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盗賊少女

 エリスは目を覚ました。が、様子がおかしい。

 メベットの呼びかけにも、キャティの呼びかけにも、反応はするものの、目線は天井を見つめたまま。

「エリス、らーちんを連れてきたぞ」 

 玄関で大地竜らーちんを拾ったレーヴェが、エリスの胸元に彼女の竜を置いてやる。

 エリスは天井を見つめたまま。

 大地竜も黙りこんでいる。

 いつの間にかクレアとフラウもエリスを取り囲んだ。

 沈黙が続く。

 すると、不意にエリスが天井を見据えたまま、大粒の涙を流し始めた。

「私の半分が消えちゃった……」 

 

 エリスが何を言っているのか、誰も理解できなかった。

 大地竜を除いて。

 大地竜は皆にも聞こえるように、声を出してエリスに語りかける。

「そうだなエリスちん、半分どっかに行っちゃったな」

 エリスの大粒の涙は止まらない。 

「ねえ、大地竜らーちん。もう私は、あなたの竜戦乙女ドラゴニックワルキュリアでいられないのかな? みんなといっしょにいられないのかな?」

 大地竜らーちんはエリスの胸の位置からもぞもぞと這い出し、エリスの頬にその小さな頭を重ねる。 

「エリスちん、お前は俺の竜戦乙女だ。俺はお前の竜だ。それとな、勘違いするなよ。お前が皆と一緒にいるのではない。皆がお前と一緒にいたいのだ。お前は黄金の幼女(アンファン・ゴールド)だよ。そんなつまらないことを心配する暇があったら、体力を回復して、次を考えろ」 

 いつの間にか竜戦乙女たちと、竜たちが、エリスの顔を覗きこんでいる。

「お嬢、評議会がお前のことを待っているぞ」

「エリス、ケンたちがあなたのお説教を待っていますよ」

「エリス、元勇者と元魔王が面白いことになっているよ」

「エリス、とりあえずおっさんどもをからかいに希望の海岸(ホープズコースト)に遊びに行くにゃ」

「な、エリスちん。お前は色々と忙しくなるのだから、まずは体力を回復しろ」

 いつの間にかエリスの涙は止まっていた。涙の跡をフラウがそっと拭う。

「わかった。みんなありがと」

 そうつぶやくと、再びエリスは眠りについた。 

 

「らーちん、お前は何か知ってんだろ?」

「何か言いたそうなのはわかっていますよ」

「エリスの半分って何だい?」

「お前らとりあえずエリス社長が目を覚ましたことを喜ばんかい!」

 相変わらずまとまりのない暴風竜、鳳凰竜、混沌竜、氷雪竜だが、大地竜にも竜戦乙女にとっても、このノリはいつものこと。

「エリスちんは、ほぼ間違いなく勇者、魔王と同列の存在だった」

 皆がきょとんとする中で大地竜は説明を続ける。 

「エリスちんの魔道具に関わるとんでもない能力はお前らも知っているだろ。あれこそ、多分神に与えられた能力だ」 

 続けて大地竜はエリスが生き残った理由も説明する。

「あの術式は、使用者の精神力を根こそぎ持っていくもの。だから本来なら使用者は必ず死に至る。が、エリスちんの能力の一つには、魔道具を無限に使用できるものがあった。いや、魔道具を精神力の負担なしに無限に使用できるという方が正しいか。そうだろ、クレア」

 大地竜の言葉にクレアは頷く。

「だからこそ、エリスちんは地母竜神ガイアドラゴデスを召喚した後も命をつないだのだ。その後、勇者や魔王と同様に、神に与えられた力を浄化されてしまった。それがエリスちんの言う『半分消えちゃった』の真相だろう」 

