所詮悪魔の浅知恵です
突如頭上から落ちてきたマリオネッタを、グレイは反射的にその胸に受け止める。
「マリオネッタ、無事だったのか……」
「ええ、エリスお嬢さまたちに助けていただいたの。ねえグレイ、もう忘れちゃったの? 魔宴のときに誓ったことを。あなたは誰の勇者なの?」
「俺は……」
「でも、嬉しい……。私のために我慢してくれたことも、エリスお嬢さまを斬らなかったことも……。ありがと……。最後にあなたでいてくれてよかった」
そう囁くと、マリオネッタは勇者グレイの頭を胸に抱きかかえ、抱えた彼の髪に涙を落とす。
「俺……。俺……」
勇者は人目も憚らず、マリオネッタの胸で泣いた。どうしていいかわからなくなったから、泣くしかなかった。
「泣いてる暇はないわよ」
エリスはグレイに言い放つと、ワーラン軍の方角を指差す。
同時にワーラン軍が2つに割れ、そこからフラウとキャティに付き添われた初老の男が姿を現した。
その男こそが、ジョー・J・スカイキャッスル8世その人である。
ワーランでカボチャ頭騒動が起きる直前に、エリスたちはスカイキャッスルに潜入していた。目的はマルスフィールド公の救出。
彼女たちは目的を達成すべく、王城の控室で息をひそめている。ここまでの移動については、2回目の謁見時に、エリスとクレアはしれっと王城控室に帰還の魔法陣を定着させており、それを用いた。城内の見取り図はチャーフィー卿が極秘で入手してくれてある。
が、彼女たちのもとに信号が一つ入った。
「作戦変更ね」
エリスたちは一旦アジトとして使用しているスチュアート卿宅に指輪で戻る。そしてエリスは大地竜を背負ってから、らーちんごと深淵の装束に身を包み、闇に消え、クレアはエリスに指示されたとおり、信号を追った。
スカイキャッスルで突如盗賊ギルド解散が宣言され、ギルドマスターが指名手配となったとき、ギースは「ギルドマスターは恩人だから」と、彼をワーランにかくまうために、一旦パーティを離れた。
残されたグレイとマリオネッタは、2人だけでワーランに帰る訳にもいかず、アジトで留守番していたが、ここで勇者は油断をしてしまう。
「ちょっと腹に入れるものを買いに行ってくるよ」
「あ、私も行くわ」
「ギースが帰ってくるかもしれないから、君はここで待っててくれるかな」
「でも……」
「大丈夫、すぐに帰ってくるから」
ほんの少しの時間だけマリオネッタは一人きりとなり、そこを悪魔に狙われてしまった。
勇者がアジトに戻ったとき、机の上には「魔宴事務所に来い」との書き置きと、マリオネッタお気に入りの帽子が置かれていた。
「マリオネッタをどこにやった!」
勇者グレイは魔宴事務所で叫ぶ。
「そんなに大きな声を出さなくても、聞こえますよグレイさん」
クリフの姿をした何かと、ダムズの姿をした何かの2人が、勇者を出迎える。
「いえね、あなたに王命が下されたのですが、こうでもしないと、あなた、王の言うことを聞かないでしょ?」
クリフはそう勇者に話すと、嫌らしい笑顔を浮かべながら勇者に書類を手渡した。
そこに記載されていた命令、それが「5人の竜戦乙女と5柱の竜、合計10の首をスカイキャッスル城まで持参せよ」である。
「こんな馬鹿なことができるか!」
勇者は激高するも、クリフは相変わらずの笑みで返す。
「こんな馬鹿なことをしないと、マリオネッタちゃんがどうにかなっちゃうんですけどね」
勇者はクリフの胸ぐらをつかむ。
「マリオネッタに何かあったら、ただじゃおかんぞ!」
「心配しなくても、我々はあなたと敵対するつもりはありませんよ。ゆ・う・しゃ・さ・ま」
