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戦いすんで

 ぐったりとやつれた中にも安堵の表情を浮かべた、まもなく老人と言ってもおかしくないであろう男が、フラウとキャティに支えられながら厳かに宣言を始める。

「朕は王、ジョー・J・スカイキャッスル8世である。これより汝共に王命を授ける」

 王の宣言に、魔王とベルルナル以外の全員が、王に向かいひざまずく。

「セラミクス代表、ウィズダム代表、ウィートグレイス代表よ、直ちに軍を退け」

 その言葉に改めてウィズダム代表のアルフォンスとウィートグレイス代表のフェルディナンドは頭を垂れた。が、セラミクス領主の姿が見えない。

王は続ける。

「勇者グレイよ。今この時を以て、スカイキャッスル王家と、汝との関係は無きものとする。勇者よ、汝の思うところに生きよ」

 この言葉に興味を持ったのは誰でもない、魔王だった。

 魔王は王に首を向け、面白そうに話しかける。

「よう、アルメリアン大陸の王とやらよ、お前、勇者の加護がなくてもいいのかよ?」

 それに王はゆっくりと答える。

「魔王とやらよ、汝が世界征服をたくらむのであれば、勇者はそれを止めるであろう。王家が勇者をつなぎとめようと解放しようと、それは変らぬよ。違うか?」

「ふん」

 魔王は楽しそうに鼻を鳴らした。続けて魔王は正面の勇者に、とんでもないことを言い放った。 


「おい、マザコン」 

 魔王から発せられた突然の声に、勇者やエリスたちは一斉に彼の方に目を向ける。

「勇者と王はこちらの思い通りに落とした。最後はこいつだけね」

 エリスは心の中でそう呟きながら、魔王の出方を待つ。こいつの次の台詞を期待して。

「おい、マザコン、お前勇者やめろ。俺を狙うのやめろ。そしたら俺も世界征服するのやめるわ」

「えっ?」

 突然の魔王の宣言に、勇者はもちろん、セラミクス軍やワーラン軍の兵士たちもあっけにとられた。が、エリスたちだけは小さくガッツポーズをとる。

 さすがに驚いた勇者は、マリオネッタの胸から顔をあげ、魔王に真意を問いただす。

「お前、全国放送までしたのに、いいのか? そんなにあっさりと決めちゃって?」

「ああ、もともと世界征服なんぞあまり興味はないしな。勇者が俺を殺しに来る前に殺してやるくらいのことしか正直考えていなかった。大体俺、部下が間抜けなお陰で、この世界に召喚されたときに記憶のほとんどを失っちゃったし。まあ、今が楽しければいいのよ」


 エリスはほくそ笑んだ。ここまでエリスが期待した通りの動きを魔王が見せたから。続けてエリスは、確認のために小芝居を打つ。

「魔王さま、それでは残された悪魔どもはどうなされるのですか?」

「ああ、配下にいる連中は解放するさ。だがな、一方的に殺させはしないよ。悪魔だって人生をエンジョイしたっていいだろ? だけどこいつらは別だけどな」

 魔王はそうエリスに真面目な顔で答えると、右手を上げ、何かを念じ始めた。

 すると、セラミクス軍から何人かの兵が、悲鳴を上げながら浮きあがる。そこには隠れていたセラミクスの領主も含まれている。続けて彼らは魔王からの圧力で、強制的に元の姿、悪魔の姿に戻された。

「こいつらは俺の命令を聞かなかった奴らだから、処分させてもらうよ」

 そう宣言すると、魔王は宙に浮いた悪魔どもにお説教を始める。

「お前らには、ワーランを攻めちゃだめだって言ったよね、俺?」

 宙に浮いた悪魔どもはうんうんと頷く。

「で、何で命令を守れないの?」

「それは、あ、そうです、そうなんです。全ては『ザビーネ』と『ザスパード』が悪いんです。俺たちはあいつらの誘いに乗っただけなんです」

「あっそう。そりゃ可哀そうなことをしたな」

「そうでしょ? だから助けてくださいよ」

「そうだな、そんな事情なら同情してやるよ」

 そう言うと魔王は左手を払った。

「『ディスインテグレイトデーモン』!」

 哀れ悪魔どもは一瞬でちりとなり、消えていった。

「よかったな、痛くなかったろ? それがせめてもの情けだ」


 続けて魔王はベルルナルに振り返る。

「ザビーネとザスパードってどいつらだっけ?」

 するとベルルナルは小首を傾げたあと、ぽんと右の拳で左の掌を打ち、魔王に答える。

「ザビーネは精喰夢魔ナイトメアサキュバス、ザスパードは夢喰悪魔ナイトメアインキュバスです。2人とも幹部です」

「ふーん、じゃあそいつらもお仕置きだな」 

「あの、魔王さま」

「ん? ベルさんでいいよ、って、エリスちゃんか。俺に話しかけるの初めてだろ? いつもベルルナルがお世話になっていて助かっているよ」

「いえこちらこそ、ところであの、怒らないでくださいね」

「ん? どうしたの?」

「その、ザビーネという精食夢魔ナイトメアサキュバスと、ザスパードとかいう夢食悪魔ナイトメアインキュバスなんですけど、もしかしたらもう倒されちゃったかもです」

「え?」

 エリスの恐縮したような言葉を魔王はイマイチ理解できず、ベルルナルに振り返った。

「そいつらって弱いの?」

「一応ナンバー2とナンバー3くらいでしたけど」

「ふーん」

 魔王はエリスの方を改めて振り返った。

「エリスちゃんが倒したの?」

「いえ、竜さまたちです」

「あっそう。まあ、どうでもいいや」

 そんな些細な事はどうでもいいとばかりに、魔王は改めて勇者を見やる。

「お前が勇者をやめるのなら、俺は魔王をやめる。ただし、これまでの略奪や殺戮を詫びるつもりはさらさらないし、悪魔どもも、俺たちの支配から解放するだけで、その後の身の振り方は奴らに任せる。どうだ? 別に気に入らなきゃ再戦しても構わんぞ」

