亡者なんか怖くない
フラウが扉を開け放ったところでクレアは『用心のワンピース』にあらかじめ纏わせておいた『ファイアバレット』を室内に叩き込んだ。
『ファイアバレット』
敵1体に攻撃力10の炎弾を打ち込む。
必要基本精神力5
この魔法は魔道具の『炎弾』と同様に単発攻撃力10の火の玉を放つので、敵の牽制や室内を照らす灯りの役割を兼ねることもできる。
続けてファイアバレットが残す軌跡を追うようにエリス、キャティ、レーヴェが部屋に飛び込み、キャティは部屋の中央付近、エリスとレーヴェは部屋の両サイドに展開する。
その後にフラウはクレアをかばうようにまっすぐに部屋に飛び込み、フラウの背後でクレアは室内を観察しながら魔法の選択を開始する。
「大量の『骸骨』だにゃ!」
敵を確認したキャティが皆に知られるために叫ぶ。
室内では十数体のスケルトンが密集しながらゆっくりとこちらに向かってきている。
クレアのファイアバレットは先頭のスケルトンを打ち抜き、オレンジ色にくすぶっている。
その灯りを頼りに、まずはキャティがスケルトンの集団に集団に突っ込み、踊るようにその間を駆け抜けた。
キャティが振るう両手両足の『爪』が纏う『昏倒』により、スケルトンの半数近くが動きを止めてしまう。
続いて動いているスケルトンに向けてレーヴェのバスタードソードとフラウのモールが襲いかかった。
他方のエリスは闇にまぎれ、全体の様子を伺っている。
あそこね。
群れから離れ迂回しようとするスケルトンを発見したエリスは、音もなくその背後に近付くと『狂戦士のニードルダガー』を骨に突きたてる。
一撃で崩れ落ちるスケルトン。
クレアはサポートに転じようと判断し『ライト』を唱えて室内を照らした。
キャティは自ら動きを止めさせたた骨どもを先ほどの舞うような動きとは異なり、1体ずつ丁寧に打撃を打ち込んで息の根を止めて行く。
一方フラウはミノタウロスモールを振り回し、手当たりしだいに骨を砕いていく。
フラウの打撃を躱したスケルトンもレーヴェのバスタードソードが次々と打ち砕いていった。
結局ほんのわずかの時間ででスケルトンは五人の乙女の前で全滅したのである。
「さてっと。また私のお仕事ね」
エリスはそれぞれが『飛燕』『昏倒』や魔法を自身の精神力消耗なしに発動させるために装備した『精神の指輪』の精神力を順番にを補給した後、部屋の隅に置かれた宝箱に向かった。
「これもえげつないわね」
今度は爆発の罠である。
これは扉に備えられていた電撃とは異なり、爆発によって周囲に死をまき散らす。
さすがは上級の迷宮。
いちいち罠が強力だ。
エリスは念のため全員に宝箱から遠ざかるように指示をすると、慎重に罠を解除していく。
室内を覆う空気は戦闘の時よりも重い。
かちり。
鍵が解除された音を合図に、レーヴェたちはエリスの元に再び集まった。
額の汗をぬぐった後、エリスは宝箱をゆっくりと開けていく。
さすがは上級の迷宮。
宝箱の中にはかなりの貨幣が収められている。
その合計は三万リル。
さらにエリスには淡く白く輝くように見える一枚のお札が見つかった。
それは『沈黙の護符』である。
『沈黙の護符』
相手1人の魔法を封じる。
必要精神力5
コマンドワードは【黙れ】
沈黙の護符は念のためエリスが身につけることにする。
「いきなり魔道具ゲットとは、幸先がいいですね」
フラウの言葉に全員が互いへと笑みを浮かべた。
その後の数部屋はスケルトンとゾンビが集団で現れ、エリスたちは一部屋目と同様の手順で倒していった。
ちなみにそれぞれの部屋の宝箱で入手できたのは貨幣のみである。
エリスが現在向かっているのは五部屋目の扉である。
扉を飾っている文様がこれまでの扉とは明らかに異なっている。
罠を解除したエリスにフラウが用心深く声をかけた。
