたちの身ぐるみを受付に置いた。
受付嬢も『スカーレットランドリーズ』のことはよく知っているららしく「引き取り額の50%は新たに開設されたエリスさまの口座に一括で振り込んでおきますね」と笑顔で答えてくれる。
次にエリスたちが訪れたのは盗賊ギルドである。
まずはワーラン盗賊ギルドのメンバーであるキャティが受付に向かいマルスフィールド盗賊ギルドでの面通しを申し出た。
「あ、見られてるな」
エリスとレーヴェは視線に気付いたが何もしない。
ただ視線の方向に顔を傾け、その向きに飾られた誰かの肖像画に向かって、お揃いで一回だけウインクを投げかけた。
エリスたちが盗賊ギルドでのあいさつを済ませて出て行ったあと、マルスフィールドの盗賊ギルドマスターはつぶやいた。
「あれがバルティスのところの秘蔵っ子たちか。なかなか侮れんの」
彼はギルド受付に掲げられている肖像画の背後から壁伝いに楽しそうに笑ったのである。
◇
街での用事を済ませたエリスたちは五郎明宏の案内でマリアが予約した宿に向かった。
そこは『超』がつく高級な宿である。
ワーランの街では考えられない豪華なつくりの宿に感嘆しているエリスたちをしり目に五郎は淡々と彼女たちに一礼をする。
「それでは我は一旦ここで」
入れ替わるように宿の玄関ではニコルが待っている。
「早速ですが本日はディナーとオペラの観劇が予定されております。皆さまにはイブニングドレスのご着用をお願い致します」
ニコルに部屋を案内された五人はこれまた驚いた。
「なにこの広さって!」
エリスの驚きにもニコルは平然としたもの。
「皆様五人でのご宿泊を希望とのことでしたので『パーティールーム』をご用意いたしました」
エリスたちの部屋はちょっとした広間といってもおかしくない広大なリビングに寝室が別途用意されているという贅沢な部屋である。
「それではお急ぎください」
ニコルが部屋を出ていくのと同時にエリスたちは慌ててパーティの支度を始める。
「やっぱりこんなものか」
室内を探索し終えたレーヴェが残念そうな表情となっている。
「仕方がありませんわね」
フラウも肩を落とす。
この部屋がいくら豪華だとは言っても、当然のことながら部屋には『風呂』も『トイレ』もないのだ。
「それならシャワーを浴びに一旦馬車に戻る?」
エリスの提案にクレアが嬉しそうに鼻を鳴らす。
「『こんなこともあろうかと』と思ってさ」
自慢げにクレアは背負っていた愛用の『飽食のリュックサック』をおろした。
続けて立て続けにリュックサックから五台の個室を広々とした室内に並べていく。
それは五台の高級シャワー室である。
「トイレもあるから心配しないでね」
五人はクレアに感謝しながらそれぞれにシャワーを浴び、お気に入りのアロマを纏い、ドレスを身に着けていく。
今回用意したドレスは先日のレーヴェディナーショーで身につけたものである。
前回は男装だったレーヴェは、銀糸を織り込んだイブニングドレスを身に纏った。
ちなみにこれは珍しく女性用に仕立てられたファンクラブからのプレゼントである。
しばらくするとノックの音が響く。
「どうぞ」
「お迎えに参りました……」
ニコルは息を飲んだ。
彼は目の前にそろう五人の少女の姿に、彼女たちの馬車が掲げる五色の妖精の姿を重ねたのである。
◇
一方のエリスたちも案内されたディナーの席で心底驚いた。
なんとディナーのお相手はこの町の最高権力者である『マルスフィールド公』ご本人である。
そこに正妻ミレイと側室アンナが帯同している。
マルスフィールド公は恰幅のよい身体に白髪混じりの髪と真っ白になってしまったひげを蓄える壮年から老年といった年代のおっさんである。
しかしさすがといったところか。その眼光は鋭い。
マリアはマルスフィールド公に向けてエリスたち五人を『友人』だと紹介する。
するとマルスフィールド公が不意に口を開いた。
