何してくれてんの
ここは天界。
「やれやれ。これで何とか片付くか」
「予想外の出来事でしたからね、これもやむを得ません」
勇者と魔王を撃った光の束は、戦の神と魔導の神が、天界から彼らに向けて直接放ったもの。
アルメリアン大陸の勇者と魔王は、圧倒的な神の力によって打ち倒されてしまった。
「お前ら、何してんだよ! 終末の角笛を使用した上に、直接の介入なんぞ許されると思っているのか!」
「ばれなければ問題なしだ」
「あなたも余計なことはしゃべらないでくださいね」
盗賊の神は2人の行いを激しく罵ったが、戦の神と魔導の神は我関せずといった表情で、盗賊の神に捨台詞を残し、その場から立ち去ってしまった。
盗賊の神は下界を心配そうな表情で覗き込む。このままではこの世界の人々は天使共に滅ぼされてしまう。神といえども、何の罪もない人間たちに対して、そのような行為が許されるはずもない。が、事態は動いてしまった。
「後はあいつがどこまで踏ん張るかというところか。がんばれよ、エージ」
盗賊の神は下界に向かって一言つぶやくと、彼も一旦その場を離れる。
「グレイさま! グレイさま!」
マリオネッタが半狂乱となりながら、勇者を抱きかかえ、彼に呼びかけるも返事は返ってこない。かすかに心音は彼女に伝わるものの、それは儚く、今にも止まりそうであった。
「禁じ手というわけですか。マリオネッタさん、とにかく魔王さまと勇者を安全なところに運びましょう」
ベルルエルは憎々しげに独り言をつぶやくと、マリオネッタにそう呼びかける。
「力を貸すわ、レーヴェ、フラウ、手伝ってあげて」
エリスの指示を待つか待たないかの身のこなしで、レーヴェはベルルエルと魔王を、フラウはマリオネッタと勇者を、近くの小屋まで運び、やさしく横たえる。
「完全回復」
エリスは横たわった2人に回復の指輪の能力を使用した。が、2人の様子に変化は見られない。
「これは神の力によるもの、いわゆる『神罰』です。こうして今でも心臓が動いていることが不思議なのですよ」
「神罰って?」
「エリスさん、先ほどの光は天界から直接放たれています。おそらくは勇者と魔王をこの世界に召喚したいずれかの神が、直接手を下したということでしょう。許されることではないですが」
エリスの問いに、ベルルエルは怒りも隠さずに震えながら声を振り絞った。そう、ベルルエルは神が直接外界に手を出すことの非常識さを知っていた。だからこそ、天使共を打ち倒しさえすれば、神はこの世界を認めるだろうと思っていた。なのに、神は手を下した。ということは……。
突然ベルルエルの表情が怒りから動揺に変わる。
「まずい、この後は……」
と、ベルルエルの声を遮るように外から絶叫が響く。
「天使の大軍だ!」
ワーランの空はふたたび無数の天使共で埋め尽くされた。人々を滅ぼすために。
竜戦乙女と竜たちは再び天使たちを迎え撃つ。が、ここに圧倒的な力を誇った勇者と魔王はいない。
「レーヴェ、フラウ、クレア、キャティ、死なないでね。らーちん、すーちゃん、ふぇーりん、ぴーたん、あーにゃん、私たちを守ってね」
「俺にはエリスの能力があるから問題ないが、他の竜たちが使える究極召喚は、あと1回か2回が限度だろう。それ以上は竜戦乙女たちの精神力が持たない。とにかく俺とエリスで火山召喚を撃ち続けるから、皆は息吹と剣で戦ってくれ」
エリスと大地竜による最後の打ち合わせを行った後、エリスが空にむかって叫ぶ。
「天使共!返り討ちにしてくれる!」
その叫びを合図に、乙女と竜はそれぞれの戦場へと散っていった。
「『火山召喚』!」
魔道具無双の能力を持つエリスは、大地竜を魔道具として認識することにより、精神力の負担無しに、体力が続く限り火山召喚を行うことができる。
