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お買いもの

 クレアが魔導の指輪以外に何の装備も持っていないことをエリスたちは失念していた。

 

「みんな、ボクを置いて行かないで……」

 クレアはか細い涙声となっていく。

 

 これはどうしたものかな。

 エリスは助けを求めるかのようにフラウに尋ねた。

 

「魔術師の装備ってどんなものなの?」

 ところがフラウも困ったような表情となっている。

 

「魔術師は魔術との親和性を高めるために布以外の装備をまとうことはほとんどありません。金属や動物性の皮革は魔術の行使を妨げますから」

「というと?」

「ぶっちゃけた話、魔術師の衣装は『趣味の世界』だということです」


 どうやら一般的な魔術師は、適当な私服の上からそれっぽい長衣ローブを纏っているだけらしい。

「要は何でもいいってこと?」

「理想は魔導効果付きの衣装でしょうか」


 そっか。

 牛と馬の乱獲でお金も貯まったし、百合の庭園のおかげで収入も安定したから、予備の装備を用意してもいいかな。


 改めてエリスはフラウに尋ねた。

「上位の迷宮がやばいとされるのは『不死魔物アンデッド』が出るからだよね」

「そうですよ。ただし私たちは対策を既に手に入れていますよね」

 ニヤリと笑うフラウ。

 

 アンデッドに対して通常の武器ではダメージを与えることができない。

 だがエリスたちは『浄化のバスタードソード』をゴズメズの迷宮で手に入れている。


『浄化』

 アンデッドにダメージを通すことができる。

 さらにアンデッドにダメージ2倍

 必要精神力0

 自律型


 もう一つ『昏倒こんとうのミノタウロスモール』も手に入れている。

 

『昏倒』

 一定時間の間50%の確率で攻撃した相手の動きを一定時間拘束する。

 必要精神力1

 コマンドワードは【邪魔だ】

 

 ちなみに『飛燕』などの『コマンド型』と『吸精』のような自律型が一つの武器に共存できることは実験で確認済である。


 ダメージ重視の通常武器とアンデット対策用の武器を用意しておけば万全か。

 そう考えたエリスは皆に宣言した。


「今日は一日みんなでお買い物としましょう!」



 それぞれが外出の準備を済ませていく。

 

 エリスは白のブラウスに空色のジャンパースカートを被ると、胸に赤のブローチを飾った。

 

 レーヴェは黒のタンクトップの上から薄紅色のシャツを羽織り、ボトムは珍しくライトブラウンのロングフレアスカートを選んだ。

 腰には相変わらずのベルトアーマーとシャムシールが結わえられているのではあるが。

 

 フラウは両サイドにスリットが入った森林色のチャイナロングドレスに、白のロングパンツを合わせた上で腰に細い紅の帯で結びアクセントとしている。

 

 キャティは白のショートタンクトップに、同じく白のショートデニムパンツという軽装だが両手首と両足首の金色のブレスレットとアンクレットが全体の印象をシャープ引き締める。


 さて、クレアである

 彼女はドン臭い黄土色のネルシャツに藍色のカーペンターズボンという一言でいうと『ダサい』いで立ちである。

 

「だめだ、まずはこいつを何とかしないと」

 

 クレアを除く四人はそう心に刻んだのである。


「ほら、さっさと脱ぎなさい!」

 クレアは問答無用で全員の手によりネルシャツとズボンを脱がされてしまい、下着姿となってしまう。


 まずはレーヴェが自身の衣類からゆったりとした生成きなりの衣装を選んできた。

「トップスは私のショートチュニックでなんとかしよう」


 次にエリスはスカートを用意した。

「ボトムは赤のフレアスカートでいいわね」


 フラウは玄関に脱ぎ捨てられたクレアのドカ靴を下駄箱の奥にしまうと、自身の履物を取り出した。

「このドカ靴は現場専用にしてくださいね。私の普段履きのミュールをちょっと細工してクレアが履けるようにしますから」


 改めて別の服を着せられたクレアのいで立ち。

 胸元が紐で編まれた大きめサイズの生成りのチュニックに膝が可愛らしく覗く赤のフレアスカート。

 足元はフラウが革ひもを取り付けてミュールをサンダルに仕立て直した。

 

