最後の一手
ジリ貧。
状況は刻一刻と悪化していった。戦いが開始されてからここまで三刻が経過している。
エリスたちの攻撃力は天使たちを上回る。竜たちも疲れを感じさせない素振りでブレスを吐き、その身体で天使たちを砕き、かき消す。
レーヴェが斬り、フラウが砕き、クレアが突き刺し、キャティが抉る。が、それも体力の限界が近づく。
エリスたちが築いている防衛ラインを突破し、ワーランの入口を守るワーランの火薬庫や兵たちに襲いかかる天使共の数も徐々に増え、街を守る最後のラインは今にも突破されようとしている。最後のラインが突破されたとき、それは天使共による、市民の大虐殺が始まるとき。
それだけはどうしても避けたい。が、戦況を打開する術がない。
いつのまにか5柱の竜たちは、疲労の極限にありながらも健気に武器を振るう自らの戦乙女を守るかのように、彼女たちの周囲に降り立った。
レーヴェが肩で息をしながらも天使共を切り裂きながら口元を歪める。
「さすがに弱いものいじめも飽きてきたな」
フラウも大きく息を吸い込み、自らを鼓舞するかのように改めてハルバードを頭上に掲げる。
「きりがないですわね」
クレアは混沌竜の頭上にへたりこみながらも、背に戦乙女の槍を浮かべ、天使に向かって放ちながらエリスに微笑む。
「エリスの能力があってよかった。ボクも活躍できてよかった」
そこに防戦のためにエリスたちの前に立ち、相変わらず踊るように天使たちを抉っているキャティが言葉を重ねた。
「まだまだこれからだにゃ」
が、彼女たちは気づいていた。自らの限界がまもなくやってくることを。
そしてエリスも気づいていた。明らかに自分と少女たちの動きが落ちていることを。
自らはひたすら大地竜の火山召喚を続け、合間にクレアのために精神の指輪に精神力を充填している。が、いかに魔道具無双の能力があるとはいえ、8歳の身体に三刻を超える戦いの緊張は、極度の疲労をもたらした。
このままでは突破される。
突破されればそこで終わり。
エリス-エージは考える。何か方法はないかと、なにか打開策はないかと、ひたすら考える。必死で考える。が、そんな妙手が残されているわけがない。
そんな中、天使たちは徐々に竜たちの身体に取りつき始めた。竜たちは自らの戦乙女を守るのに必死で、自らに纏わりつく天使までには手が回らない。
と、天使たちは少しずつ竜たちの身体に侵食を始める。
「まずいな」
「どうしたの、らーちん」
「天使共、俺たちの身体が魔子でできていることを利用し始めている。あいつら、魔子を通じて、俺たちの身体を少しずつ分解するつもりだ」
「なんですって!」
「ああ、これはやばい」
「ねえらーちん、なにか手はないの?」
すると大地竜は不機嫌そうに、エリスに念を送った。
「ひとつだけある。が、俺はそれをやりたくない」
「いいから教えてよ!」
一瞬の沈黙の後、大地竜はエリスに念を返す。
「……。エリスちん、お前は俺を魔道具として認識できたな?」
「ええ」
「試しに暴風竜、鳳凰竜、混沌竜、氷雪竜にも魔道具認識の念を送ってみろ」
エリスは言われるがままに、既に目の前にまで後退してきている4柱の竜に魔道具認識の念を送る。
「マジ?」 暴風竜が戦いの最中にもかかわらずエリスに振り返る。
「えっ?」 鳳凰竜もブレスを吐きながらエリスに視線を向ける。
「何だこれ!」 エリスの横で混沌竜が素っ頓狂な声を上げる。
「エリス社長、それはだめや!」 氷雪竜が普段のおちゃらけた態度とは打って変わって、悲痛な叫び声をあげる。
「どうだエリスちん、認識できたか」
「ええ、らーちん」
エリス-エージは頭に浮かんだ術式とその効果、使用結果を認識した。
「俺がやりたくない理由もわかってくれたか?」
「ええ、らーちん、あなたは優しいわね。あーにゃんもね」
急に穏やかな表情になったエリスにクレアは不安になる。
「ねえエリス、どうしたの?」
「何でもないわクレア、一度ぴーたんの頭から降りてくれる?」
エリスに言われるがまま、混沌竜はクレアを彼の頭上から降ろす。
ふう。
エリス-エージはひと息をつき、使用結果を再度確認する。
使用結果、それはこの術式を行使したものはことごとく死に至るということ。だかららーちんはやりたくないと言い、他の竜も血相を変えたのだ。
エージは、エリスに転生してから、この地でやりたい放題をやってきたことを思い出す。
楽しかったわ。
ならばこそ、ここは最後のやりたい放題。神だかなんだか知らないけど、一泡吹かせてやる。
エリスは天を睨みつけ、叫んだ。
「レーヴェ、フラウ、クレア、キャティ、ちょっと神さまとやらに喧嘩を売ってくるわ。らーちん、すーちゃん、ふぇーりん、ぴーたん、あーにゃん、力を借りるわよ!」
突然のエリスの叫びにレーヴェたちはエリスの方を振り向く。と、エリスは両の腕を空に向かって掲げていた。
エリスの魔道具認識の力で、大地竜、暴風竜、鳳凰竜、混沌竜、氷雪竜がエリスを五角形の形に取り囲むような位置に一瞬で移動する。
エリスは詠唱を開始する。
「大地を踏みしめる偉大なるものよ!」
大地竜の体が黄金に輝く。
「天空を支配する偉大なるものよ!」
暴風竜の身体が碧く輝く。
「生命を育む偉大なるものよ!」
鳳凰竜の身体が紅く輝く。
