リセットスイッチ
ここは天界。
つい先ほど、ある世界での勇者VS魔王の戦闘結果が表示されたらしい。
「お、どうだったかの」と、戦の神が戦闘結果を見ようと表示板に足を運ぶ。
「今回は自信がありますからね」と、魔道の神も自信ありげに表示板に向かう。
「は?」
「え?」
2人は表示板の前で自分たちの目を疑った。それにはこれまで見たこともない結果が表示されていたから。
表示板にはこう表示されている。
「両者試合放棄のため、両者とも敗者とする。試合結果『両者敗北』」
「おい、何だこれは!」
「ちょっと待ってください、これってまずいですよ!」
戦の神と魔道の神は2人そろって血相を変えた。
神同士の勝負で規定されているのは「勇者勝利」「魔王勝利」「両者死亡による引き分け」の3つ。
「勇者勝利」の場合は、天使が勇者を祝福し、彼の功績を称え、人々が彼のもとに、さらなる発展を迎えるように促す。
「魔王勝利」の場合は、勇者に代わって天使が魔王を討ち、人々に神の偉大さを伝え、さらなる信仰心の向上をもたらす。
「引き分け」の場合は、天使が死亡した勇者に代わって人々の前に立ち、人々が神の名のもとに平和を目指すように導く。
が、「両者敗北」、しかも勇者も魔王もその能力を所持したまま世界に残るというのは神代の世界でも前代未聞のことである。
戦の神と魔道の神はあせった。このままではこの世界がどのように暴走して行くのか、彼らにもわからない。
「仕方ないな」
「まあ、内緒にしていれば大丈夫でしょう」
戦の神と魔道の神はその場で何やらごそごそと始める。
そこに表示板を見るために盗賊の神もやってきた。
「お、戦の神に魔導の神、何ごそごそやってんだ?」
そこで彼は戦の神の手元にあるものを見つけ、目の色を変える。
「おい、お前ら、何をするつもりだ!」
「やむなしじゃ」
「あなたは黙っていなさい」
戦の神が手にしているのは『終末の角笛』。別名『リセットスイッチ』である。
こちらは先ほどまで戦場であったワーランの東に広がる草原。その先はすぐに湖である。
人々の不安と恐怖を心根から穿り出すような角笛の音色が、耳をつんざくような大音響でワーラン上空に響き渡った。
同時にベルルナルの姿が閃光とともにはじけた。続けて彼女の身体が再構成されていく。
魔王をはじめとする衆人が度肝を抜かれる中で、ベルルナルは光の中で人の姿を取り戻していった。そして一瞬輝きが強くなった後に光が収まっていく。
「ちょっとびっくりしましたね」
姿を現したのは、純白の鎧に身を包み、右手にロングスピア、左手にカイトシールドを携えた、黒髪に白陶の肌を持つ精悍な男性。但し、背中には10枚の翼が広がっている。
「びっくりしたのはこっちだよ、何だその格好は? ベルルデウスさんよ」
「あ、魔王さま、お久しぶりです。ところで私、本名はベルルエルですから間違えないでくださいね」
「そんなんどうでもいいけど、とりあえずその姿はなんの冗談だ?」
「あ、これですか? これ、『終末の天使』の正装ですよ。ご存じなかったですか?」
「ご存じある訳ないだろ。で、何でその姿なんだよ?」
「先ほどの大音響、あれのせいです」
「なんだそりゃ?」
「あれは『終末の角笛』の音色。地上を滅ぼす合図ですよ。で、あの音色によって、天使は強制的に戦闘形態となるのです」
魔王への返事とともに、ベルルエルはこれまでと変わらない淡々とした口調で、上空を指差す。
空はベルルエルと同様の姿をした「天使」で埋め尽くされていた。
空を覆う天使たちが纏う荘厳な空気に、人々は我を忘れた。魔王と戦乙女を除いて。
「大地竜、何なのあれ?」
「さっきベルルエルとやらが『終末の角笛』と言っていたな。こりゃやばいかな?」
「どういうこと?」
「天使が地上を滅ぼしに来たということだ」
らーちんの言葉に答えるかのように、空から地上に向かって声が響く。
「敗れた勇者よ、敗れた魔王よ、それを支持するもの共よ、神の意思に基づき、滅びなさい」
同時に無数の輝く槍が地上に向かって降り注ぎ始めた。
地上はパニックに襲われた。それは当然である。いきなり無数の天使が空を埋め尽くした上に、「滅びなさい」と言われてしまったのだから。
「おい、何だこれは!」
グレイは慌てて気の防御を張り、周辺の兵たちを光の槍から守る。と、続けて地上に舞い降りた天使たちが槍を携え、次々とグレイに襲いかかってきた。 グレイはその全てを剣で払いながら天使たちに「何故だ!」と問いかけるも、天使たちは彼の声を無視するかのように、無言で人形のように攻撃を続けていく。
「きゃー!」
マリオネッタの叫び声に勇者は振り向き、彼女に刺しかかろうとした天使の首を飛ばした。首を斬られた天使の姿が消えてゆく。
「お前ら、ぶっ殺す……」
グレイは切れた。
「ねえ、ベルルエルさん、こいつら、俺の敵なの?」
「はい、魔王さま」
「お前の仲間みたいに見えるけど」
「一緒にしないでくださいよ。こんな心を操られたもの共など知りません」
「なら死刑確定」
