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お父さん必死

 女性専用大浴場『百合の庭園(リリーズガーデン)』は、エリスたちの予想を上回る人気を得た。

 

 どうやら街の混浴公衆浴場に不満を持つ女性はエリスたちの想像以上に多かったらしい。

 それに加え、冒険者ギルド女子寮の女性冒険者たちから口コミで伝わったのであろうか、多くの女性冒険者たちも今では常連となっている。

 おかげさまでエリスたちはうれしい悲鳴を上げながら、毎日を目が回る忙しさで過ごすことになる。


 今日も浴場の営業が終わった。

 四人は貸し切り状態の浴場で湯舟につかると、各々は好きなポーズで伸びをする。


 ああ、気持ちいいなあ。


 浴場の湯と灯りは発熱の石と発行の石の持続効果により、湯が止まることも灯りが消えることもない。

 ということで、アラサーヒキニートの夜の部メニューに新たな一ページが加わった。

 

 皆が形式的に寝静まった夜。


 エリスはレーヴェの部屋に訪れると、今晩はどんな風にしいたげげられちゃうのかしらとワクワクしながらベッドで待っている碧の少女に冷たく告げた。

「玩具さん、ちょっとこっちに来なさい」

 レーヴェに『逆らう』という選択肢はない。

「わかった、お嬢様」


 素直に従うレーヴェの手を取ると、灯りが消され真っ暗なリビングを通りすぎ、エリスは隣接する大浴場に戻った。


「ここに座って」

 エリスはレーヴェをかけ湯の椅子に座らせすと、両手にたっぷりとせっけんを泡立てる。

 そうしてからレーヴェの背後に回り込むと、両手の泡で彼女の胸を包み込んでいく。

 

 ん……。


 力尽きたレーヴェの身体を拭い、彼女をベッドに横たえてやったエリス-エージが向かうのは次の部屋。


「豚さん、こちらにおいで」

 フラウに『抵抗する』という選択肢はない。

「わかりました、エリス」


 従順なフラウの手を取ると、エリスは再び大浴場に戻った。

 

「ここに立ちなさい」

 エリスはフラウをかけ湯の前に立たせると、せっけんを泡立てる。

 エリスの両手でたっぷりと泡立ったそれは、立たされたフラウの胸を後ろからやさしく包み込んだ。

 

 あ……。


 意識をもうろうとさせているフラウの身体を拭い、彼女をベッドに横たえてやったエリス-エージが向かうのは次の部屋。


「クレア、こちらにおいで」

 クレアに『疑う』という選択肢はない。

「うん、エリス」


 屈託なく応じるクレアをの手を取ると、エリスは三度みたび大浴場に戻った。


「ここで遊びましょ」

 エリスとクレアはそれぞれの両手にせっけんを泡立てると、エリスはクレアに、クレアもエリスをまねて彼女の胸に、じゃれ合うようにそれぞれの両手を伸ばした。


 やん……。

 

 すっかり脱力したクレアの身体を拭い、彼女をベッドに横たえてやったエリス-エージは、これからが本番とばかりに、改めてレーヴェの部屋に向かう。


 ということで、アラサーヒキニートは夜の部のバリエーションに『二人きりのお風呂でせっけん遊び』を加えたのである。

 その結果、エリスたち四人の肌はこれまで以上に磨きがかかってしまうことになった。


 こんな調子で日々が過ぎていく。

 百合の庭園経営は順調である。

 利用客は日を追うごとに増えていき、売上も順調に伸びている。

 しかしながら、毎日毎日が同じ仕事で忙しいと、さすがに飽きてくる。

 

 エリスは露店を巡って掘り出し物探しをしたくなってしまう。

 レーヴェは六本足の馬(スレイプニル)をなます切りにしたくなってしまう。

 フラウは二本足の牛(ミノタウロス)を容赦なくどつきたくなってしまう。

 クレアは置いてきぼりを食っていた迷宮探索にみんなと行きたくなってしまう。

 

 こうして四人の生活は少しばかりんできた。



 これは『ワーラン評議会』にて開催されている『定例会議』の席でのこと。

 

