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ワーランの宝石箱

 買物からの帰宅後のこと。

 全員でお風呂と夕食を済ませると、それぞれの装備を改めて確認行ってみることにする。


 その前にやることが一つ。

 キャティにエリスの能力を説明すること。

 

 ここまでエリスとフラウはキャティの様子をそれとなく観察してきたが、特に怪しいそぶりは見られなかった。


 それに同居してわかったことだが、キャティは相当な『お花畑』である。

 要するにシンプルな性格だということ。

 なのでそろそろ説明してやってもいいだろうとの判断である。

 

 まずはキャティにきつく言い含める。

 

「これから話すことは絶対に内緒。盗賊ギルドのマスターにも内緒よ」


 ばれたら屋敷から追い出したうえで男どもと同じように物干しに吊るすぞと脅されたキャティは、正座をしながら話を聞いている。


 説明する内容はいつもの『飽食のかばん』と『エリスの能力』について。

 だが、フラウやクレアの時と比べてキャティの反応は鈍い。

 どちらかというとレーヴェの反応に近いか。

「だから何なんだにゃ?」

「驚かないの?」


 エリスの疑問に対しキャティは普通に頷いている。

 多少肩透かしを食いながらも、エリスは念のためキャティに釘を刺した。

「まあいいわ。とにかく皆には黙っていてね。特に盗賊ギルドマスターには」

「黙っていればいいんだにゃ?」

「そうよ」

「なら忘れるにゃ」


 便利なおつむである。


 その後エリスは予備のアクセサリーをショルダーバッグから取り出すと、クレアとキャティの分として皆と同じように能力付きの小物を揃えた。


 今日購入したエリスとクレアの衣装に付与されていた『影』と『用心』も、別の衣装にバックアップをちゃんと取っておく。

 

 次にそれぞれの武器を確認する。

 現在のそれぞれが携えている武器は次の通りである。

 

 エリス

 狂戦士のニードルダガー

 飛燕・吸精のダガー


 レーヴェ

 飛燕・吸精のシャムシール


 フラウ

 飛燕・吸精のモーニングスター + カイトシールド


 クレア

 なし

 キャティ


 ガントレットクロウ + レガースクロウ。


 汎用武器と対アンデッド用武器の2種類は持っておきたいと考えたエリスは、これまでの迷宮乱獲で集めた武器をショルダーバッグから取り出し、リビングに並べて見た。


「もう一つづつ武器を選んでくれる?」


 するとまずはフラウが動く。

 彼女が真っ先に手にしたのは『昏倒のミノタウロスモール』である。

 これは槌頭つちがしらに牛の角が二本再現されている、とっても重くてとっても痛そうな銀色の両手槌モールである。


「それって、昏倒いらないよね」

「いりませんね」

 エリスの問いに、モールを両手で構えたフラウはうっとりとした表情で答えた。

『昏倒』の能力は『ダメージを与えた敵の意識を50%の確率で一次的に奪う』というものであるが、一撃のダメージが大きいミノタウロスモールならば、ここはダメージ倍化で大概のモンスターならば一撃で永遠に昏倒させてしまう『飛燕』一択であろう。


「『浄化』もつけていただければゾンビもスケルトンも一撃で粉々ですわ」

 ちなみにアンデッドは生命がないので『吸精』は発動しない。

 なので『浄化』で上書きしてしまっても全く惜しくない。


 つまり対アンデッド用の武器は『飛燕』+『浄化』が基本となる。

 

