勇者のケツの毛ゲットだぜ
さてこれはビンゴ大会が始まる数刻前のこと。
冒険者ギルドの前には普段以上に人が集まっており、人だかりができている。
「おい、レアモノの『黒』だよ」
「それもそうだけど、『金黒セット』って今回が初めてだぞ」
彼ら彼女らは吊るされた二体の『緋色の洗濯物』に結ばれたリボンの色云々で盛り上がっている。
するとそれまで魔法の眠りについていた二体の洗濯物が目を覚ました。
まずは巨漢が叫んだ。
「なんで俺は吊るされているんだ!」
続けてなよっとした男も泣きべそをかき始める。
「ちょっと、これって犯罪でしょ?」
すると二人の背後で彼らの番人をしていた冒険者ギルドの一員が、「黙れ」とばかりに彼らの尻を棒でツンツンとつついた。
「お前らの身元保証人が現われるまではそのままだ。まあしばらくは反省していろ」
しかし巨漢は全く反省の色を見せないまま見張りにどなり返してくる。
「俺達は勇者のパーティーのダムズとクリフだ!とっとと『勇者グレイ』を連れて来い!」
このアピールには番人もヤジ馬達もドン引きした。
「何よあいつら。自ら『勇者』を名乗っちゃうの?」
「勇者のお供がよりによって洗濯物かよ」
などとあちらこちらで陰口をたたかれる始末である。
野次馬たちにとっては、こいつらが勇者パーティを名乗っちゃうのも、巨漢が命令口調なのも、全部気に入らない。
「とっとと降ろさんか!」
「早く降ろしなさい!」
「あーうるせえ」
二人の尊大な態度に思いっきりむかついた番人は、ダムズ達の背後に回ると、それぞれの口に猿轡をかまして黙らせてしまう。
さらに冒険者ギルドは見せしめのため、積極的にこいつらの身元保証人を探すことはせずに、しばらくこのまま吊るしておくことにした。
さて、そうこうしているうちに第三便の定期馬車が百合の庭園から冒険者ギルド前に到着した。
乗客はただ一人である。
彼女は敗北感にまみれ、ため息をつきながら馬車から下りてきた。
「むかつくったらありゃしないわ」
そう、彼女とは百合の庭園併設のレストランで赤っ恥をかいてきたピーチである。
馬車から下りた彼女は人だかりに気付き、何の気なしにそこに目線を向けてみる。
すると朝にはなかった真っ赤な物体が視界に飛び込んできた。
「何よアレ?」
見知った顔が真っ赤に染まって冒険者ギルドの軒先に全裸でぶら下がっている。
しかも大事なところが金と黒のリボンで蝶々結びにされているのだ。
これは正直とっても恥ずかしい。
「何ぶら下がってるの、あんたら!」
慌てて二人に駆け寄ったピーチにダムズとクリフも気づくが、猿轡を噛まされているので身体をひねりながらモゴモゴともだえるだけ。
それに代わるように番人がピーチに尋ねた。
「あんたこいつらの知り合い?」
「え?」
目の前のばかげた光景にちょっとピーチは腰が引けてしまう。
ちょっとこいつらの関係者だと思われるのは恥ずかしいかも。
ところが番人はピーチが知り合いだと判断したらしく、二人の猿轡をほどいてしまう。
途端に叫び出す二人。
「さっさと降ろせピーチ!」
「私そろそろ頭に血が上って死んでしまうかも!」
ところがピーチにはどうしていいのかわからない。
番人やヤジ馬どもも何の助言もしてくれない。
「さっさとグレイを連れて来い!」
痺れを切らしたかのようにダムズがもう一度叫んだ。
「そんなことせんでも、この女が『こいつらは身内です』と宣言すれば終わりなのにな」
などと番人は呆れるも、ここは沈黙を決め込むことにする。
はたしてピーチはダムズとクリフを放置したまま、その場から逃げるように走り去ってしまったのである。
するとしばらくしてからグレイが息を切ってこの場に到着した。
「なんてことをするんだ!」
仲間への仕打ちに憤り、グレイは思わず剣に手をかける。
彼が発する威圧感はすさまじく、番人やヤジ馬達を圧倒してしまう。
「この仕打ちについて説明を願いたい」
グレイは剣に右手を掛けたまま、番人へ迫った。
その剣幕に思わず番人は後ずさる。
「とっとと降ろせやグレイ」
「早く縄を切ってください」
二人からの要求にこたえるべく、グレイは剣を抜こうとした。
ところが彼の背後から制止の声が入る。
「おっと、貴様も犯罪者になるつもりか」
背後から突然掛けられた鷹揚な問いかけにグレイは威圧感をそのままに振り返った。
そこには壮健な一人のおっさんが腕組みをしながら立っている。
「あなたは何者だ?」
睨むような眼差しを向けるグレイを小馬鹿にするかのようにおっさんは鼻を鳴らす。
「他人に名を尋ねるときはまずは自分から名乗れと、とーちゃんやかーちゃんから教わらなかったか?」
おっさんのからかうような口調にグレイは全身を震わせ、おっさんを威圧するかのように再度睨みつける。
「私はスカイキャッスル出身のグレイという。ここに吊るされている二人は私の仲間だ。即時解放を求める!」
ところがおっさんは平然としたものである。
「俺は『ワーラン冒険者ギルドマスター』のテセウスだ。よろしくな。それから吊るされている二人は犯罪者だから、グレイと言ったか?貴様がそいつらの身元保証をしろ」
犯罪だと?