 本日のお題はワーラン東の郊外にて営業を開始した女性専用入浴施設『百合の庭園(リリーズガーデン)』の扱いについて。

 

 商人ギルドからの問題提起に対し、まずは盗賊ギルドマスターであるバルティスが噛みついた。

「あれは俺の縄張りだが、文句あるのか?」


 これに冒険者ギルドマスターのテセウスも同意する。

「娘たちが楽しそうで何よりだ。うちの女冒険者連中から評判も良いしな。好きにさせておけばいいだろう」


 さらには工房ギルドマスターのフリントも腕を組みながらうなずいている。

「あの工事はやりがいがあったわい」


 各住宅地を代表する他の評議員達も、ただの入浴施設に何か問題でもあるのかといった疑問顔である。

 ちなみに魔術師ギルドのギルドマスターは現在不在のため空席となっている。

 

 ところが百合の庭園を皆が肯定する雰囲気の中で、商人ギルドマスターであるマリアが疑問を呼びかけた。

 

「あの施設は『異常』でしょう?」


 ざわめく議場の中、マリアは疑問点を挙げていく。


 ひとつ。

 あれだけの豊かなお湯を維持できているのは燃料の消費的におかしい。


 ひとつ。

 湿気のこもる浴場内にあれだけの灯りを維持できているのは設備的におかしい。


 続けてマリアは各ギルドマスターたちにも疑問を呈した。

「あの施設には大量の魔道具が投入されていませんか?」


 が、フリントはしれっとしたもの。

「そんなことを儂らに聞かれても困る。儂らはあそこに入れんし」


 テセウスも同様の返事。

「娘にあの施設は女性専用だと聞いているが」


 バルティスもおかしそうな表情な表情をしている。

「うちから派遣する出納管理係も女性を指定されたぞ」


「そうなの?」

「そうじゃよ」


 マリアの疑問にフリントはさらにこう続けた。

「今じゃあ施設の修繕も女性職人のご指名じゃよ」


 ようするにこの場にいる評議員メンバーで、あの施設内に入ったことがあるのは商人マスターのマリアだけだったのである。

 初日に訪れた妙齢の女性とはマリアだったのだ。

 実は事前に商人ギルドから新規商品取り扱いの報告を受け、お忍びで百合の庭園の様子を伺いに出向いたのである。

 

「まあ不自然と言えば、エリスが盗賊ギルドに収める上納金も大概なもんだぞ」

 バルティスが笑う。


「娘たちに飛燕のモールを4本持ち込まれたときには、さすがの俺も焦ったわ」

 テセウスも笑う。


 すると二人は一転して厳しい表情となり、逆にマリアを問い詰めた。

「だが、奴らは一度もルールを逸脱したことはないぞ。商人ギルドにも筋は通しているはずだが」


 二人の表情に議会は不意に静まってしまう。

 が、当のマリアはやれやれといった表情で、降参するかのように両手を小さくかかげた。


「わかったわ。可愛い娘たちのためならお父さんたちは必死ね」

 さらにこう続ける。

「それならば、あの宝の山を私たちで育ててあげるのが親心なのではなくて?」


 マリアは別に施設に対してクレームをつけるつもりではなかった。

 逆に彼女は百合の庭園が持つ潜在的なポテンシャルを見抜き、それをワーラン全体で生かそうという提案を議会に提出したのである。

 

 そんな中でフリントはその巨体に似合わぬおちゃめな様子で舌を出した。

 「既に儂らは工房ギルドの支店を開業しちゃったもんね」



 翌朝早くのこと。

 まだ朝食中のエリスたちのところへと出納管理係のキャティがバルティスからの伝令を持ってきた。

 

「本日夕刻、浴場の閉館後にエリス宅を訪れるので全員集合しておくように。なお食事は軽食と酒を四人分用意をしておくこと」


 伝言の内容にエリスは嫌な予感がする。


 エリスの予感は当たった。

 目が回るような忙しい1日が終わり、いつもならばこの時間はフラウが作った食事を四人で楽しんでいる時間なのに、今日はそうもいかない。

 