 皆が理解した。

 エリスはもう魔道具に関する能力は使えなくなったと。

 皆が想った。

 だからなんだと。そんなの構わないと。

 エリスが戻ってきた。それが皆にとっての最高のプレゼントだったから。

「それではマスターどもにお嬢が目覚めたと知らせてくる」

「私はエリスの大好物を用意しておきますね」 

「エリスのことを心配している人たちのところを巡回してくるね」

「にゃー」 

 宝石箱たちは、いつもの笑顔を取り戻した。

 いつの間にか再起動した機械化竜も、当たり前のようにメベットのペンダントに戻っている。

 

「ねえあーにゃん」

「なんやキャティにゃん」

「何であーにゃんはプリティスタイルのままなのかにゃ?」

「ああ、わいらあのとき、魔子レベルまで分解されたさかい、ただいま絶賛ボディ取り戻し中や。まあしばらくはチェンジヒューマンも、リセットボディも無理やな」

「そっか。まあどうでもいいことだにゃ」

「さいでっせキャティにゃん、楽しければええんや」

 

 

 

「よう、エージ」

 突然意識に響いた言葉に、エージは我に返る。

「俺を呼ぶのは誰だ?」

「俺だよ、盗賊の神だよ」

 ここは空世と現世の境。

 エージは思い出した。そうだ、俺は盗賊の神にいざなわれて、エリスに転生したのだと。

「あれ、もしかして俺死んだの?」

「違うよ、お前は天神によって、エリスの身体から引き剥がされただけ。俺がお前に与えた能力と一緒にな」

 あっさりとした盗賊の神の返事に、エージはちょっとムカついた。それじゃエリスが死んでしまうじゃないかと。

「エリスを殺したのか!」

「そんなことするか。お前は気づいていなかったみたいだが、エリスの身体には、エリスの魂とお前の魂が同居していたんだよ。お前、普通に文字が読めるとか、普通に娘言葉を使っているとか、違和感を覚えなかったのか?」

 言われてみればそうだ。

 地母竜神ガイアドラゴデスを呼び出したときに『死を覚悟した』のは、『エージ』だけでなく、『エリス』もそうだったんだと、今更ながら気がついた。

 そうか、ずっと一緒だったのかと。

「なら、エリスは生きているんだな」

「ああ、心配するな。大地竜も彼女を守っていてくれている」

「そうか、ならいい」

 エージは安心した。エリスが生きているのならそれでいい。

「でな、まだ話はあるんだけど」

「何だよ」

「お前、今回の功績で、亡者コースから転生コースにランクアップしたの。でな、どっちに転生したい?」

「功績って?」

「お前、勇者と魔王の2人に力を持たせたまま戦いを放棄させただろ。あれはこれまで無かった事態なんだよ。だからこそ、あの場は見守るべきだったんだ。そんな状況下で人々がどう未来を紡ぐのかとな。天神は戦の神と魔導の神の安直な介入に大層ご立腹だよ」

「そっか。それは残念だったな。ところで、どっちに転生って?」

「トレーラーに轢かれた世界と、地母竜神を呼び出した世界」

 エージはちょっとだけ悩む。前の世界には便利な四角い箱が目の前にあった。転生した世界には何もなかった。だけど、だからこそ、あの世界では脳から血が出るほど考えた。自ら答えを出すまで考えた。

「じゃ、エリスがいる方」

「わかった。だけど時間軸はずれるし、お前の記憶は魂の奥底に沈むよ」

「いいさ、次も楽しんでくるよ」

「ああ、いい覚悟だ。じゃあな、グッドラック」

 盗賊の神の言葉と同時に、エージは再び意識を失った。

 

 

 アルメリアン大陸では、天使騒動の後、様々な変化が起きた。

 まず、大陸中を震撼させたのが、まさかのグレイ王即位。

 あのぼんくらに務まるのか、あのマザコンに務まるのか、あの根性なしに務まるのかと、周辺諸都市では心配の声が上がるも、当のスカイキャッスルでは絶大なる支持を得ているらしい。


