身から出た錆ざます
さて翌朝のこと。
前夜に冒険者ギルドにて『ワイトの迷宮』復活には三日間かかると事務的に伝えられた勇者様ご一行では、それまでの間にこの街でどう時間をつぶすのかが問題となっている。
「仕方がない。俺は宿で鍛錬をしているよ」
妙にまじめな『勇者グレイ』は仲間たちにそう宣言した。
「俺はワーランの街を調査してみる。その前に盗賊ギルドにも挨拶をしておきたいからな」
こうした至極まともな行動計画を立てているのは『盗賊ギース』
一方の真面目でない三人もそれぞれの行動を宣言していく。
「私は『百合の庭園』とやらに行ってきますわ」
紅一点の『魔術師ピーチ』はこう宣言した。
百合の庭園はワーラン名物の『女の園』であり、女性ならば一度は訪ねたい施設として名高いそうだ。
ピーチの宣言に合わせるかのように下卑た笑いを浮かべたのは『戦士ダムズ』と『神官クリフ』
「俺らも百合の庭園とやらに行くぜ」
二人は『女の園』という響きに下品な興味を持ったのである。
こうして五人は三組に分かれ、それぞれの行動を開始した。
◇
さてこちらはエリスの屋敷。
昨晩エリスが宣言したとおり、今日はそれぞれが自由に過ごすことにした。
エリスとクレアは、そんな日でもまじめにお仕事に取り組んでいる。
二人は小川に設営した採水場から徒歩で下りながら、異物防止柵やら途中の水路やらのチェックを行っている。
二人はお揃いの『ボイラースーツ』に身を包んでいる。
これが工房でごく一般に着用されている上下がつながったいわゆる『ツナギ』とも呼ばれる作業着である。
ちなみにボイラースーツの色はエリスがピンクでクレアがスカイブルー。
「水路や発熱装置にも問題はなさそうだね」
「水を流しっぱなしなのが逆にいいのかもしれないわね」
こんなふうに互いの見解を交わしながら設備のチェックを進めていたところ、不意にエリスは妙な気配に気づいた。
それは百合の庭園裏口付近の換気口の辺りから感じられる。
草むらに隠れながらそっと覗いた二人の目には下卑たおっさん二人の姿が写る。
「どうだ見えるかクリフ」
「もうちょいですよダムズ」
「早くしろ!次は俺だからな!」
どうやらダムズを踏み台にしてクリフが換気口から浴室内を覗こうとしている模様である。
その余りにお約束な光景に無言で顔を見合わせるエリスとクレア。
続けて二人はそれぞれの指にはめた『睡眠の指輪』を確認したのである。
「すごいわ!こいつらの装備って全部魔道具よ!」
エリスは身ぐるみ剥いだ装備を鑑定しながら感嘆している。
「そうなんだ!やっぱり勇者様ご一行なんだね」
クレアは半分感心、半分馬鹿にした様子でエリスの鑑定内容をメモに取っていく。
これらはいつもならば専用の袋に入れて冒険者ギルドに買い取ってもらうことになっている。
しかしそれではこれらの装備は冒険者ギルドを通じて武器店や防具店に並べられてしまうだろう。
そうなると豊富な資金を持つであろう勇者様ご一行に魔道具を買い戻されてしまう。
それもつまらない。
「ふっふっふ」
エリスはあることを思いつくとクレアに耳打ちした。
「えっへっへ」
エリスの提案にクレアも含み笑いを漏らす。
最近行動がエリスに似てきたクレアなのである。
エリスとクレアが一通り仕込みを終わらせてしばらくすると、第二陣の馬車がご婦人たちを乗せて街からやってきた。
「おー。今日は早いうちから洗濯物がぶら下がっているなあ」
百合の庭園名物を発見した御者さんは馬車を停止させるとお客様たちにご案内を差し上げた。
「ご婦人がたは運がいい。あちらがたまに見られる、百合の庭園名物『緋色の洗濯物』ですよ」
まるで『ホエールウォッチング』のような紹介である。
ご婦人たちは吊るされた物体を黄色い歓声を挙げながら観察している。
ここで御者は気付いた。
「お、今日はレアモノじゃん」
御者はご婦人がたが十分に洗濯物を堪能したことを確認してから、それらを一旦降ろすと横に置かれた専用の袋とともに馬車に積み込んだのである。
「洗濯物が到着だ!手伝ってくれい!」