「この部屋は『中ボス』かもしれませんね」
フラウの推測にうなずいたエリスは、念のためクレアに全員に向けて『マジックプロテクション』を唱えるように指示をした。
『マジックプロテクション』
1回だけ魔法ダメージを1だけ軽減する。
必要基本精神力2
クレアはまだマジックプロテクションの親和性を高めていないので基本精神力がそのまま必要となる。
なので5人分唱えるには必要精神力が10必要となる。
これは精神の指輪で補うことができる。
クレアが全員に魔法を唱え終わったところでエリスは彼女の精神の指輪に改めて精神力を補充しておく。
「準備はいいかしら」
全員が配置に就いたところでフラウはドアを開け放った。
同時にクレアはファイアバレットを室内に叩き込む。
するとファイアバレットは部屋の中央で誰に命中することもなく部屋の中央で霧散した。
既に部屋の暗闇に移動していたエリスは気配を読む。
しかしうっすらと気配は感じるがその位置がわからない。
身構える四人の後ろでクレアが『ライト』を唱える。
が、照らされた部屋の中に五人以外の姿は確認できない。
沈黙が部屋を包む。
……
すると突然一人の剣士が空気を切り裂いた。
「そこだ!」
レーヴェは突然宙に向かってスローイングダガーを投げつけた。
するとダガーはあるところで急に制止すると、そのまま宙に浮いている。
間髪入れずエリスはダガーに向けて氷結を唱えた。
いや、正確には『ダガーが刺さっているところ』にむけて。
氷結の効果により、宙に白霜の人型が型どられていく。
続けてフラウのモールが人型に対して問答無用で振り下ろされた。
「手ごたえありましたわ」
フラウのモールにつぶされた白霜の人型は床の上で鮮血を思わせる深紅にその色を変えていった。
深紅は徐々に漆黒となり床に消えていく。
五部屋目のボスは、『透明の暗殺者』だった。
「すごいねレーヴェは!」
エリスの素直な簡単にレーヴェはほんの少しだけ唇の端を上げて照れくさそうに返した。
「スローイングダガーが役に立ったな」
この部屋の宝箱からは5万リルと『浄化のショートソード』を手に入れた。
そこからしばらくは再び先ほどと同じようなアンデッドの集団がエリスたちをお出迎えしてくれる。
罠もこれまでと同様のつくりであるのでエリスの負担も軽くなっている。
エリスたちは鼻歌を歌いながら各部屋をクリアしていく。
が、通常のパーティー。特に魔法に依存したパーティーでは普通は『精神力』が持たない。
本来この迷宮は精神力を回復させながら数日をかけて進むものなのだ。
そもそもそれを知るフラウは数日は迷宮内で過ごす覚悟で日持ちのするお弁当を数種類用意してきたのである。
そんな当のフラウでさえ皆と一緒に鼻歌を合わせながらミノタウロスモールを楽しそうに振り回している。
自分たちがどれほどチートなのかに気づくことなく、乙女たちは迷宮の奥へと進んでいった。
十五部屋目。
この部屋も扉の装飾が異なっている。
これまでと同様にフラウが扉を開ると同時にクレアがファイアバレットを打ち込むと、今度は何かに当たりクレアに手ごたえを感じさせるが、ファイアバレットはゆっくりと掻き消えてしまう。
ゆっくりと消えていく炎は室内に巨大な影を残していった。
そこに現れた姿にさしもの五人も絶句してしまう。
なぜならそれは、これまで屠ってきた『死肉』の数倍のサイズであったから。
「『腐った巨人』です……」
フラウがつぶやくのと同時に、腐った巨人は目の前に飛び込んできたキャティに拳を見舞った。
その瞬間目の前でガントレットを十字にし、衝撃を後ろに飛ぶことにより吸収させようとするも、キャティにはかなりのダメージが入ってしまう。
扉近くまで吹っ飛び、衝撃に咳き込むキャティにエリスは全回復の指輪を使用する。
