ガチさんガチさんこんにちは
キャラバンは城塞都市マルスフィールドに向かって順調に進んでいる。
隊列の先頭はエリス達の馬車。
次に展示用高級馬車が続き、マリアたちが乗り込んでいる豪奢な馬車が続いていく。
さらにトイレとシャワーを積んだ荷車が後を追い、しんがりは飼葉の馬車が務めている。
エリスたちは魔導馬を操り、マリアたちが乗る馬車の両脇を並走している。
要するに、この隊列はマリアたちの護衛を念頭に置いたものなのである。
ちなみにマリアたちの馬車にはマリアと謎の貴婦人の二人に加え、商人ギルドのニコルが乗っている。
ニコルは二人のお世話係として帯同しているそうだ。
ちなみに他の馬車は御者以外は無人なので、キャラバンの総人数は『ワーランの宝石箱の五人と、同じく筋肉兄弟の五人を加えた総勢十三人となっている。
旅が進んでいくうちに、冒険者ギルドでのオヤジころがしに長けているフラウが、まずマッスルブラザーズに馴染んでいった。
普段はフラウも魔導馬で移動しているが、食事を準備するために定期的に彼女たちの馬車に戻っている。
あるときフラウが先頭の馬車で『出汁』をとっていると、御者の五郎明宏が出汁の成分を言い当てた。
「ほう、『エビの頭』でござるか。良い香りでござるな」
エビガラが発する微かな香りを見事に言い当てた五郎明宏にフラウは料理人として興味をもった。
「お詳しいのね」
御者席に顔を出したフラウに、五郎は前を見据えながらも漢臭い笑顔となる。
「この稼業、各地の名物を食すのが唯一の楽しみでござるからな」
今日の昼食はエビの出汁で炊いたリゾットである。
休憩に入ったキャラバンで五人は彼女たちの馬車に戻ると、エリスとクレアが馬車に据え付けてある天幕を伸ばしていく間にレーヴェとキャティがテーブルセットを用意していく。
「お待たせ」
フラウが鍋とお皿を運んできたところで楽しい昼食の開始である。
ちなみにマリアたちは馬車から姿を現さない。
多分念のための用心ということなのであろう。
彼女たちの馬車からもよい香りが漂ってくるので、食事の心配をする必要はなさそうだ。
一方でマッスルブラザーズたちは車座に座り、中心に置かれた何かを手掴みで食べている。
「あれって何かしら?」
おっさんどもには免疫十分なフラウは興味本位で彼らの食事風景を覗いてみた。
彼らが食べていたのは、大きなライスボールと、なにかしなびた野菜のようなもの。
ライスボールはどうやら米だけらしく真っ白である。
一方の干野菜のようなものは地味ながらも彩りが美しく、それらは漢たちの口の中でコリコリと小気味良い音を立てている。
野菜に興味をもったフラウは馴染みとなった五郎明宏に後ろから尋ねてみた。
「そのしなびたものは何ですか?」
突然背後から話しかけられたにもかかわらず五郎は動じる様子を見せない。
多分とっくにフラウの気配を察知していたのであろう。
「これは漬物でござる」
これはフラウも初めて聞く名称である。
「つけもの?」
「東方で主に仕込まれる、保存野菜でござる」
保存野菜なのね。
フラウはますます漬物とやらに興味を持った。
するとそんな彼女の様子を察知したのか、五郎明宏が漬物を一切れ、爪楊枝に刺してフラウに差し出してくれた。
「一切れ食べてみるか?」
「いただくわ」
漬物を躊躇なく口にしたフラウは驚いた。
それはしょっぱくてカリカリして酸っぱくて甘いといった複雑な味を口内で広げていく。
これは米料理には絶対合うわね!
