マッスルブラザーズ
『レーヴェさまのディナーショー』は無事終了した。
すっかり満足げなご婦人がたがお迎えの馬車で街へと帰っていく中、フラウはそっとマリアに近づき顛末を耳打ちした。
「お連れの女性を狙っておりました賊を捕らえております」
賊の女性は既に営業時間終了となった浴場の休息室にて、縄でぐるぐる巻きにされ転がされている。
既にキャティによって、賊は少なくともワーラン盗賊ギルドに関わる者ではないと確認済みである。
エリスは賊を『睡眠』から解放すると、念のため他の盗賊ギルドに所属しているかどうかも本人に確認しておいた。
なぜならば今回の事件が『他の盗賊ギルドによる仕事』の場合は、ギルド間での身代金のやりとりによる事件そのものの握りつぶしを行う場合もあるからである。
しかし賊はどこの盗賊ギルドにも所属していなかった。少なくとも本人はギルド員を名乗ることはなかった。
こうなれば賊は『ワーランの法』に基づいて処分されることになる。
エリスたちは賊を『ワーラン評議会議長』でもあるマリアに引き渡すことにした。
「なんなら拷問してみましょうか?」
エリスがマリアに向けてニヤリと笑いかけた。
マリアは8歳とは思えないようなある意味『深い』笑顔を浮かべて見せるエリスを興味深そうに見つめるも「賊の目的と所属は大体見当がついていますから」とエリスに逆に笑いかけながら賊を引き取った。
「助けてくれて感謝するわ。明日からもお願いね」
明日からもお願い?
エリスは思い出した。
そういえば、マルスフィールドに向かう道中の間、マリアの護衛をするようにと指示されていたことを。
とりあえず一件落着ということで、エリスたちは明日の出発に向けて最後の準備を済ませる。
明日からはしばらくお留守となるので、今日は大浴場とブヒヒヒヒをたっぷりとエンジョイしておくことにした。
「にゃん……」
「あん……」
「ああ……」
「うっ……」
ということで五人ともお肌つやつやの朝が来た。
朝早くからキッチンでフラウが色々と荷物をまとめている。
「マリアさんたちとご一緒する機会もあるでしょうから、食事は多めに用意しておきますね」
「アウトドアの食事も楽しみね」
「おまかせ下さいな」
腕まくりするフラウにエリスも楽しくなってくる。
朝食はフラウによって肉汁をしっとりと吸わせたサンドイッチと濃い目のお茶が既にテーブルに用意されている。
それを起き出してきた三人と一緒に楽しみながら済ませれば次は出発準備開始である。
フラウがキッチンで仕込んだ食材をキャティが馬車まで運び、クレアが食材用の『冒険者のかばん』にそれらを片づけていく。
エリスとレーヴェは井戸で十数個の樽に水を満たして蓋をすると『飽食のかばん』を使って馬車まで運んでいく。
「こんなものかしら」
「道中で何があるかわからないからな。水は多めに持って行こう」
食料と水を確保したところで、次はそれぞれの荷物を最終確認していく。
エリスの『飽食のショルダーバッグ』問題なし。
レーヴェの『飽食のポーチ』問題なし。
フラウの『飽食のトートバッグ』と『飽食のランドセル』問題なし。
クレアの『飽食のリュックサック』問題なし。
キャティの『飽食のキャリーバッグ』問題なし。
レーヴェは事前に用意したたっぷりのタオルとトイレ用の布をたたんで専用のかばんに収納している。
クレアはトイレとシャワーにつながれた給排水設備の最終確認を行っている。
キャティはエリスとレーヴェが井戸から運んできた水樽を馬車に据え付けた専用の冒険者のかばんに片付けている。
フラウは旅行用に別途小瓶に取り分けた各種調味料や食事用の食器を簡易キッチンの棚にてきぱきと配置している。
その間エリスは五体の魔導馬を次々と起動し馬車へとつなげていく。
使者からの伝言によりマリアたちの護衛を指示されているので、それぞれが身に着ける衣装は迷宮に向かう時の装備とした。
但し真っ昼間の郊外で漆黒の服はさすがにおかしいので、エリスとクレアは装束と黒のドレスの代わりに、以前作業用にと用意したお揃いのボイラースーツを身に着けた。
当然ではあるがこれら二着にはきっちりと『分身』と『用心』の能力を複写してある。
ところでエリスはビンゴの景品で『エリスのサイン入り飛燕のロングソード』をゲットしたおっさんから、ビンゴのお礼だと『レアカラーのミノタウロスモール』をプレゼントされていた。