 次は、城塞都市マルスフィールドと、陶芸都市セラミクスの領主交代。マルスフィールドはチャーフィー卿、セラミクスはスチュアート卿が領主の任に就いたが、問題はその妻たち。妻の2人はウィートグレイス公レオパルド・ローレンベルク卿の娘、さらに三番目の娘はワーランの竜戦乙女であり、長女の娘すなわち彼の孫娘は機械化竜カオスドラゴンの使い手と来ている。

「しばらくはローレンベルク家の天下か?」と噂されるも、当の本人たちは気にしていない様子。うなぎのジジイはまもなく茶の収穫期ということで、おとなしくウィートグレイスに引きこもっているし、スチュアート卿夫人のグリレなどは、ワーランから遠くなったことにずいぶん不満な様子だとのこと。


 ワーランでは、いつの間にか元魔王のベルルデウスが、さも昔からワーランに住んでいたようなでかい態度で、街を闊歩している。ベルルデウスはエリスが開発したという温熱設備や金融システム、流通などを見て回り、感心した。それらは稚拙ではあるものの、シンプルであり、思想によどみやひずみがない。ひずみがないから利権や差別が生まれない。ベルルデウスは、力を失ってしまったというエリスの代わりに、そうしたシステムの面倒を見ようと思い立つ。


 一方、自由の遊歩道フリーダムプロムナードでは、決戦前のフェルディナンド公主催宴会で仲良しになったウィートグレイスの兵たちと、ワーランの娘たちの間で数十のカップルが出来上がり、娘たちはウィートグレイスに嫁に行ってしまった。そのため自由の遊歩道では再び人出が足りなくなり、マシェリたちが慌てて募集をかけたところに、マルコシアの噂を聞きつけた魔族たちが集まってきた。

「ホント、なんでもありってこういうことだわ」

 マシェリは呟くと、マルコシアに指示を出す。

「マルコシア、魔族の面接はあなたも立ち会ってね」

「はい、マスターマシェリ!」

 マルコシアは自然と魔族のリーダーになっていった。


 キャティに救われた前々王、ジョー・J・スカイキャッスルは、キャティが約束してくれたとおり、リゾートホテルの一角にある日当たりの良い部屋に住まうことにした。彼の面倒は猫獣人の娘たちと、海豹獣人の娘たちが見てくれる。

 ジョーにとって、猫のふわふわとアザラシのもこもこは新鮮な感触だった。性的なものが一切ない、ただただ愛でる感覚。彼は日光浴を繰り返し、希望の海岸(ホープズコート)名産の料理で徐々に体力を回復し、今では自らの足で部屋と海岸を行き来している。

 そんなある日、いつものビーチで日光浴の準備していると、やけに派手な集団が近づいてきた。

 ジョーは気にせず、お付きの獣人娘2人とビーチチェアに寝そべり、日光浴を始めた。が、その団体に快適な気分を邪魔される。

「よう兄貴、少しは回復したかい、体力もへその下も」

 下品な言葉をかけてきたのは、弟でもある先王ジャックである。

「わしはへそ下なんぞの欲望からはとっくに解脱したわい。お前こそ腹上死せんようにな」

 結局、前王ジャック・J・スカイキャッスルも引退後に希望の海岸に住み着いてしまった。左腕には、度重なる夜の絶倫バトルの末、やっと屈服させた元ワーラン盗賊ギルド所属『蟻地獄』マリリンをぶら下げて。

 こうした経緯からか、希望の海岸は引退した王族や貴族の隠居場所として定着していく。


 ギースは結局アイフルさんに振られた。というか、告白する前にアイフルさんがバズさんと結婚してしまった。が、今のギースにとって、それはどうでもいいこと。彼はもっと良い居場所を見つけたから。

「主、いるか?」

「いらっしゃい。主は留守だが、案内はできるよ」

「そうか、実は今日は俺が踏まれる番でな、ぜひともここはマルゲリータにセクシーな下着を用意したいのだが」

 バチン!