 黒のストレートロングヘアと少年のような漆黒の瞳にやさしそうな口元が可愛らしい衣装に包まれる。


「大正解」


 エリスたち三人が満足げに声を揃える一方でクレアは着たこともないコーディネートにビビっている。

 クレアにとっては膝が見えているだけでとても恥ずかしいのである。

 

 そのおどおどとした表情が四人のおしゃれ心に火を着けてしまう。

 

「今日はクレアの服を重点的に買いに行くわよ!」


 エリスの宣言とともに五人はお出かけを開始した。

 先頭をエリスが歩き、その後ろを両手をレーヴェとフラウの二人に握られたクレアが問答無用で後ろ向きに引きずられていく。

 しんがりはキャティ。

 

 目の前で意気揚々と町に向かう四人の姿を眺めながらキャティは思わずつぶやいてしまう。

 

「私もいつかは、この仲間に入れるのかにゃ?」


 するとキャティのつぶやきが聞こえたのであろうか。

 後ろ向きに引きずられているクレアがキャティにウインクをして見せる。

 

「キャティ大丈夫だよ。ボクも最初は不安だったけれど今はご覧の通りだよ」


 そう、クレアはレーヴェとフラウにわざと引きずられて楽しんでいるのだ。

 当然レーヴェとフラウもクレアのそんな気持ちを見透かしたうえでこうして引きずり倒している。

 

「そんなものかにゃ」


 いまいちよくわからないけれど、キャティもだんだん楽しくなってきたのである。 


 まっすぐ向かった先は町の中心街である。


「まずは高級防具店で魔導鎧や衣装の性能を確認しておきましょう」

 フラウの提案に従い五人は防具店へとまずは足を向けた。


「おや。いらっしゃいませ」

 エリスたちに気づいた店主は彼女たちを歓迎してくれる。

 

 エリスたちはワーランの街ですっかり有名人となっていた。

 その美しさや可愛らしさとともに『緋色の洗濯物スカーレットランドリーズ』という男性陣にとっては文字通り悪夢の『私刑リンチ』を平然と行う娘たちとして。

 

 五人は思い思いに店内を見て回っていく。

 

 こうしてじっくりと見てみると、鎧や衣類はその材質によって付与される能力も細かく分類されているようだ。

 

 例えば防御力向上の能力は鎧系統にしか付与されておらず、衣類系統には見られない。

 一方で回避力向上の能力は衣類系統にしか付与されておらず、鎧系統には見られない。


「鎧と衣類は別物ということね」

 エリスは独り言を言いながら鎧を見て回っていく。

 するとフラウからエリスとクレアに声がかかった。

 

「エリス、クレア。こちらに面白い衣装がありますよ」


 フラウが案内してくれた衣類コーナーには漆黒のハイネックワンピースが飾られている。

「これってクレア向きではないかしら?」


『用心のワンピース』

 あらかじめ呪文をワンピースに向けて唱えておくことにより、その発動を蓄えておくことができる。

 蓄えられた魔法は術者の意思で即座に発動される。

 ただし魔道具の能力はは対象外

 必要精神力0

 自律型


 価格は300万リル。


「魔術師専用だからでしょうか。効果の割にはお値打ち価格ですね」


 フラウの説明を聞きながらもエリスはワンピースのデザインの方に見入った。

 これ可愛くね?

 となれば当然こうする。


「クレア。ちょっとこれを試着してみなさいな」

「え、ボク恥ずかしいよ」

 恥ずかしがるクレアにエリスは容赦なく条件を課す。

「試着しないとお留守番決定よ」

 それは嫌だという表情をしながら、店員さんに案内されてクレアはおどおどと試着室に入っていく。


 しばらくしてからクレアが恥ずかしそうに顔を出す。

「どうかな?」


 黒の生地がクレアの首までと両の手首までを覆い、スカートも膝下までを隠すようにふわりとクレアを包んでいる。

 ワンピースから覗くのはクレアのすねと足元に両の手のひらだだけ。

 漆黒の生地にクレアの艶のある漆黒の髪が重なり、黒のコントラストを醸し出している。


「これは可愛いわ!」

 エリスはクレアが黒のワンピースとともに魅せる可憐さに見入ってしまう。

 