『昏倒』は遠距離から攻撃できるレーヴェの『スローイングダガー』や手数重視であるキャティの『クロウ』と相性がよさそうだ。


 レーヴェは並べている武器の中から細身のバスタードソードを選び、両手と片手で各々構えをとりながらバランスを確認している。

「私はこれが良いな」

 はい、決まり。


「ボクはどうしようかな。剣とか持ったことがないや」

 クレアが困ったような表情を見せていると、フラウが小ぶりのメイスを2本選んでくる。

「これなら工房のハンディハンマーのように扱えませんか?」

 メイスをフラウから手渡されたクレアは、それらを釘を打ち込むように振ってみる。

「これはいいや!フラウ、ありがとう」

 はい決まり。


 キャティは愛用している純白のクロウセットと、新たに購入してきた白銀のクロウセットをつかいわけることにする。


 武器が決まったところでエリスは次々と複写を進めていった。


 こうして完成したのは出来たのは次の通り。


 エリス

 狂戦士・浄化のニードルダガー

 飛燕・吸精のダガー


 レーヴェ

 飛燕・浄化のバスタードソード + 昏倒・浄化のスローイングダガー

 飛燕・吸精のシャムシール + 昏倒・浄化のスローイングダガー


 フラウ

 飛燕・浄化のミノタウロスモール

 飛燕・吸精のモーニングスター + カイトシールド


 クレア

 昏倒・浄化のハンディメイス

 昏倒・吸精のハンディメイス


 キャティ

 昏倒・浄化のガントレットクロウ + 昏倒・浄化のレガースクロウ

 昏倒・吸精のガントレットクロウ + 昏倒・吸精のレガースクロウ


 こんなものね。

 エリスそれぞれに武器を渡し、各々が武器をもう一度手に取って使い勝手を確認していく。

 ひととおり様子を見渡したエリスは、それぞれの満足そうな表情に自身も同様の表情となると、こう宣言した。


「それでは今日はもう寝ましょう。明日はみんなで迷宮よ!」


 それぞれが自室へと戻ってからはいつもの『夜の部』開始。

 今日は誰からいじめようかしら。


 まずエリスはキャティのベッドにもぐりこむことにする。


「エリス、いじめないでくれにゃ」

 そういうセリフが火をつけるのよ小猫ちゃんとばかりに燃えるエリスさん。

「キャティ。改めて釘を刺すけど今日のことは内緒よ」

 エリスの確認にキャティはぶんぶんと頷いている。

 が、キャティは最後まで返事を言葉にすることができない。


「内緒にゃ、内緒にゃ、ないごろごろにゃん」


 突然エリスに喉をなでられたキャティは本能的に喉を鳴らしてしまうのである。

 最後まで返事ができないキャティにエリスは意地悪そうにつぶやいた。


「信用できないなあ」

「許してほしいにゃ、許してほしいにゃ」


 ごろごろにゃん……。


 次はクレアのところ。


「エリス。ボクやっぱりちょっと怖いや」

 明日の迷宮行きに正直ちょっとビビっているクレアをエリスはからかってみることにする。


「じゃあ一人でお留守番してる?クレア」

「いやだよ!一緒に行くよ!エリス」

 そっちの方が嫌だとばかりに抱きついてくるクレアが愛らしくてたまらない。

「私が守ってあげるわ、クレア」

 ということで美味しくいただくエリスさん。


 あん……。


 次はフラウのところ。

 ベッドにもぐりこんだエリスは、日中には決して見せないフラウの情けない表情をよりゆがめつベく言い放ってみる。


「あなた、一番にモールに手を伸ばしたわね!」

 するとフラウはエリスの期待以上にびくりと縮こまってくれる。

「駄目でしたか?エリス」

「あれは私が使おうと思っていたのよ、フラウ」

 まさかのエリスさん両手鉾モール使用宣言にフラウは心底驚き、自らの致命的なミスにおののいた。

「ごめんなさい!ごめんなさいエリス……」

 そこに止めの一撃が入る。

「許さないわ。この豚女め」


 あああ……。


 本日のラストはレーヴェのところ。

 最後にもう一度お風呂を楽しもうと考えたエリスはレーヴェに明した。

「お風呂まで抱っこして」

 そんな甘えるエリスの表情に一瞬れーヴぇは迷ってしまう。

「お嬢としてか、お嬢様としてか?」


「わからないの?この玩具風情が」

「すまん、お嬢様」

 ということで無理やり失敗を作り出されてしまったレーヴェはその晩もいじめられるのである。


 ううっ……。


 ということで五人とも気分最高な朝が来た。


 フラウは早くからキッチンで何かをやっている。

 その音に気付いたエリスが台所に顔を出してみるとフラウが笑顔で迎えてくれる。

「あらおはようエリス。起しちゃったかしら」

「いいのよ。ところで何してるの?」

「お弁当作りよ。携帯食だけではつまらないですからね」

 そうだ、今日は上級ダンジョンに挑戦するんだった。


 上級迷宮は最低でも五十部屋で構成されているらしい。

 なので敵の強さやパーティ構成によっては何日もかかることがあるのだ。

