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少女転生

 彼の名は矢代エージ。

 天下御免のアラサーヒキニート様である。


 彼の両親は数年前に他界し、彼は二人が残した遺産でこれまで食ってきた。

 だが、それもそろそろ限界である。

 預金残高はゼロに向かってまっしぐらに収束中。

 なので、やむなく彼は愛用している目の前の四角い箱(デスクトップ)を操作し、ハロワの画面を開いてみた。


 四角い箱のモニターに広がるお仕事募集の『詳細条件』に彼はこう入力した。


『少女』

 下衆である。


 そんな彼に四角い箱のモニターは無情な回答を表示した。

『ご希望の条件に合致する情報は見つかりませんでした』

 当たり前である。

 が、彼はこう言い捨てた。


「ハロワに『少女』はないのか。使えねえな」

 下衆である。 

 

「どっかに少女が落ちてねえかなあ」

 自ら入力したキーワードがトリガーとなって、下衆な妄想を開始するエージさん。

 画面の『少女』に刺激され、ちょっとおへその下がむずがゆくなってくる。

 下衆である。


 あうあう……。

 あうあう……。

 あうっ!


 性欲を偽りの右手で満たし、賢者タイムを迎えた彼に訪れるのは、次なる欲。


「飯でも食いに行くか」


 いつ洗濯したのかも覚えていない姿に汚れが目立たない黒のジャンパーを纏うと、エージはある場所に向かった。

 そこは、普段の買物は風俗も含めて殆どを通販で済ませる彼が、近所のコンビニと並んでほぼ唯一外出する先である定食屋。

 

 飯だけならば宅配で済む。

 が、彼はその定食屋に向かう時だけは、自らに課した自宅警備の任を裏切るのだ。

 なぜならば、運が良ければ定食屋夫婦の可愛らしい娘(推定:8歳)を拝むことができるから。


 「お、あそこにいるのは定食屋の娘じゃん。こりゃあいい。いっちょ同伴と決め込むか」


 賢者タイムから復活したエージは、定食屋の少女に手を繋がれて店まで案内してもらう妄想にかられた。

 ちなみに『同伴』とは四角い箱と漫画で見知った言葉であり、当然のことながら彼にそんな経験なんかない。


 だからだろうか。彼は執着した。

 あの娘と手をつないで定食屋に向かうことに。

 経験を積むことに。


 ふらふらと反対車線の歩道にいる少女に向かうエージ。

 頭の中は『少女』と『同伴』に埋め尽くされている。

 だから彼は気づかない。

 道路を無防備に横断する彼に迫りくる大型トレーラーに。


 エージの姿に気づいた運転手さんがハンドルを切る間もなく、エージは車両総重量44トンの圧力により、道路上にて一瞬にしてミンチとなったのである。



「おい、エージ」

 エージは自らを呼ぶ声で目を覚ました。

 目を開いたそこは真っ白な世界。


「お、目を覚ましたな」

 エージの頭に直接誰かの声が響いてくる。


「いやあ、お前って本当に下衆だな。お前の頭の中は日常生活の知識以外はほぼ性犯罪じゃないか」

 半分噴き出しながら絞り出すかのような声に、大きなお世話だとむかつきながらも、エージは白い中を見渡してみる。

が、そこには誰もいない。


 なのでエージは宛てもなく文句を言ってみた。

「他人の趣味に介入すんな。ところでお前は誰で、俺はいったいどこにいるんだ?」


 すると声の主はあっさりと返事をしてきた。

「俺は盗賊の神。ここは空世と現世の境だ。お前、自分がトレーラーにミンチにされたの、記憶しているか?」


 声の主からの指摘にエージは思い出した。

 そういえば定食屋の可愛らしい少女につられて道路に飛び出してしまったことを。

 右側から迫りくるトレーラーを。

 途切れていく記憶を。


 やべえ、俺死んだかも……。


「俺はどうなるんだ?」

 あせったエージは見えない声の主に叫んだ。

 すると声の主は返事を続けてくれる。


「このままなら、亡者コースだよ。お前、クズだし」

「マジか」


 亡者コースって、地獄の何丁目かだよね確か……。

 などと動揺するエージ。

 だが声の主は面白がるように続けてくる。


「ところが、ここで俺が1つ提案をしてやる。お前、俺の代理人として、異世界に転生してみないか? 俺、お前みたいなキングオブ下衆なやつ、大好きなんだ」

「キングオブ下衆って褒め言葉か? ところで、代理人というと?」

「盗賊の神の代理人だ。まあ、転生後に代理人という記憶は残らんがな」


 転生?