 エリスたちは何事なにごとかと不安になりながらも、盗賊ギルドマスターの到着を待っていた。

 

 すると屋敷の前に豪奢な馬車が止められた。

 続けて四つの影が馬車から降りて来る。


 盗賊ギルドマスターの姿を確認したエリスは、その場から逃げ出したくなってしまう。

 

 冒険者ギルドマスターの姿を確認したフラウは、父親から何か叱られるのかとびびっってしまう。


 工房ギルドマスターの姿を確認したクレアは、げんこつを思い出したのか反射的に頭を両手で隠した。


 商人ギルドマスターの姿を確認したレーヴェは、その姿が初日からの常連さんだと気づいた。

 

「おうエリス、あがるぞ!」

 バルティスが遠慮なく屋敷にどかどかとあがりこんできた。

「フラウ、管理人の仕事はきっちりこなしているか?」

 テセウスもバルティスの後に続きながらフラウに声を掛けた。

「おお、可愛い看板じゃのう」

 フリントは屋敷の前に掲げられた看板に満足したかのような表情で二人の後に続く。

「お邪魔しますわね」

 最後にマリアが屋敷に足を踏み入れた。


 四人をリビングに案内し、ローテーブルを囲んでいるソファを勧めながら、エリスは緊張が混じった震え声で尋ねた。

「皆さま、今日はどのようなご用件で?」

 が、四人ともにやにやと笑っているだけである。

 するとリビングのソファに当然のように沈み込んだバルティスが、四人を代表するかのように、いつもの勢いで機嫌が良さそうに声をあげた。

「まあ気にするな。とりあえずメシ持ってこい」


 エリスたちはリビングテーブルの横に予備のテーブルを持ち出し、フラウが用意しておいた夕食を並べていく。

 今日の夕食は大皿に山と持ったフライドチキンとポテトフライにオニオンフライ。

 それにボウルいっぱいのコールスロー。

 デザートは一口サイズに切り分けたフルーツ各種。

 マスター四人には果実酒を、エリスたちには果汁の水割りを並べた。


 ここでエリスはいつもよりも一人多いことに気付いた。

 なぜかいつもは帰宅しているキャティも、この席にしらばっくれて混じっていたのである。


 たわいもない談笑とともに食事は進んでいく。

 談笑しているのは主にマスター四人組であり、エリス達は愛想笑いを浮かべながら頷いているだけなのではあるが。

 すると、皆がフルーツに手を伸ばし始めたところでテセウスが切りだした。

「さて、今日の話なんだけどな」


 するとテセウスを制するように右手を彼の前に掲げると、マリアが続ける。

「お嬢さんたち、この事業に街を巻き込みませんか?」


 マリアの提案はエリスたちにとっては思いもよらないものであった。

 

 商人ギルドは浴場施設内での販売を仕切る。

 その上で商品売上の10%を『施設使用料』としてエリスたちに支払うものとする。


冒険者ギルドはワーランの中心部から百合の庭園までの定期馬車を走らせ、女性たちの送迎を行うものとする。

 送迎売上については商人ギルドの物品販売と同様に10%をエリスたちに『停車場使用料』として支払う。

 

 盗賊ギルドは『施設管理者』となり、受付兼入場収入管理者として持ち回りで百合の庭園に人員を1名派遣する。

 人員派遣料は入場料収入から1名分の人件費を差し引くものとし、残った売上の50%を『施設賃貸料』としてエリスたちに渡す。

 その代わり商人ギルドと冒険者ギルドからの手数料収入については、その上納免除する。

 これで正式に百合の庭園は盗賊ギルドの管轄となる。


 ここまでを第一段階とする。


 第二段階は商人ギルドと冒険者ギルドの共同経営により、百合の庭園に隣接して飲食施設や託児施設を建設するという計画である。


 また、冒険者ギルドの女子寮として使用していた旧ケビン宅も内装を改築し、冒険者の宿として運営を開始する。

 その後も需要により施設を随時追加していく。

 

 各施設の設計は各ギルドからクレア設計事務所に依頼する。

 そうなれば当然施工はフリントの工房ギルド元請としてが取りまとめることになる。

 