 多分フラウはできるだけ日持ちがするお弁当をメインとし、予備として携帯食を持参していくつもりなのだろう。

 それならば多少は食事時にリラックスすることができる。

 と、ここでエリスは重要なことに気付いた。


「回復の魔道具を買わなきゃ」


 これまでの迷宮では多少の怪我も『吸精』の能力でフラウとレーヴェは回復してきたし、エリスはそもそも前線に立つことがなかった。

 しかし上級のダンジョンでは対アンデッド用能力『浄化』の能力を優先しなければならない。

 そうなるとどうしても体力の維持がが心もとなくなってくる。

 なので回復の道具は必須だ。


「フラウ、ちょっと魔道具店に行ってくるね」

 慌てて屋敷を飛び出そうとするエリスをフラウは微笑みながら引きとめた。

「こんな朝早くから開いていませんよ。それにエリスが必要なのはこれでしょ」


 そう呟くと、フラウはエプロンのポケットから指輪を1個取りだした。


『全回復の指輪』

 対象の体力を全回復する。

 必要精神力7

 コマンドワードは【働け】


 無茶苦茶な回復能力である。

 ゲームならば最終クリア直前に出てくるようなシロモノである。

 すごいなこれは。

 鑑定し驚きの表情を見せるエリスにフラウは説明してくれる。


「この指輪は我が家のお守りみたいなものですよ。これも必要精神力が結構無茶ですから実用性はちょっと……というものですし」


 さらにフラウはウインクをする。

「でもエリスなら使えますよね?」

「いいの?」

「ええ。複写してくださって構いませんよ」

「ありがとう!」


 さすがフラウ。

 エリスのかゆい所に手をのばしてくれる。


 フラウお手製の朝食を五人で楽しんだ後、各々の魔導馬にまたがって街まで移動する。

 その後一度魔道馬をしまうと、徒歩で冒険者ギルドに向かっていく。


 その道すがらにフラウが皆に提案をした。

「ところで、パーティー名をそろそろ決めましょうか」

 冒険者ギルドにパーティー名とメンバーを登録しておくと、探索の受注手続きが簡単になったり、精算後の財産をパーティーメンバーの口座に自動的に振り分けてくれたりと、けっこう便利らしい。


 エリスは皆の意見を聞くことにした。

「どんなのがいいかな?」

 エリスの問いかけにそれぞれが手を挙げていく。


「『血まみれ十字軍』というのはどうだ?」

 怖いよレーヴェ。


「『重戦士と剣士と盗賊と魔術師と猫戦士のパーティ』というのはどうかな?」

 せれじゃあ説明だよクレア。


「にゃうにゃう」

 伸ばした手でトンボを追っかけているんじゃないよキャティ。


「『百合の探索団(リリーズサーチャーズ)』というのはいかがですか?」

 おお!まともだよフラウ。


「これはフラウのアイデアで決まりかな」

 いまいち不満そうなレーヴェとクレアであったが多数決でフラウ案に決定となった。


 そうしているうちに五人は冒険者ギルドに到着する。

 ギルドのホールではメンバーのおっさんや兄ちゃんたちが彼女たちを迎えてくれる。


「よう、お嬢さんたち!」

「元気そうだな!」

「またお前ら吊るしただろ?」


 冒険者ギルドのメンバーは『百合の庭園行き定期馬車の運行』でエリスたちと顔見知りの者たちも多い。

 そんな訳で彼女たちはちょっとした冒険者ギルドのアイドルなのである。


 五人を代表してフラウが皆に笑みを振りまきながらカウンターに向かう。

「今日は『上級』に挑戦するわ」

 あっさりとそう宣言するフラウに受付嬢はビビってしまい、つい叫んでしまう。

「お嬢様!アンデッドに通常攻撃はほとんど通りませんよ!」

 当然のことながらギルドのおっさんたちも心配そうな声を上げる。

 するとフラウはまず受付嬢を安心させるかのようにウインクすると、おっさんどもの方にも振りむいた。


「大丈夫です。対策をした上のことですから」

 フラウの言葉に一安心する受付嬢と、対策という言葉に今度は別の意味で盛り上がるおっさんたち。

『上級の迷宮』対策ができているというのは『アンデッド対策』ができているということである。

 しかしながらメンバーの一人はギルドマスターのお嬢様であるので、対策について根掘り葉掘り詮索するのも気が引ける。

 一方でマスターがアンデッド対策で何らかのお宝をフラウお嬢様に回したとも考えられる。

 多分それの可能性が最も高いのであろう。

 ということでおっさんたちの話題は『マスターがお嬢さんに何を渡したのか」当てクイズへと移っていったのである。


 一方の受付嬢は上級迷宮の目録をチェックしながらフラウと打ち合わせを行っている。

「『一番手軽』といっても上級ですからそれなりですが『ワイトの迷宮』がありますね」

「そうね」

「どんなところ?」

 受付嬢のお勧めに納得しているフラウにエリスが尋ねた。


「部屋数は少ないのですが、広くて敵の数が多いのです。出てくるモンスターは骸骨スケルトン死肉ゾンビが中心ですが、毒持ちの食人鬼グールも混じっています。最後の霊魔ワイトは、まだ誰も倒していません」