「自然を司る偉大なるものよ!」
氷雪竜の身体が白く輝く。
「不条理を包み込む偉大なるものよ!」
混沌竜の身体が闇に輝く。
「我を依代に、いざ参られよ!」
5柱の竜はそれぞれが光で繋がれ、それは星型となる。中心には五色に輝くエリスの姿。
「『終末究極解放』! 『地母竜神召喚』!」
エリスの詠唱と同時に5柱の竜は空に向かって雄叫びを上げた。
続けて竜たちの身体が輝きながら徐々に細かく分かれ、小さな粒子となっていく。
粒子となった竜たちが五色に輝くエリスの身体に吸い込まれていく。粒子が吸い込まれていくとともに、七色の光の中で徐々にエリスの身体が大きく膨らんでいき、その姿も変化していく。
竜たちの粒子が全てエリスに吸い込まれ、五色の光が静まったとき、そこには純白のロングドレスを黄金のハーフプレートアーマーで覆い、数えきれない程の羽根を背に纏った、巨大な女神が1人佇んでいた。
女神は胸に手を当て、召喚者の意思を確認する。女神は召喚者の意思と、今ここで起きていることを瞬時に悟ると、再び襲いかかろうとする天使たちに冷たく命じた。
「こら、お前たち、私が誰だかわかるな? お前たちに命令を下したものが天神でない限り、私の命令が優先することはわかるな?」
女神の言葉に天使たちは倣い、その場で動きを止める。
「で、お前たちに命令を出した神は誰だ?」
天使は女神に問われるがままに戦の神と魔導の神の名前を告げた。
「ふん、あのバカどもか」
女神は一瞬呆れたような表情を浮かべると、天使たちに命じる。
「お前たち、天界に帰りなさい」
天使たちは従い、その姿を消していった。
「後ろの十翼天使、お前は私の命令を聞けないのかい? おや、お前は……」
女神は振り返ると、ベルルエルの顔を見て言葉を止めた。
「はい、地母竜神さま、私は天神の命でここにおりますゆえ」
「あっそう、まあいいわ。でも、邪魔はしないでね」
「心得ております」
レーヴェたちはそのやりとりにあっけにとられながらも、無言で見つめているしかない。
女神は天を仰ぐと、誰もが初めて耳にするような美しい声で歌うように叫ぶ。
「戦の神よ、魔導の神よ、姿を現しなさい」
続けて女神は右手で無造作に空をかきむしるような仕草を見せる。すると空間がそこで裂け、奥に白い世界が広がる。
そこにはひげをたくわえた白髪の神と、ほっそりとした黒髪の神が、うろたえたような表情で立っていた。
「あんたら、禁忌を犯したでしょ?」
女神の尋問に2人は答えられない。
「あっそう、そういうつもりね」
女神は2人を一瞥すると、別の空間を右手で引き裂く。そして苛立ちげに叫んだ。
「天神はいるかい! いたらちょっと顔貸しな!」
「なんじゃい騒々しいのう。お、地母竜神じゃないか、久しぶりじゃの」
空間から顔を出したのは、見事なつるっぱげの、精力絶倫そうな濃い表情を持つ神。
「久しぶりじゃないわよ、あんたんとこのバカどもがこの世界で禁を犯したんだけど、落とし前をつけてくれない?」
「禁とは?」
「地上に直接神の力を行使したのよ。それも終末の角笛だけでは飽きたらず、光の束まで使ってね」
その言葉に、それまでへらへらと笑っていた天神の表情が厳しいものに変わる。
天神は戦の神と魔導の神を睨みつけると、再び女神に目を遣った。
「ああ、理解した。こいつらは数百年ほど幽閉の罰を与えるとしよう」
「頼んだわよ。私のテリトリーでこうも好き勝手されちゃ困るのよ」
「わかったわかった。こいつらがその世界にもたらした被害も修正しよう。じゃが、こいつらが地上に送った勇者と魔王の力とやらも返してもらうぞ」
「それは当然でしょ」
「それと、お前の依代に宿る力もな」
「あ、バレてたのね」
ここで天神はベルルエルの存在に気がついた。
「お、ベルルエル、お前も久しぶりじゃの。どうじゃ、少しは反省したか?」
「反省なんかしていませんよ、ここでエンジョイさせてもらっております」
「ワッハッハ、相変わらずじゃの。ところで貴様も今回の元凶の一人じゃ。罰として儂のところに戻ってこい」
「ご命令とあらば仕方ありませんね」
天神と十翼天使のやりとりを尻目に、女神はレーヴェたちに目を向ける。
「この世界への神の介入はこれを以て終了とします」
すると天神も上空から人間たちに声を発した。
「この世界で生を営む人間どもよ、汝らは汝らの思うところに生きよ。但し、今回のバカどもの不始末を片付ける上で、奴らが地上にもたらした力や魔道具などは浄化させてもらう」
天神の宣言と同時に、小屋で横たえられていた勇者と魔王の身体が一瞬輝く。キャティの勇者を切り裂くものも一瞬輝いた。それに合わせて地母竜神の中心も一瞬輝く。
「それじゃ、地母竜神よ、またな。ベルルエルは魔王とやらの身の振り方を決めさせたら、さっさと天界に戻ってくるように」
そう言い残し、天神は消え、同時に空間の裂け目も閉じていった。
地母竜神は、レーヴェ、フラウ、クレア、キャティの方を向き、彼女たちに声を発する。
「この世界を代表する乙女たちよ、後は任せます」
「女神さま、エリスは、エリスはどうなってしまうのですか?」
レーヴェが必死で女神に問いかけるも、女神は答えることなく、微笑みながら消えていってしまった。
その後、そこには、倒れ込んだエリスが一人残された。




