初めてのお客さま
それは夜も更ける頃。
たっぷりと虐げられて満足した後、レーヴェはエリスにささやいた。
「浴場でタオルの販売をしたらどうだろう」
たっぷりと辱められて満足した後、フラウはエリスにささやいた。
「体を洗うせっけんや、洗髪用の香油などの販売いたしませんか?」
たっぷりと可愛がられて満足した後、クレアはエリスにささやいた。
「入浴後に楽しむ冷たい果汁とかを提供したらどうかな」
お前ら商売やる気満々だな。
一通りブヒヒヒヒと巡回し、今はフラウの横で彼女の寝息を耳にしながらエリス-エージは考えてみる。
浴場の営業はともかく、商品販売となると商人ギルドに事前に話を通しておかないとまずいなと。
ワーランにはいくつかのギルドが存在している。
『冒険者ギルド』では迷宮の管理や冒険者の登録や支援、自警団の運営等を行っている。
『工房ギルド』は鍛冶・木工・石工などの職人で構成されており、大規模事業の受注窓口や仕事の割り当てを行っている。また生産物の品質均一化と向上にも努めている。
『商人ギルド』はその名の通り商人が達が出資した協同組合であり、ワーランの経済を守り不当なダンピングや違反品の流通を取り締まっている。
ワーランで生活する者たちや事業を営む者たちの徴税業務も商人ギルドが行っている。
『魔術師ギルド』は魔導の向上や反社会的な魔導を相互監視するための互助団体であるが現在は活動を休止している。
『盗賊ギルド』は街の運営を円滑に進めるために裏の仕事を一手に引き受けるという建前こそ持っているが、実態は『必要悪』とされている集団である。
こうした性格からかギルドの中では最も強固なピラミッド型の組織となっている。
なお、エリスは盗賊ギルド・フラウは冒険者ギルド・クレアは工房ギルドとそれぞれ関係を持っている。
浴場の営業についてはエリスの判断で盗賊ギルドの庇護にはいった。
が、商品販売は商人ギルドの管轄である。
なのでエリスは商人ギルドを紹介してもらうために一旦盗賊ギルドマスターのところへ相談に行くことにした。
「こんにちは、キャティ」
「こんにちは、エリス。今日は何の御用かにゃ?」
「マスターはいらっしゃるかな?」
「ちょっと待つにゃ」
受付嬢のキャティはいつものようにギルドの奥に引っ込むと、すぐに笑顔で戻ってくる。
「マスターがお会いするにゃ」
慣れた足取りでマスターの部屋をノックすると、室内から豪快な声が響いてくる。
「おう、入れ!」
「失礼します」
扉を開けると、いつものようにマスターがおでぶさんの装いでソファに身を沈めている。
エリスはマスターに指示されるがままに、いつものようにその前のソファに浅く腰かけた。
「おおエリス。元気で貢いでおるな。結構結構!」
マスターはご機嫌だ。
これならば話は早そうである。
「マスター。間もなく浴場の営業を始めることにしました」
「そうか、それでは派遣する出納管理係を選んでおくぞ」
「女性でお願いしますね」
「わかっているさ」
エリスの可愛らしい突っ込みにマスターは再び豪快に笑う。
「で、今日の用はそれだけか?」
「いえ、実は浴場の経営と同時に入浴用品の販売も行おうかと思って」
するとすぐにマスターはエリスの意図を見抜いた。
「そうか。それならば商人ギルドに入浴用品販売の申請をしてこい。仕入から学ぶ必要があるからな。紹介状は俺が書いてやる」
盗賊ギルドのマスターから紹介状を受け取ったエリスは、その足で今度は商人ギルドに向かった。
商人ギルドは高級店が立ち並ぶ街の中心地の一角に置かれている。
「こんにちは」
エリスは商人ギルドの大きな扉を開き、広く開放されているロビーを抜けると、奥に設置されている受付に向かった。
受付では神経質そうな中年男性が何やら書きものをしている。
エリスに気付いた男性は柔らかな物腰でエリスに尋ねた。
「どのようなご用件ですか?」
エリスは紹介状を男性に渡すと、浴場の経営を始めることや施設内で入浴用品の販売を行いたいことを男性に説明していく。
一通りエリスが説明をし終ったところで、男性はカウンターの下から一枚の用紙を取り出した。
「それではまずここに販売予定の品物を記載してください」
エリスはレーヴェたちの提案を思い出しながら品物の名前を用紙の商品名のところに記載していく。
「これでよろしいですか?」
一通り商品名を記載するとエリスは用紙を男性に向け直して差し出した。
すると用紙を受け取った男性は手慣れた手つきで商品名の横に二つの数字を並べて記載していく。
「この数字は各商品の仕入価格と最低販売価格です」
男はエリスにワーランでの商売について説明をしてくれた。
ワーランで商売を始めるのなら必ず商人ギルドから品物を仕入れなければならない。
仕入代の中には商人ギルドへの手数料や税金も含まれており、税金分は商人ギルドが代行して納税してくれる。
一方品物を販売する時は最低販売価格を下回る価格では販売しないこと。
これはダンピングを防ぐための措置である。
「工房や農園から仕入れをしたいときにはどうすればいいですか?」
エリスの質問に男性は事務的に答えた。
「ワーランの商人ギルドと揉めたくないのでしたら、他で仕入れた品物を一旦商人ギルドに一括販売するのです。その後ギルドから全ての商品を仕入れ直しなさい。他にも方法がないわけではありませんが、これが最も安全でシンプルな方法です。色々な意味でね」
ここでいう『安全』というのは多分『手数料支払』による商人ギルドからの『納税義務履行の証明』を指している。
どこの世界でも徴税官吏に睨まれるのが一番厄介だということである。
続けてエリスはもう一つ尋ねた。
「『委託販売』というのは可能ですか?」
ん?
