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勇者

「あれ? ここはどこだ?」

 グレイのとぼけた声に、先程まで外の様子を窺っていたマリオネッタが驚きながら振り返る。

「グレイさま、気がついたのですね!」

「あ、ああ、俺、どうしたんだっけ?」

 マリオネッタは上半身を起こした勇者に思わず抱きついた。

「天から降ってきた光の束に撃たれたのです! さっきまで心臓が止まりそうで、いつ止まるか、いつ止まってしまうかと……。良かった、良かった……」

 マリオネッタは感極まってグレイの首に両手で掴まり、彼の頬に顔をうずめ、泣き出してしまった。


 グレイはマリオネッタの背中をさすりながら周りを眺める。するとそばに魔王が横たわっているのを見つけた。と、間髪容れずに小屋の扉が開き、漆黒の髪に陶器の肌を持つ天使が小屋の中に入ってくる。

「あ、ベルルエルさんでしたっけ、彼は大丈夫なんですか?」

 グレイはひたすらマリオネッタを安心させるべく背中をさすりながら、小屋に入ってきた天使に尋ねる。

 するとその声がきっかけとなったのか、魔王も目を覚ました。 

「あれ、俺、何していたんだっけ?」

「気がつきましたか、魔王さま。詳しいことをご説明いたしますから、一旦城に戻りましょう。魔力も残っていないでしょうから、これをお使いください」

 ベルルナルは魔王にそう語りかけると、指輪を2つ渡した。魔王はそれを右手の薬指にはめる。

「それではグレイさま、少しやることがあるので、私たちは一旦城に戻ります。また後ほど」

 ベルルナルはグレイとマリオネッタにそう挨拶をすると、魔王を抱きかかえた。

「おいバカやめろ恥ずかしい!」

 魔王は抵抗するも、まだ身体に力が入らない。ベルルエルは魔王をやすやすと抱えると、小屋から出て行く。

「レーヴェさま、大変なところ恐縮ですが、一旦私たちは城に戻ります」

「ああ」

 レーヴェは心ここにあらずといった様子で、そっけなくベルルエルに返事を返した。レーヴェの目線には、フラウに抱きかかえられたエリスしか映っていない。

 ベルルエルはそのまま翼をはためかせ、城へと飛んでいった。

 

 一方グレイは、ようやく落ち着いたマリオネッタの肩を借りながら、小屋の外に出る。と、 グレイの目にも、フラウに抱かれたエリスの姿が目に入った。

「何だ? エリスちゃんに何があった!」

「グレイさま、後ほど私がご説明いたします。今はお静かに!」

 マリオネッタは必死でグレイの疑問を一旦中断させる。


 フラウはエリスを抱きかかえ、レーヴェとクレア、キャティらに目で合図を送ると、無言でワーラン市内へと戻っていった。彼女たちはそれぞれの竜からエリスが術式を解放する直前に念話で聞いていた。この術式は術者の命を奪うと。しかし、エリスは今、確かに呼吸をしている。心臓が規則正しくとくんとくんと鳴っている。だから、宝石箱たちはひたすら待つことにする。エリスが目覚める日を。


 事の顛末を全て見ていたワーランの火薬庫パウダーマガジンオブワーランの面々や兵士たちは、海を割るように無言で彼女たちが通る道を開けた。彼らは無言でただただ祈った。彼らの恩人である黄金の幼女(アンファン・ゴールド)の無事を。

 

 グレイはいわゆる「勇者」としての力を、ことごとく失っていた。剣を振っても闘気は飛ばず、勇者専用の魔法は記憶から消え去っている。

「俺の価値はなくなってしまったか」

 グレイは自嘲気味に笑う。

「そんなことありません。グレイさまはグレイさまです」

 そんなグレイをマリオネッタが慰める。

 と、そこに商人ギルドからの使者が2人のところにやってきた。 

「スカイキャッスル城の新王さまからお二人に招集のお呼び出しです。こちらはクレアさまからお借りしてきた、王城控室へと向かう『帰還の指輪』です。こちらをお使いください」

「新王様とは?」

「前マルスフィールド公です」 

 グレイとマリオネッタは急いで指輪の力を解放し、王城へと出向く。


 と、控室には既にギースが待っていた。

「ようグレイ、勇者の力を失っちまったんだってな」

「ああギース、これで本当に勇者をやめたってことだ」

 すると突然ギースは腰のショートソードを引き抜いてグレイに襲いかかる。

「何をするギース!」

 グレイは慌てて腰のロングソードを引き抜き、一瞬でギースのショートソードを叩き落とす。

「おー痛え、マリオネッタ、ちょっと回復してくれよ」

 ギースはグレイの剣撃で捻った手首をマリオネッタに差し出しながら続ける。

「グレイ、お前は勇者としての特別な力は失ったかもしれないけれど、これまでの鍛錬で積み重ねた腕前は失っちゃいないよ。お前が一流の剣士であることに変わりはない。さあ、堂々と新王の元に行こうぜ」

