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ヒキニートVS盗賊夫妻

 お隣夫婦のケビンとアリシャは、エリスに対してとても親切に接してくれた。


 夫婦はアンガスの葬儀をまとめてくれ、父を失いひとりぼっちとなってしまったエリスを毎回の食事に招いてくれた。

 アリシャはエリスを我が子のように、手をつないで街の買物や盗賊ギルドへの連絡などに連れて行ってくれた。

 常にアリシャはエリスと共に過ごしてくれた。

 不自然なほどに。


 そう、親切すぎるのだ。


 これが8歳のエリスなら、優しい二人の誘いに乗って、このまま養女になってしまっても疑わないペースである。

 ところが今のエリスは、中身はアラサーのヒキニートである。


「怪しい」


 まず、エリスーエージが感じたのはこの点だった。

 違和感がありすぎる。

 隣人とはいえ、善意でここまでする人間はいない。


 ここでアリシャとの散歩が彼の役立った。

 エリスが記憶喪失になっていると思い込んでいるアリシャは、エリスの問いに何でも答えてくれた。

 この世界での通貨単位は『リル』だという。

 市場での相場を見るに、少なくとも衣食については1リル≒1円でほぼ間違いないだろう。


 エリスーエージはこの世界の文字が読めるのも確認した。

 少なくとも店頭の文字やギルドの張り紙などは、スラスラと読めるから。


 ケビンとアリシャの会話によって、盗賊ギルドと冒険者ギルドとの関係も理解できた。

 盗賊は100%盗賊ギルドに属する。

 盗賊を稼業とする者のうち、冒険者として働くことを希望する者は、盗賊ギルドにて『盗賊冒険者』として登録する。


 盗賊冒険者は他の盗賊と異なり、定期的な賃金がギルドから支払われることはない。

 さらに冒険で得た報酬の10%をギルドに上納することも義務付けられる。

 つまり、一般の盗賊が盗賊ギルドと労働契約を結んでいるサラリーマンだとすると、盗賊冒険者は盗賊ギルドの庇護を受けるために会費を払うフランチャイズ契約のようなものである。


