勇者様ざまあ
『帰還の指輪』の能力で無事冒険者ギルドの魔方陣に到着したエリスたちご一行。
すると受付の方からなにやら言い争うような声が聞こえてくる。
「だからお願いです!我々は急いでいるのです!」
などと、やけに派手な鎧をつけた若者が受付に向かって訴えかけている。
一方の受付嬢はうんざりした様子で若者に繰り返している。
「何度も申し上げますが『ワイトの迷宮』は現在他のパーティが探索しています。なので彼らが帰るまではお待ちください」
ところが若者は引き下がらない。
「今朝迷宮に入ったのならば数日は出てこないじゃないですか!我々は一刻も早く『魔王を封じる術』を得なければならないのです!」
ワイトの迷宮?
魔王を封じる術?
若者が発した単語に興味を持ったエリスは他の四人を無言で制すると、受付の様子をもう少し観察してみることにする。
すると受付嬢に必死の形相で迷宮への案内を訴えていた若者に巨漢の男が言い放った。
「グレイよ、こうなったら勝手に迷宮に入っちまおうぜ」
ところが『グレイ』と呼ばれた若者に代わって、別のやせぎすの男がこれを遮る。
「ダムズ。お前は迷宮の場所を知っているのか?」
やせぎすの男に、肌の露出が多い妙齢の女性も賛同している。
「ギースの言うとおりよ。冒険者ギルドに案内してもらわなければ迷宮に入り口に辿りつけないわ。クリフも受付嬢を説得したらどうなの?」
すると、妙になよなよした全く頼りにならなそうな男が女性に対して首を左右に振った。
「ピーチ。そんなの私には無理ですよ」
そんなメンバーを無視するかのように若者はもう一度受付嬢に懇願した。
「せめて場所だけでも教えてくれ!」
『グレイ』『ダムズ』『ギース』『ピーチ』『クリフ』ね。
エリスは受付で言い争っている連中から聞こえた名前を頭の中で繰り返すと、それまで行動を制止していた四人を引き連れて次の行動に出たのである。
五人は無言で受付を遠巻きに迂回すると、おっさんたちがたむろしているホールの、いちばん受付に近い丸テーブルに五人で腰かけた。
続けてエリスがそこから受付嬢に小さく手を振った。
「レレンさん。戻ってきたわよ」
するとエリスたちに気づいた受付嬢の『レレン』は、ほっとしたような表情で受付前に立つ慇懃無礼な一行に事務的な言葉で伝えた。
「先行パーティが帰還したので『ワイトの迷宮』は探索可能となりました。すぐにでもご案内しますか?」
すると一行のうち『ギース』と呼ばれた痩せぎすの男だけがエリスたちに気づくと、彼女たちに声をかけてきた。
「あんたら『ワイトの迷宮』に行ってきたのか?」
「ええ」
エリスは意識してごくシンプルな答えしかしない。
他の四人はギースの後を追うかのように彼女たちに振り返った一行の誰とも目を合わさないように明後日の方向を向いている。
「ならば……」
と更に何かをエリスに聞きたそうにしているギースを『ダムズ』と呼ばれた巨漢が制止する。
「何だ。こんな小娘共が探索に行くような迷宮なら楽勝だぞ!」
ところがそこでなぜか若者が巨漢を叱咤すると、エリスたちに改めて声をかけてきた。
「失礼な言い方はやめろダムズ!無礼をお許しくださいマドモワゼルたちよ」
うわあ気持ち悪い。
これがエリスたち五人の共通した感想である。
若者はやたら派手な鎧を身に着けているが、その上に乗っている頭は田舎者そのもの。
それは『素朴』という良い意味ではなくて『小汚い』という悪い意味である。
無言のままのエリスたちを無視するかのように、『ピーチ』と呼ばれた派手な女性がグレイに向かってあきれたように言い放った。
「グレイ。あなたの得た情報では『ワイトの迷宮』の探索には何日もかかるはずなのでしょ?」
すると我に返ったような表情となったグレイは、先ほどの甘ったるいマドモワゼル口調とは打って変わって焦ったようにエリスたちに尋ねてくる。
「可愛らしい娘さんたちよ。よろしければ娘さんたちが挑戦した迷宮について教えてくれないか?」
ずうずうしいなこいつ。
これも乙女たち五人が持った共通の感想。
なのでこいつの対処はエリスが一人で引き受けることにした。
「皆様はどちらさまですか?」
エリスの問いに巨漢が大威張りで胸を張る。
「我々は来るべき魔王との一戦に備え、世界を旅しているものだ!」
魔王との一戦ねえ。
もしかしてこいつらが勇者様かな。
とりあえずエリスはしらばっくれて見せる。
「ごめんなさい。一部屋目で大量のスケルトンに襲われて逃げて来ちゃったの」
か細くつぶやきながらグレイたちの前でエリスは半べそをかいてみせる。
そんなエリスに合わせるかのように、他の四人も下を向いてしまう。
「こんな小娘共の情報をあてにするなんて恥ずかしいったらないわ!」