クリフは続ける。
「ちょうど今、セラミクス軍がワーラン東に駐留していますから、ついでにそいつらを率いてワーランを攻め落としても構いませんよ」
「黙れ!」
「おお怖い怖い。でも、早く行かないと、マリオネッタちゃんがどうなるかわからないですよ。番人しているの悪魔だし」
「ちっ!」
勇者は舌打ちをすると、そのままリープシティでワーランに飛んで行ってしまった。
「さて、私たちは王城に戻りましょうか」
クリフとダムズは事務所を出て、王城に向かった。天井裏にエリスが潜んでいたことに全く気付かないままに。
エリスはマリオネッタにファインドマーカー付きの遠吠えの指人形を持たせていた。
マリオネッタは誘拐されたときに自らが持つ遠吠えの人形を思い出し、これを起動した上で、誘拐者とのやり取りの中に自分が今いる場所などを含ませて、エリスたちに聞こえるように届けていた。
そこで、エリスたちは二手に分かれ、エリスはマリオネッタが誘拐されたアジトからグレイの後を追い、クレアはファインドマーカーを追って、マリオネッタの位置を確定させたのである。
「それじゃ、ここからは時間との勝負よ!」
再びエリスたちは城内の控室に指輪で飛ぶ。
まずエリスはマルスフィールド公が幽閉されている部屋を探し出した。
「おじさま、おくつろぎのところ恐縮ですけど、お迎えに参りました」
「お、もうそんな時間か。それでは帰るか」
幽閉先の小部屋で豪胆なやりとりを交わした2人は、帰還の指輪ですぐさま王城の控室に戻る。そこでマルスフィールド公に計画及び勇者の動向を説明する。
「お嬢ちゃんたちには幽閉なんぞ意味がないな」
先ほどまで幽閉されていたとは思えないほどの元気な様子で一笑した後、マルスフィールド公は改めてエリスたちに頭を下げた。
「スカイキャッスルの命運、貴公たちにお任せする」と。
続けてエリスはマリオネッタが幽閉されている部屋まで影伝いに飛ぶ。部屋には猿ぐつわをかまされ、両手両足を縛られたマリオネッタが転がっており、下級悪魔が番をしている。
エリスはかばんからスティレットを取り出し、無音で悪魔に近づくと、そいつの背中を問答無用で一突きにする。断末魔の悲鳴すら上げられずに倒れこんだ悪魔を尻目に、エリスはマリオネッタを抱き上げ、猿ぐつわを解いた。
「大丈夫?」
「はい。私よりもグレイが……」
「あー、あの馬鹿、ちょっとお仕置きが必要だから、あなたも少し我慢していてね」
「……。はい……」
エリスは再び控室に指輪で飛び、マルスフィールドとマリオネッタにここで待っているように指示をする。
「さて、勇者のいない今こそ大チャンスよ! メインイベントの始まりよ!」
エリスたちは王の寝所に向けて駆けだした。
王の寝所ではクリフ、ダムズも合流し、勇者がこれからやらかしてくれるであろうことを肴に、会話に華を咲かせている。
「ザクロマの気配が消えたわね」
「あいつもグレートデーモンのはしくれ、そうそうやわではないはずだがな」
「もしかしたら例の悪魔大虐殺犯が出たのかしらね」
「そうかもしれんな。だが、勇者の前では、そいつの命運もこれまでだろう」
「そうね、せいぜい勇者には踊ってもらいましょうね」
王の両側で、男と女はクスクスと笑う。
と、いきなり扉が開かれ、数人が乱入してくるとともに、誰かが寝所に向けて叫び声を上げた。
「悪魔ども! 成敗してくれるわ!」
「王の御前で、失礼ではないこと?」
ピーチの姿をしたものは、優雅に乱入者どもを威圧しつつ、王を人質に取ろうと振り返る。が、その瞬間、彼女は驚きとともに目を見開いた。