『【働け】キャティ!』
瞬時に体力を回復したキャティはフラウが巨人を威嚇している隙をついて、すぐさま巨人の背後に回っていく。
フラウはモールで巨人の左膝を狙う。
左膝を襲う衝撃に思わず片膝をついてしまう巨人の左腕を今度はレーヴェが切り落とばす。
「何だと!」
左腕を切り飛ばされた巨人は、すぐさま右手でそれをつかむと、泡を吹いている左腕に切口にそれを押し当てた。
すると見る間に左腕は元の位置にくっついていく。
「『再生能力』持ちです!」
フラウが叫ぶ間に彼女に砕かれた巨人の左膝も元通りになっていた。
しかし五人の攻撃は止まらない。
背後から跳躍したキャティが巨人の背中に向けて両手両足合計四発の攻撃を連続で叩き込んだ。
これは発動確率50%の『昏倒』が四回抽選されるということ。
さしもの巨人に対しても昏倒の効果が発動し、動きを制限されてしまう。
「今だ!」
レーヴェの掛け声を合図に全員が集中攻撃を開始。
左膝を再度フラウが砕き、レーヴェは自由になるであろう右腕の方を切り飛ばす。
続けてクレアは彼女が持つ最大魔法『エクスプロージョン』を巨人の頭に叩き込みそれを吹っ飛ばしてしまう。
『エクスプロージョン』
敵一体に攻撃力20の爆発をピンポイントで引き起こす。
必要基本精神力10
最後に上空に飛び上がったエリスが頭があった場所からニードルダガーを心臓の位置に向けて上から串刺しにした。
ゆっくりと倒れていく巨人。
ピクリとも動かなくなった巨人ではあるが、念のためレーヴェが全身を切り刻みクレアがファイアバレットで切口を焼いて回ったのである。
この部屋で入手できたのは10万リルと『漆黒のプレートアーマー』である。
『抵抗のプレートアーマー』
魔法ダメージ軽減10
必要精神力0
自律型
「こんな防具は見たことも聞いたこともありませんわ!」
フラウが興奮しながら四人に振り返った。
エリスも『抵抗』の能力に驚いた。
魔法ダメージを10軽減するということは、すなわち『ファイアバレット』や『氷結』を無効化するということである。
「フラウとレーヴェの鎧に乗るかしら。試してみましょう」
エリスはその場で複写を試してみた。
結果フラウの『ハーフプレート』レーヴェの『レザーアーマー』そして意外にもキャティの『ブラトップ』にも複写できた。
エリスとクレアの衣装にはカテゴリ違いで多分乗らないだろうし、現在付与している『影』と『用心』の効果が消えるのも怖いので、試すのはここまでにしておく。
エリスたちはこの部屋で休憩のために円陣を組んで座るとフラウのお弁当を開いた。
「今のボスは手ごたえがあったな」
などとレーヴェが満足そうにに呟いている。
「巨人は楽しかったにゃ」
キャティも四連撃が決まった快感に酔いしれている様子である。
「ラスボスも楽しみですね」
思い切りモールを振り回しているフラウも楽しそうに付け加えてきた。
が、ここで泣き言が入る。
「エリス。ボクもうダメかも……」
確かに最後は無我夢中で己が封印していたつもりの『エクスプロージョン』まで放ってしまったクレアの動揺は理解できる。
が、そこは乗り越えてもらわなければならない。
エリスはクレアの泣き言を一通り聞きながらフラウのお弁当を済ませると、クレアの手を取った。
「さあ、後半戦行くわよ!」
次から続く部屋でもアンデッドの集団が飽きもせず襲ってくる。
どうやらこの迷宮は徹底的にパーティの精神力を削るのが目的らしい。
嫌らしい。
しかし残念ながら精神力無限を誇るエリスたちのパーティとは相性抜群の迷宮なのであった。
エリスの前にはこれまでのどれよりも豪奢な扉がそびえたっている。
仕掛けられた罠も『溶触』という想像するのもおぞましい威力のものであった。