百合の庭園から戻った御者の声に、ギルドホールで待機していた冒険者ギルドの面々がぞろぞろと出てきた。
すぐに彼らは気づいた。
こいつらは昨日偉そうに受付のレレン嬢に絡んでいたパーティーのメンバーだと。
さらにはもう一つ。
こいつらのおちんちんに結ばれたリボンの色である。
それは超レアとされる『金黒ダブル』のリボンであった。
冒険者ギルドの面々は大笑いしながら二人を新たに設置された専用物干し台に干し直していく。
百合の庭園オープン当初は、洗濯物どもは冒険者ギルドに連行されたところで釈放されていたのだが、不埒な行為をたくらむ連中が後を絶たないので懲らしめの効果を強める必要がでてきた。
一方で百合の庭園名物『緋色の洗濯物』を街中でもぜひ見たいという要望も各所から上がっていた。
なので洗濯物は『保証人が引き取りに来るまでは冒険者ギルドの物干し台に干しっぱなし』というルールに変更されたのである。
続けて御者は二つの専用袋を受付に持ち込むといつものように受付嬢に伝える。
「今回は金黒折半だ」
受付嬢のレレンは御者の報告に頷くと、値付けを始めるべく手早く袋を開けた。
するとそこには一通の手紙が添えられている。
ぷっ。
何気なく手紙を開いたレレンは、内容に目を通した瞬間に噴き出してしまう。
「どうした、レレン?」
突然の反応に不思議そうな表情の御者に構わず、レレンはひーひーとうめき声を上げながら奥へと引っ込んだ。
「なんだレレン?」
「マスター。これです」
レレンはテセウスを受付に無理やり連れてくるとカウンターに置いた手紙を指差した。
続けて我慢もこれまでとばかりに大笑いを始めてしまう。
「なんじゃそりゃ」
レレンの反応をいぶかしげに横目で見てからテセウスも手紙に目線を落とした。
ぷっ。
手紙に書かれた内容にテセウスも思わず噴き出した。
そんなマスターと受付嬢の様子に御者以外のギルドメンバーたちもなんだなんだとばかりに受付へと集まってくる。
「二人ともなんですかい。俺らにも教えて下さいよ」
皆を代表して御者の男がテセウスに迫る。
「ああわかった。レレン、お前が読んでやれ」
テセウスは手紙をレレンに渡すと「なるべく可愛らしくな」と付け加える。
「それでは」
レレンは深呼吸で自身の笑いを何とかこらえると、今度はこれでもかという演技を伴いながら手紙を朗読したのである。
「親愛なる冒険者ギルドのみなさま。マスターのテセウスさま。いつも世話になっています。『金のエリス』と『黒のクレア』です。今日は昨日私たちをいじめた怖い人達が庭園の中に入って来ました。なので怖かったけれどがんばって捕まえました。捕まえてみてわかりました。この人達の装備はすごいです。お金もいっぱい持っています。私たちはこの人たちが怖いです。こんなすごい装備が怖いです。だからこの人達がたくさん持っているお金で装備を買い戻せないように皆さんで装備を分けちゃって下さい。『鑑定結果』と『コマンドワード』もそれぞれの道具にメモしておきました。よろしくお願いします。はあと」
ホール中がおっさんどもの大爆笑に包まれた。
ひとしきり全員で大笑いした所で、テセウスが苦しそうな様子で皆に指示を出していく。
「今晩はここで緊急ビンゴ大会だ!外出しているメンバーにも夕方にはこの場に集まるように声をかけてこい。エリスとクレアを招待するのを忘れるなよ!」
◇
さてこちらは百合の庭園。
浴場を十分に堪能したピーチは、ダムズとクリスの姿がないことに今さらながら気づいた。
「先に帰ったのかしら?」
ピーチは特に彼らのことを気にもせず、一人で百合の庭園に併設された各施設を楽しむことにしたのである。
◇
エリスとクレアは、テセウス直々の呼び出しを受けて、午後から冒険者ギルドに出かけるという。
伝令によれば夕食も用意してくれるらしい。
「三人も行く?」
エリスのお誘いに手を上げたのはキャティだけである。
どうやらレーヴェはそういったおっさんどもの集まりは苦手らしく、フラウも父親には余り会いたくないらしい。
「それじゃ行ってくるね」