 その場にいる全員が勇者に注目する。

 勇者は沈黙した。魔術師マリオネッタの前で跪き、彼女の胸に再び顔を押し当てた状態で。マリオネッタの両手と心音が彼の頭を優しく包む。


 勇者グレイはマジで困った。答える言葉が見つからない。そもそも、勇者をやめるってどういうことだろう? この問答はグレイには難しすぎる。

 すると、女魔術師は勇者の顔を胸から離し、膝を折って勇者と目線を合わせ、彼の目を見つめる。

「民の味方をするのに、勇者なんて肩書は必要ありませんよ。グレイさま、私の『勇者さま』」

 続けてそっと唇を勇者の唇に優しく重ね、勇者を落ち着かせる。そして彼の耳元で呪文のように台詞を囁いた。

「さあ、グレイさま!」

 マリオネッタに背中を押され、グレイは立ち上がり、魔王に勢い良く向かい合う。

「魔王がいない世界に勇者など不要。これから俺は弱者の味方。グレイだ! 文句あるか畜生!」

 一瞬の静寂の後に、そこは歓喜の大歓声に包まれた。


「なあ、本当にそこは楽園なのか」

 いよいよ死にかけている王が、彼を支えるキャティに、彼女が道中熱心に勧めてくれた希望の海岸(ホープズコースト)について改めて尋ねると、キャティは王をいたわりながら、笑顔で答える。

「私が保証するにゃ。無理やりちんこやら色んな所を弄くられてボロボロの王さまには、最上級の部屋をプレゼントするにゃ。まずは胃にやさしい魚ダシのおかゆと日光浴で体力を回復するんだにゃ」

「そうか、それは楽しみじゃのう」

「せっかく王をやめたんだから、肩の荷を降ろして人生を楽しむにゃ」

「そうだな、ジャックには悪いが、そうさせてもらおう」

 王は今頃スカイキャッスルの王宮で四苦八苦しているであろう実弟の名を思い浮かべ、苦笑した。


「アルフォンス殿よ、セラミクス軍はどうするかの」

「場が落ち着けば、彼らの将軍クラスを指揮官に任命すればいいのですが、すぐには難しいですね」

「ならば一旦わしが面倒見るかの」

「そうしていただけるとありがたいです。フェルディナンド公」

 事態の終結に向け、ざっくりと会話を交わしたアルフォンスとフェルディナンドは、領主を失ったセラミクス軍5000人を一旦フェルディナンドに預けることで合意した。

 フェルディナンドは自身の部下500名に、後を付いてくるように指示をすると、彼はセラミクス軍の前に立つ。

 セラミクス軍の兵たちは、ここまでの長い行程と、驚きにつぐ驚き、とどめは自身の領主が悪魔に取って代わられていたというショックで、士気は最悪の状態である。

「ふむ、このままセラミクスに戻すわけにはいかんな」

 フェルディナンドは腰にぶら下げた人形に話しかける。

「マリアさん、聞こえるかの」

「ええ、聞こえますわ、フェルディナンドさま」

「5000人分の酒、提供していただけるかの?」

「お任せください。毎日1万8000食分の食事を用意することに比べれば、大したことはありませんわ」

「かたじけない」

 会話を終了するとフェルディナンドはセラミクスの兵たちに大声で語りかける。

「よっしゃ、今日くらいは休むぞ。ワーランで酒を用意してくれておる。市内に入って今日は無礼講じゃ!」

 何を言われているかわからないセラミクスの兵たちに、ウィートグレイスの兵たちがおもむろに近寄って行き、解説をしてやる。

「疲れただろうから、今日は楽しく休むぞってことだよ」

「まずは荷物をまとめて移動しようぜ。これくらいの人数なら大丈夫さ」

「あれが俺らの大将。宴会好きの爺さんですまんな」 

 屈託のない笑顔で誘ってくるウィートグレイスの兵士たちの表情に、セラミクス軍の兵士たちもやっと肩の力を抜く。

 大陸の争いはこれで終わったのだと、その場の誰もが確信した。場の雰囲気が急激になごんでいく。


「そんじゃマルゲリータ、ちょっと悪魔を解放してくる。お前の住まいはリサーチ済みだから覚悟しておけよ」

「玄関に塩を撒いとくよ。にんにくもぶら下げといた方がいいかい?」

 冷静に戻った魔王とマルゲリータは再び悪態をつき始める。

「グレイさま、部屋に帰りましょう」

「そうだな、そうだな、ごめんな、ごめんな」

「何を謝るの? そんなことより明日からどうしていくか、お茶を飲みながら2人で考えましょうよ」

「うん、うん」

 マリオネッタとグレイも、アパートメントに向けてゆっくりと歩み始めた。

「やれやれ、これで一件落着ね」

 エリスもマリオネッタとグレイをひと通りからかってからレーヴェ、フラウ、キャティ、そして空で待機していたクレアと合流し、王を一旦別邸にご案内しようと集まる。


 が、突如鼓膜を破るような大音響がその場を襲う。

 続けてベルルナルが閃光とともにはじけた。

 その後、ワーランの空は何者かに埋め尽くされることとなる。

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