多分この部屋が最終ボスの部屋なのであろう。
慎重に罠を解除したエリスにフラウが用心深く説明してくれる。
「ワイトの情報はほとんどありません。相手の攻撃は物理・魔法何でもありだと思っていたほうがよろしいかと思います。一方でこちらの攻撃は物理・魔法ともに通じる保証はありません」
クレアは先ほどと同じように『マジックプロテクション』を全員に施していく。
行きます……。
フラウの呼吸に合わせ、全員が動く。
クレアが放ったファイアバレットが何者かに当たり、人型の影を作った。
キャティが影に突っ込むも、その攻撃は空転する。
レーヴェがとっさに放ったダガーもその姿を通過してしまう。
フラウが放ったモールの上段からの一撃は影を素通りし、床板の石を砕いただけだった。
……。
無言の圧力に続く冷たい詠唱とともに部屋の中が深紅に染まる。
『ファイアバースト……』
同時にエリスとクレアの人形が砕け散ってしまう。
他三人も炎によりダメージを負ってしまう。
エリスは慌てて影に向けて『沈黙』を解放した。
『黙れ!』
エリスは手ごたえを感じた。
効いた!
続けてエリスはすぐに全員に指示を出した。
「効かなくてもいいからクレア以外は全員『氷結』!」
エリスの鼓舞にレーヴェ、フラウ、キャティは全身の痛みをこらえながらそれぞれの指輪から『氷結』を解放した。
すると氷結が効果を現したのか、白霜に染まった影の動きが止まる。
「クレア出番よ!」
クレアは自身が持つ最大の魔法を今度は確実に練った。
「エクスプロージョン!」
霜に覆われた影が今度は真っ赤に染まる。
その後、影は痙攣したようなそぶりを見せるとゆっくりと消えていった。
影が消えた場所には1枚の札が残されていた。
「ワイトって浄化も込みで物理攻撃無効なのね」
ダメージを追った前衛三人の体力を『全回復の指輪』で回復し、クレアに新しい『犠牲の人形』を渡しながら、エリスは心底ビビっていた。
最初の宝箱で『沈黙の護符』を手に入れてなかったらやばかった。
直前で前衛三人の防具に付与した『抵抗』によって助けられた。
マジックプロテクションがついていたとはいえ、高位魔法の『ファイアバースト』を食らって3人は生き残ったのだから。
震えを押さえながらもエリスは残された魔符を拾った。
『魔王の魔符』
魔王の行動を制限する。
ユニーク
「なんだろこれ?」
エリスがぺたりと座り込んでいるフラウに尋ねるとフラウも冷や汗を拭いながらなんとか答えてくれる。
「ユニークというのは『唯一』のものです。つまり『それ一品しか存在しない』といことです。魔王の行動を制限するというのは私にもわかりません。帰ったらお父様に聞いてみましょう」
エリスは続けて宝箱を調べた。
そこには100万リルと『金のブレスレット』が1つに『銀のブレスレット』が4つ納められていた。
『絆のブレスレット』
金色のブレスレットを装着した者が自らに唱えた魔法は『銀色のブレスレット』を装着した者にも同時に同様の効果を与える。
必要精神力ゼロ
自律型
ユニーク
「なんかすごいの出ちゃった」
試しにエリスは金のブレスレットを自らにはめると、へたり込んでいる他の四人に銀のブレスレットを順番にはめていった。
続けてエリスは自らに『全回復』を唱えてみる。
すると、他の四人もお揃いの回復の光りに包まれた。
「これってものすごく便利ですね」
完全回復したフラウが感嘆している。
「これもユニークなのね。まあいいわ、今日は帰りましょう」
「そうだな」
「そうですね」
「帰るにゃ」
お気楽な三人に対して、クレアは泣きそうな表情でエリスに頼み込んだ。
「エリス、明日はお休みにしよう。ね、ね……」
「それは帰ってからね」
エリスは首に抱きつくクレアをそのままにしながら帰還の指輪を解放したのである。