どうやら『発熱の石』を目的とした『サラマンダー乱獲』の際に、勢いでミノタウロスをフルボッコにしたら出てきたらしい。
薄紅に染まり輝くそれはミノタウロスモールの武骨なイメージを全く感じさせず、ある意味『魔法少女のロングステッキ』にも似た可愛らしさすら感じさせる逸品である。
フラウの羨ましそうな視線に当然気づいていたエリスはこのモールに『飛燕』と『吸精』を複写するとフラウに「護衛用にね」と譲ってあげる。
「これからは装備の『色』にもこだわりだね」
薄紅のモールがとっても似合うフラウを見ながら四人で笑いあう。
「それじゃしゅっぱーつ!」
キャティが御者席に乗り込み五頭の魔導馬がつながれた手綱を起用に操っていく。
こうしてエリスたち専用の馬車はまずは商人ギルドへと向かったのである。
エリスたちが商人ギルドに到着すると、すでに玄関には受付の中年男性『ニコル』が待っていた。
「お待ちしておりましたよ」
ニコルは魔導馬を片付けるように五人に伝えると一旦ギルドの建物内に戻っていく。
するとしばらくすると二名の女性が建物から姿を現した。
一人は商人ギルドマスターのマリアである。
もう一人は昨日賊に狙われていた高貴そうな女性であった。
「ちょっとお待ちくださいね。ただ今工房ギルドに荷物を取りに行かせておりますから」
マリアがいうとおりにしばらく待っていると、四台の馬車で構成されたキャラバンとでもいえるような列がこちらに向かってきた。
一台目は豪奢に仕立てられた馬車。
この馬車にマリアと女性が二人で乗り込むらしい。
二台目は屋根がないオープントップの荷車。
それにはエリスたちにの見覚えがある縦横1メテル高さ2メテルの木製箱が12台積まれている。
そう、それらは『クレア-フリント』ブランドの高級トイレと高級シャワーである。
三台目の馬車はモデルルームに飾ってある『トイレ&シャワー付き高級馬車』と同型のものである。
四台目の馬車には簡素な屋根が取り付けられ、中には馬用の飼葉樽が山ほど積まれている。
馬車が並んだ前でマリアが五人に説明してくれる。
「実は工房ギルドと提携しての『クレア-フリント』ブランド製品のマルスフィールドへの販路拡大も目的の一つなのです」
すると突然絶叫により空気が切り裂かれた!
「ぎゃーーーーーーー!!!」
クレアによる突然の叫び声に全員が慌てて振り返った。
「うあっ!」
「ひっ!」
「ふぎゃ!」
レーヴェ、フラウ、キャティも思わず悲鳴を上げてしまう。
目の前に現れた光景にエリスも心底ビビった。
なぜならそこには『短髪マッチョでふんどし姿のおっさん』五人が腕を組んで立ち並んでいたからである。
「小娘どもが我らに向かって絶叫しておるぞ」
「突然叫ぶとは常識を知らん者どもよのう」
「それだけ我らの筋肉は罪深いということだ」
「それにしても絶叫とは非常に失礼である」
「小娘ごときに我らの至高さは理解できんよ」
五人に向かってたまらずレーヴェが抜刀するのに気づいたマリアが慌てて止めに入った。
「ストーップ!彼らは商人ギルドのメンバーよ!」
「我ら『マッスルブラザーズ』別名『筋肉ダルマ隊』でござる」
彼らは『商人ギルド配送特務隊』通称『マッスルブラザーズ』である。
彼らはワーランから他都市・他都市からワーランへの運送を一手に担う漢ども。
彼らはその仕事が迅速かつ確実であるともっぱら評判の漢どもである。
彼らは商品の配送だけでなく設置工事や試運転なども請け負う頼もしい漢どもなのである。
しかしそんなことはエリスたちには関係がない。
「ダメ、勘弁して!」
エリスがたまらず絶叫する。
「こんな者共と道中を一緒にいられるか!」
レーヴェはぶちきれながらバスタードソードを鞘から引き抜いてしまう。
「皆に何かあったらどうするのですか!」
フラウはエリスから譲られた薄紅のミノタウロスモールを構え一歩前に立つ。
「怖いよ怖いよ怖いよ」
クレアはパニックに陥り泣きながらフラウの陰に隠れてしまう。
「ふぎゃー!!!」
キャティは猫っ毛を逆立てながら威嚇を始めてしまう。
異様な雰囲気となったエリスたちに向かってマリアが慌てて弁明を始めた。
「大丈夫よ皆さん!彼らは全員『ゲイ』だから」
え?