 なので盗賊ギルドは、配下の盗賊が盗賊冒険者となることを原則として止めない。

 なぜならば、少なくとも幹部候補生はそんな馬鹿な選択はしないので人材流出の心配はほとんどないから。


 一方で幹部候補生以外の連中が盗賊冒険者となるのはウェルカムである。

 なぜなら彼らは会費を盗賊ギルドに収めてくれる上、彼らから報告される活動は盗賊ギルドの情報網を広げることになるから。


 さて、どうしたものかしら。

 エリス-エージは考えてみる。


 ケビンとアリシャの夫妻からは、正直なところ、一定の距離をおいておきたい。

 しかしエリスは盗賊ギルドのメンバーであり、ギルドの命令には逆らえない。

 何よりエリス-エージにとって嫌な予感がするのは、ケビンが『諜報部門』のリーダーであること。


「まずはケビンとアリシャに代わる、手頃な保護者を決めなきゃならないわ」

 そうつぶやくと、エリスーエージは、まず自宅内の隅々を調査していった。

 ここでエリス-エージは自身の盗賊としての能力に改めて気づいた。


 エリスは自宅で、おそらくは父が設置したであろう隠し扉をことごとく発見し、父が残した鍵をことごとく解錠した。


 その過程で、エリス-エージは父であるアンガスの日記と、エリスの日記を見つけた。

 これを熟読することにより、エリスーエージは父とエリスの経験を自分のものにする。


 次に、淡く光るピアスを見つけた。

 それを手に取ると、エリスーエージの脳裏に自然とある能力名ネームが浮かんだ。

 同時にピアスが放っていた淡い光が消えていく。


『諜報のピアス』

 ターゲットの会話を盗み聞くことが可能。有効範囲100メテル。

 必要精神力3。

 コマンドワードは【聞き耳よ】


「ピアスかあ」

 ついエリスーエージは独り言を漏らす。

「さすがに8歳の少女にピアスはまずいよなあ」

 ちなみに1メテルはエージ世界の1メートルに近しいであろうことは前述の市場散歩で把握している。


 するとごく自然に、エリス-エージに一つのアイデアが湧き出した。


 エリス-エージはエリスが愛用していたカチューシャを左手に、諜報のピアスを右手に持ち、ごく自然に『言葉ワード』を唱えた。


「魔道具複写」


 すると、右手のピアスから発せられた淡い光がエリスの身体を通じて彼女の左手にあるカチューシャに溶け込んでいく。


『諜報のカチューシャ』

 ターゲットの会話を盗み聞くことが可能。有効範囲100メテル。

 必要精神力3。

 コマンドワードは【聞き耳よ】


 エリスは当然のようにカチューシャを髪に差し込んだ。

 続けて他の財産を、彼女の父が残したうちで最も堅牢であろう宝箱に収めてから、隣人の家に向かっていったのである。


「ケビンさん、アリシャさん、こんにちは」

 エリスの訪問に、笑顔で出てくるアリシャ。

 ケビンも奥のリビングでニコニコしながらエリスを手招きしている。


 よく喋るのは妻の方、しかし、怪しいのは夫の方。


 エリスはその日の昼食をご馳走になりながら3人で過ごした後、帰り際にケビンを『諜報』のターゲットに設定した。


 しばらくの後、自室にいるエリスにカチューシャを通じて声が響いてくる。


「うるせえな、もう少し待てよ」

 響いてくるのはケビンの声

 聞こえないが、多分反対側ではアリシャが喚いているのだろう。


「わかってるって、でもな、さすがに喪中に手を出すのは不味いだろ」


「所詮8歳のガキだ。このまま流していても俺たちになつくさ」


「もうしばらくは様子見だ。アンガスの野郎は、ああ見えて神経質だったからな。あいつの家を家捜やさがしするのは、エリスを俺の配下にしてからだ」


「大丈夫だって、まさか8歳の金髪お人形さんが凄腕の諜報員だなんて、誰も想像しねえよ」


「養女として売り飛ばす形でエリスを上流階級に潜入させりゃあ、あらゆる情報が手に入るようになるさ」


「奴を殺すのに使った一千万リルなんぞ、すぐに回収できるさ」


「奴がエリスを連れて行くのは予想外だったけどな。いいじゃねえか、エリスは生き残ったんだし」


 エリス-エージは微笑んだ。

 なぜなら、ケビンもアリシャも同情しないで済むクズだとわかることができたから。

 これならば思う存分父の敵をとることができる。

 ただ、証拠がない。

 ケビンとアリシャが父と自分を罠にかけたという証拠が。


 ならばケビン達の期待を少しずつ裏切ってやるのがあぶり出しには適当。

 そう判断したエリス-エージは、カチューシャの『諜報』を一旦切断すると、暗くなる前に出かけることにした。


 エリスが向かったのは冒険者ギルドである。

 ケビンとアリシャがああいう連中だとわかった以上、早急に手を打たねばならない。

 が、たかが8歳の小娘が単独で何をしようとも一笑に付されるだけ。

 下手をするとケビン達に行動を疑われ、『保護』の名目で盗賊ギルドを利用されて身柄を拘束されかねない。


 そこでエリスが始めたのは、適当な「保護者」探しである。

 それは自身の行為を代弁させる存在である。


 エリスは冒険者ギルドに入ると、まずは一目散に受付の女性に向かった。


「フラウさん、こんにちは」

「あ、エリス、こんにちは。元気そうでよかったわ」


 アンガスは盗賊ギルドの要請により、冒険者ギルドの手伝いをしたことも何度かあった。

 なのでエリスも冒険者ギルドには何度も訪れたことがある。

 そのたびに、受付嬢のフラウはエリスにやさしく接してくれていた。


 フラウは年の頃16歳くらいであろうか。

 理知的な表情を駆使して、荒くれ者揃いの冒険者をあしらう技術に長けている。

 フラウは紅い瞳とうっすら桃色の肌、それに燃えさかる炎のような髪という情熱的な姿である。

 が、その受け答えは正反対なもの。

「どうかいたしましたか」

 と、情熱的な姿で母のごとく優しく問いかけてくる彼女の微笑みに、荒くれどもはメロメロになり、たいていはおとなしくなる。

 さらに噂によれば、フラウは冒険者ギルドマスターの娘らしい。


 アリシャとの散歩でその辺の情報も耳にしていたエリス-エージは、自然にフラウと会話を交わし、エリスが冒険者ギルドに留まっているのがごく自然であるという雰囲気を作ったのである。


 フラウとのたわいもない会話を終えたエリスは、ギルド内を一望してみる。

 たむろしているのは大体が汚いオヤジ達である。

 中にはハンサムな若い連中もいるが、中身が下衆なエリス-エージにとっては全く興味のない存在である。


 と、エリスの視線が止まった。

 お、あの子はいい感じ。


 エリスの視線に留まったのは、典型的な剣士の出で立ちを纏った細身の娘である。

 エリスはアリバイ作りのために、わざわざフラウに

「知り合いがいるかもしれない」と声を掛けた後、女剣士のもとに向かっていった。


 その娘は、年の頃は16歳くらいであろうか。

 碧い髪をシャギーに切り揃え、同じく碧い切れ長の瞳でギルドの掲示板を物色している。

 掲示板を見つめながら、時折つくため息。


 エリスは満面の笑顔で、彼女に声を掛けた。

「おねえさん、どうしたの?」

 少女に声をかけられた女剣士は、一瞬驚いた表情となるも、その刃を思わせる切れ長の目線からは想像もできない優し気な瞳をエリスに向けた。


「可愛いお嬢さん、ちょっとね」

 彼女はそれだけをエリスに呟いた。


 ふーん。


 エリスは彼女がため息をついていた依頼を読んでみる。

 それは探索依頼。

 ヒキニートは一発でため息の理由を見抜いた。

「探索依頼を受けたいの?」

 エリスは女剣士に問う。

 さらに続ける。

「私はエリス。こうみえても、盗賊ギルド所属よ」

 続けて盗賊ギルド証をそっと女剣士の前で開いて見せた。

 すると女剣士の表情も変化する。


「これは驚いた。お嬢ちゃんは一人前の盗賊なんだ」

「そうよ」


 エリスが見せた微笑みに、女剣士はふと我に返ったようにエリスに微笑み返した。

「ああすまない。私はレーヴェ。修行中の剣士だ」


 お、引っかかってきたな。

 エリスエージはほくそ笑む。所詮は小娘だと。

 ということで、エリスは微笑んだまま『レーヴェ』と名乗った女剣士に続けた。


「剣士さんが探索依頼を見てため息って、100%盗賊不足でしょ?」

「さすがだなお嬢ちゃん、エリスちゃんと言ったかな」

「ねえレーヴェお姉さん、よかったら私の話を聞いてくれないかしら?」

 小首をかしげながらお願いをするような少女にレーヴェはつい返事をしてしまう。

「ああ、構わないが」

 

 ヒキニート、本格的に活動開始である。

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