いぶかしむグレイにおっさんはやれやれといった表情であきれたように両手を肩の高さまで持ち上げる。
「『百合の庭園』での覗きだよ」
「何だと!」
思わずグレイはダムズとクリフを睨みつける。
どうやらやましいところがあるのだろう。
ダムズとクリフは反射的にグレイから目をそらしてしまう。
「納得したか?」
「こいつらが全裸なのは何故だ?」
「それが覗きに対するワーランの罰則だからだよ」
ひとしきりグレイに状況を説明してやると、テセウスは縮こまっている番人を安心させるかのように指示を出してやる。
「身元保証人のお迎えだ。そいつらを下ろしてやれ」
物干し竿から降ろされ、リボンをほどかれ、ぐるぐる巻きの縄から開放されたダムズとクリフは、とたんに強気になった。
「お前ら覚悟しておけよ!」
「月夜の晩ばかりではないですからね!」
しかしテセウスは二人を無視するようなそぶりをしながらグレイに意地悪く提案をしてやった。
「こいつらに全裸で街をうろうろされたら、今度は『公然わいせつ罪』で捕まえなきゃならんからな。よければ麻のシャツを1枚1万リルで売ってやるぞ」
見事なまでの『ぼったくり価格』にグレイは歯ぎしりをするも、替えの着替えなど準備していない現状ではテセウスの提案に従うしかない。
「2枚いただく」
グレイは怒りに震えながらそう絞り出すのがやっとだった。
「まいどあり」
テセウスはグレイから2万リルを受け取ると、引き換えにダムズとクリフへと麻のシャツを投げてやる。
まだ文句を言いたそうなダムズとクリフをグレイは制止しながら、テセウスを改めて睨みつけた。
「冒険者ギルドは誰に対しても公平であって欲しいものだ」
「ここは『ワーラン』の冒険者ギルドだ。まあいつでも来い。歓迎するぞ」
その場から黙って立ち去る三人を見送ると、テセウスは面倒くさそうに呟いた。
「さて。一応評議会に報告はしとくか」
一方こちらは同時刻の盗賊ギルド。
「面会のご機会をいただき、感謝いたします」
ギースは目の前でソファに身を沈めた肉の塊に向けて仰々しく挨拶を行っている。
そんな彼にデブのおっさんは嫌らしそうに唇を歪めてみせる。
「スカイキャッスルの盗賊ギルドは、そんなに堅苦しいのか?」
「ギルドマスターが常に変装しているほどではございませんよ」
ギースからの回答に『ワーラン盗賊ギルドマスター』のバルティスは満足そうに笑った。
「ところで盗賊商売の面通しだけなら受付で十分だが」
「いえ、今日は情報を購入しに参りました」
「わざわざ俺にか?俺の情報は高いぞ」
「多分ギルドマスター様しかご存知でないゆえ」
ギースは挨拶だけではなく、バルティスから『情報を買う』ためにワーラン盗賊ギルドを訪れたのである。
「役にたつかどうかはわからんが、試しに聞いてみろ」
「『ワーランの宝石箱』の詳細を」
ふん。
テセウスから報告が入った『勇者』とやらのパーティーで注意すべきはこいつか。
そう考えながらも、バルティスは表情ひとつ変えずに答えた。
「情報料は1千万リル。それでそれぞれの詳細は教えてやる。但し『聞いても無駄』だというのがスカイキャッスル盗賊ギルドに対してのワーラン盗賊ギルドからのアドバイスだ」
ギースは考える。
無駄な情報など存在しない。
盗賊ギルド同士の情報取引で嘘もありえない。
しかし彼には引っかかる。
それはバルティスがわざわざ付け加えた『それぞれ』という単語。
「結構です。できれば『それぞれ』だけでなく『全体』もお教えいただきたいところですが」
そう申し出るとギースは懐から宝石を1つ取り出した。
「1千万リル分の価値はございます」
バルティスはニヤリと笑うと、ギースに向かって話し始めた。
◇
ギースが難しい顔をしながら宿に戻ると、何故かグレイとダムズクリフ組が猛烈な言い争いをしている。
その横でピーチはあきれ顔である。
「どうしたピーチ?」
「ダムズとクリフが身ぐるみを剥がされたのよ。合法的にね」
「はあ?」
その後ギースはグレイの怒りがおさまるまでしばらく待つこととなる。
結局その日と翌日は全ての装備と道具を失ったダムズとクリフに新たな道具を用意するだけでつぶれてしまった。