聞いたことがない言葉に男性は興味深そうに尋ね返す。
「委託とは?」
「商人ギルド直営で商品の販売を行っていただき、販売手数料を浴場に納めていただく方法です」
ほう。
男性は感心した。
この少女はなかなか頭が回るなと。
紹介状を見るに、浴場は盗賊ギルド所属である。
ならば売上からかなりの割合をギルドに上納させられるはず。
それは商品販売についても同様だろう。
浴場運営ならば売上と粗利益はそれほど変わらないだろうからそれでも利益は残るだろうが、物品販売となれば話は別である。
それならばいっそのこと商品販売は商人ギルドの直営にして、商人ギルドから得られる販売手数料を売上として盗賊ギルドに納めたほうが、人件費などを考えれば確実に利益を残すだろう。
なぜならばさすがの盗賊ギルドも物品販売については商人ギルドに口を挟む余地はないからである。
「それは販売実績によりますね」
男は口元を少し緩めながら答えた。
エリスはその後、男性から仕入場所と注文・取引方法を教えてもらうと一旦帰宅したのである。
「こんなわけなのよ」
四人で昼食を囲みながら、エリスは商人ギルドでの出来事を説明した。
「とりあえず販売実績が必要だから、最初は私がやってみるね」
とりあえず販売はエリスが行ってみることにする。
するとフラウが手を挙げた。
「実は冒険者ギルドから、隣の女子寮に女性冒険者の受け入れを始めるように連絡が来ました。彼女たちの食事を用意しなければなりませんから、当面は屋敷のキッチンで作らせてください」
食材費などは冒険者ギルドから支給されるので問題ないらしい。
するとクレアも同様に手を挙げる。
「ここで設計事務所を開きたいんだけれどいいかな。設計後の施工は親方の工房が面倒を見てくれるというからさ」
どうやらクレアは屋敷を事務所代わりとして本格的に建築物の設計業務を開始するつもりである。
クレアの口ぶりでは親方が面倒を見るという建前になっているようであるが、多分親方はクレアに設計の下請けをさせるつもりだろうなとエリスは見抜いた。
が、余計なことは言わないようにする。
するとレーヴェも負けじと手を挙げた。
「洗面所で体を拭くことはなくなったから、あの部屋を洗濯場専用として使用させてほしい」
これは四人の洗濯を全てレーヴェが引き受けると宣言しているに等しい。
もしかしたらこれが四人にとっては最も重要なことかもしれない。
お前ら、色々とやる気満々だな。
と、再びエリス-エージはあきれたのである。
最初の仕入れは商人ギルドの観察も兼ねてエリスとレーヴェで担当してみることにする。
二人は手のひらサイズの馬型藁人形のような『魔導馬』を愛用のショルダーバッグとポーチから取り出だすと、それぞれがコマンドワードを唱える。
『魔導馬』
乗り手のコマンドにより、馬と同様の活動をする。
必要精神力3
コマンドワードは【駿馬よ来れ】
元に戻す場合は【駿馬よ眠れ】
通常のお馬さんサイズとなった藁製の魔導馬にまたがると、二人は商人ギルドが運営している仕入場に走らせたのである。
ちなみに魔導馬は乗り手の意志に沿って動くので通常の馬のように技能を求められることはないが、その分ややこしい動きは苦手である。
あえて比較するならば、エージの世界でいうところの『原付バイク』に近いだろうか。
仕入場に到着した二人は、魔導馬を停止させると、倉庫番のおじさんのところに向かう。
「おじさん、こちらの品物を引き取りにまいりました」
エリスが商人ギルド発行の販売許可証と商品明細票を提示すると、人のよさそうなおじさんは商品明細をエリスから受け取り、内容を確認していく。
「ちょっと待っててくれよな」
おじさんはそう二人に伝えると、倉庫の中に消えていった。