 すると事前にフラウとこの衣装見つけていたらしいレーヴェが、これも漆黒のブーツを抱えてきた。

「サイズは合っているはずだ」


 同様にキャティも帽子を抱えてくる。

 それは漆黒の三角帽子。


 ブーツがクレアの膝から下を隠し、三角帽子はその広いつばでクレアの表情を隠す。

 それらから覗くのは白く透ける両手の指と、うっすらと紅に染まる薄く可愛らしい唇だけ。

 

 こうして『漆黒の魔女っ子』が一丁出来上り。

 

「クレアの戦闘服はこれで決まりね」

「決まりだな」

「決まりだわね」

「決まりだにゃって言えばいいのかにゃ?」


 鏡の前で自分の姿を確認したクレアは、自身の姿に魅入っている。

 クレアは自身の姿にうっとりとしながらも冷静に迷宮での己の所作に考えを巡らせる。

 戦いにおいて最も高い攻撃力を持ち、一方で最も脆弱なのは魔術師。

 

 クレアは鏡に映る自身の姿を、今度はそうした切り口から見つめなおす。

 鏡に映る肌は自身の両指と唇だけ。

 これならば敵に『視覚』で捕捉されることはないだろう。

 クレアはこれらの衣装が持つ隠蔽いんぺい能力にも満足すると、鏡の前の自身に向けてスカートの両裾を持ち、そっとあいさつを交わした。

 「よろしくね。ボク」


 満足げな様子のクレアを一瞥したフラウは、今度はエリスの手を握って別のコーナーに連れて行った。

 

「この衣装はエリスにいかが?」


『影の装束』

 一定時間術者の分身を作りだす。

 必要精神力5

 コマンドワードは【影よ来れ】

 

 目の前に飾られた装束は普段エリスが着用している黒装束とほとんど変わらないデザインである。

 但し布ではなくソフトレザーで作られている。

 色はこれも漆黒。


 価格は1千万リル。

 やはり汎用性が高い分お値段も張るのだろう。

 

 しかしこの能力は魅力的だ。

 複写しておけば今後も継続して使えるであろう。

 

「試着してみるわね」

 エリスも店員さんに案内されて試着室に入っていった。


「ちょっと大きいかしら」


 さすがに大人用の装束であるのでエリスにはぶかぶかである。

 が、店員さんがお任せくださいとばかりに衣装の調整を始めた。

 

「こうした装束は元の革が薄いですから、こうして要所を折り返して固定すればサイズの調節が可能なのですよ」

 どうやら手首・肘・足首・膝・腰・胸の位置に縫い付けられているベルトによってサイズを変更できるようになっているらしい。

 確かにこんな高価な装束を『サイズが合わないから』というだけで手放すわけにはいかないし、売る方もそれなりの工夫をするのであろう。

 

 黒の装束を身に着けたエリスは、試しにクレアと並んでみる。

 並んで鏡に映る少女二人の姿に店主は大きくため息をついた。


 なぜならば鏡に映っているのは、漆黒の衣装がお揃いの金髪と黒髪のお人形だったから。


 目の前の崇高な可愛らしさに店主は想う。

 このワンピースと装束はこの少女二人のためにこの店に陳列されていたとのだろうと。

 だから店主はこう提案した。

 

「ワンピースと装束を購入していただけるのでしたら、帽子とブーツはおまけいたします」


 即決。


 エリスは自身の衣装1千万リルとクレアのワンピース300万リルを財布から取り出すと、その場で店主に支払った。

 エリスとクレアは一旦元の服に着替え、購入した衣類をそれぞれのショルダーバッグとリュックサックにしまう。

 

 次に五人は武具店を訪れてみる。


 実のところレーヴェはバスタードソード、フラウはミノタウロスモールを迷宮探索で入手しているので、特に新たな武器は必要がない。

 なのでまず五人はキャティの予備装備を探していく。

 が、なかなか見つからない。

 