「クレアというのはどちらに?」
突然マルスフィールド公に名前を呼ばれたクレアはビビった。
おずおずとクレアは公に向けて手を挙げる。
するとマルスフィールド公はクレアの顔に満足そうに目を細めるとうんうんと頷いた。
「ぜひともマルスフィールドの街を楽しんでいってくれ」
その後はあたり差しさわりのない会話とともにつつがなくディナーは終了した。
ディナーを終えたマリアを含めた六人は次に観劇場に向けてニコルが操る馬車で移動していく。
「到着です」
ニコルは馬車を観劇場のベルボーイに預けると六人を手慣れた様子で案内していく。
「ふえー」
観劇場の豪華なつくりにクレアは思わずため息をついている。
エリスたち他四名も物珍し気に館内を見回している。
するとキャティが何かに反応した。
「にゃ?」
「どしたのキャティ?」
五人もキャティの方向に向く。
キャティが指さした先には金のロープで囲まれた台上に、これも金色に輝く美しい篭手がトロフィーのように飾られている。
それはキャティが操るガントレットクロウよりも繊細で流れるように美しいフォルムの爪装備である
「ふにゃあ」
キャティが取りつかれたようにそれに見とれている。
エリスが見ても爪からは魔道具が発する光は映らない。
しかし別の感覚をエリスは爪から覚えた。
キャティの様子を見たニコルが説明してくれる。
「これは二日後に開催される『芸術コンクール』の『優勝トロフィー』ですよ」
「芸術コンクール?」
「持ち時間以内でどれほどの芸術表現ができるかを競うコンクールですよ。様々な分野から芸術家が参加するそうです」
ふーん。
「さあさあ、時間がございませんよ」
キャティは後ろ髪を引かれるように、エリスは何かを考えるような様子のまま、ニコルに促されて彼女たちは会場へと入っていったのである。
上演されたオペラは、マリアとレーヴェ以外の四人にとっては、あまり面白いものではなかった。
楽団は豪華だし歌も上手だと思うけれど楽しさがない。
ただ美しいだけで『喜怒哀楽』があまり感じられない。
これならば百合の庭園大浴場での『のど自慢』の方が楽しいなあとレーヴェとエリス以外の三人は思った。
オペラを熱心に見つめているレーヴェの横で、エリス-エージは別のことを画策している。
まずはステージの作りを覚えこむ。
舞台の広さ。緞帳の配置。照明の位置と輝度。
これだ。
アラサーヒキニートはほくそ笑んだ。
オペラ観劇も無事終了となり会場から出ようと六人は人の流れに乗っていく。
が、キャティは足を止めてしまう。
ロビーに飾られている爪にキャティはまたまたご執心である。
エリスはキャティに尋ねた。
「それ、欲しいの?」
「ふにゃん」
「ならば私たちも明後日の芸術コンクールに参戦するわよ!」
「な!」
「何ですって!」
「何だってー!」
いきなりの提案にレーヴェ、フラウ、クレアがそれぞれに驚きの声を上げる。
が、そんな様子を無視するかのようにエリスはニコルに『コンクール参加登録』の手続きを依頼した。
「登録名は『ワーランの宝石箱』でお願いね」
宿に戻り寝間着に着替えたところでエリスは皆に問いかけた。
「みんな気づいたでしょ?」
四人は同時に頷いた。
「あれは『勇者』か『魔王』に関わるものよ」
エリスがコンクール参加宣言を行った後、四人は爪をもっとよく『感じる』ようにエリスに指示をされていたのである。
こうして四人も感じた。
『魔王の魔符』と同じ圧力があの爪から伝わってきたのだ。
「せっかくだからいただいてしまおう」
レーヴェが微笑む。
「作戦はもうお決めですよね」
フラウがエリスに笑いかける。
「何をするのかな」
クレアは不安顔。
「あれを装備したいにゃ」
爪が欲しくてたまらないキャティ。
「演目ははこれよ」
エリスの説明に四人は途端に青ざめていく。
「文句は言わせないわ。今晩から練習よ」