しばらくするとおじさんは商品を乗せた手押し車とともに再びエリスたちの元に戻ってきた。
「それじゃあ品物を確認してくれるかな?」
おじさんは商品明細票を一旦エリスたちに戻してしてくれる。
エリスは明細票とペンを持つと、レーヴェに手押し車に積まれた商品名と数量を確認するように指示をした。
「まずは大小のタオルセットを100セット」
「はい。1セット250リルね」
「それから香油を100瓶」
「はい。これは1瓶100リルね」
「石鹸も100個」
「はい。これも1個100リル」
「最後に果汁を1樽」
「はい。これは1樽5千リルね」
エリスとレーヴェの二人で商品の称号を済ませると、次は支払いである。
「おじさん、合計5万リルですよね」
「その通りじゃ」
おじさんはエリスがチェックした明細票とレーヴェが財布から取り出した五万リルを受け取ると、その引き換えとして五万リルと記載された領収証をレーヴェに渡してくれる。
「結構な荷物じゃが、魔導馬に積み込むかの?」
おじさんの親切な申し出に、エリスとレーヴェはあらかじめ用意していた答えを返した。
「これくらいならばこれに収納できると思う」
レーヴェはおじさんにそう答えると、手押し車に積まれた荷物を、彼女の腰に縛り付けたポーチへと、不自然な量を自然な動作でしまっていく。
ところがおじさんはその光景に特に驚いた様子もなく、どちらかというと感心するかのような表情となっている。
「ほう、ポーチ型の冒険者のかばんとはめずらしいな。似合っているぞお嬢さん」
あまりに堂々としたレーヴェの振る舞いに、おじさんは勝手にレーヴェのポーチを『冒険者のかばん』だと勘違いしてくれた。
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしい」
レーヴェはおじさんに二つの意味でお礼を言いながら微笑んだ。
ひとつは『飽食のかばん』を堂々と使用すれば、相手は勝手に『冒険者のかばん』だと勘違いしてくれるということが分かったことに対して。
もう一つは『似合うぞ』と褒めてくれたことに対して。
最後におじさんが威勢の良い声で二人に教えてくれる。
「最初は現金決済じゃが、信用が高まれば掛け売りにしてやれるからな。頑張れよ!」
「ありがとう! おじさん」
二人は倉庫番のおじさんに丁寧に頭を下げると、再び魔導馬にまたがり、仕入れ場を後にしたのである。
その日のうちにエリスたちの屋敷周辺にはみっつの看板が立てられた。
ひとつめは屋敷の玄関横に建てられた『クレア設計事務所』の看板。
ふたつめはフラウが管理する隣家の玄関に建てられた『冒険者ギルド女子寮』の看板。
そしてみっつめは新たに建設された大浴場の玄関に建てられた『女性専用大浴場・百合の庭園』という看板。
それぞれが翌日からめでたく営業開始である。
さて、翌朝のこと。
出納管理係として盗賊ギルドから派遣されてきたのは、受付嬢のキャティだった。
彼女は真っ白なふわふわの猫っ毛からネコミミを覗かせる獣族の娘である。
「みんなよろしくにゃ」
屈託のない笑顔でエリスたちに頭をぺこりと下げたキャティの姿に、エリス以外の三人は嫌な予感が走ってしまう。
『百合の庭園』は無事営業を開始した。
初日はエリスとレーヴェが受付カウンターでお客様をむかえることになっている。
当然のことながら事前の宣伝は行っていないので、すぐにお客様がやってくることはない。
が、エリスたちの予想よりも早く一人のお客様がやってきた。
最初のお客様は妙齢の美しい女性であった。
しかし熟女に興味のないエリス-エージにはどうでもいいことでもある。
「いらっしゃいませ」
エリスとレーヴェが丁寧にお客様を迎えると、女性は確認するかのようにレーヴェに尋ねた。
「ここは女性専用なのね」
「ああ」
ごん!
っ!