 しびれを切らしたレーヴェが店員さんに「猫戦士ャットファイター用の武器はないか?」と尋ねると、店員さんは「なんだそれ?」という表情をしながらも一旦店の奥に消えていく。

 しばらくすると武器店の店主が姿を現した。


「実はキャットファイター用の武器を探しているのだけれど」

 すると店主はキャティをちらりと見ると、納得したような表情を見せた。

「これは申し訳ない。クロウ系はこちらです」


 店主は店の奥に案内してくれる。

 するとそこには白銀色プラチナのガントレットクロウとレガースクロウ一式がひっそりと飾られていた。


 能力が付いていないにも関わらず、お値段は100万リル。

「高いわね」

「希少価値ですよ」

 店主が説明してくれる。

「クロウ系の武具自体がそれほど清算されておりませんので、どうしてもこのような価格になってしまうのです」

 要するに需要もなければ供給もないので数も少ないということ。

 そのため現存するものはどうしても価格が上がってしまうのだろう。


 一方でレーヴェは展示されている別の品を熱心に見つめている。

 それは『投擲用小刀スローイングダガー』10本1セットというもの。

 これは主に敵に投げつけて使用する遠隔武器である。

 

「お嬢がこれに『昏倒』を付与してくれれば敵の牽制に使えると思うが」

 レーヴェの提案に横にいたフラウも同意する。

「スローイングダガーは万能型の戦闘スタイルには向いている副武器ですわ」


 こちらのお値段一セット50万リル。

 1本5万リルだと考えれば意外とお値打ちかもしれない。

 

 すると今度はクレアが面白いものを見つけたかのようにエリスを呼んだ。

「ねえエリス。無茶苦茶なのがあるよ!」


 クレアが興味深そうに指差しているのは突長剣エストックを一回り小さくしたような漆黒の太い針のような武器である。

『狂戦士のニードルダガー』

 一定時間、敵に与えるダメージが5倍になる。

 必要精神力は攻撃のたびに10。

 コマンドワードは【殲滅】


「これはまためちゃくちゃな性能だな」

 レーヴェが注意書きにあきれている。

「これはまたひどい能力ですわ」

 フラウも必要精神力のところで眉をひそめている。


 何がひどいかのと言うと、攻撃力の高さも非常識だが、何より必要精神力の消費量がとんでもない。

 なんせ一般人の精神力は平均が10だといわれている。

 なので『攻撃のたびに必要精神力10』だということは、一般人ならば1回の攻撃で意識を失うということ。

 下手をすれば能力を発動させる前に意識を失ってしまうかもしれない。


 こちらのお値段も50万リル。

 無茶苦茶な攻撃力に対して安いのは、実用性皆無でコレクション以外に意味がないからだろう。

 無理やり暗殺などに使用するにしても、精神の指輪とセットの運用が必須である。

 そうなるとこのダガーを50万リルで手に入れるほかに精神の指輪を1億リルで手に入れなければならない。

 1億と50万リルの予算があれば、暗殺を行うにしてももっと別のやり方がいくらでもあるだろう。

 まさに魔道具無双のエリス専用武器である。


 エリスは店主の許可をとるとニードルダガーを手にしてみる。

 小さな針剣は8歳の少女にはちょうどいい大きさである。

 重さもバランスがとれている。


「私はこれにするわ」


 店主はこれはまた酔狂なものをという表情を見せたが、厄介払いができたのも事実ではあるのですぐに表情を緩めた。


 ここでのお買い物はレーヴェ50万リル、エリス50万リル、キャティは100万リル。

 持ち合わせがないキャティの分はエリスが立て替えてやる。


「キャティ、頑張って100万リルを稼ぐのよ。利息はトイチでいいからね」

「なんでクレアはおごりで私は借金なのかにゃ?」

「いいから黙って働きなさい」

 ちなみに『トイチ』というのは十日で一割の利子がつくという闇金融やみきんゆうさん御用達ごようたしの法外な金利である。


 続けて五人は衣料品店に向かった。


 その店でクレアは4人に囲まれると、さんざん着せ替え人形をさせられた挙句に、総額100万リルの散財を強いられたのである。

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