ピーチからの罵倒を背後に受けながらグレイは申し訳なさそうにエリスたちに頭を下げた。
「すまなかった。お嬢さんたち」
続けてグレイは再び受付嬢の方を向いた。
「今からなら行けるな?」
「ご希望ならばご案内します。ご希望ならば」
受付嬢レレンが『ご希望ならば』とわざわざ繰り返したのに誰も気づかないまま、グレイたち一行は冒険者ギルドの案内人によって『ワイトの迷宮』に出向いて行ったのである。
迷宮に向かおうとする勇者様ご一行を無言でホールの面々は見送っていく。
静まるギルドホール。
……。
ぷっ。
誰かが噴きだした。
それを合図に、ホールは一斉に大笑いに包まれる。
エリスがレーヴェとフラウの三人で二足歩行の牛や六本足の馬をフルボッコにしていたのを冒険者ギルドのおっさんやにーちゃんどもは良く知っている。
エリスは『盗賊ギルド潜入ユニットリーダー』アンガスの忘れ形見。
レーヴェは噂によれば『さる没落貴族』の娘。
フラウは彼らの大将である『冒険者ギルドマスター』テセウスの一粒種。
といったそうそうたるメンバーなのである。
なので牛や馬のフルボッコも考えようによってはそれほど不思議ではない。
さらにそこに魔術に関していわくつきの過去がささやかれる『工房ギルドマスター』フリントの箱入り娘であるクレア。
獣族ながら『盗賊ギルドマスター』バルティスの秘蔵っ子であるキャティ。
この二人が加わっているのである。
なので冒険者ギルドの連中は古株を中心に『あの娘たちが何をやらかしてもとりあえず事実であろう』という認識ができている。
少なくとも彼らはエリスの『最初の部屋で逃げ帰ってきた』が嘘であることは全員が見抜いていた。
すると百合の庭園行の馬車で見知った一人がテーブル越しにエリスへと笑いかけた。
「で、エリス。本当はどうだったんだ?」
「当然フルボッコにしてきたわよ」
そう当たり前のように言い放ったエリスによって、再度ホールは大笑いに包まれる。
なぜならエリスたちがワイトの迷宮をフルボッコにしてきたのが本当ならば、今このタイミングでワイトの迷宮に出向いても中には何もないはずだから。
あるのは執拗な扉の罠と空の宝箱に仕掛けられた罠だけであろう。
ホールのメンバー全員でひとしきりひーひー笑った後、フラウは真顔となる。
「今回のワイトの迷宮はこれまでの情報と異なっていたのよ。できればお父様に報告したいのだけど」
「少しお待ちくださいね」
フラウの申し出に受付嬢レレンも表情を引き締めると一旦奥に引っ込んでいった。
すぐに受付嬢は戻ってきた。
「皆さまで奥の談話室にお進み下さい」
「ありがとう。レレン」
五人はレレンに礼を言うと冒険者ギルドの奥に進んでいった。
「おお、よく来たな、俺達の宝石ちゃん」
「殴るわよ」
などと交わされたテセウスとフラウの親子漫才を終えると、フラウは真顔で父親に状況の説明を始めた。
まずはこれまでの情報になかった『透明の暗殺者』や『腐った巨人』が現れたことである。
最後に現れた『魂魔』もこれまでの情報ではせいぜい『ファイアバレット』クラスの魔術使いのはずだった。
しかしエリスたちが出会ったワイトはいきなり『ファイアバースト』を唱えてきたのである。
『ファイアバースト』
必要基本精神力不明
術者を中心に最大ダメージ20の炎を伴う爆発を引き起こす
「極めつけはこの魔道具よ」
フラウの指示に従い、エリスはテセウスの前に入手した品々を順番に並べていく。
『沈黙の護符』
『浄化のショートソード』
『抵抗のプレートアーマー』
『魔王の魔符』
『絆のブレスレット』
「なんじゃあこりゃあ?」
自ら鑑定したテセウスはそれぞれの品が持つ能力に驚きの声を上げる。
続けて一転して無言となり、難しい表情で何かを考え始めた。
「そういえばさっきの騒々しい連中は『魔王だ何だ』と叫んでいたな」
先ほどの騒動を奥の部屋できっちり聞いていたらしい。
すっとぼけたオヤジだ。
「お前らはもしかしたら『唯一の迷宮』に入ったのかもしれんな」
テセウスは丁寧に説明を続けてくれる
ユニークダンジョンとは、迷宮の突然変異だとのこと。
そしてユニークダンジョンが現れるとすぐに、そのダンジョンを目的とする何者かが現れるという。
彼らは一説では神の使いであり、一説では邪神の使いである。
そんな記録が古代の文献に残されているという。
「まあ俺もユニークダンジョンを実際には見たことはないけれどな。但し、この強力すぎる魔道具や唯一の魔道具を見るに、お前たちが訪れたダンジョンはユニークであった可能性は高いな」
ここでエリス-エージは気づいた。
もしかして私たちって、本来は勇者がクリアすべきダンジョンを偶然先にクリアしちゃったってこと?