エリス達三人が冒険者ギルドからの送迎馬車で街に出かけていくのを見送ってから、レーヴェとフラウはお互いに顔を見合わせた。
「たまには二人で酒でも嗜むか」
「それもいいですわね」
実はレーヴェとフラウ、普段はエリス達がいるので飲まないが、二人とも飲めないクチではない。
二人は遅い昼食を楽しもうと、百合の庭園に併設されたレストランに向かったのである。
女性向けにアレンジされた軽食をつまみながら、これも女性に大人気のワインを二人で堪能していると、彼女たちの前に一人の女性が現われた。
「お嬢様がた、相席をお願いできるかしら?」
「あら、マリア様こんにちは」
女性に気付いたフラウが、まずは優雅に挨拶を行った。
女性は商人ギルドマスターのマリアである。
「いつもこちらの施設を利用していただき礼を言う」
席を立ち会釈を行うレーヴェに着席するように促すと、マリアも空いている席へと腰かける。
「堅苦しいことはなしですよ。ところで今日はエリスさんたちはどうしたのかしら?」
「三人は冒険者ギルドのパーティに出かけて行きましたわ」
「なので我々もここで羽根を伸ばさせてもらっている」
レーヴェとフラウは、商人ギルドのマスターとともに、けだるい午後の会話と酒を楽しんだ。
そんな中、ほろ酔い加減のレーヴェは機嫌よさそうに鼻歌を口ずさみ始める。
するとレーヴェが口ずさむメロディにマリアが反応した。
「あら。その歌は『亡き王女に捧げる鎮魂歌』ですわよね」
「ええ、ご存知でしたか」
レーヴェは普段は見せないような照れくさそうな笑顔でマリアにうなずいた。
レーヴェは小声で歌を続ける。
それにマリアは目をつぶりながら耳を傾けている。
フラウも頬に肘をつきながらレーヴェの歌に聞き惚れている。
いつの間にかレーヴェたちの席の周りで会話を楽しんでいたご婦人がたも、レーヴェのそっと心を振り絞るような声に聞き惚れている。
「ふう」
歌い終わり、ため息をつくレーヴェ。
「お耳汚しでした」
謙遜するレーヴェに対し、マリアは興奮した様子で称賛を贈った。
「いいえ!素晴らしかったわ!」
さらにマリアは続ける。
「その歌をご存知だということは、『守れなかった王の譚詩曲』もご存知かしら?」
「ええ、『対』になっていますからね。ただ歌うには声色を変える必要がありますが」
マリアはレーヴェの方に身を乗り出してくる。
「ぜひその歌もお願いできないかしら」
しかしレーヴェは少し困ったような表情で首を左右に振った。
「あの歌はこの場ではちょっと声量が大きすぎますよ」
そう遠慮するレーヴェではあるが、自身の歌を褒められたことはまんざらでもない。
するとマリアはその場で席を立つと、周りのご婦人がたに向かってこう提案した。
「皆様。この方は『守れなかった王の譚詩曲』をご存知なのです。皆様のお許しを頂ければこの場でご披露していただくようにお願いしたいのですが」
マリアの提案に周囲のご婦人がたは拍手で答えた。
「お願いしますわ。レーヴェ」
マリアがレーヴェを急かす。
生来歌うことが大好きなレーヴェである。
そんな彼女が歌を待つ観客の前で我慢できるはずもない。
「それでは、お耳汚し失礼します」
レーヴェはその場で立ち上がると、朗々とアカペラで歌い始めた。
その曲は社交界では有名であった。
なぜならば女性が男性音域で雄々しく歌うという極めて難しい曲であったから。
そんな難曲をレーヴェは優雅な身振りとともに見事に歌い上げた。
レストランは拍手喝采に包まれる。
歌い終わった後、流れるようにお辞儀をするレーヴェの姿に、ご婦人がたの中には涙を拭う女性まで現れた。
「どこかで学ばれたのですか?」
マリアの問いにレーヴェは恥ずかしそうに答えた。
「祖父が趣味人で、なんとなく私も覚えました」
ちなみにこの祖父という人物がレーヴェの実家を没落させた張本人である。
一方、面白く無いのはその歌を聞かされた『歌姫』を名乗るピーチ。
まさかこんな田舎のレストランで、あの難曲を聞かされるとは思ってもいなかった。
しかもあれほど見事に……。
ここで引き下がるのは彼女のプライドが許さない。