すると兄者と呼ばれていたリーダーらしき男がマリアに文句を言った。
「マリア。何度訂正すれば理解召されるか?我らは『ゲイ』などという軟弱なものではござらん。天下御免の『ガチホモ』でござる」
あまりにも堂々とした『カミングアウト』にエリスたち五人はフリーズしてしまう。
「我の名は『一郎多聞』でござる。ゲイではござらん。ガチホモでござる」
「我の名は『二郎兵衛』でござる。ゲイではござらん。ガチホモでござる」
「我の名は『三郎太夫』でござる。ゲイではござらん。ガチホモでござる」
「我の名は『四郎時貞』でござる。ゲイではござらん。ガチホモでござる」
「我の名は『五郎明宏』でござる。ゲイではござらん。ガチホモでござる」
続けて五人それぞれが『マッスルポーズ』を決める。
「人呼んで、我ら『筋肉兄弟』」
目の前の展開に目眩がする四人。
しかしエリス-エージだけは目を輝かせていた。
「あのポーズかっこいい!今度みんなでやってみよう!」
すると筋肉兄弟を代表するかのように一郎が一歩前に出ているフラウに話しかけた。
「む。お主らは我らと同じ『ニオイ』がするな」
一郎多聞の言葉を全員で聞き流すと、エリスたちはマリアに「それでこれからどーすんですか?」とあきれたように尋ねた。
「彼ら五人が各々の馬車で御者を務めるわ」
「馬車は四台しかありませんけれど」
「何言ってるのエリス。あなたたちの馬車を入れて五台でしょ」
今度はマリアに向けて全員が武器を向けた。
クレアに至っては先日覚えた『ライトニングシャワー』を唱え始めてしまっている。
その迫力に押されたマリアは慌てて訂正した。
「エリスたちは魔導馬での並走でも構いませんよ!」
こんなガチホモ共と一緒にいられるか。
エリスたちは自分たちの馬車は魔導馬で曳くと主張したのだが残念ながらこれは合理的な理由で却下されてしまう。
なぜならばキャラバンにおいては馬車同士の連携が重要となるので、一台だけ魔導馬の馬車が混ざると非効率なうえに危険も伴うため。
マリアの説得に渋々エリスたちも従うことにする。
「わかったわ。とりあえず私たちは魔導馬で並走するわね」
こうしてやっとエリス達の馬車にも馬が繋がれた。
その手綱は五郎明宏が取ることになる。
「む。娘共よろしくな」
へえ、結構礼儀正しいのね。
「道中に危険は無いだろうけれど、念のため用心をお願いね。『ワーランの宝石箱』の皆さん」
空気を正常に戻すかのようにマリアにそう笑いかけられた五人は少し頬を染めてしまう。
何度聞いてもこっ恥ずかしい『二つ名』に対して。
するとマリアが思い出したように一枚の包みを取り出した。
「そういえばテセウスからこれを皆さんに届けるようにお預かりしておりました」
「なんだろう?」
皆を代表してエリスが包みを開き、中で丁寧にたたまれた厚手の布を開いてみる。
五人は感嘆した。
なぜならそれは『金碧紅黒白の妖精が華麗に舞う姿』を意匠化した『フラッグ』であったから。
冒険者ギルドマスターが「そのうちフラッグを贈ってやる」と約束してくれていたことを五人は思い出した。
こうしてみるとギルドマスターたちからの愛情が『ジュエルボックスオブワーラン』に込められるのだと改めて気づく。
エリスたちは互いに顔を見合わせると、全員が納得した上で自分たちの馬車にこの美しい旗を掲げたのである。
「それではまいりましょう」
マリアの号令で、キャラバンはワーランを出発した。
目指せ城塞都市マルスフィールド!