「うふふふふ」
エリスが思わず漏らした気持ち悪い笑いに他の四人は注目する。
「どうしたエリス?」
皆を代表するように小声で耳打ちをしてきたレーヴェにエリスは「後でね」とウインクした。
「で、お前らこのアイテムはどうすんだ?」
テセウスの確認にはエリスが答えた。
「抵抗のプレートアーマーは残念ながら男性向けなので冒険者ギルドに売却したいです。浄化のショートソードもメンバーに小剣を使う者がいないので同じく売却希望です。他の3つは私たちで所有するつもりです。ただ『魔王の魔府』だけは使い道すらわからないのですけれど」
「わかった。しかし抵抗のプレートアーマーは俺も初めて見る。こいつについては一度マリア、バルティス、フリントと扱いを調整するから、一旦これは冒険者ギルド預りとさせてくれ」
テセウスにそう促された五人は改めて彼に頭を下げると、清算のためにもう一度受付へと戻った。
浄化のショートソードは400万リルで売却できた。
キャティは400万を五人で割った結果の80万リルの支払証書をレレンに発行してもらうと盗賊ギルドに上納金を納めに走っていく。
キャティが戻ってきたところで五人はその晩の夕食を買い込むと無事帰宅した。
「今日は疲れたので夜の部はなし!」
五人は夕食を先に済ませると、ゆっくりとお風呂に浸かることにする。
湯船に浸かりながらレーヴェが楽しそうに笑った。
「あいつら、今頃どの辺を走っているのかな」
それを受けてフラウもコロコロと笑いだす。
「モンスターと宝物はすぐには復活しませんけど、罠はすぐに復活しますからね」
それを受けてクレアは興味深そうな表情となる。
「それって、電撃とか爆発とか溶融の罠がかかった扉や空の宝箱を開けるってこと?」
「そうですよ」
「ひどいにゃ」
フラウの返事にちっとも同情していない様子でキャティも続けた。
一方でエリス-エージは、普段とは違う確固たる目的を果たした歓びを感じていた。
まずは最高の形で勇者に嫌がらせをしてやった。
アラサーヒキニートはその達成感に満足を得たのである。
さてここは夜の冒険者ギルド
「何なんだよ全く!」
ダムズが大声で文句を言っている。
「本当にあの迷宮で合っていたのですか?」
クリフも不満そうだ。
「ちょっとあなた。私たちを騙したんじゃないでしょうね」
などとピーチはあからさまに受付嬢のレレンに絡みだす。
「やめろピーチ。だが我々もあれでは納得出来ない。ここは納得がいく説明をもらえないだろうか」
ピーチを一旦は制しながらも結局はグレイも受付嬢に絡みだす。
冒険者ギルド受付で再開する騒ぎの中、ギースだけが腕を組み可能性について考えている。
「もしかしたらお嬢ちゃんパーティの後を追って『モグリのパーティ』が入ったのかもしれませんね」
しかし受付嬢は彼らの言い分を相手にせず、事実だけを冷静に述べた。
「いずれにしましてもモンスターと宝物がなかったのであれば、それらが復活するまではお待ちいただくしかありません」
付き合いきれないとばかりに彼らを突き放す受付嬢の態度にグレイはむっとする。
「ならばどの程度で復活するのだ」
尊大なグレイにいよいよ事務的な言葉遣いとなったレレンはそっけなく答えた。
「上級ならば通常3日ほどで回復します」
レレンもいい加減に家に帰りたい。
「それでは受付終了です」
そう宣言すると、レレンは目の前の無礼な連中を無視するかのように問答無用で受付のブラインドを下したのである。