 実はこの迷宮に限らず『上級の迷宮』のボスが倒された記録はない。

 やばければいつでも帰還の指輪で帰ってこれるので、冒険者たちは基本危ない橋は渡らない。

 なので未踏破の迷宮でも途中までの情報は結構集まっているものなのだ。


「それにしましょ」

 エリスが皆を振り返ると殺る気満々のレーヴェとフラウ、ビビり気味のクレア、変わらずニコニコしているキャティがそれぞれの仕草でうなずいた。


「それではパーティー名の登録をお願いできるかしら」

 フラウの申し出に受付嬢は急におかしそうな表情となり、噴き出すのを我慢するような表情でフラウたちに応えた。


「もう登録は済んでいますよ」

「え?」

 声をそろえる五人に受付嬢は満面の笑顔となり五人に改めて深々と頭を下げた。

「『ワーランの宝石箱ジュエルボックスオブワーラン』の皆さま。どうかよろしくお願いします」


 なにそのこっぱずかしいパーティー名は!

 そんなの誰も聞いたことがないし当然のことながら誰も登録した覚えなどない。

「登録なされたのはギルドマスターです」

 そう受付嬢から伝えられた瞬間にフラウは真っ赤な顔をしながらがギルドの奥に駆け込んでいったのである。


「おう。お嬢ちゃんたち元気そうだな」

 すぐに冒険者ギルドマスターであるテセウスが笑顔で顔を出した。

 その後ろには真っ赤な顔のままのフラウが従っている。


「ところでパーティ名は俺たち四人で決めたんだが何か文句あるか?」

 俺たち四人ね……。

 エリスたち五人には、その四人の悪魔のような微笑みが同時に脳裏によぎったのである。


「ありません……」

 皆を代表してエリスが渋々答えると、テセウスが楽しそうに説明してくれた。


「『五色の可憐な少女達』の存在は、いまやワーランだけにとどまらず周辺の街にも伝わり始めている。お前らの大好きな『緋色の洗濯物スカーレットランドリーズ』とともにな。なのでせっかくだからワーランの街名をパーティー名にかぶせてやった。感謝しろ」


 今度『パーティーフラッグ』もプレゼントしてやるからなというテセウスから大きなお世話を背に五人は魔導馬でワイトの迷宮に向ったのである。


「さて、気を取り直していきましょうか」

 ワイトの迷宮前に到着した五人はエリスを中心に作戦を確認していく。


 罠の探索と解鍵はこれまでどおりエリス。

 扉を開けるのはこれまでのレーヴェに代わりフラウとする。

 フラウが扉を開けるのと同時にクレアが『ファイアバレット』の魔法を室内に打ち込む。

 その隙にエリス・レーヴェ・キャティが部屋に飛び込みイニシアチブを奪うというのが基本的な作戦である。


 エリスは先頭に立つと慎重に迷宮を進んでいく。

 さすが上級である。

 ただの通路だと思われる場所にもあちこちに罠が仕掛けられている。

 エリスの後ろでたいまつを持つレーヴェの明かりを頼りにしながらエリスは、わるいはてきぱきと罠を解除し、あるいは全員を罠から迂回させていく。


 エリスとレーヴェの背後をクレア・キャティの順で続き、しんがりはフラウが務める。


 エリスが3つほど通路の罠を解除したところで五人は最初の扉を迎えた。

 エリスが慎重に罠を調査していく。

 と、これまでは見られなかった電撃の罠が扉のノブに仕掛けられているた。

 これは引っ掛かれば即死級の強烈な罠である。


 エリスは初めての罠をその仕組を確認しながらゆっくりと確実に解除していく。

 かちり。

 ふう。

 罠の解除を済ませたエリスは一旦深呼吸を行い息を整えると、扉越しに室内の気配を探ってみる。

 尋常ではない負の気配がエリスを覆う。


「大漁よ」


 エリスの呟きに四人は反応すると、レーヴェは一旦通路に松明を置いた。

 フラウは扉の前に進み、その斜め背後ではエリス、レーヴェ、キャティがすぐ室内に飛びこめるような位置につく。

 この間にクレアは『用心のワンピース』に『ファイアバレット』を纏わせておく。

 全員の呼吸を合わせるとフラウはドアに手をかける。


 行きます!

 

 次の瞬間、フラウは勢いよくドアを開けた!

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