 それって流行はやりのやつか?


「で、俺は転生して何をすればいいんだ」

「戦士の神の代理人である『勇者』、魔道の神の代理人である『魔王』がその世界にいる。お前にはそいつらに嫌がらせをしてもらいたいのよ」

「面倒くせーな」

「なら亡者行き」

「わかった、今のなし」


 即答かよ。

 こうなると下衆は切り替えが早い。

 ならば条件を引っ張るか。

 エージは盗賊の神を名乗る声に対してダメ元で要求してみることにした。


「ところで、転生と言えばチートがお約束だが、俺にも何か能力をもらえるのか?」

「残念ながら戦士の神がつかさどる体力と直接攻撃や、魔導の神がつかさどる知力と魔法攻撃などの力は与えてやれん。その代わり、盗賊ならではの能力をくれてやる」


 へえ。

 ひねくれた下衆は力でも魔法でもない能力にちょっと興味がわいてくる。

「どんなのだ」

敏捷力アジリティ上昇と魔道具寵愛アイテムマスターの能力だ」


「アジリティはわかるが、アイテムマスターってなんだ?」

 ぽかんとしたエージに盗賊の神は説明を進めてくれる。


 敏捷力アジリティとは、盗賊技能に関わる様々な行動に必要な能力。

 盗賊技能。

 それは影に潜み、罠を見つけ、鍵を無効にし、要人を闇に葬る技能。


 一方、魔道具寵愛アイテムマスターの能力とは次の通りである。


 ひとつめは『魔道具感知センスアイテム

 この能力により、目視により魔道具を感知することができる。


 ふたつめは『魔道具鑑定アナライズアイテム

 この能力により、魔道具の鑑定およびそれを行使するためのコマンドワードを無条件で知ることができる。


 みっつめは『魔道具無双テイムアイテム

 これは魔道具を精神力の負担なしで無制限に使用できる能力である。


 そしてよっつめ『魔道具複写コピーアイテム

 これは手元の魔道具に付加された能力を、他の道具に複写することができるというもの。


「こりゃあすげえな。チートにふさわしいぜ」

「だろ? これなら文句ないだろ」

「ないない」

「よし、ならばこれで契約終了だ。それではこれからお前を異世界で待つお前の器に飛ばす。俺についての記憶は消えるが、お前に与えた能力と目的は頭に焼きついているから心配するな」


 続けて盗賊の神は何かを唱えた。

 するとエージの存在が薄らいでいき、やがて今いた場所から消えていく。


 エージが消え去った場所で、盗賊の神は口元をゆがめた。

「残念ながら魔道具寵愛アイテムマスターは、魔道具を手に入れられなければ意味のない能力だけれどな」

 続けてもう一言。

「だからこそ、お前の『下衆』が必要なんだよ。エージ」


 盗賊の神はそうつぶやくと、神の世界に戻っていったのである。



「エリス! おい! エリス!」

 誰かの声がエージの頭に響いてくる。

 エリスって誰だ?


 頭が割れるように痛い。

「そうだ、俺はトレーラーにはねられたんだ」

 エージは思い出した。


 半ば無意識に両手両足の感覚を探ってみる。

 そこに痛みはなく、自身の意思で両手両足の指が反応しているのもわかる。

 頭痛も急速に和らいできた。


 なのでエージはそっと目を開けてみた。

 すると最初に視界に入ったのは、イタリア人のおっさんのような顔。

 誰だこいつ?


 が、エージの疑問を無視するかのように、イタリア人のようなおっさんが嬉々として叫んだ。

「エリスの意識が戻ったぞ!」


 だから、エリスって誰だよ。


「よかった、無事だったんだねえ」

 横からの女性の声にエージは首だけを動かし、目線をその方向に向けてみる。

 するとそこには恰幅の良い女性の姿があった。

 こちらもスイス人のような服装をした西洋顔のおばさんである。


 目の前にイタリア人のようなおっさん。横にはスイス人のようなおばさん。

 訳わかんねえ。

 なのでエージは半ば無意識に先ほどからの疑問を二人に尋ねてしまう。


「エリスって誰だ?」


 するとおっさんは彼の両肩をつかみ、心配そうな表情で語りかけてきた。

「何を言っているんだ、お前がエリスだよ」

 おばさんも右側から顔をのぞかせてくる。

「もしかしたら記憶が混濁しているのかしら」


 記憶?


 エージはもう一度体に力を入れてみる。

 今は全身になんの違和感も感じない。

 なので彼は両腕を上げ、自身の手のひらをを見てみる。


 それは透けるような白い肌。

 そのサイズはモミジを思わせる子供のもの。


 あれ?