魔王は結界を張り巡らし、天使たちが放つ光の槍を次々と無効化する。続けて呪文の詠唱に入った。
「こりゃマジだな。こっちも覚悟を決めるしかないか」
元の姿に戻った大地竜らーちんが、エリスたちを腹の下に庇いながら背中で光の槍を跳ね返し続ける。
「あいつら、ちょっと偉そうだよね。ここは僕らの世界なのにね。レーヴェちゃん、ちょっと暴れよっか」
「こういう乱戦の時こそ私たちの出番ですよ、フラウりん。究極解放よ!」
「いっちょ天使どもを湖に誘い込んで凍らせたろか、なあ、キャティにゃん」
「あー! 俺の究極解放、思い出したよ! クレアたん!」
「エリス、ここは返り討ちにしてやれ」
「そうねらーちん。『終末』なんてまっぴらごめんだわ」
エリスは大地竜の腹の下で、ごそごそとお気に入りのブラウスとジャンパースカートから深淵の装束に着替えをしながら、覚悟の笑みを浮かべた。
次々と地上に降り立ち、無差別に刺しかかる天使たちに戸惑っていた兵たちも、元勇者と元魔王の奮闘で我に返る。
「このままでは滅びる」
これが彼らの合言葉となり、彼らも天使たちに反撃を加え始めた。
兵たちの先頭には、ワーランの火薬庫の面々が立ち、天使どもを迎え撃つ。
「いきなり滅びなさいとは無茶を言うわね」
「問答無用の相手には問答無用で対応しましょ」
「しかしこのロングソード、よく斬れるなあ。さすが鴻鵠と破魔付きってところか」
「わし、やっと出番じゃ。今宵のグレートアックスは血を求めているぞい」
「あー面倒くせえ。帰ってもいいか俺?」
マリア、イゼリナ、テセウス、フリント、バルティスの冷静さが、兵たちにも冷静さを取り戻させる。
兵たちは対悪魔戦用の複数人同時攻撃を天使に仕掛け、数人で天使一体を撃破していった。
竜戦乙女たちも負けてはいない。
「露払いは我らの役目だな」
「当然だよレーヴェちゃん」
まずは、天使たちをあざ笑うかのように飛び立った暴風竜の背で、いきなりレーヴェが究極解放を天使の集団に向けて放つ。
「暴風召喚!」
召喚された荒れ狂う竜巻は上空を覆う天使たちの間で暴れ、巻き込み、切り裂き、天使たちを次々と地上に落下させていく。
それを湖のほとりまで進軍したキャティと氷雪竜が待ち構えたように迎え撃つ。
「きたでキャティにゃん」
「それじゃ一発いくにゃ!」
「絶対零度召喚!」
キャティの術式解放と同時に、湖が落下してきた無数の天使たちとともに真っ白な世界に覆われた。凍りついた天使どもは砕けながら、徐々にその姿がかき消えていく。
「エリスちん、俺らも行くぞ」
「叩き落としてあげましょうね!」
大地竜の雄叫びに答えるかのように、エリスは目標をロックオンする。
「火山召喚!」
すると大地のあちこちが盛り上がり、次の瞬間に無数の火山弾が上空に打ち上げられる。火山弾は上空の天使たちを地面にたたき落とし、焼き尽くす。
「私たちは兵隊さんたちの援護に回るわよ!」
「わかったわフラウりん!」
フラウは鳳凰竜に跨り、乱戦状態となっている兵と天使たちを目指す。
「炎鳥召喚!」
次の瞬間、フラウと鳳凰竜は紅蓮の炎に包まれる。そのまま彼女たちは乱戦の中に突っ込んだ。紅蓮の炎は味方の兵たちを癒し、天使たちを焼いていく。
「クレアたん、あの辺がいいよ!」
混沌竜は天使たちが固まる場所を念話でクレアに伝える。
「視界共有!」
「地点確定! 行っくよー、本邦初公開!」
「暗黒穴召喚!」
クレアの叫びと同時に、天使たちの間に、ごくごく小さな一粒の黒点が現れる。が、それは超重力の塊。周辺の天使たちは小さな小さな穴に絞り潰されるように吸い込まれていく。
「勇者ギガスラッシュ!」
グレイの振るった剣撃は、一撃で地上に降り立とうとする無数の天使どもを一瞬で消し去った。
「呪文を唱える時間があるというのはいいもんだ」
魔王はほくそ笑むと、最大最悪の魔術を展開する。
「天に唾するものよ、地に唾するものよ、生に唾するものよ、死に唾するものよ! 世界を疑え! 自らを疑え! 全ての存在を疑え!」
「『 次元乱流』!」
魔王の呪文詠唱終了とともに、空を埋める天使たちの色彩が影絵のように反転する。次の瞬間、空は白く染まり、続けて黒く染まり、元の空に戻った。が、そこには天使の姿は1人も残っていなかった。
魔王最大最悪魔法『次元乱流』は、複数空間に干渉し、天使たちの存在そのものを次元と次元の狭間に葬り去った。
こうして、天使たちはワーランの空から一掃されていった。
「なんだ、たいしたことなかったな」
魔王がベルルエルにうそぶく。
「終わったのか?」
思ったほどの手応えのなさに拍子抜けをした勇者が、振り返ってマリオネッタに尋ねる。
「口ほどにもなかったわね」
竜戦乙女を代表してエリスが軽口を叩く。
徐々に戦場に安堵と笑顔が戻ってくる。
が、そこで天から突然の轟音が鳴り響く。
続いて二本の光の束が降り注いだ。
「うわ!」
「うお!」
光の束はまばゆい光を放ちながら勇者と魔王を撃ち、消えていく。
跡には、二人の倒れこんだ姿だけが残った。