「ありがとう、五郎さん」
「礼など無用」
フラウは五郎にぺこりと頭を下げると、満足そうな表情でエリス達のところに戻ったのである。
日がそろそろ西に姿を消そうとする頃にはフラウは夕食の仕込みを始めている。
「今度は『サフラン』でござるか」
またも五郎が見事に香りの元を言い当てた。
その日のエリス達の夕食は牛肉と野菜を煮込んでサフランで香りづけしたシチューである。
少女たち五人はシチューとパンを楽しみながら談笑しているのだが、フラウは今回も漢どもの食事に興味を持った。
フラウは昼と同じように車座となって何やら手掴みで食べているマッスルブラザーズが気になって、つい覗きに行ってしまう。
すると漢たちは昼と同じライスボールと漬物を食べていた。
あれだけ食材をピタリと当てるほどのグルメなのに何故だろうとフラウは疑問に思う。
「五郎さんたちはお昼と同じメニューなのね」
突然のフラウからの質問に五郎明宏が屈託のない笑顔で答えた。
「我等は御者でござるからの。移動中の飯に手間はかけられぬ。握り飯と漬物は日持ちがするから携帯食に便利でござる」
「もしかして、マルスフィールドに着くまでその食事なのかしら?」
「当然」
フラウは考えた。
彼女からは既に筋肉兄弟に対する嫌悪は消えており、それよりも五郎が語る食事の知識の方が気になっている始末である。
それにあの漬物の味。
彼女は思いついた。
「五郎さん、ライスボールを10個と漬物を分けていただけないかしら。その代わり明日は温かい朝食と昼食をこちらで用意しますよ」
「む。良いのか?」
「ライスボールは昼食に使わせていただきますけど」
さて翌朝のこと。
フラウは筋肉兄弟にガーリックをたっぷりと効かせた『ひき肉と野菜と豆の煮込み』を予備の食器とともに鍋ごと届けた。
「昨日いただいたライスボールと漬物のお礼です。お鍋とお皿はそのまま返していただければ結構ですよ」
突然のフラウからの申し出に筋肉ダルマ共は動揺を隠せない。
「む」
「むむ」
「むむむ」
「むむむむ」
ところが事情を知っていた五郎だけはフラウからそれらを漢臭い笑顔で受け取った。
「かたじけない」
久しぶりの温かい飯を堪能する漢五人。
一方でエリスたち四人は、なにしてるんだろとフラウの行動を訝しんでいる
つぎは昼食である。
フラウは五郎から譲ってもらった漬物を細かく刻み、事前に水洗いしてほぐしたライスボールと炒めあわせた。
別の鍋には鶏の骨で出汁をとった透き通ったスープを既に用意してある。
用意ができたところでフラウは筋肉兄弟に声をかけた。
「皆さんこちらにいらしてくださいな」
フラウの突然の呼びかけにビビるエリスたち四人。
「フラウ!何考えてるんだ」
と四人を代弁するレーヴェにフラウは笑顔で反論した。
「あの方たち、悪い方ではありませんよ」
五郎明宏の先導で漢どもは申し訳なさそうにエリス達の天幕にやってくる。
「さあこちらにお座りくださいな」
フラウはエリスたちのテーブルの横に予備のテーブルを広げると、そちらに漢たちを進めてやる。
続けてフラウは『炒めたごはんとほぐした鶏肉』入りのボウル皿を皆に配っていく。
ちなみにおっさんたちのボウルにはエリス達の倍の量のごはんが盛られている。
全員に皿が行きわたったところで、鍋を手にしたフラウが皆の皿に透き通ったスープを注いで回った。
「どうぞ召し上がれ」
「む」
「むむ」
「むむむ」
「むむむむ」
余りの旨さに呻きしか出ない四人に代わり五郎が率直な感想をフラウに述べた。
「フラウ殿。さすがでござる」
ごはんを口にしたエリスたちも言葉が出ない。
香ばしく炒められたごはんの中で甘くて辛くて酸っぱい野菜がカリカリと小気味良く歯と舌を楽しませる。
さらには柔らかく茹でられたほろほろの鶏肉とスープの旨味とがごはんに加わり、ふわりと優しい味となっている。
エリス-エージは久しぶりに漬物の味を堪能した。
そうか、この世界には漬物もあるのか。
しかも前の世界では添え物としてついでに食っていた漬物よりも、こっちの方が断然美味く感じる。
「フラウ。これは美味いぞ」
「すごく美味しいよ!」
「美味しいにゃ」