「どうじゃ、悪い話ではないと思うぞ」

 鶏の骨をしゃぶりながらのフリントの問いかけに、四人は返事をすることができない。

 実はアラサーであるエリス-エージですら、こんな急展開は読めなかった。

 

 しかしこれは四人に取って思ってもいないことだ。

 これでエリスたちは労働から解放され、再び自由に遊びまわることができる。

 なので四人を代表してエリスはマスターたちに頭を下げた。

 

「ぜひお願いしたいです」

 

 するとマリアはワーラン評議会議長の立場で、次の定例議会にエリスが出席するように正式に要請したのである。


「ところでエリス。風呂場を見せてみろ」

 あー。そう言うと思った。

 一応エリスはバルティスに抵抗のそぶりを見せてみる。

「マスター。百合の庭園は男子禁制なんですけど……」

「ああ、聞こえんなあ」

 だめだ。終わった。

 

 エリスはしぶしぶマスターたちを浴場に案内した。

 実はエリスたちは潤沢に使用した発光の石や発熱の石について出どころなどの疑いを持たれるかとビビっていたのだが、それは杞憂だった。

 

 それどころか発光の石をとうかごに入れて間接照明とする技法や、発熱の石を発熱させたままにするというアイデアをフリントたちから褒められたのである。

 

 また、入浴後のお客さまに数個の冷却の石による冷たい飲み物を提供するというアイデアも、彼らには盲点だったらしい。

 

 こうして九人が浴場でわいわいがやがややっているところで、皆に聞こえないようにバルティスがそっとエリスにささやいた。

 

「実は百合の庭園事業と並行して、中心街の浴場も男性専用として再開発を行うことになっている。お前らがここで披露したアイデアは、そこで奴らが存分にパクる予定だから、今回の件は恩だと思わんでいいぞ」


 そういうことか。それなら安心だ。

 要するに街の男どもは、こうるさい妻や娘たちを郊外に追っ払って、自分たちは街中で乱痴気ということなのだろう。



 マスターたちが帰っていった後、エリスたちは改めてゆっくりと入浴した。

 ここでエリスはいつもと人数が違うことに気づく。

 あれ?何で5人なの?


 よくよく見ると、湯舟の中央に大きな白い毛玉がぷかぷかと浮いている。


 すると突然、毛玉はエリスに抱きついた。


「エリス、私もここに置いてほしいにゃ!」


 毛玉からの激しいアタックにエリスはたじろいでしまう。

 エリスの胸に当たるのは、お湯に濡れてしっとりと手触りのいい柔らかな猫っ毛。

 彼女の背後では真っ白な長いしっぽがふにゃふにゃと湯舟を泳ぐように動いている。

 引き締まった体のお腹側はに一切体毛がなく、背中側は真っ白な毛で覆われている。

 

 その美しく可愛らしく愛らしい姿に、エリス-エージは一瞬で『ケモナー』に目覚めてしまう。

 落ち着け俺。

 

 エリスは興奮を抑えるかのように一度深呼吸をすると、キャティをゆっくりと引き離し、灰色の瞳を見つめた。

「盗賊ギルドはいいの?」

「私も盗賊冒険者に再登録したんだにゃ。マスターが『うまいことエリスのパーティーに潜り込んで来い』と私に指示してくれたのだにゃ」

 言わんでもいいことを正直に喋ってしまう娘である。


「キャティはそれでいいの?」

「私もぜひここに住まわせて欲しいのにゃ。みんな楽しそうでうらやましかったにゃ」

 そう吐露するとキャティは泣きだしてしまう。


 そっか、さっきまで黙って皆と一緒にいたのは、それを私達にお願いしたかったからなのか。

 普段はおしゃべりのキャティがここまで無言でいるのは辛かったろうに。

 

「わかったわキャティ。もう1部屋だけ空いているから今日からそこを使いなさい」


 エリスとキャティの様子に、他の三人はあきらめのため息をつくと、一転して明るい表情となった。

 

「歓迎するぞ」

「歓迎するわ」

「歓迎するよ」

 

 こうしてエリス宅はめでたく満室となったのである。

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