エリスと大地竜は上空に向かって、火山弾を撃ち上げ、天使たちを地上に叩き落としていく。
暴風竜は超高速の速度で天使の群れに突っ込み、衝撃波で天使たちを地上に叩き落としていく。
地上ではレーヴェが待ち構え、落下してくる天使が地上に降り立つ寸前のところで、次々と斬り捨てる。
「『高電圧の息吹!」
暴風竜は方向転換の度にブレスを吐き、天使共の自由を奪う。痺れながら落下してくる天使はレーヴェが淡々と止めを刺していった。その身に天使を狩る『鬼神』を降臨させたかのように。
「『超高熱の息吹』!」
鳳凰竜は暴風竜とは逆に、フラウを庇うように中空を舞い、天使の群れにブレスを休みなく吐いていく。 天使たちはその圧倒的な熱量に瞬時に蒸発していく。
ブレスを避け、地上に降り立った天使たちは、ワーラン付近にて仁王立ちでハルバードを振り回すフラウの格好の餌食となった。フラウの『迎撃』装備により、エリスたちには物理ダメージ10減の加護が与えられている。さらにフラウ自身の防具効果により、合計物理ダメージ20、魔法ダメージ15を止める彼女は、まさに『人間要塞』と化していた。
混沌竜は大地竜の横に陣取り、その頭上にはクレアが立っている。
「『暗黒珠の息吹』!」
混沌竜は大地竜の火山弾が縦に相手を攻撃することを見越し、それに対して横糸を編みこむかのように、大質量の珠を天使の群れに撃ちこんでいく。
「『ホーミングワルキュリアランス』!」
クレアは天使たちが魔法攻撃よりも物理攻撃に弱いと判断し、ホーミングミサイルの術式を自ら書き換え、複数のワルキュリアランスを操る魔法を使用する。的確に天使に突き刺さる戦乙女の槍は、一撃で天使共の姿を消し去っていく。
「よし、次」
クレアは指から、精神力が空になった精神の指輪を外すと、次の指輪をはめる。これらエリスがかばんから大量に取り出したもの。
「クレア! 指輪が足りなくなったら充填するから声を掛けてね」
「わかっているよエリス! それじゃ次! 『ホーミングワルキュリアランス』!」
「『暗黒珠の息吹』!」
クレアと混沌竜は、さながら『固定砲台』のごとく、次々と弾を放っていく。
「挟み撃ちだにゃ」
「そうやな、キャティにゃん」
凍りついた湖まで移動したキャティと氷雪竜は主戦場の反対の位置に回り込んだ。
「肉弾戦が最高だにゃ」
「わいもそう思うでえ」
「じゃ、景気付けと行くかにゃ」
「はいな。『超低温の息吹』!」
氷雪竜はブレスを一発放ち、百数十体の天使を凍りづけにした後、キャティを頭に乗せ、地上に降り立った天使の一団に突っ込んでいく。
「うおおおおおおお!」
氷雪竜は雄叫びとともに、その美しい純白の体を鞭のようにしならせ、天使共を蹴散らす。
「にゃー!」
キャティは氷雪竜の頭上から飛び降りると、氷雪竜が撃ち漏らした天使を次々と爪で抉っていく。
天使たちはこれを止めようとするも、戦乙女と竜の舞は止まらない。天使の群れの中で全身をしならせる竜の動きを全て把握しているかのように、戦乙女は竜と踊るように駆け、天使共を消し去っていく。遠目からその姿を見つめるエリスの目にそれは『戦乙女と竜の舞踏』のように映った。
ワーランの火薬庫の面々を先頭に、ワーラン、セラミクス、ウィートグレイス連合軍の面々も、天使たちを市内に向かわせないよう、踏ん張り続ける。
いつのまにかベルルエルもエリスたちの横に立ち、天使たちに向かって魔法を放っている。
が、天使の数は一向に減っていかない。エリスたちが天使を倒しても倒しても、次から次へと上空から舞い降りてくる。
それは際限なく降り積もる雪を思わせる。
美しく死をもたらす雪を。