 すぐさまマルゲリータのビンタがベルルデウスの頬を襲う。

「あんた、もう少し言葉を選べないのかい! ほら、みんなこっちを見てるじゃないか」

「うるせえ! 他人なんかどうでもいい! 俺はお前に踏まれながらお前の悩殺パンツを眺めてあうあうしたいんだ!」

「お客さん、喧嘩は外でやってくれ」

 ここはブティック仮面舞踏会マスカレード

 追い出した2人と入れ替わりに、アイフルたちと午後の休憩を楽しんできたプラムが店に帰ってくる。

「ただいま。あら、マルゲリータさんたち、どうしたの?」

「おかえり。店内で痴話喧嘩を始めたから出て行ってもらった」

「あのお二人も相変わらずね」

 そんなことを言い交わしながら、プラムとギースはお帰りのキスを重ねる。

 そう、ギースはスカイキャッスル盗賊ギルドをやめ、プラムと事実婚をしてしまった。性欲なぞ右手で充分な彼は、左手でプラムを可愛がり、プラムはそんなクールなギースにハマってしまったのであった。

 

 

 

 そんなこんなで、300日の時が過ぎた。

 

 ここはスカイキャッスル城。

 エリスたちは久しぶりに王城に足を運んだ。グレイ国王とマリオネッタ王妃の間に生まれた赤ちゃんの祝福を行うために。

「お久しぶりですグレイ国王さま、マリオネッタ王妃さま」

 フラウが皆を代表して国王と王妃に挨拶の礼を行う。フラウの後ろには、恥ずかしそうにエリスが隠れている。

「そんなに堅苦しくされてもな。ところでエリスちゃん、俺のことが怖いの?」

「怖くはないです」

 エリスは右手でレーヴェの左手を握りながら、グレイに精一杯虚勢を張る。

「さあ、こちらにどうぞ。皆さまのご祝福を賜りますように」

 マリオネッタは5人と、5人にへばりついている竜たちを、赤子が寝かされている籠に案内する。

 皆で籠を覗きこむと、そこには、やっと顔立ちが整ってきたのであろう。可愛らしい表情の赤子が眠っていた。

……。

「エ……ジ……?」

……。

 エリスが赤子の顔を覗き込みながら、不意に無意識のうちに一言つぶやいた。

「エージ? AとZ?」

 エリスのつぶやきを、レーヴェはそう繰り返す。

「最初と最後ですか」

 フラウが何の気なしに感想を口にする。

「最初から最後、全てを知るAZだね」

 クレアも薀蓄を重ねてくる。

「なら、読み方はかっこよく、アージュだにゃ」

 キャティが気の利いたことを言ってみる。

 そこにグレイとマリオネッタが素早く反応した。

「竜戦乙女から名前を贈られた王子というのもいいな」

「私は『アージュ』の響きと由来が気に入りました。それ、いただきです」

 ということで、トントン拍子に王子の名前が決まってしまう。

 マリオネッタは籠から赤子を抱き上げ、頬を寄せながら、赤子に囁いた。

「あなたの名前はアージュ、この国の王子。だけど、王になれるかどうかは、あなた次第よ」

 既に王の世襲制廃止を宣言したグレイも、横で頷く。

 と、そのとき、赤子の口元が一瞬歪むように微笑みを浮かべた。

 その一瞬の微笑みに、竜戦乙女の5人は、同時に心を突き刺される。

 悪魔のような、どこかで見覚えのある、彼女たちの記憶の奥底に刻み込まれた懐かしい微笑みに。

「ふん」

 すべてを悟ったかのように、大地竜だけが鼻を鳴らした。

 

 

 

 数年後、妙齢の戦乙女たちを振り回し、その竜たちをも顎でこき使い、7歳も年上のマルスフィールド公令嬢をたらしこんで機械化竜までも我がものにしたショタが現れた。

 彼はさらにその数年後、アルメリアン大陸はおろか、この世界に存在するすべての大陸と島々にその名を轟かせることになる。

 『ドラゴンマスター』 アージュ・アルメリアン一世と。

 これはまた別のお話。

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