なので彼女は近くのウエイトレスを手招きしたのである。
「このお店では自由に歌わせて頂いてもよろしいのかしら?」
ピーチはマリアにも届く声でウエイトレスにわざとらしく尋ねた。
それに気付いたマリアはピーチの方を向くと「私が無理にお願いしましたの。どうかお許し下さいませ」と形式的に詫びる。
が、ピーチは引き下がらない。
「お気になさらないでくださいませ。ただ、私も一曲歌いたくなってしまいました。歌ってもよろしゅうございますか?」
こう煽ってくるピーチを訝しむマリアではあるが、ピーチもこの店の客である。
マリアにもウエイトレスにも断る権限はなかった。
「それではぜひお願いいたしますわ」
マリアの言葉を受け、ピーチは自慢気立ち上がると前口上を始める。
「私は王都スカイキャッスルで歌姫の名をいただいておりますピーチと申します。それでは皆様に一曲差し上げますわ」
もったいぶった様子を一通り見せてからピーチは歌い出す。
伸びやかな声。
誘うようなビブラート。
扇情的な仕草。
美しい。
しかしながらピーチは客層を理解していなかった。
彼女の歌は男に媚びる歌。
ひたすら愛を唱え男を求める歌。
だが、このレストランに集まるご婦人がたは男からの解放を楽しむために百合の庭園を訪れているのだ。
ピーチが歌う歌詞は、ご婦人がたの神経をことごとく逆なでする。
歌い終わった彼女に拍手はない。
「終わりましたわよ」
余りの無反応さに歌の終了をわざわざ告げるピーチだが、誰も声を発しない。
しかし観客の態度を『感動して誰も何も言えない』と勘違いした彼女は続けて二曲目を歌い出す。
そんなピーチに一番腹を立てたのが男嫌いのレーヴェであった。
彼女はそっとレストランを抜け出すと自宅に戻り着替えたのである。
そうしてから再び元の席に戻る。
それまで苦虫を噛み潰したような顔で歌を聞いていたマリアは、着替えてきたレーヴェの姿を見て彼女の本気を知った。
ピーチの二曲目が終了した。
やはり誰も何も動かない。
一瞬の沈黙。
そこでやおら立ち上がったのがレーヴェである。
彼女は金銀のモールで飾られた黒い男性用の儀礼服を身にまとっていた。
続けて何の前置きもなく彼女は歌い出す。
曲名は『男装の麗人』
それは悲しい時代に男たちから女性を守るため、自らの性を捨てて男性として命を燃やした女軍人の物語。
最初の数節で涙を流し始めるご婦人がた。
レーヴェは歌う。
朗々と。
淡々と。
力強く。
そして最後は消えゆくように。
曲を終え、すっとお辞儀をしたレーヴェに対し、レストラン中のご婦人がたからスタンドアップオベーションが贈られた。
雰囲気に負けたピーチは、こっそりと会計を済ませると逃げ出すようにレストランから出て行ったのである。
「大人気なかったですかね」
自身の行動に頬を染めるレーヴェの膝にマリアはそっと手を置き、彼女は年甲斐もなく大粒の涙をぽろぽろと流しながら顔を左右に振った。
「レーヴェさま。わたくし、感動いたしましたわ……」
この瞬間に『レーヴェさまファンクラブ』が誕生した。
もちろん会長は商人ギルドマスターのマリアである。
◇
さて、こちらは冒険者ギルドの特設ビンゴ会場。
「さあ、まずはクレアのサイン入りプレートアーマーだあ!ダメージ軽減2の優れものだぞー!」
メンバーどもをあおりながらマスターはビンゴを回していく。
「35番!」
「よっしゃあビンゴ!」
奇しくも1等をゲットしたのは、この日洗濯物を冒険者ギルドに運びこんだ御者である。
ノリノリのエリスとクレアは『プレゼンター』を買って出た。
「おめでとう!そして、いつもありがとう!」
クレアからプレートアーマーを渡された御者は真っ赤に染めてしまう。
「お次はエリスの直筆サインとコマンドワード入りの『飛燕のロングソード』だあ!」
マスターもノリノリでビンゴを回していく。
時価総額で3億は下らないだろう魔道装備や魔道具が景品として惜しげもなく配られていく。
こうしてダムズとクリフが身につけていた高価な装備は、その行方を追うことが不可能なほどにバラバラに散らばってしまったのである。