グレイが神託を受けた『ワイトの迷宮』探索には『対アンデッドの装備』が必要不可欠である。
さらにラスボスで出てくるであろう『ワイト』にグレイの剣は通じない。
なので必然的にピーチとクリフの魔法と魔道具による魔法攻撃に頼らなければならない。
装備を失った二人にもう一度まともな装備をさせるために、結局彼らはワーランに2億リルもの金を落とした。
それでも確保できたのは最低限の武器と防具だけである。
『冒険者のかばん』などの道具関連は一部在庫切れでどうしようもなかった。
グレイたちは翌日から復活したであろうワイトの迷宮探索を再開する。
魔法攻撃能力に乏しい彼らは数日をかけて迷宮を制覇していく。
しかし目的の『魔王に対する術』が見つからない。
彼らは日数をかけてワイトの迷宮探索を何度か繰り返したが、さっぱりと成果はあがらなかった。
入手できるのはごく一般的な魔道具とリルだけである。
その結果、グレイ以外のメンバーは疲れ果ててしまった。
特に罠の解除に神経を削るギースの消耗が激しい。
とうとうクリフがグレイに泣きついた。
「グレイ。別の神託を優先させましょう」
「そうだな。先に他を当たるか」
グレイもクリフの泣きごとに納得する。
神の啓示が間違っているはずがない。
ならば魔王に対する術が見つからない理由は、探索の順番に関わっている可能性はある。
なので彼らは別の街に移動し、別の神託に従い、他の迷宮を先に探索することにした。
旅の準備を整え、ワーランを出発しようとするところで、不意にギースは思い出した。
ワーランの盗賊ギルドマスターからの情報を。
実は初日からギースはあの娘たちがワイトの迷宮を制覇した可能性を疑っていた。
あの日見せた彼女たちの姿は、単に可愛らしい娘たちという印象なだけ。
しかしながら彼女たちについて調べれば調べるほど、あの娘たちの存在が『異常』だと判断せざるを得なくなる。
彼女たちがワーランの街へと自然に溶け込んでいるためだろうか。
街の誰もが疑問を持っていない様子である。
確かに『百合の庭園』と『その周辺施設』は盗賊ギルドと商人ギルドが管理・運営しており、冒険者ギルドと工房ギルドもその交通と建設維持に関わるといった、まさに『ワーランの公共事業』である。
そこに疑問を持つことはない。
が、誰がそのスイッチを押したのか?
ギースはワーラン盗賊ギルドマスターからもたらされた情報を再度思い出してみる。
1人は冒険者ギルドマスターの実の娘。
1人は工房ギルドマスターの箱入り娘。
1人は盗賊ギルドマスターの秘蔵っ子。
1人は商人ギルドマスターのお気に入り。
1人はワーラン評議会の準会員。
この五人へと街が与えた二つ名は『ワーランの宝石箱』
「ああ、そういうことか」
ギースは一人つぶやいた。
彼女たちはその各々の出自それぞれが『ワーラン』の代表なのだ。
だから彼女たち五人のパーティは『ワーラン』の二つ名を与えられているのだ。
彼女たちに喧嘩を売るということは、すなわちワーランの街そのものに喧嘩を売ることなのだ。
無駄な情報など存在しない。
しかし知ってもどうにもならない情報は存在する。
だからギースはグレイたちには黙っている。
こんなことに構うよりも、さっさと次の街に行こうと思いながら。
◇
さてこちらは百合の庭園大浴場。
レーヴェがレストランで歌を披露したことはフラウを通じてエリスたち三人も知るところとなる。
「私も聞いてみたいわ」
「ボクも聞きたい」
「私も聞いてみたいにゃ」
ということで、レーヴェは掛け湯の湯舟上に全裸仁王立ちとなる。
気持ちよさそうにオペラを朗々と歌いつむぐレーヴェの姿と歌声に四人はわくわくしてしまう。
それぞれが歌いたくなってしまう。
それにここは大浴場。
音響効果は抜群ときたもんだ。
「次は私の番ね」
エリスーエージは順番を待つのももどかしそうに、レーヴェと交代ですっかりステージ代わりとなったかけ湯の湯舟に立つ。
それはアラサーヒキニート時代には絶対にあり得ないことであった。
「人前で楽しく歌う」
いつの間にかエリス-エージは当たり前のように四人の娘とそれを楽しむようになっていたのである。