そこでは金髪の幼女が、王を抱きかかえている。悪魔すら嫌悪と恐怖を感じさせる邪悪な笑みを浮かべて。幼女は彼女を馬鹿にするかのように、一言を残す。
「しょせん悪魔ね、それじゃさようなら」
次の瞬間、幼女と王は悪魔たちのもとから姿を消してしまった。
「ちっ」
ピーチたちは形勢逆転となったことを知る。ならば一旦やり直そう。とりあえず乱入者どもを殺し、改めて機を窺おうと考える。
「乱入者さんたち、返り討ちにしてあげるからいらっしゃいな」
ピーチ、夜馬竜を名乗る男、クリフ、ダムズは寝所から踏み出すと、悪魔の姿に戻る。
「俺の相手は誰がしてくれるんだ?」
ダムズの姿から巨躯のグレートデーモン姿に戻った悪魔が一歩前に出る。
彼に相対したのは、楽しくてたまらないといった表情を浮かべるフラウ。
「ダムズおじさま、今日は止めを刺して差し上げますね」
「私は闘いたくないのですけどね」
そう言いながらも笑みを浮かべ、複数の炎弾を背後に浮かべた、クリフの姿から元の姿に戻った悪魔がダムズの後に続く。
「キミにはボクが適任かな。よろしくね」
クレアが負けじと炎弾を背に浮かべ、悪魔の前に左手をかざす。
「やれやれ、人間というのは愚かなものだな」
夜馬竜は本来の夢喰悪魔の姿である竜の頭を持つ馬の姿に戻った。
「なら、賢い獣人の私がお前の相手をしてあげるにゃ」
キャティが楽しそうに鼻を鳴らしながら。両の腕を高く掲げる。
「ということは、私の貴方はあなたね。この女に残された記憶が、あなたに負けたことを悔しがっているわよ」
ピーチの姿をしたものは、脱皮するかのようにはじけ、精喰夢魔の、美しくも妖艶な姿を現した。
「歌に勝ち負けなどはないさ。だが、殺し合いは別だな」
レーヴェは無表情のままゆっくりと刀を抜き、正眼に構える。
勝負は一瞬だった。
フラウは突っ込んできた相手の頭を上段からのハルバードの一撃で粉砕し、動きを止めたところでその全身を粉々に砕いた。
クレアは相手の炎弾を全て無効化し、逆に無数の炎弾を続けざまに放って、相手が灰になるまで焼き尽くした。
キャティは相手が動こうとした瞬間に突っ込み、一瞬で首、両前足、2枚の翼、両後足を抉り落とし、死に至らしめた。
レーヴェは瞬く間に相手の首を斬り飛ばし、返す刀で胴体を縦に両断する。彼女の足元には、笑みを浮かべたまま事切れた美しい悪魔の頭が転がった。
すぐに4人は踵を返し、控室に戻る。そこでは何とか意識を取り戻した王が、エリスに介抱されながら、マルスフィールドに急ぎ2つの王命を記すように促されている。
王命2通が完成後、エリスは人型となった大地竜エリソンに王を背負わせる。
その後彼らは一旦城を後にし、いつでも反乱軍を動かせるように控えていたチャーフィー卿、スチュアート卿と城外で合流した。マルスフィールド公は彼らを率い、改めて王城に入城し、2つ目の王命を携え、従属への公民権廃止撤回、現王の退位およびマルスフィールド公の即位を広間で宣言することになっている。
一方、エリスたちは王とともにすぐさま帰還の指輪でワーランの邸に戻り、小芝居の準備を始めた。
勇者にお仕置きをするために。
そして、勇者を悪のままにしないために。
勇者の前にエリスの首をさらすこと。これだけは賭けだった。
万一勇者がエリスの首に刃を向けた時は、エリスはその場を脱出し、マリオネッタを人質にして勇者を自害にまで追い込むつもりでいた。当然この計画はマリオネッタには内緒だったが。
だが、エリスたちは最後の賭けに勝った。完全勝利である。