 今度は首を起こし、自身の胸から足先までに目線を送ってみる。


 そこで確認できたのは、生成りのワンピースのようなものにくるまれた自身の姿。

 しかしそれは見慣れたヒキニートのそれではなく、どう見ても子供のもの。


 そう。エージが転生したのは、少女の身体だったのである。


 ところがエージはなぜか冷静だった。

 自身の姿がアラサーヒキニートから少女に変化しているというのは一大事のはずである。

 が、なぜかエージはそれを疑問に思うこともなく受け入れた。


「これが俺の器か」


 そうつぶやいたことにすらエージは気づかなかった。



 エリス-エージは現在の状況が分かるまでは記憶を失っているふりをし、まずは状況を確認することにした。

 まずはおっさんとおばさんから情報を仕入れることにする。


 おっさんの名前はケビン、おばさんの名前はアリシャ。

 二人の会話から、彼らはエリス宅の隣人夫婦であり、父親の商売仲間でもあるということはすぐに分かった。


「アンガスには気の毒な事をしたねえ」

 アリシャがエリスにそうつぶやいた。


 つまりはこういうことらしい。

 アンガスとは、盗賊ギルド所属の盗賊だった。

 彼はギルドでも中堅どころで、主に潜入に従事していたという。


 エリスはアンガスの一人娘である。

 エリスの母はエリスと引き換えに命を失ったそうだ。


 妻を失ったアンガスは、ひたすらエリスを溺愛した。

 スパルタという名の愛で。


 アンガスは恐れていた。

 エリスが自らの元から消えてしまうことを。

 例えばエリスが奴隷商人にさらわれてしまうことなどを。

 だから、エリスが物心ついたころから、アンガスは彼女に盗賊技能を叩き込んだ。

 さらわれる前にさらう側に回るように。

 アンガスの元から離れないように。


 ところが、エリスは可愛らしく育ってしまった。


 その肌はあくまでも透けるように白く、アンガスが愛した母譲りの美しい金髪は、何のクセもなくまっすぐと肩に落ち、ぱっちりとしたエメラルド色の瞳は上品な人形を思わせる。


 アンガスは焦った。

 このままでは誰かがエリスを奪いに来ると。

 それならば、盗賊ギルドに盗賊として登録してしまえ。


 こうしてエリスは盗賊ギルド所属の盗賊となった。

 さらにアンガスは自分の配下にエリスを置いた。

 それには彼なりの理由がある。


「女盗賊はその身も道具のひとつ」


 エリスを他の連中に任せたら、何をやらされるかわからない。

 下手をしたらその辺の子供誘拐犯キッズナッパーに売り飛ばされるよりも女性として過酷な使命を求められることもある。


 だから彼は自身が務める『潜入』の部門に娘を所属させた。


『潜入』


 この仕事における『失敗』はすなわち『死』を意味する。

 その『死』も、まず間違いなくむごたらしく拷問されたうえで迎えることになる。


 一方で潜入に性別は関係ない。

 そしてこの分野で一人前になれば、他の仕事に回されることはなくなる。

 なぜならばそれだけ難易度の高い分野であるから。


 アンガスの読みは正しかった。

 エリスの身は守られた。

 彼が任務に失敗するまでは。


 その日アンガスとエリスは、ギルドからの指令の元、ある貴族の館に赴いた。

 その任務はアンガスたちにとって簡単なはずだった。

 少なくともこれまでの経験では。


 しかし今回は勝手が違った。

 通常ではありえない場所に巧妙に仕掛けられた罠の毒矢をアンガスとエリスは食らってしまったのである。


 毒に侵されながらも目的を達したアンガスとエリスは何とかアジトまで逃げ込んだものの、アンガスは命を失った。

 そして多分エリスもアンガスの後を追った。


 その亡骸にエージが転生したのだろう。


 エリス-エージは、洗面所でアリシャが用意してくれた、たらいに貯めた水に映る自らの裸体をまざまざと見つめた。


 これはエージにとって夢にまで見た少女の裸体である。

 だが、自身の身体であるためか、彼は目の前の姿にまったくそそらない。

 ただ美しいなと思うだけ。


 しかし一方でエージの下衆な想いは膨らんでいく。


 自分の身体には欲情しなくても、他の少女なら問題ないはず。

 ならば、アラサーヒキニートの姿よりも、可愛らしい少女である姿のほうが色々とやりやすい。


 エリス-エージは自らの前に映るその可愛らしい顔に、『キングオブ下衆』の笑顔を浮かべたのである。

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