 ギースの言葉を理解できず、ぽかんとしているグレイにマリオネッタが優しく囁いた。

「ギースさまはグレイさまに自信を取り戻させてくださったのですよ」

「そっか、そういうことか。ギース、ありがとう」

「恥ずかしいから真面目な顔してそんなこと言うな。さあ、王のもとに行こう」

 3人は控室を出て、謁見の間に向かった。


「グレイ、マリオネッタ、ギースの3名。参上いたしました」

「おう、入れ入れ!」

 扉の中から聞き慣れた声が響き渡る。3人は謁見の間に入り、新王の前で跪いた。

「まあそんなに堅苦しくするな」

 新王は3人に語りかける。 

「グレイ、マリオネッタ、ギースよ、貴様らに頼みがあるのだが、聞いてくれるか?」

「王よ、私は民のために戦いたいのです。民を圧することには協力できません」

 グレイは王にはむかうも、王は笑い飛ばす。 

「その心意気だ。その心を以て、スカイキャッスル内の悪魔残党の討伐を行ってくれんか? これがリストだ」

 王は広報官に指示を出し、グレイたちに以前エリスたちが内密に作成した一束の書類を持たせる。 

「ウィズダム魔術師ギルドから『アイソレーション』の術式が届いておる。マリオネッタなら使いこなせるはずだとギルドマスター共が言っていたが、どうだ?」

 マリオネッタは術式が書かれている巻物に目を通した。必要精神力7、ならばエリスからいただいた大魔導の指輪の効果で必要精神力を2まで減らせる。毎晩余った精神力を精神の指輪にため直せば、1日に数回は使用できるだろう。

「ええ、大丈夫です」

「ならば出来る限り、憑依されたものは悪魔と分離させて助けてやってくれ。既に悪魔に入れ替わられているものは仕方がない。そこの判断はお前たちに任せる」


 翌日からグレイたちはリストを手に、悪魔の探索を開始した。

 グレイは魔王が言っていた言葉を思い出す。

「悪魔だって人生をエンジョイしてもいいだろ」

 だからグレイは悪魔を見つける度に、彼らに問うた。

「ここで引くなら見逃してやる。そうでなければこの戦いをエンジョイせよ」

 結果的にほとんどの悪魔はグレイに襲いかかってきた。が、勇者の力を失ったグレイではあったが、マリオネッタとギースの援護を受け、確実に悪魔を倒していく。

 数少ないグレイとの戦いを放棄した悪魔は、召喚悪魔であるものは元の魔界に帰り、魔族と呼ばれる土着悪魔たちは、自らの故郷に帰り、もしくはワーランでのマルコシアの噂を聞きつけ、新天地へと向かっていった。

 地道に悪魔の探索を続けるうちに、それまでも魔宴サバト潰しで民からの支持を受けていたグレイは、更に民衆の支持を得ることになる。


 日々が過ぎ、グレイがリストの全てをこなし、スカイキャッスルから悪魔を一掃したとき、新王は広間にスカイキャッスルの全ての貴族を集めた。そこには新たにマルスフィールド公に任ぜられたチャーフィー卿と、悪魔に取って代わられ死亡したセラミクス領主に代わり、新たにセラミクス公に任命されたスチュアート卿の姿もある。

 そこで王は宣言する。


「皆のものよ、ここに絶対君主として、朕は2つの王令を発する。ひとつは絶対王政の廃止及び立憲君主制の設立。王は承認者となり、方針は今後評議会により議論するものとする。モデルはワーラン評議会。よいな」


 突然の王権縮小を王自らが宣言したことに貴族たちは驚くも、彼らも魔宴に侵されレーヴェたちに皆殺しにされた旧貴族の後釜に据えられた、有能な下級貴族の傍系や市民、兵士たち出身者がほとんどである。

 なので彼らは評議会制導入を歓迎した。


「次の王令じゃ。朕、ジャック・J・スカイキャッスルは王位をグレイに禅譲し、退位するものとする」


 これにはさすがの貴族たちも度肝を抜かれた。まさか王自らが存命のうちに退位を表明するとは! しかも次の王に、元勇者なれど、農民出身のグレイを任命するとは! 王の真意がわからず、貴族たちは狼狽する。

「何、難しいことを考えるな。神輿に乗るのは単純なヤツのほうが評議会にとって都合がいいだけじゃ。それにグレイは民衆からの支持が厚い。貴様らが本気で議会制を導入しようとするなら、グレイという王は役に立つだろうよ。何より民のためにならないと思ったら、すぐに剣を抜くような単純なやつじゃからの。スカイキャッスル再興のために、上手くグレイ王を使ってやれ」

 王の真意に何人かは気づく。グレイならばしばらくは王位継承云々を気にせずに制度整備を行うことができる。それに純朴なグレイのことだ。もしかしたら将来的に王位自体を廃止すると宣言するかもしれない。ならばこの神輿を担ごうと。

 貴族たちは王の宣言を全面的に受け入れた。


「それでは早速退位と即位の儀を用意することといたしましょう」

 広報官は貴族たちに指示を出し、各領主に早馬で王令を通知すべく準備を始める。

 そんな中、唖然としているのは当のグレイ。マリオネッタも狼狽している。するとそんな姿をからかうようにジャック王がグレイとマリオネッタに手招きをする。

 手招きに応じてグレイとマリオネッタは王に歩みを寄せた。

「なあグレイ、難しく考えるな」

「そうはおっしゃいましても、いきなり王だなんて、私には務まりません」

「それでいいのじゃよ。グレイよ、お前は難しいことを考えるな。お前は新設される議会が民のために正しいか否か、それを判断してやれ。それは単純なことじゃよ。わかったな。それにマリオネッタ、グレイは基本的にアホじゃ。グレイが迷った時は、王妃としてそなたがこやつを導くのじゃぞ」

 

 

 数日後、即位の儀を経て、ここに新王、グレイ・スカイキャッスル10世が誕生することになる。

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