他の三人からも好評である。
フラウは自慢げに大きな胸を更に突き出してみせた。
その日の夕食は、十人全員が車座となってフラウ特製の辛いスープが注がれたカップを片手に、それぞれが持ち寄ったパンやライスボールを楽しんだのである。
そのころにはおっさん恐怖症であったクレアですらこの筋肉ダルマどもを『気のいいおっさん』と認識したのである。
当然のことながらレーヴェとキャティも彼らを受け入れた。
今は夜も更け、馬車の中で皆は就寝中。
初日はおとなしくしていたエリスであるが、そうそうブヒヒヒヒを我慢できるわけがない。
エリスはすっと自分のベッドから音もなく降り立つとフラウのベッドに潜り込んだ。
「え?」
「しー」
真っ暗な中でエリスがフラウの耳元にごく小さな声で囁いた。
「フラウ、今日はありがとう」
「いえそんな……」
「だからご褒美をあげるわね」
「本当に?」
ということでフラウは二日ぶりに『豚女』を堪能したのである。
さてこちらはそれぞれのベッドで聞き耳を立てている他の三人。
彼女たちは理解している。
エリスは来ない時は誰のところにも来ないし、来るときは全員のところに来る。
三人は自分の順番をおとなしく心待ちにしたのである。
さて翌朝のこと。
五人は昨日よりも元気に目覚めた。
「む。お主らも昨晩楽しんだな」
一郎多聞の指摘を無視しながらエリスたちはおっさんたちとともに朝食を和気あいあいと済ませる。
その後彼女たちは魔導馬に跨るとこれまでと同じようにマリアの馬車と並走を開始したのである。
それは出発してからすぐのこと。
並走する馬車からニコルが顔を出しエリスに手招きをした。
「うまく行けば今日の夕刻にはマルスフィールドに到着します。但しここからが本番です。どうかご注意下さい」
そういうことね。
街に近くなればなるほど襲撃される恐れも高くなるということなのであろう。
エリスは他の四人にニコルの言葉を伝えると臨戦態勢を取っておくように指示を出した。
今日は最後の一日。
今日さえ無事ならばそのままマルスフィールドに到着できる。
突然エリスのうなじに寒いものが走った。
「フラウごめん!モールを掲げて!」
エリスの指示に当然のように従うと、フラウは魔導馬上で薄紅のミノタウロスモールを高く掲げた。
その直後に稲妻がフラウのモールに向かって落ちたのである。
稲妻はマリアたちの馬車に向かっていた。
ところがフラウがモールを高く掲げたことにより、避雷針効果により稲妻はマリアの馬車ではなくフラウに落ちたのである。
雷撃に耐えたフラウに対しすかさずエリスは全回復を唱えてからレーヴェの指示を待つ。
クレアは『用心のボイラースーツ』に『ライトニングシャワー』を纏う。
キャティは魔導馬をいつでも方向転換できるように誘導している。
「10時の方向!」
レーヴェが何者かの気配を察知し叫ぶとともにエリスたちは魔導馬を支持された方角へと向けた。
「筋肉さんたち、ここはお願いね!」
一方でマリアたちのキャラバンを襲撃すべく魔法を放った一団には動揺が走る。
「何!『サンダー』が目標を外しただと!」
魔法を放った犬の顔を持つ獣人が驚きの表情で叫んだ。
マリアたちを襲ったのは犬系獣族の一団であった。
彼らに向けてクレアが放った『ライトニングシャワー』が降り注ぐ。
全身を電撃に襲われ全身を硬直させてしまったアヌビス五人の間を、魔導馬から飛び降りたキャティが一気に駆け抜けた。
キャティの爪により一人は絶命し、他の四人も『昏倒』により体の自由を奪われてしまう。
「一人は生かしておきなさい!」
エリスは一人の顎へと下から突き上げるようにニードルダガーを突き刺しながら一人は生かせと他の少女たちに無茶ぶりをしている。
「間に合わん!」
「無理です!」
同時にレーヴェが一体の首を切り飛ばしフラウもう一体の頭を砕いてしまう。
「みんなせっかちなんだから」
クレアは唱えていた『エクスプロージョン』を中止すると『バインド』に切り替えた。
エリスたちはクレアの『バインド』で自由を奪われた生き残りを容赦なく縛り上げ猿轡をかませてしまう。
こうしてアヌビス達の襲撃は失敗に終わったのである。