いつもの癖でぶっきらぼうに答えようとしたレーヴェのむこうずねがカウンターの裏でエリスに蹴り上げられた。
「はい。女性専用です……」
一瞬痛みに表情をひきつらせたレーヴェではあるが、なんとかお客様には作り笑顔で答える。
そこにエリスも笑顔で追加する。
「男性は赤ん坊でも立ち入り禁止です」
二人の答えに満足したかの様子で、女性はエリスに入浴料の1000リルを支払った。
が、ここで女性は入浴の用意をしていないことに気が付いた。
「あら、手ぶらで来てしまいましたわ」
ここにすかさずエリスはセールストークを並べていく。
「洗髪用の香油は300リル。せっけんも300リル。大小のタオルセットを500リルでご用意しておりますが、いかがでしょうか?」
「いただくわ」
「ありがとうございます」
エリスは女性から1100リルを追加で受け取ると、こちらは販売明細とともに入浴料とは別の金庫にしまう。
続けてエリスは商品と一緒に数字が書かれた木製の板を女性に手渡した。
「こちらは脱衣所ロッカーの鍵になります。服を脱ぎ終わりましたらそちらにお納めください。入浴中はこちらで鍵をお預かりいたします」
「わかりましたわ。貴重品もそちらに納めればよろしいのかしら?」
「もしよろしければ鍵と一緒にこちらで責任をもってお預かりいたします」
女性は受付の対応に満足すると、更衣室で全裸となり、受付に鍵を預けた。
続けて小さいほうのタオルを片手に女性は浴場の扉を開ける。
目の前の光景に女性は感嘆のため息を漏らした。
立ち込める湯気の中でほんのりと上品に照らされる浴場。
湯舟にはたっぷりのお湯が常にそそがれ続け、お湯の清潔さを保っている。
女性は場内に掲げられた『かけ湯』と『浸かり湯』の案内に従い、まずはかけ湯で身体を流しながら場内を入念に観察していく。
次にその身体をゆっくりと浸かり湯に沈めていく。
あまりの気持ちよさに我を忘れる中、女性は不意に自身が無防備であることに気が付いた。
「それはそうよね……」
女性はなぜこの浴場が盗賊ギルドの支配下にあるのかを理解したのである。
「楽しめたわ」
十分に湯を堪能した女性は受付のエリスとレーヴェに身体を火照らせながら微笑む。
「よろしければそちらで肌を冷ませてくださいな。それから入浴後には果汁を冷たい水で割ったお飲物がお薦めですよ」
そうお勧めするエリスに女性は興味を持つ。
「それなら1杯いただこうかしら」
するとエリスは受付カウンター横に置かれた宝箱のような大きな箱のふたを開けると、中から陶器のカップを一つ取り出した。
「一杯200リルです」
エリスはそう伝えながら笑顔で女性にカップを手渡す。
「あら」
受け取ったカップから心地よい冷たさが女性の指に伝わっていく。
「それではいただくわ」
女性はカップに口をつけ、ゆっくりとのどを潤していく。
「まあ!」
女性は驚いた。
果汁自体はシンプルな酸味であるが、適度に薄められ冷やされたそれは爽やかとしか表現できない。
火照った身体を冷まし引き締めるには最高の飲物である。
女性は思わず左手を腰に当てると、それを一気に飲み干してしまう。
すると女性は一瞬ぶるっと震えた。
「あら、困ったわ」
その挙動をエリス察知し、女性へと流れるように案内をした。
「お手洗いはそちらにご用意しております」
あら、室内にトイレなんて珍しいわね。
と、女性はエリスに案内された部屋のドアを開けた。
「まあ」
そこには、小川の近所でしか見られない流れるトイレが据え付けられている。
しかも、そこに流れているのはほのかに温かいお湯である。
トイレの横には手洗い用と表示された水も流されている。
女性は気持ちよく用を足し、感嘆した。
「このトイレを使うためだけに1000リルを支払っても惜しくないわね」
上機嫌でトイレから出てきた後、女性は着衣してから改めてエリスに微笑みかける。
「また来るわね」
「お待ちしています」
女性が建物から出るのと入れ替わりに今度は別の集団が入場してくる。
「なんだなんだ?」
「面白そうね」
集団は冒険者ギルド女子寮に入寮した女性冒険者たちである。
女性は外に待たせてあった馬車に乗り込むと、余韻を楽しむかのように、ほうとため息をついた。
「いかがでしたかマスター」
御者席に座る中年男性からの問いに女性は真顔となる。
「この浴場は間違いなく流行るわよ。すぐに周辺の土地所有状況を調べなさい。それからこのまま盗賊ギルドに向かいなさい」
「かしこまりました」
百合の庭園最初のお客様を乗せた馬車は街に向けて走り出したのである。